誰もがイキイキと働ける職場へ
臨床心理士・関屋裕希の ポジティブに取り組む「職場のメンタルヘルス」
【第5回】仕事が「与えられるもの」から「やりがい」へと変わる! 「ジョブ・クラフティング」の効果とは
東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 客員研究員
関屋 裕希
さまざまなストレスの影響で、多くの人がメンタルヘルス不調や仕事のパフォーマンス低下などの問題を抱えながら仕事をしています。企業における「人」「組織」の活性化を担う人事部門には、社員がイキイキと前向きに働くことのできる職場づくりが求められていますが、具体的に何をすればいいのでしょうか。企業のメンタルヘルス対策を専門とする臨床心理士・関屋裕希氏が、明日からすぐに実践できる「職場のメンタルヘルス」対策を解説します。
仕事や働きがいは「与えられるもの」なのか?
職場を見渡したとき、目の前の仕事に働きがいを感じながら仕事をしている人はどれくらいいるでしょうか? 新型コロナウイルスの影響でテレワークが進んでいて、そもそも見渡せない、という場合もあるかもしれません。
部下が「仕事が面白い!」と感じながら働いているのであれば、上司は安心して仕事を任せられるでしょう。しかし、「つまらない」「嫌々やっている」と感じているようなら、働く姿が見えづらいテレワークで仕事を任せることが心配になってきます。
今回は、働く人が目の前の仕事や働き方に主体的に工夫を加えることで、働きがいを感じながら仕事ができるようになる「ジョブ・クラフティング」を紹介します。
2001年に米イェール大学経営大学院のエイミー・レズネスキー教授とミシガン大学のジェーン・E・ダットン教授が提唱した考え方で、「働く人自らが主体的に工夫を加える」という点が最大の特徴です。
仕事は与えられるもの、決められた内容をただこなすもの、と考えている人は多いかもしれません。しかし、時代の流れを考えると、そうもいかなくなってきています。
テレワーク推進の流れもそうですが、従業員が兼業や副業に取り組むことを認める会社が増え、本業を持ちながら第二のキャリアを築いていくパラレルキャリアも注目を集めています。
私は、これからの働き方のキーワードのひとつに「自律」があると考えています。
「人生100年時代」と言われるようになり、今や20歳前後に働き始め、60歳までひとつの会社で勤め上げてリタイアする、という時代ではなくなりました。これからは定年の年齢もぐんぐん延びていき、複数のキャリアを経験することが当たり前になっていくかもしれません。
これまで以上に長くなるキャリアを、会社がすべて引き受けるのではなく、働く一人ひとりが描いていく必要が出てきているのです。ジョブ・クラフティングは、その後押しをしてくれる考え方です。
「働きがい」と「心の健康」を実現する
これまでの研究の結果から、ジョブ・クラフティングをしているほうが、ワーク・エンゲイジメントが高く、心理的ストレス反応が低いことが報告されています(図1)。さらに、仕事に対する満足度やパフォーマンスも高いことが示されています。
図1.ジョブ・クラフティングの効果
また、社員にジョブ・クラフティングを促す研修を実施したところ、研修後にはジョブ・クラフティング行動が増え、ワーク・エンゲイジメント(図では、仕事のいきいき度)の向上と心理的ストレス反応の減少が確認された研究もあります(図2)。
図2.研修実施前後でのワーク・エンゲイジメントと心理的ストレス反応の変化
ジョブ・クラフティングは、「働きがい」にも「心の健康」にも効くのです。
ジョブ・クラフティング実践のための三つの視点
では、具体的にどう実践していけばいいのかというと、(1)「仕事や役割に対する捉え方」、 (2)「仕事の進め方」、 (3)「対人関係の量や質」という三つの視点から、仕事に工夫を加えたり、見直したりしていきます。
私がよく例に挙げるのは、「踊る警備員」です。その名のとおり、ショッピングモールの駐車場で、踊りながら右へ左へと車を誘導する警備員のことです。一時期話題になったので、テレビや動画サイトなどで目にしたことがある方もいるかもしれません。私は「彼がまさにジョブ・クラフティングを体現している!」と思っているので、彼を例に、三つの工夫を説明していきたいと思います。
まず、彼の場合は、(2)「仕事の進め方」に自分が好きで得意なダンスを取り入れました。ここで大事なのは、ただの自己満足ではなく、パフォーマンスにとっても良い面がある、ということです。
大きな動きをすることで、誘導が一層わかりやすくなり、本来の「誘導」という役割を果たすうえでのパフォーマンスも上がります。さらに、ショッピングモールを訪れるお客さんからすると、彼の動きは面白く、楽しい気分にさせてくれるパフォーマンスでもあります。
彼にとって、仕事は単に「警備」や「誘導」だけではありません。「ショッピングモールに来るお客さんを出迎えて楽しませる、気分を盛り上げる」ものです。すると、(1)「仕事や役割に対する捉え方」も変わっていきます。
また、彼のパフォーマンスを見て面白いと思ったお客さんが彼に声をかけたり、写真や動画を撮ったりすることで、ただ警備や誘導をしていただけでは起こらなかった対人的な交流が生まれ、(3)「対人関係の量や質」も変化していきます。
「キレのある動きだね!」
「そのダンス、どこで覚えたの?」
「家で子どもがまねしてるよ」
こんな風に声をかけられることが増えると、1日誰とも口をきかずに立っているよりも、仕事が何倍も面白く感じられるでしょう。
この例のすごいところは、「あのショッピングモールには面白い警備員がいる」と話題になって、テレビで取り上げられたり、口コミで広がったりしたことで、ショッピングモールを訪れる人が増えて、モール全体の売り上げまで上がったことです。目の前の仕事にひと工夫を加えてみることで、このような思わぬ変化が起こるかもしれないのです。
何から始めればいいのか
「踊る警備員」の例は、(2)「仕事の進め方」にダンスという工夫を加えるところから始まりました。職場の状況や仕事の内容に合わせて、取りかかりやすいものに注目すると、始めやすいでしょう。
(1)「仕事や役割に対する捉え方」では、仕事の意義を広く捉えられるように見直していきます。例えば目の前の仕事について、顧客に製品やサービスが届くまでのつながりを考えてみたり、培われているスキルが自分の将来のキャリアにどう役立つかを考えてみたりするのです。俯瞰したり、長期的な視点から捉えなおしたりすることで、意義を感じやすくなります。
(2)「仕事の進め方」の視点からは、今の進め方に新しい要素を取り入れることで、やりがいや面白さをもたせていきます。例えば、社外の研修や本、雑誌などで新しく覚えた知識やスキルを活用してみることは、手軽に始められます。
手順を大きく変えたりしなくても、小さな工夫を加えることで、いつもより仕事がスムーズに進むなど、手ごたえを感じられるものです。実際の仕事の手順だけでなく、スケジュール管理やTO DOリストに工夫を加えることも含まれます。
(3)「対人交流の量や質」の視点からは、上司や同僚、顧客も含めて、関り方や関わる範囲を変えていきます。例えば、ちょっとしたことでも先輩や同僚に「頼ってみる」「教えてもらう」ことで、お互いにサポートし合う関係づくりをすることなどが挙げられます。他の部署の人との関わりや社外のつながりの中でも、工夫を加えることができます。
ジョブ・クラフティング促進のために組織ができることとは
ジョブ・クラフティングは、「働く人自らが主体的に工夫を加える」ことに特徴がありますが、従業員がその考え方を取り入れて実践するために、組織として後押しできることもあります。
先ほど紹介した研究のように、社員のジョブ・クラフティング行動を促す研修を実施するのもよいでしょう。研究では、全2回の研修を実施しています。
1回目の研修で、参加者はジョブ・クラフティングの考え方や手順を学び、業務内容や働き方を振り返りながら、ジョブ・クラフティングを実践する計画をたてます。2回目は計画の振り返りをおこない、計画を改善する、という構成です。
また、1on1など、部下の成長のために設定されている上司と部下のコミュニケーションの場を活用する方法もあります。ジョブ・クラフティングの考え方を共有しながら、部下に三つの視点をもとに工夫の計画をたててもらい、実践したら、次の1on1の場で振り返りを行うのです。
1on1の場で工夫が共有されることで、工夫を加えすぎて仕事が属人化するのを防ぐことができますし、何より、上司からのフィードバックがあれば、部下も意欲をもって取り組むことができるようになります。
ジョブ・クラフティングの「クラフティング」とは、「職人」を意味するcraftsmanからきているようなのですが、職人のように自律性と誇りをもって仕事をする、という意味だけでなく、彫刻家が木から形を彫り出すように、仕事を自らの手で形づくっていく、という意味もあるのではないかと思います。
従業員が与えられた仕事をただこなすのではなく、自ら工夫を加えて、誇りや働きがいを感じて働いているとしたら、組織にとって、これほど心強いことはありません。
自律的な社員を育てる一歩として、ジョブ・クラフティングに取り組んでみてはいかがでしょうか。
【参考】
・平成30年度厚生労働科学研究費補助金 (労働安全衛生総合研究事業) 「労働生産性の向上に寄与する健康増進手法の 開発に関する研究」(H29-労働-一般-004)報告書
・WRZESNIEWSKI, A. and J. E. DUTTON. (2001) Crafting a Job: Revisioning Employees as Active Crafters of Their Work. Academy of Management Review, 26(2):179–201.
- 関屋 裕希
東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 客員研究員
せきや・ゆき/臨床心理士。公認心理師。博士(心理学)。東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 客員研究員。専門は職場のメンタルヘルス。業種や企業規模を問わず、メンタルヘルス対策・制度の設計、組織開発・組織活性化ワークショップ、経営層、管理職、従業員、それぞれの層に向けたメンタルヘルスに関する講演を行う。近年は、心理学の知見を活かして理念浸透や組織変革のためのインナー・コミュニケーションデザインや制度設計にも携わる。著書に『感情の問題地図』(技術評論社)など。
ホームページ:https://www.sekiyayuki.com