誰もがイキイキと働ける職場へ
臨床心理士・関屋裕希の ポジティブに取り組む「職場のメンタルヘルス」
【第3回】部下とイキイキ働きたい!
管理職のためのマネジメントコンピテンシー
東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 客員研究員
関屋 裕希
さまざまなストレスの影響で、多くの人がメンタルヘルス不調や仕事のパフォーマンス低下などの問題を抱えながら仕事をしています。企業における「人」「組織」の活性化を担う人事部門には、社員がイキイキと前向きに働くことのできる職場づくりが求められていますが、具体的に何をすればいいのでしょうか。企業のメンタルヘルス対策を専門とする臨床心理士・関屋裕希氏が、明日からすぐに実践できる「職場のメンタルヘルス」対策を解説します。
管理職は職場のメンタルヘルスのキーパーソン
今回、取り上げるテーマは、管理職によるメンタルヘルス対策です。
管理職によるメンタルヘルス対策は、厚生労働省の「心の健康の保持増進のための指針」の中で、「ラインケア(ラインによるケア)」と呼ばれています。管理職が部下の心の健康をケアしたり、職場環境を改善したりする取り組みのことを指します。
日々、部下と接する管理職は、職場のメンタルヘルスにおけるキーパーソンです。ラインケアを推進するために、多くの企業が、管理職向けにメンタルヘルス研修の機会を提供しています。
研修では基本的に、「(1)部下の不調のサインに早く気づき、(2)声をかけて話を聴いて、(3)社内の適切な部門につなぐ」という三つのスキルを習得してもらいます。
ただ、新型コロナウイルスの感染拡大により、テレワークを導入した結果、部下の不調のサインに気づくことが以前より難しくなったと感じている管理職は多いかもしれません。
そこで注目されるのが、チームミーティングです。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野で行った調査(E-COCO-J)によると、週に2~3回以上、メンバー全員でミーティングを行っているチームは、週1回か月1回しかミーティングを行っていないチームと比べて、「上司の支援が高い」「心理的ストレス反応が低い」という結果が出ています。テレワーク下では、ミーティングの頻度を増やすことにより、部下の変化に気づきやすい環境をつくることが重要といえそうです。
また、万が一メンタルヘルス不調になっても、遠慮することなく上司や同僚に相談できる関係性や職場の雰囲気をつくっておくことも重要です。
部下の不調を予防するだけでなく、ポジティブなメンタルヘルスを実現するマネジメントコンピテンシー
このように、不調のサインに早く気づいて対応することで、メンタルヘルス不調や休職を予防することを「二次予防」といいます。本コラムのタイトルである「ポジティブに取り組むメンタルヘルス対策」では、さらにその先を目指していきましょう!
「部下が不調にならないように」など、ネガティブな状態を予防するだけではなく、「ワーク・エンゲイジメントが高い状態で働く」「部署やチームとして一体感をもって働く」といったように、ポジティブなメンタルヘルスの状態をつくりだしていきます。実現するには、第1回でお伝えしたように、職場の資源(私たちの働きやすさに関わる要因)を増やすアプローチが必要です。
では、職場の資源を増やす上司の行動とは、どういうものなのでしょうか。職場の資源を増やすのに役立つ、上司のマネジメントコンピテンシーリストをご紹介したいと思います。
イギリスの安全衛生庁(HSE -Health and safety executive)が開発した、部下のストレスを予防し軽減する管理監督者の能力・行動(ストレスマネジメントコンピテンシー)のリストがあります。このリストには、4領域12種類の管理職のコンピテンシーが含まれています(図1)。
図1. HSEのマネジメントコンピテンシー(上司の能力・行動)リストの4領域12項目
筆者が所属する大学の研究グループでは、このHSEマネジメントコンピテンシーリストと心理的ストレス反応、ポジティブな心理状態や職場の状態との関係を調べました(図2)。その結果、領域(1)~(3)のマネジメントコンピテンシーが高ければ高いほど、心理的ストレス反応が低くなること。また、領域(1)~(4)のマネジメントコンピテンシーが高ければ高いほど、ワーク・エンゲイジメント、職場の一体感、職務の遂行、創造性の発揮、積極的な学習が高くなるという関係が見られました。
図2. マネジメントコンピテンシーと心理的ストレス反応やポジティブな指標との関連
部下のワーク・エンゲイジメントを高める鍵は、上司の「言行一致」
さらに、管理職向けにHSEマネジメントコンピテンシーをテーマにしたワークショップを実施して、管理職のマネジメントコンピテンシーが上がるか、その部下が評価する職場の資源が増えるかを調べました。
その結果、ワークショップを実施することで、管理職のコンピテンシーの総合得点、特に、領域(1)「部下への配慮と責任」に関するコンピテンシー、領域(2)「現在と将来の仕事の管理・伝達」に関するコンピテンシーが上がり、部下が評価する「部署レベルの資源」が上昇することが分かりました。
部署レベルの資源には、上司からのサポート(上司が話しかけやすく、頼りになり、相談にのってくれるなど、上司から部下への支援)、同僚からのサポート(同僚が話しをしやすく、頼りになり、相談にのってくれるなど、同僚同士での支援)、上司のリーダーシップ(上司が仕事の出来について適切なフィードバックを行い、部下の能力発揮を助け、自ら問題解決できるよう支援している)、上司の公正な態度(上司が偏見を持ったり独りよがりだったりせず、部下に思いやりと誠実さを持って対応してくれる)、ほめてもらえる職場(業務の結果に対して、上司や同僚からのねぎらいや感謝の言葉など、ポジティブな評価を受けることができる雰囲気が職場にある)、失敗を認める職場(仕事上で失敗しても、それを取り戻す機会があったり、失敗を転じて成功に導いたりすることができる雰囲気が職場にある)といった項目が含まれています。
職場の資源を増やすには、部下に直接指示を出したり相談にのったりする、管理職の行動が鍵になるといえるでしょう。
ワークショップでははじめに、このコンピテンシーリストを使って、管理職に自分のマネジメントをセルフチェックしてもらいました。自分のマネジメントの強みに着目したうえで、グループワークを行うという構成です。管理職向けのメンタルヘルス研修のひとつとして、このスタイルを取り入れてみてはいかがでしょうか。コンピテンシーリストの項目やワークショップの進め方は、参考書籍の中で詳しく解説しています。
また、このワークショップの効果をワーク・エンゲイジメントに絞って解析してみたところ、HSEのマネジメントコンピテンシーの領域1に含まれる「誠実さ」が上がると、部下のワーク・エンゲイジメントが高まることが分かりました。「誠実さ」には、「自分がやると言ったことは実行する」という項目が含まれています。管理職の言っていることとやっていることが同じであること、つまり言行一致であることが、部下のワーク・エンゲイジメントを高めるのです。これだけに絞れば、明日からすぐにでも実行できるのではないでしょうか。管理職の皆さん、ぜひ、試してみてください。
- 【参考】
- 新型コロナウイルス感染症に関わる全国労働者オンライン調査
E-COCO-J | 新型コロナウイルス感染症に関わる全国労働者オンライン調査 | 精神保健学/精神看護学分野 東京大学大学院医学系研究科 (umin.ac.jp) - 職場のラインケア研修マニュアル(CD付き):管理職によるメンタルヘルス対策.関屋裕希,川上憲人,堤明純. 誠信書房,2018.
- 関屋 裕希
東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 客員研究員
せきや・ゆき/臨床心理士。公認心理師。博士(心理学)。東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 客員研究員。専門は職場のメンタルヘルス。業種や企業規模を問わず、メンタルヘルス対策・制度の設計、組織開発・組織活性化ワークショップ、経営層、管理職、従業員、それぞれの層に向けたメンタルヘルスに関する講演を行う。近年は、心理学の知見を活かして理念浸透や組織変革のためのインナー・コミュニケーションデザインや制度設計にも携わる。著書に『感情の問題地図』(技術評論社)など。
ホームページ:https://www.sekiyayuki.com