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誰もがイキイキと働ける職場へ
臨床心理士・関屋裕希の ポジティブに取り組む「職場のメンタルヘルス」

【第4回】職場の強みをいかに引き出すのか
働く人たちで変えていく職場環境

東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 客員研究員

関屋 裕希

臨床心理士・関屋裕希の ポジティブに取り組む「職場のメンタルヘルス」

さまざまなストレスの影響で、多くの人がメンタルヘルス不調や仕事のパフォーマンス低下などの問題を抱えながら仕事をしています。企業における「人」「組織」の活性化を担う人事部門には、社員がイキイキと前向きに働くことのできる職場づくりが求められていますが、具体的に何をすればいいのでしょうか。企業のメンタルヘルス対策を専門とする臨床心理士・関屋裕希氏が、明日からすぐに実践できる「職場のメンタルヘルス」対策を解説します。

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理想の職場環境をつくるキーパーソンは誰でしょう?

皆さんには、「こんな職場で働きたい!」という理想の職場像がありますか?

「働きやすくて、働きがいも感じられる職場」
「職場のメンバーとサポートし合いながら、仕事ができる職場」
「仕事で力を発揮しながら、自分も成長できる職場」

二つ目の質問です。理想の職場に近づけるために、次の四つのアプローチのうち、どれが有効だと思いますか?

  • (1)経営者主導型:経営者が人事施策などを通じて職場環境にアプローチする
  • (2)管理職主導型:管理職が自分の管理する職場環境にアプローチする
  • (3)専門職主導型:外部からやってきた専門職が職場環境にアプローチする
  • (4)従業員主導型:その職場で働く従業員たちで職場環境にアプローチする

もちろん、それぞれにメリットと留意点がありますが、研究でエビデンスが確認されているのは、(4)従業員主導(参加)型です。

*制度そのものや手順を変える必要がある場合は(1)(2)、特別な困難な状況がある場合は(3)など、柔軟にアプローチを選ぶことも大切です。

現場のことを一番よく知っているのは、そこで働いている人たちなので、職場状況を的確にアセスメントし、実際の状況に合った対策をとることができるため、成功した場合の効果が高くなるのです。

また、一緒に働いているメンバーで話し合いながら進めていくので、「一緒に職場環境を良くしていこう」という協働的な雰囲気が醸成されます(その結果、仕事をする上でのチームの一体感も高まるという副次的な効果もあります!)。

ストレスチェックの事後対策としても有効

この職場環境を改善する取り組みは、ストレスチェックの事後対策としても有効です。ストレスチェックでは、従業員一人ひとりのストレス度を確認しますが、部署ごとの結果を集計する集団分析という方法もあります。

個人の結果については、本人の同意なしに会社が把握することはできませんが、個人が特定されない方法で集計した集団分析の結果であれば、知ることができます。この集団分析の結果をもとに、部署ごとで職場環境を改善する取り組みを行うのです。

ストレスチェックの事後対策の有効性について検討した研究を概観すると、結果を個人にフィードバックするだけでは効果がないことが明らかになっています。今のところ、ストレス軽減効果(心理的ストレス反応の低減)に有効性が確認されているのは、職場環境の改善活動だけです(表)。

表.ストレスチェック制度義務化前後での労働者の心理的ストレス反応の変化 (Imamura et al, 2018より作図)

表.ストレスチェック制度義務化前後での労働者の心理的ストレス反応の変化 (Imamura et al, 2018より作図)

ストレスの改善に加えて、生産性の向上も!

さらに、この職場環境の改善活動は、ストレス軽減だけでなく、生産性の向上にも効果があることがわかっています。改善活動には時間やお金などのコストがかかりますが、それに対して、得られるメリット(費用便益)を検討した研究では、職場環境改善の実施にかかる費用が一人あたり7,660円なのに対し、実施の結果、生産性が向上して得られる利益は一人当たり15,200円と、費用便益が約2倍と見積もられています。

職場環境改善は、労働者のメンタルヘルス改善と生産性の向上の両方に効果が期待できる活動なのです。

ポジティブな点に注目して、改善への意欲を引き出す

従業員主導型で職場環境を改善していくには、どのような進め方をしたらよいのでしょうか。Appreciative Inquiry(アプリシエイティブ・インクワイアリー、AI)というポジティブ心理学を背景にもつ組織開発手法を参考にするのがおすすめです。

Appreciateは「価値を見出すこと」、Inquiryは「対話・問いかけ」を意味します。問いかけを通じて、組織やそこで働く人のポジティブな面や内在する可能性を強化していく方法です。

「職場環境を改善する」というと、どうしても、自分の部署の「解決すべき問題」というネガティブな面に目が向きやすくなります。「この手順に問題がある」「働きづらさの原因になっているのは〇〇だ」「××だから働く意欲をなくす」など。

ネガティブな面に注目すると、人はやる気をなくしてしまいます。改善活動をすればするほど、「職場をより良くしよう!」というエネルギーが奪われてしまうようなもので、本末転倒です。

さらには「うまくいかないのは誰かのせい」といった具合に、問題の責任を追及したり、押しつけあったりするような展開になり、協働的な雰囲気や一体感がうまれるどころか、職場内の対立や関係の悪化につながってしまうこともあります。

AIでは、人や組織の強みや、すでにうまくいっていることなど、ポジティブな面に注目するという特徴があり、改善活動へのエネルギーを自然に引き出してくれます。

Appreciative Inquiryの具体的な進め方

AIは、4Dサイクルと呼ばれる4段階の手順で進めていきます(図)。

図.Appreciative Inquiryの4段階「4Dサイクル」

図.Appreciative Inquiryの4段階「4Dサイクル」

最初の段階は「Discovery」です。過去の成功体験や現状でうまくいっていることに注目して、組織の価値や強みを発見する段階です。チームの中でペアを組んでお互いにインタビューをしたり、それをチーム全体で共有したりしながら進めていきます。このように従業員同士の対話を活用するところが、AIが「Inquiry」たるゆえんでもあります。

次は、「Dream」と呼ばれる、職場の理想像やビジョンを共有する段階です。AIでは、文章で理想像やビジョンを記述するだけではなく、コラージュや劇、ダンスなど五感を駆使して自分たちが目指す理想の職場像を共有していきます。ビジョンの共有を文章だけで行おうとすると、言葉だけが上滑りし、定着しづらくなることがあるのですが、五感を使うことで記憶に残りやすく、浸透しやすくなります。

「Design」の段階では、共有した理想像を実現するために何をするかを話し合い、優先的に取り組むテーマを決めます。AIを紹介すると、「職場で起きている問題や障害などのネガティブな面には目をつぶるということですか?」という質問をいただくことがあります。もちろん、職場環境を変えていくには、ネガティブな面についてもチームで共有し、解決していく必要があります。

AIでは、「Design」の段階で課題や問題を扱い、解決が必要なことはテーマに含めていきます。最初に課題や問題について話し合うところから始めてしまうと、責任の押しつけ合いや対立関係が生まれてしまうことがあるのですが、「Discovery」と「Dream」の段階を経て、自分たちの強みや理想像を共有したあとだと、協働的に課題や問題を受けとめて向き合うことができます。

最後は「Destiny」で、テーマごとに実行チームに分かれて計画を実践して、理想の職場に向けて、取り組みを継続していきます。

コロナ禍で揺らいだ職場環境を見直すのにも活用できる

この1年、新型コロナウイルスの影響もあり、テレワークが推進されるなど、メンバーがバラバラの場所で働く、顔を合わせる機会が減るなど、職場環境やチームの働き方が大きく変化してきています。

新しい働き方に合わせて、職場環境を見直したり、再構築したりするために、AIを活用するのもおすすめです。

みんなで集まってグループワークを行うのが難しい場合は、職場内で少人数のグループに分かれて進める、まずはオンラインで実施する、というのもよいでしょう。

【参考】
・平成21-23年度厚生労働科学研究費補助金(労働安全衛生総合研究事業)「労働者のメンタルヘルス不調の第一次予防の浸透手法に関する調査研究」報告書
・平成27-29年度厚生労働科学研究費補助金(労働安全衛生総合研究事業)「ストレスチェック制度による労働者のメンタルヘルス不調の予防と職場環境改善効果に関する研究」報告書
・Imamura K, Asai Y, Watanabe K, Tsutsumi A, Shimazu A, Inoue A, Hiro H, Odagiri Y, Yoshikawa T, Yoshikawa E, Kawakami N. (2018) Effect of the National Stress Check Program on mental health among workers in Japan: A 1-year retrospective cohort study J Occup Health.

企画・編集:『日本の人事部』編集部


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