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自律分散型組織、ハイブリッドワーク――
アフターコロナの働き方・キャリア観に対応する、いきいき職場づくり

自律分散型組織、ハイブリッドワーク

コロナ禍により、多くの企業が取り入れたテレワークですが、今では働き方の一つとして定着ました。新型コロナウイルス感染症の収束後も、テレワークとオフィス出社を併用する働き方は、スタンダードになるだろうと言われています。一方で、テレワークによって一人で過ごす時間が増え、組織や同僚とのつながりを感じられなくなるなど、働き手の精神面に影響を与えているという声も聞かれます。ポストコロナを見据え、一人ひとりがいきいきと働ける職場づくりを、どのように進めればよいのでしょうか。職場のメンタルヘルス研究の第一人者である東京大学の川上憲人教授に、人事が押さえるべきポイントを聞きました。

プロフィール
川上憲人さん
東京大学大学院 医学系研究科精神保健学分野 教授

かわかみ・のりと/1981年岐阜大学医学部卒業、1985年東京大学大学院医学系博士課程(社会医学専攻)単位取得済み退学。医師、医学博士。2006年から現職。専門は職場のメンタルヘルス、地域の精神保健疫学。著書に「基礎からはじめる職場のメンタルヘルス(改訂版)」、「ここからはじめる働く人のポジティブメンタルヘルス」(いずれも大修館書店)他。

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追跡調査で見えてきたコロナ禍における労働者のメンタルヘルス

川上先生の研究室では、全国の労働者およそ1500人を対象に『新型コロナウイルス感染症に関わる全国労働者オンライン調査』を行っています。この1年半で、働く人のメンタルヘルスはどう変化しているのでしょうか。

追跡調査で見えてきたコロナ禍における労働者のメンタルヘルス

追跡調査により、いくつかの傾向が明らかになってきました。まず、一般従事者の心理的ストレスは、新型コロナウイルスの流行状況に影響を受けています。「第○波」と流行の波が押し寄せるとメンタルへの負荷がかかり、調子を落とす人が多い。ただ医療従事者は例外で、初期の流行時からずっと高止まりの状況が続いています。

労働者全体で見ると、メンタルヘルス不調は増加傾向にあります。厚生労働省が実施する令和2年度の労働安全衛生調査の結果からも、同様の傾向が見られました。うつ病なども、倍増とまではいきませんが、1.5倍近くにまで増えているように感じます。

どういったことが、ストレスになっているのでしょうか。

一つは、上司や同僚からの支援の低下が挙げられます。テレワークや輪番出社を取り入れた会社も多く、同じ場所で一緒に働いていた頃と比べて状況が見えづらくなりました。それぞれが一人で仕事をする傾向が強まり、助け合いや協力することが減りました。また自分からしっかりコミュニケーションをとらないと情報が得られなかったりすることが増えたと考えられます。

出社しても、以前よりもコミュニケーションは希薄になっています。これには、マスクの影響が軽視できません。たとえば半導体の製造工場では、コロナ以前から、顔が隠れる防護服を着て作業するため働く人の表情が読み取れず、コミュニケーションを妨げやすいことが知られています。マスクも顔の半分を覆い隠すので、相手を理解する妨げになっている可能性があります。

また、いわゆるコロナハラスメントもあります。新型コロナウイルスに関して職場で嫌がらせをうけたり、合理的な説明もなしに不本意に自宅待機させられたりといったことです。接客業も含め、カスタマーハラスメントも多く見られます。顧客から新型コロナウイルスに関連して嫌みを言われたり、無理な要求をされたりする例があります。

一方、感染対策やテレワークがストレスを軽減させている側面もあります。労働安全衛生調査の令和2年(2020年)と平成30年(2018年)の結果を比較すると、セクハラやパワハラといった対人関係のハラスメントによるストレスが減少していることがわかります。テレワークも含めた感染症対策が、困難な対人関係の回避につながっているようです。

また、私たちが実施する「新型コロナウイルス感染症に関わる全国労働者オンライン調査」では、職場での感染症対策の数が多いほど、従業員の心理的ストレスが軽減し、パフォーマンスを高めることが明らかになっています。

手洗いやマスクの着用の励行、消毒液や空気清浄機などの設置に限らず、流行レベルごとに対策を示すこと、職場に感染者が出た場合の対応方針を示すことなども重要です。経営と人事が連携し、迅速に対処していることがわかるだけで、働き手の安心感につながるのでしょう。

一方、ワクチン接種は、ストレスの軽減にあまり効果がないようです。接種したところで生活様式が変わるわけではありませんし、先行きの明るさにつながっていないこともあり、メンタルヘルス面での効果は見られなかったのではお思います。

テレワークは、働く人のメンタルヘルスにどう作用しているのでしょうか。

私たちが実施した2020年11月の調査では、「コロナをきっかけに職場の一体感が増した」と答えた労働者は45%、「コロナをきっかけに働きやすい仕事のやり方が見つかった」と答えた労働者は47%にのぼります。テレワークに限定した質問ではありませんが、新型コロナ対策に伴う働き方の変容が、ポジティブな影響をもたらしているといえます。

しかし、テレワークがメンタルヘルスにネガティブな影響を与えているといった報告も数多くあります。単純に良い・悪いと判断できるものではないようです。

私が気にかけているのは、テレワークが自分に合っていないと感じる人の存在です。調査によれば、約4割の人が該当しています。テレワーク不適応を訴える人の多くはメンタル不調になり、パフォーマンスが低下。実際、企業での健康相談では、テレワーク不適応を訴える人との面談が増えています。

新しい働き方・テレワークがメンタルヘルスに与える影響と企業の試行錯誤

テレワークに向いていないと感じる人は、どういった部分に不適応感を示すのでしょうか。

まず挙げられるのが、環境面です。例えば机や椅子、ネットワーク環境。また、子どもやパートナーの存在など。集中して仕事するのにふさわしい場所かどうかは、個々人でかなり違ってきます。また、マネジャーやチームリーダーからは、職場で一緒に働くときより、テレワークのほうがメンバーの働き方を整え、チームをまとめるのにエネルギーを消耗するといった話も聞きます。

テレワークに適応できるかどうかは、本人の性格も影響しているようです。労働政策研究・研究機構が、パーソナリティ特性とテレワーク下での仕事満足度の関係を調べたレポートを発表しています。それによると、社交的で他の人と交わることが好きな人や、面倒見がよくて親密な対人関係を大事にする協調性の高い人は、テレワークでの仕事満足度が下がる傾向にあるようです。一方、さまざまな現象を受け入れ、柔軟に発想できる開放性の高い人ほど、テレワークによって高い満足度を得られやすいそうです。

コミュニケーション面の変化が関係していそうですね。

新しい働き方・テレワークがメンタルヘルスに与える影響と企業の試行錯誤

そうだと思います。以前なら何となく伝わっていたことを、テレワークではしっかりと言語化する必要があります。雑談もしにくくなっています。コミュニケーションを保つには、意識的にアクションをとらなくてはなりません。新しいコミュニケーションの取り方に慣れるまでは、皆さん、少し大変かもしれないと思います。

オンライン会議での発言も、リアルとは違った気遣いが求められます。他の人と発話が重ならないように、誰もが無意識のうちにタイミングを見計らっていますよね。発言したほうがいいことでも、「まあいいか」と遠慮する人もいる。本来なら会議の場で軌道修正できたことが、その後もずるずると尾を引くことも考えられます。

マネジメント面では、つき合いが長い部下であれば、リモートでも「この人のことだから、こういう状況だろうな」と状況が想像しやすいと思います。しかし、上司の中で部下の行動や性格がうまく理解できていない場合、オンラインでの関係性構築やマネジメントは難しくなるでしょう。特にチームで何かをつくり上げるような仕事は調整が難しく、マネジャーは不安になり、マイクロマネジメントをしてしまうこともあり得ます。結果、部下が働き心地の悪い環境に至るというケースは十分に想定できます。

小さな意思疎通のズレが積み重なり、心理的負担につながってしまうのですね。テレワークは、メンタルヘルス不調発見の遅れを招く懸念もあります。

日本産業衛生学会産業精神衛生研究会の報告書も、そのように指摘しています。また、同じ組織内でテレワークを行える人と、そうでない人がいる不公平感も、働き手のストレスになっている面があるようです。

ただ労働安全衛生調査によれば、企業のメンタルヘルスケア対策の数は、コロナで減少したわけではありません。ストレスチェックの実施率も堅調に推移していますし、職場環境改善の取り組みはむしろ倍増しています。一方でセルフケア教育は若干減少したようなので、改善の余地があるといえそうです。

テレワークをはじめとする新しい働き方は、コロナ禍をきっかけに急拡大しました。そのため、まだ明らかになっていないことがたくさんあります。厚労省でも新しい働き方に合わせたメンタルヘルス対策ガイドラインを策定するなど、対応が進められています。ただ、まだまだ検討すべきことは多いです。今は、各企業が試行錯誤して、グッドプラクティスを探っている段階と捉えておくとよいでしょう。

自律分散でも、協働をなくさないために。新しい働き方での「健康いきいき職場」づくり

ここからは、ポストコロナを見据えた職場づくりについてお聞きします。川上先生は、日本型のポジティブメンタルヘルスの考え方として「健康いきいき職場」を提唱されています。

従来のメンタルヘルス対策は、不調に陥った従業員の発見や対応に主眼が置かれていました。そこから考え方を転換し、働き手の心身の健康度を高める働きかけによって、創造性や生産性を高めることにもっと意識を向けようという発想で、さまざまな関係者と議論を重ねて「健康いきいき職場」を定義しました。

健康いきいき職場では、三つの条件を提示しています。従業員の健康、従業員の「いきいき」、そして職場の一体感です。これらがそろうことで、労働者の健康と幸福、企業の価値と持続可能性、生産性の向上につながるとしています。

このうち、職場の一体感は、日本特有の考えかもしれません。私たちは人に感動し、人とのつながりを得られる感覚によって安心感を得ています。職場での人間関係が個人のパフォーマンスやエンゲージメントに大きく関与することを、多くの人が身をもって体験していることでしょう。チームワークや関係性を基盤とした働き方、すなわち協働の考えが社会に根強く浸透していることからも、職場の活力を築くのに欠かせない要素といえます。

近年、経団連を中心とした産業経済界は、Society5.0の到来に向けてDX(デジタルトランスフォーメーション)を前提とする産業のあり方を提唱しています。実現に向けて掲げられているキーワードの一つが「自律分散」です。Society5.0では、業界・製品別の産業構造が、実現価値や解決課題を軸に再構成されるとのこと。大企業を中心としたピラミッド型の構造も、各事業の得意分野を持ち寄って新しい価値を生み出す「自律分散協創型」に変わるとされています。

自律分散の発想は、組織運営のありようをも変えそうですね。

企業は、働き手一人ひとりにも、自律分散を意識した働き方を求めるようになるでしょう。現にテレワークの導入によって、働き手自身が仕事の進め方を判断し、管理する場面が増えました。

さらに労働人口の減少や従来の雇用慣行が成り立たなくなってきていることから、雇用の流動性がより高まっていくはずです。ここ最近は大手企業を中心に、従業員に対してキャリア自律を促す動きも目立ってきています。副業(複業)や兼業の解禁も、雇用の流動化と自律分散の考えが根底にあるのは明らかです。

自律分散は、健康いきいき職場づくりにどのような影響を及ぼすと考えられますか。

「協働」をどう維持していくかがカギになってくるでしょう。協働は、健康いきいき職場の3本柱である「職場の一体感」と大きく関係してきます。自律分散が進めば、各自のジョブディスクリプションが明確化になるでしょう。それ自体は悪いことではないのですが、「自分の仕事はここまで」と区切ってしまい、従業員同士の助け合いや支え合いが希薄になってしまいがちです。

助け合いの希薄化は、メンタルヘルスの悪化を招きます。職場の一体感が薄れ、従業員が孤独を感じたり、うつ状態になったり、エンゲージメントが下がったりといった影響が考えられるでしょう。

今から20年近く前、日本企業では成果主義の導入がブームとなりました。仕事の成果や結果だけを評価するこの手法により、合理的に仕事を進められるようになった反面、成果に関係しない部分では従業員同士が非協力的になり、ギスギスした関係になるケースが散見されました。メンタルヘルス不調を訴える人が増加し、結果的に生産性が落ち込んで組織にマイナスの影響を与え、多くの企業が課題に直面しました。自律分散を進めるにあたり、協働が失われるという過去の過ちを繰り返さないようにしなければなりません。

成果主義のときも、企業は「仲間を助けるな」とは言っていなかったはずです。しかし評価観点やその手法、報酬の仕組みなどを介して、企業側が意図しないメッセージを従業員が受け取ってしまった。人事制度は、企業側の意思や趣旨、大切にしている価値観が伝わるように細心の注意を払って設計する必要があります。

過去の事例では、職場で行われている助け合いを指標化できるように定義し、KPIによるマネジメントを取り入れている企業がありました。2年ごとに行う調査の結果を管理職にフィードバックしたり、職種別に傾向を分析したりして、助け合いを高めるように管理職に働きかけるものです。このように、変化する組織の中で協働を実現する工夫が求められると思います。

働く時間や場所が一律ではなくなることを踏まえると、職場の一体感を醸成するにも今までとは違った工夫が求められますね。

健康いきいき職場づくりの進め方がいっそう重要になると考えています。以前より提唱してきた、「従業員を大事にしていることを方針の形で明示すること」「部門を超えた体制のもと、協力し合って推進すること」「従業員参加や働き手同士のコミュニケーション活性化に着目した施策を盛り込むこと」が、基本になると思います。

自律分散型の働き方のもとでは、「離れていてもつながっている」と感じられるしかけがポイントになるでしょう。デジタルによって、離れた人同士でもコミュニケーションをとりやすくなっています。ある会社では、従業員の相互理解を深めるのに、「うそ・ほんとゲーム」を始めたそうです。従業員が趣味などを発表し、それが嘘か本当かを当てるというものです。オフラインよりも、オンラインの方が人の嘘に気づきにくいことを逆手にとって、働く仲間の人となりを知ろうという企画です。これが意外と盛り上がるそうです。

このような企画は、リアルではまず企画されないでしょう。少し子どもっぽいと感じる試みも、オンラインでは有効な手段となり得ます。既存のものにオンラインを組み合わせ、突飛なアイデアでも試してみるとよいでしょう。

自律分散型組織に必要なマネジメント層のマインドセット

自律分散型の働き方では、ミドルマネジメントにどのような振る舞いが求められるのでしょうか。

協働の実践という点で、基本的な考え方は変わらないと思います。メンバー間のつながり、助け合い、コミュニケーションをどう維持していくかが重要です。近年は上司と部下の1on1が盛んに行われていますが、メンバー同士で直接話し合う時間も確保できるとよいでしょう。すぐに取り入れやすい対策としては、メンバー全員が顔を合わせるオンラインミーティングを定例化すること、オンライン会議はできる限りビデオをオンにすること、意識的に雑談をすることなどが挙げられます。

自律分散が進むことで、従来型の業務管理は難しくなります。マネジャーは部下の仕事の進捗を細かく把握するよりも、部下に裁量を与え、自ら仕事をコントロールして完遂できるようにフォローする場面が増えてくるはずです。マネジャーの役割自体が変わってくるのではないでしょうか。

自律分散の働き方では、働き手それぞれのリーダーシップが問われます。若手であっても自分ごととして仕事を捉えるようになるのが理想ですから、新しいアイデアの提案なども本来歓迎すべきことです。

ただ、管理職にとって、新人や若手の提案は面倒に感じることもあります。既に決まっていることを、その通りにこなしてもらったほうが波風は立たず、省エネで進められるからです。枠からはみ出すことは、新たに考えたり検討したりする必要が出てきます。ただでさえ余裕のないマネジャーは、こうした状態を負担と感じてしまい、できれば避けたいと思うことでしょう。

しかし中長期的に見たとき、部下一人ひとりの創意工夫を大事にすることは、組織を成長させるために不可欠なプロセスといえます。フレッシュな提案に耳を傾けることを、コストではなく投資と考えられるように管理職のマインドセットを変えなくてはなりません。部下への接し方も、業務管理型のマネジメントから変わってくるはずです。いくら経営がキャリアや働き方の自律を歓迎しても、マネジメントがついていけなければ意味がありません。経営や人事は管理職に対し、十分な学習とトレーニングの機会を設ける必要があるでしょう。

若手のアイデアが現実的ではなかったり、タイミング的に難しい内容だったりしても、管理職側でいったんは受け止めてくれたという体験は、働き手のモチベーションやエンゲージメントに好影響を与えます。結果として、組織全体の成長やイノベーション創発につながるのではないでしょうか。

最後にポストコロナの職場づくりに向け、読者にメッセージをお願いします。

リクルートマネジメントソリューションズが2020年に実施した調査によると、ビジネスパーソンの8割が所属企業から自律的に働くことを期待されていると同時に、自分自身でも自律的に働きたいと考えていることが明らかになりました。しかし残り2割の人は、そうではないのです。うまくキャリアの波に乗れる人にとって自律分散はチャンスですが、自ら機会を作り出すことが苦手な人は社会に取り残されてしまうリスクをはらんでいます。

組織には取り残されやすい働き手が必ず存在します。そうした人に対しても、できる限り手をかけるのはとても重要なことです。取り残される人がいる企業は、世間から敬遠されるでしょう。人手不足が深刻化する中、働くすべての人を大切にする企業の姿勢は、そのまま組織力に反映されるはずです。

採用した以上、企業は働き手に愛を込めて対応してほしいと思います。

(取材は、2021年10月22日)

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。


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