何かが変わろうとしているとき、不安を感じるけれど、同時にわくわくする気持ちもあるということはありませんか。ダニエル・ギルバート博士の本に、事故で脳の前頭葉を鉄棒が貫通したのに、運よく生き残った男性の話がありました。事故後この人は、不安がなくなったそうです。でも同時に、後々の段取りを考えたり、計画したり、未来のことを構想したりすることは一切できなくなりました。
人間の頭のその箇所が、一方では心配に、また一方では将来を考えることにつながっているからです。ギルバートは、人間という動物だけが未来について考えることができ、そのときに不安や希望を感じることができると言いたがっているようです。
企業で起こる変革のプロセスでも、若い社員たちは「一体どうなっていくのだろう」という緊張感と、他方で「変わっていく中で、どんなプラスが起きるのか」という希望の気持ちを持ちますよね。経営者自身も何かを変えていくときに、社員を元気づけようと思えば希望の要素を与えようと思うし、今は気持ちがたるんでいると思えば、意識的に危機感や緊張を与えようと考える。もし人事部の中に組織開発に長けた人が何人かいて、実践的にそんな気持ちを伝えられるとしたら、そして、その影響を受けた人が徐々に増えるような状況があるとしたら、どうでしょう。人事に組織開発のプロがいるおかげで、変革がうまくいくようになるかもしれません。これは、人事部の理想形に近いように思いませんか。
私の恩師である心理学者のエドガー・シャイン先生は、1928年生まれですが、先生がまだ20代だった1950年代後半に、デジタル・イクイップメント・コーポレーション(DEC)の経営者ケン・オルセンから組織についてアドバイスを頼まれたことがありました。コンピュータメーカーであるDECは好調でしたが、エンジニアから会社を創業したケン・オルセンは経営がわからずに困っていたのです。そこで、できる人に来てほしいと、MITの看板教授であるダグラス・マクレガーに頼み、組織開発の専門家として招かれたのがシャイン先生でした。
DECの社員たちはオルセンを恐れていました。どうもすぐに怒る怖い人だったようです。しかし、技術には優れていたが、経営には素人であった。それで経営会議で、途中でケンカになったり、議論が空中分解したりしないように、シャイン先生は議論を最適化することを担当したのです。これは今なら、経営戦略のプロが行うような内容のコンサルティングではなくて、プロセスのコンサルティングです。このプロセスにコンサルテーションがあると言い始めたのがシャイン先生でした。
こんな組織開発のエキスパートのような人が人事部にいれば、変革を起こそうとするときでも、変革のエージェントとして社員と一緒に併走できます。そうなれば、変わり方も円滑になるのではないでしょうか。こういう人事部があることで、変革も起こしやすくなるのです。
私は変革の問題を考えるときに大事にしていることがあります。変わる、変わるばかりではヒステリックになってしまうのですね。人事部には「文化のガーディアン」という役割もありますから、変えるべきものと、変えずに大切にすべきものの判断はぶれないように考えておくべきですね。
また、変革へのモティベーションを考えるとき、参考になる指針があります。元GE会長のジャック・ウェルチ氏が上げたリーダーの条件4Esです。
Energyは、エネルギーを発揮して元気な人。Energizeは、周囲にいい影響を与える人です。中にはその人が元気になると、周囲が落ち込んでしまうという人もいますね(笑)。Edgeは、「もっといい情報があれば決断できる」ではダメで、決断すべきときに決断できる人。もう一つは全体最適のために正しいことならば、一部の反対があってもアクションが取れる人。厳しいことも実行できる人ということです。Executeは、最後までねちっこくやり通せる人。日本語だと「やり抜く」「逃げない」というニュアンスです。これらの四つの方向性を社員に持たせることは本来ライン・マネジャーがやるべきことですが、人事部が代わりに「チェンジ・エージェント」として担うべき時代になっています。
やる気の問題については、人事部がいなくても一人ひとりが自分のやる気を調整できることが理想です。ただし、一人でなく皆で成し遂げるなら、「みんなのやる気を高めるために」何をなすべきか考える必要があります。これがリーダーシップにつながります。特に皆に変化を起こし、持続して変革に取り組んでもらうには、人事部がそのような変革型のリーダーシップの連鎖が生まれやすい育成の仕組みをつくることが肝心です。そのためには、人事部の中にも変革型リーダーがいることが必要ですね。
組織変革を考えるときに、かなりの部分で問題になるのはコミュニケーションです。ここで、あなたが何かまずい問題を感じて、危機感を持つ人同志でつながったとしましょう。すると皆で今の状況を変えるためのビジョンを生み出そうとします。その後は、何も知らない残りの社員に生み出したビジョンを売り込むプロセスが必要になります。そこでコミュニケーションが問題になるのです。
最近は「ホール・システム・アプローチ」という新しいコミュニケーションの手法が脚光を浴びています。これは、組織の境界を越えて多くの関係者が集まり、会社の課題や目指す未来について話し合う、規模の大きな話し合いの手法です。「ワールド・カフェ」も、その手段の一つですね。私は、象のように大きなものを皆で探るという意味で、「全体ゾウ」(whole elephant in the room)と呼んでいます。このような手法が脚光を浴びていますから、人事部は見識として発信することがあってもいいですね。ぜひ試してみてはいかがでしょう。
最後に、リーダーシップ論の権威であるJ.P.コッターが上げている、変革が失敗に終わる理由をご紹介しましょう。
このモデルは「変革がどこで止まってしまうのか」を問題にしているわけです。企業の変革は、どうすれば一番うまくいくのでしょうか。危機から入り、不安に訴え、抵抗勢力がいても変わらないと亡びるよとコッター型のモラルがよく知られている。他方で、もっと前向きに、この会社で働いていてよかったことから入っていて、夢を共有し、それを実現していくのはもう運命に近いというぐらいの強い意志を共有しようとするアプローチ、たとえば変化をもっとポジティブにとらえるモラルもあります。後者を見逃さないようにするためにも、組織変革のアプローチとは一味違う、最適の組織開発に触れることが大事です。一つには人事部のやる気の問題がありますが、組織変革から貢献することはもちろんできます。皆さんには、今日をきっかけに、ぜひ継続して考えていただきたいと思います。
『日本の人事部』という表現は、非常に面白いと思います。人事部の皆さんには、企業の垣根を越えてシェアしてもいいことがたくさんありますよね。例えば「わが社ではこういうツールを使って、良い形で変革の促進ができた」という事例があれば、今日のようなイベントを通じてシェアしたり、いろいろと交流したりできれば素晴らしいと思います。本日は、ありがとうございました。