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これからの人材育成――人材育成の何をどう変えなければいけないのか

  • 高橋 俊介氏(慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授)
2017.07.06 掲載
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人材を取り巻く環境が複雑化し、近年、人材育成は単純な発想だけでは対応できなくなっているが、慶應義塾大学大学院特任教授の高橋俊介氏は「重要なのは人材育成の必要が生じたときに、思い付けるオプションの数」と言う。どうすれば多様な人材の課題に、柔軟に対応していけるのか。これからの人材育成について、高橋氏が語った。

プロフィール
高橋 俊介氏( 慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授)
高橋 俊介 プロフィール写真

(たかはし しゅんすけ)1954年生まれ。東京大学工学部卒業、米国プリンストン大学工学部修士課程修了。日本国有鉄道(現JR)、マッキンゼー・ジャパンを経て、89年にワイアット(現タワーズワトソン)に入社、93年に同社代表取締役社長に就任する。97 年に独立し、ピープルファクターコンサルティングを設立。2000年には慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授に就任、11年より特任教授となる。主な著書に『21世紀のキャリア論』(東洋経済新報社)、『人が育つ会社をつくる』(日本経済新聞出版社)、『自分らしいキャリアのつくり方』(PHP新 書)、『プロフェッショナルの働き方』(PHPビジネス新書)、『ホワイト企業』(PHP新書)など多数。


人材育成が変わらなければならない六つの要因

高橋氏は、いま人材育成が変わらなければ、これからの現場に対応していけない、と語る。その背景には六つの要因がある。一つ目は、ビジネスモデルの変化とその速さにより、育成すべき「キー能力」がより高度化、普遍化していることだ。

「高度化を端的に言うと、単純に製品の性能を説明して売ることと、相手の状況を考えて提案して売ることでは難しさが違う、ということです。そして普遍化とは、一段上の思考へと変わり、より多くの状況に対応できることを指します」

二つ目の要因は、ビジネスモデルが進化したことで、より多くの分野で高度な専門性が必須になっていることだ。

「これは日本企業にとって、特に重大な問題と言えます。いろいろな分野で専門性がないと太刀打ちできない課題が増えているのに、企業幹部にはジェネラリストが多いため、自分たちとは異なる専門的な人材を育てるイメージを持てていないからです」

三つ目の要因は、組織のコミュニケーション環境の変化で学び方が変わっていること。

「日本企業は昔から、職場における人材育成能力が高かった。そのため、これまでは研修を熱心に行う必要がなく、研修を軽視してきました。しかし、現在はそんな環境ではありません」

四つ目は、仕事内容の変化により、仕事を通じた成長のありようが変化していることだ。

「例えば製品の故障が減り、オペレーションの現場で人が育たなくなる現象が起きています。また、仕事のやり方がどんどん変わっているので、上司が部下に仕事を教えられなくなっています」

五つ目は、若者の若年時生育環境の変化により、社会スタート時点での能力発達が変化していること。

「コミュニケーション環境の変化が影響しています。ある能力は今までより発達していないのに、他の能力にはすごく発達しているものもある。例えば今の若い人は、携帯の操作やSNSなどの情報収取能力などはとても得意だけれど、年の離れた初対面の人とうまく人間関係をつくるような話し方をすることは難しいのが実状です」

六つ目は、働く人たちの人生と人生観が変化していることだ。

「女性活躍はその典型ですが、学び方やキャリア形成の仕方が非常に個性化、個別化しています。人生観も変化している。若年層には、入社していきなりワーク・ライフ・バランスを気にする人や、会社で偉くなりたいとは思わない人が増えています。また、IT人材では、フリーランスを選ぶ人が増えていることが目立ちます」

「人材育成の七つの方向性」とは

このように人を取り巻く環境が大きく変わってきているため、人材育成も変えなければならなくなっているのだ。では、具体的にどう変えていくべきなのか。高橋氏は「人材育成の七つの方向性」について語った。

【方向性1:正解があるものから、ないものへ】

「正解主義教育と短期的功利性の影響の強い若者をどう導くのか、ということです。最近は『この場合はどうすればいいんですか』と答えばかりを求める、受身の人が増えています。そういう人たちは『教わっていないことをして失敗したら、時間のムダじゃないですか』などと考えている。また日本人は、知識はあるのに自論を言うことができない傾向があります。例えば記述式の問題になると、海外の人と比べて日本人は白紙回答率が増えます。完璧を求める人が多い、ということです」

高橋氏は、「教えるというより気づき、学ぶ場を増やす」ことが重要だと言う。内省させて学ばせること、どうして学ぶのかを伝えることが大事なのだ。

「正解がない問題ほど、解答するには経験的知見ではなく、体系的専門性と幅広い教養的知見が求められます。人事の仕事でも、その体系を知っているか、自社の制度の成り立ちを知っているかということはとても重要です」

「資格試験の罠、それを餌にする危険」という問題もある。

「資格試験の内容はほとんどが、まる暗記型です。そうなると、自論を書く訓練ができない。実践に役立つ資格は社内でつくればいいと思いますね」

もう一つは「独学力の時代、内省と集中力、インプットへの自己投資、実験と試行錯誤」だ。

「自論を述べるには、独学力が必要です。また、内省の習慣は自論につながります。独学力のある人には、実験好きが多いですね。こんな人たちは周囲にいるはずです。こういった有効な振る舞いは共有してほしい」

最後は「根拠に基づく自論形成能力の形成が基本、常に自論を考える思考特性を身に着けさせる会議、会話」だ。

「GEの元CEOであるジャック・ウェルチは、会議で相当厳しい問いかけを行ったそうです。別の部署のことや自分の専門ではないことをたずねられても、5秒以内に答えなければいけない。出席したメンバーは指名に備えて、何を言うかを常に考えていたそうです。自論を言える力は重要です」

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【方向性2:スキル以上に思考行動変容へ】

ポイントの一つは「気づきと内省による認識変容、思考行動変容、スキル獲得、習慣化の流れが成長につながる」だ。

「最初に重要なのは認識変容です。自分がスキルを身に付け、それを使っていくためには認識を変える必要がある。ここでは、正確な自己評価が必要です。気付きと内省で認識が変わっていくのです。そして行動の変容から、習慣化に向かう。習慣化は自然にできるようになるまで6ヵ月ほどかかります。いかに自分に意識させるかがポイントです」

次のポイントは「スキルもインプット重視からアウトプット重視へ、学校教育も知識を使う教育へこれから変化」だ。

「自分に直結するアウトプットを行い、知識を使うことが重要です」

他にも「研修が不要になるのではなくやり方を変える、人材育成施策や研修設計にも高度な専門性が必要」「思考行動変容の全体の流れを集合研修やEラーニング、SNS、職場の日常業務と組み合わせて成長プロセスを設計する」「さらにはその結果が具体的成果として組織に見える形になるとなお効果的」といったポイントがあげられた。

【方向性3:具体的職務能力からメタ能力へ】

メタ能力とはより高い視点での能力という意味。一つ目のポイントは「変化が激しい時代、必要とされる能力も大きく変化する一方、単なるジェネラリストでは多くの分野で成果が出ない時代に」だ。

「ジェネラリストでは物事に対応できず、かといってタコツボ人間でも問題があります。一つ次元を上に考えないと解決できません」

二つ目のポイントは「専門性の深堀りと変化柔軟性を両立させるのがメタ能力、例えばキャリアコンピタンシー」だ。

「キャリアコンピタンシーとは特定の職種ではなく、世の中が変わり仕事が変わっても継続して満足度の高いパフォーマンスが出せるキャリアを、切り開き続けられる人が行っている特性ということです。専門性の深掘りもある時期は必要ですが、一方で変化に柔軟に対応するには視野を振っていくことも重要です。長い人生では、必ず両方の要素を使わないと対応できません」

三つ目のポイントは「今何を知っているか以上に、新しいことを短期間に自ら学ぶ能力」だ。変化の激しい時代には、新しいことを短期間に自ら学ぶ能力のある人が対応できる。

四つ目のポイントは「初めて会った多様な人たちと、短期間に信頼関係を作る信頼社会型能力」だ。外に出ていって関係性をつくれる能力がないと、今必要とされるコラボレーションは生まれない。

五つ目のポイントは「さまざまなメタ能力の可視化、自身の客観化と背伸びの習慣化の支援がメタ能力を向上させる」だ。背伸びして何かにチャレンジすることで力が付いて行く。

【方向性4:タテのOJTからヨコの学習へ】

高橋氏は、「変化が激しい環境で、伝承ではついていけない」「タテの一対一の指導育成からヨコの集団の学びと刺激のし合いへ」「伝承に強く傾くと、変革と創造人材が育たない、それを育てるのは独学と仕事における試行錯誤」とポイントをあげる。

「上から『仕事はそういうものだ』と言われていると、変革も創造もできません」

続くポイントは「試行錯誤と学習のスピードを上げる職場学習の仕組みと風土が重要」だ。

「上から教えるのではなくて、皆で学ぶとよいと思います。ここでの上司の役割は、場をうまくファシリテートすることです」

もう一つのポイントは「育てる側の育成意欲というより、学ぶ場の環境整備が管理職の役割へ」だ。アウトプットを活用し、ヨコ型の学習環境を整えることが求められる。

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【方向性5:上司と人事が育てるから、寄ってたかって育てるへ】

一つ目のポイントは「万能のスーパーマン上司仮説と全知全能の人事仮説を追い求めることは全く現実に合わない」だ。

「上司は万能ではありません。私は上司の仕事はもっと分解して、手分けしたほうがいいと思っています。また、人事は何でも知っているなんて、ありえません」

二つ目のポイントは「そもそも家族状況や個人の人生やキャリア上の志向、ひいてはゲノム情報などは究極の個人情報であり、会社が管理すべきものではない」。これは本人の秘密情報であり、あきらかな倫理違反になる。

三つ目のポイントは「AIとビッグデータは補完的には活用できても、自動化できるものではないし、してはならない」。四つ目は「一方で直属上司以外の同僚など、さらには顧客や取引先など多くの人が関わるのが人材育成」。五つ目は「人に興味を持ち一言伝える風土、特にその都度のポジティブフィードバックは重要」だ。

六つ目のポイントは「例えばノンレイティングは、上司によるじっくりフィードバックから、多様な人たちからのその都度フィードバックへの軸足移動ともいえる」だ。

「ノンレイティングは、レイティングを止めろという単純な話ではありません。上司による『じっくりフィードバック』から、多様な人たちからの『その都度フィードバック』への軸足移動ともいえます。レイティングを止めることは簡単ですが、それに対応して多様な人との関わりを増やす必要があります」

【方向性6:仕事経験から課題付与へ】

一つ目のポイントは「ローテーションによる多様な経験で育てられるのは、高い専門性を求められないHow専門職のジェネラリスト」。二つ目は「新たな環境でWhatを作りながら状況を切り開いていけるリーダーを育てるのは、その時の仕事の中身、つまり乗り越えるべき課題」だ。

「人の作り方は人によって異なります。Whatを作れるようになるには、そこを乗り越えるべき課題を与えないと育ちません」

三つ目は「例えばヨコの巻き込みを必要とする課題、相矛盾する関係を統合する問題解決など、課題のポートフォリオを整理し、目的をもって課題を付与することが大事」だ。

「私はこれをヨコのリーダーシップと言っています。人を巻き込む力を育てるにはやらせるしかありません。試練のある仕事をやらせてみて、必ず支援し計画的にフォローしていくことです」

【方向性7:前提としてのキャリア自律】

「良い習慣が良いキャリアを作り、良い関係性が良い偶然を呼びます。人間関係への投資、布石が必要です。そして、良い自己投資が効果のある学習を支える。自分のスキルアップには自分の時間と手間を使う。良い仕事観がキャリアに軸を与えます」

高橋氏は最後に「人生100年時代、キャリアの節目での振り返りと決断が、しがみつき型でない生涯現役を実現する」について説明し、講演をしめくくった。

「人事の皆さんには、積極的にキャリア自律を支援してほしい。良い人生観が長期的展望での習慣化の努力を引き出します。若い人の人生観はあきらかに変わってきています。短期的な損得とか、具体的なゴールに迷わされるのではなく、企業は長期的な展望が持てるように支援していくことが大事です。これらがしっかりできているならば、研修を行うと必ず効果があるはずです」

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