古森:近年、ビジネスのグローバル化が急速に進んでいます。そこで企業に求められるのは、“グローバルに活躍できるリーダー”の育成です。本日はグローバルリーダーを育成する方法やその課題について、パネリストの方々にうかがっていきたいと思います。ではまず、グローバルリーダーの定義についてお聞かせください。
酒井:現在は大変革期にあり、グレートリセットとも呼ばれています。これまでの価値観や仕事のやり方に、大きなリセットが起こりつつあるのです。しかし、そのような変革の中でも、グローバル化は進んでいます。決して逆流することはありません。グローバルと言うと日本ではない世界での活動を指すように思いがちですが、それだけではありません。日本にいて、ここがそのままグローバル化されるということでもあります。だから、グローバルリーダーといっても、まず日本国内で通用して、きちんと成果が出せることは重要な要件になります。
もう一つはやはり、語学力があるということですね。ビジネスでも自分の言葉で話せることは、相手と人間関係を築く上でとても重要です。また、何かあった時、自主的に海外に飛んでいくくらいの思い切った行動力も必要です。これらは、グローバルリーダーが持つべき最低限の要件だと思います。
松崎:キッコーマンでは、すでに海外展開を行っていましたが、グローバル人材の育成に 関しては、昨年から集中して始めたところです。私たちのグローバルリーダーの定義は、大きく言えば「国内外を問わずどこでも能力が発揮できる人材」です。海外だけでなく、国内でも力を発揮できる人材をグローバル人材と定義し、その要件を六つあげます。
一つ目はコミュニケーション能力。語学ができるだけでなく、はっきりとモノがいえ、相手に伝えられること。二つ目はリーダーシップ。いろいろな国籍の人をまとめていく力です。三つ目は異文化への適応力。四つ目は専門性。現地スタッフからリスペクトを受けるような能力のことです。そして五つ目はやはり体力ですね。食の会社ですから、何でも食べられるといったことも大事になります。最後は楽天性です。やはり仕事は厳しいですから、その中で明るく前向きに考えられる人であることはとても重要です。
アキレス:資生堂では今年4月に新たな経営理念を策定、それを世界共通の理念としました。その中にバリューとして「多様性こそ強さ」があります。実際、当社の全従業員4万4000人のうち、4割以上は海外の人材で、売上の43%は海外です。そのため、社員のグローバル化は重要な課題となっています。ただし、資生堂としてのグローバル人材の定義は現在再構築中ですので、ここでは私のこれまでの経験を元にお話したいと思います。
私が考えるグローバルリーダーの特徴は次の七つです。一つ目は戦略的思考。「先を見る」「深く見る」「客観的に見る」ことができる人です。二つ目はコミュニケーション力。三つ目は異文化適応力。四つ目はリスクとバランス。どのリスクを取るか、どれを取らないかの判断力が問われます。五つ目は実現力と結果責任。話だけでなく、きちんとプロジェクトを実現していく力があるということです。六つ目はバーチャルチーム。文化や習慣が違い、距離が離れているメンバーでもうまくリードし、チーム力を高めることができる力です。七つ目は現実的楽観主義。グローバルな展開では厳しい場面が多くありますが、そんな時でもユーモアを忘れないことが、チームメンバーのモチベーション維持に役立ちます。現実を直視しながらも、前向きに行動していけます。
古森:それぞれ異なる経緯からグローバルリーダーを育成されていますが、その要件には共通する部分もありますね。それでは、具体的な育成の施策についてお聞かせいただけますか。
松崎:まず、施策の前にお話したいのが、これらの施策のベースとしてあるのが「企業の理念やビジョンをきちんと伝える」ということです。これを世界中の社員に浸透させることが重要だということをまずお伝えしたい。
施策についてですが、まず採用では、現在、総合職コースの社員には、管理職も含めて、全員がグローバル社員であると伝えています。これも一つの意識改革です。そして、外国籍社員を増やすアクションを始めました。育成では、社員が若いうちに海外に行くチャンスを多く作りたいと思っています。一度は海外に行って修羅場を体験してもらいたい。また、人材の異動をスムーズに行うために、ポストのポジショニングを行い、人材マップを作ろうとしているところです。外国人採用では、日本人と同じように世界中の会社の幹部候補生として、配置・育成していくことを考えています。
酒井:フリービットも、理念を伝えることを重視している点は同じです。理念はそのまま行動に表われます。普段から、自分が仕事でどんな判断をするのかについて、現地スタッフが見ているという意識を持っておくべきです。育成については、自然とグローバル化を目指せるような環境づくりを行いたいと思っています。当社では5年以内に中国に本社機能を移す構想がありますので、社員も今から本気でグローバル化を考えないと間に合わないのです。
そこで、人の配置では現在のグローバルリーダーの近くに、次期リーダー候補を配置したり、社員個人のネットワークに海外の人がどれくらい入っているかをモニタリングしたりするなど、あらゆる手段を使ってグローバル化を促進させています。実は、来年入社する内定者が自費で中国に行き、市場をレポートしたというトピックスがあったのですが、そのレポートを社内報に載せ、社員のグローバル化への意識を高めるといったことも行いました。
アキレス:私が考える育成ポイントは七つあります。一つ目はトップを巻き込むこと。グローバル人材育成に対してトップの腰が引けていては説得力がありません。社員も本気になりません。二つ目は最適な推進者、上司を選ぶこと。海外勤務経験がある上司の下につけるなど、理解と経験のある人を周囲に置かないと人材の強みをうまく活かせないし、定着しないのです。三つ目は素養を見抜き、採用すること。ここで大事な素養は「好奇心」「行動力」「向上心」の3Kですね。候補者の個性や経験は違っても、この素養は将来グローバルに活躍する人材に共通していると思います。
四つ目は早期に海外赴任を経験すること。アタマが柔らかい若いうちに2-5年行って、失敗も含めて様々な経験することです。できれば数年後、再度マネジャーとして赴任し、現地のチームをリードする役割を担うのが理想です。五つ目は外国人をチームに入れること。コミュニケーションをとるには、英語を話す必要がありますので、社員の英語が上達する、異文化の理解が進むなど、内なるグローバル化が進みます。六つ目は冒頭でふれたグローバルリーダーのスキルを身に付けること。いろいろなスキルはありますが、基本はいかに相手と信頼関係がつくれるかです。七つ目は人事の施策として、昇進の基準に加えること。例えば、以前いた会社では部長以上の昇進条件に「海外勤務経験2ヵ国以上」という条件が入っていました。そして国を超えた育成プログラムを戦略的に実施していくことが重要です。
古森:皆さんからお話をうかがっていると、人材のグローバル化を進めるには、人事がリーダーシップを取るしかないと思わされます。最後に、海外で活躍するにはどうしても言葉の問題を解決しなければなりません。この点はどのようにお考えですか。
松崎:語学は確かに大事なものですが、環境さえ整えば多くの人はある程度克服できるのではないかと考えています。それよりも海外のビジネスを行う上で優先順位が高いのは、やはり仕事ができる人を選ぶということです。決して語学を軽視するものではありませんが、まずは国内の仕事で成果をあげた人を優先していくことでグローバル化に臨んでいきたいと思います。
アキレス:私が以前いた会社では、管理職昇進の要件の中でTOEICの点数はあいまいになっていました。そこで、専門家の調査結果を元に、「半年後は550点、1年後は600点を昇進要件にします」と決めたのです。反対意見もありましたが、なんとか導入し3年経過してみると、全対象者のTOEICの平均点は100点以上も上がっていました。これは、管理職昇進の要件というきっかけをつくり、早いうちに勉強することを奨励した結果です。ある程度のポジションになってからではやはり大変です。最初に苦労した方が、後で苦労するよりも絶対に楽だと思いますね。何より、英語ができると本人のキャリアの選択肢が広がります。
酒井:私はオランダに移住し、現地の会社に9年ほど勤めた経験がありますが、そのとき感じたのは「あ・うんの呼吸で通じるなんてありえない」ということでした。最初はあまり言葉が話せなくて、同僚から子ども扱いされたのです。やはり仕事の現場で、自由に自分の意思を伝えられるのは大事なことです。また、語学の学習は長期的な自分への投資という側面もあります。そのような長期的な計画を、日々の生活に組み込めない人は、長期スパンの仕事もできないのではないでしょうか。その点で、語学ができる人と、仕事ができる人とは、ベーシックな部分で共通しているように感じます。
古森:皆さんのお話をうかがっていると、グローバル人材の育成に正解はないと思い知らされます。その中で企業の人事部には、先導役としての役割が期待されているのは間違いありません。今日のお話が参加された人事の皆さんの参考になることを期待します。パネリストの皆さん、本日はどうもありがとうございました。