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誰もがイキイキと働ける職場へ
臨床心理士・関屋裕希の ポジティブに取り組む「職場のメンタルヘルス」

【第2回】実は無限にカスタマイズできる! 「ストレスチェック制度」活用の可能性

東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 客員研究員

関屋 裕希

臨床心理士・関屋裕希の ポジティブに取り組む「職場のメンタルヘルス」

さまざまなストレスの影響で、多くの人がメンタルヘルス不調や仕事のパフォーマンス低下などの問題を抱えながら仕事をしています。企業における「人」「組織」の活性化を担う人事部門には、社員がイキイキと前向きに働くことのできる職場づくりが求められていますが、具体的に何をすればいいのでしょうか。企業のメンタルヘルス対策を専門とする臨床心理士・関屋裕希氏が、明日からすぐに実践できる「職場のメンタルヘルス」対策を解説します。

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今回取り上げるのは、ストレスチェック制度です。6~7月頃か10~11月頃に実施する会社が多いので、今は、事後対策に取り組んでいる、もしくは、次年度の企画を始めようとしている、というタイミングではないでしょうか。

ストレスチェック制度は、2015年に法制化され、50人以上の規模の会社では年に1回の実施が義務づけられることになりました(2021年1月現在、50人未満の会社での実施は努力義務、ということになっています)。

「あれ、そうすると今回のテーマは、50人未満の会社には無関係ってこと?」と思われるかもしれませんが、いえいえ、そんなことはありません。法律で決められた制度ではありますが、決められたところさえ押さえれば、あとは自社の状況やニーズに合わせてカスタマイズできる。そんな無限の可能性を秘めた制度なので、50人未満の会社の方も、ぜひご一読を。

前回の第1回では、メンタルヘルス対策のポジティブな面をご紹介しました。その特徴は三つありました。

一つ目は、「不調にならない」など心身の健康だけを目指すのではなく、従業員が熱意や働きがいをもっていきいきと働いているような、ポジティブなメンタルヘルスの状態を目標とすること。二つ目は、その目標に近づくために、仕事のストレス要因や問題だけではなく、すでにある資源や強みにも注目すること。そして三つ目は、これらの取り組みを通じて、経営理念の実現や従業員満足度や生産性の向上につなげていくことでした。

工夫次第で活用の可能性が無限に広がる制度

今回は、ストレスチェックを題材に、ポジティブに取り組むメンタルヘルス対策とはどういうことかについても、具体的に解説したいと思います。

ストレスチェックが法制化され、2016年度から年に1回実施しているとすると、多くの会社では5回目を終えたところかと思います。健康診断と同じように、毎年恒例の制度として定着してきたのではないでしょうか。

スタートして5年。マンネリ化しないためにも、自社に合ったやり方で運用できているかを見直す良いタイミングだと思います。法律で定められていて、1年に1回「必ず実施し続けなければならない」ものなので、この際、徹底的に活用していきましょう。

まずは、ストレスチェック制度とはどのようなものか、基本的な概要をみておきましょう。

ストレスチェック制度の基本概要

  • 年に1回、ストレスに関する質問票に労働者が回答する。
  • 回答した結果は、実施した医師や保健師から直接本人に通知される(本人の同意なく事業者に提供することは禁止されている)。
  • 検査の結果、高ストレスの基準に該当する労働者には「医師による面接指導」の機会を提供する。
  • 面接指導の結果に基づいて、医師の意見を聴いて、必要に応じた就業上の措置をとることが事業者の義務となる。
  • 部署ごとやチームごとの結果の分析(いわゆる集団分析)や職場環境を改善する活動は、今のところ努力義務である。

今回は、法律で義務とされている範囲の中で、私が工夫のしどころだと考えている、「制度の名称」「使用する項目」に注目していきたいと思います。

ねらいに合わせたネーミングで社員の理解を得る

まずは、「制度の名称」から。皆さんの会社では、どのような名称でストレスチェックを行っていますか? そのまま「ストレスチェック」と呼んでいるところも多いかもしれませんが、制度の呼び方に法的な規制はありませんので、各社でどのように活用していくかに合わせて、変えることができます。

例えば、従業員がいきいきと仕事をするために活用していこうと考えているなら「いきいき度診断」といった名称で実施することができます。社員に対して、この制度をどのように運用していきたいか、ねらいを伝えるメッセージにもなります。

現状分析にも目標達成の指標としても活用できる

次に、「使用する項目」について。実はこちらも、法的に「この項目を必ず使いなさい」と決められたものはないので、カスタマイズが可能です。法律で決められているのは、次の3種類の項目を含めることです。

(1)ストレスの原因に関する質問項目
(2)ストレスによる心身の自覚症状に関する質問項目
(3)労働者に対する周囲のサポートに関する質問項目

「性格検査」や「希死念慮」「うつ病検査」のような項目を含めることは、不適当とされています。この点にさえ注意すれば、自社に合わせた項目を追加することが可能です。

法定の(1)~(3)の項目については、国が推奨する「職業性ストレス簡易調査票(57項目)」を使用するのがおすすめです。一定の科学的根拠があり、全国平均値や業種平均値が利用できますし、多くの会社が使用しているため、他社と比較することもできます。

職業性ストレス簡易調査票は、NIOSHというアメリカの研究機関が提案した職業性ストレスモデルをベースに作成されています。ストレスの原因(法定項目(1))があると心身の健康(法定項目(2))に影響が出ますが、その影響は、周囲からのサポート(法定項目(3))があることで緩和されることがわかっています(図)。

図:職業性ストレス簡易調査票(57項目)

この57項目にどのような項目を追加していくかが、カスタマイズのポイントです。図の赤い星で示している箇所を中心に、追加項目を考えるとよいと思います。

まず、どのような職場やチーム、従業員のポジティブな心理状態を目指していくかに合わせて★1の項目、その際に活用できそうな仕事の資源や強みについて★2の項目を選んでいきます。この2種類については、「新職業性ストレス簡易調査票(80項目、うち57項目は職業性ストレス簡易調査票と同じ)」を使用したり、使用したい項目だけ追加したりする手もあります。従業員個人がどれくらいストレス対処スキルを身につけているか、ストレスコーピングの力があるのかについて、★3の項目を追加するのもおすすめです。

もともと、ストレスチェック制度の目的は、労働者が自分のストレス状態を知ることで、「うつ」などのメンタルヘルス不調を未然に防止することにあります。ストレスの原因や周囲のサポート、健康状態だけでなく、ストレスにどう対処するのかについて、セルフチェックをしてもらい、自己理解を促すことで、新たなストレス対処スキルの習得など、個人レベルの事後対策にも結びつけやすくなります。

人事の立場からすると、ストレスチェック制度で一番もどかしいのが、「本人の同意なく、個人の結果を事業者に提供することは禁止されている」という点かと思います。これまで関わってきた企業からも、「高ストレス者がいることはわかっても、誰なのかがわからなければ、手を打てないじゃないか!」と何度も言われたことがありますし、そう言いたくなる気持ちはよくわかります。そう言ってくださる人事の方は、「高ストレス者を助けたい」「職場環境を良くしたい」と考えている熱意のある方ばかりです。

そんなときに活用できるのが、現在は努力義務になっている「集団分析」です。集団分析は、個人が特定されない方法であれば分析ができるので、部署やチームレベルでの分析が可能です。

また、社内でエンゲージメント・サーベイや、従業員満足度調査など、他に実施している調査があれば、それらの調査とストレスチェックの結果を合わせて分析して、健康管理だけでなく、経営や人事の戦略に役立てていくこともできます。現状分析のため、運用している制度や施策の効果を評価することにも活用することができます。

こういった観点から、ストレスチェックでどんな項目を使用するかを見直すという手もありますし、第1回で触れたような、人事、経営、健康管理部門が協働する出発点にもなりえます。まずはぜひ、健康管理部門の担当者に、「うちでは、どんな項目で実施しているの?」と聞いてみてください。そして、無限にある活用の可能性を話し合ってみてはいかがでしょうか。

関屋 裕希(東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 客員研究員)
関屋 裕希
東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 客員研究員

せきや・ゆき/臨床心理士。公認心理師。博士(心理学)。東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 客員研究員。専門は職場のメンタルヘルス。業種や企業規模を問わず、メンタルヘルス対策・制度の設計、組織開発・組織活性化ワークショップ、経営層、管理職、従業員、それぞれの層に向けたメンタルヘルスに関する講演を行う。近年は、心理学の知見を活かして理念浸透や組織変革のためのインナー・コミュニケーションデザインや制度設計にも携わる。著書に『感情の問題地図』(技術評論社)など。
ホームページ:https://www.sekiyayuki.com

企画・編集:『日本の人事部』編集部


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