人材の価値を最大限に引き出し、企業の持続的な成長を実現する

日本の人事部 人的資本経営

インタビュー2026/02/03

上場企業の社長は50%が経営初心者
「経営人材育成」の構造的な課題とは

早稲田大学 商学学術院 教授 / 高等研究所 副所長

久保 克行さん

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上場企業の社長は50%が経営初心者 「経営人材育成」の構造的な課題とは

人的資本経営を進める上で、「経営人材育成」を最重要課題に挙げる企業が増えています。投資家など社外のステークホルダーからも、人的資本情報の開示項目の一つとして経営人材育成が重視されています。一方で、効果的な経営人材育成戦略の策定や、報酬制度・サクセッションプランなどの仕組み作りに悩む企業は少なくありません。コーポレート・ガバナンスを専門とする早稲田大学の久保克行さんは「経営者の質が企業価値に直結する今、経営人材育成の遅れは競争力低下を招く」と警鐘を鳴らします。人事部門はどのように経営人材育成に向き合えばよいのでしょうか。具体的なトレーニング施策を含めてうかがいました。

プロフィール
久保 克行さん
久保 克行さん
早稲田大学 商学学術院 教授 / 高等研究所 副所長

くぼ・かつゆき/1969年富山県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。ロンドン大学London School of Economics Ph.D.(労使関係)。一橋大学経済研究所専任講師等を経て現職。専門領域はコーポレート・ガバナンス、所有構造、取締役会、経営者報酬、雇用関係論、AI。M&Aと雇用等についてデータを用いた分析を行っている。著書に『経営学のための統計学・データ分析』(東洋経済新報社)など。

「人材を大切にしていない」と思われている日本企業

経営人材の育成が重要視されている理由を教えてください。

企業にとって経営者が大切なことは言うまでもなく、誰が経営するかによって企業価値は大きく変わります。近年はそれがより顕著になってきました。

1980年代頃まで、日本企業の競争力の源泉は製造業の工場にありました。本社がどれだけ混乱していても、工場がしっかりと機能していれば企業は万全。極論を言えば、経営者は誰でもよかったのです。

ところが、今では競争力の源泉は本社にあります。設計や製品パッケージング、マーケティングなどの要素が業績を大きく左右するようになりました。本社の経営者が重要視されているのです。

残念なのは、日本企業の経営者に対する世界的な評価が高くないこと。サッカーや野球などのスポーツの世界、研究者の世界では、海外で活躍している日本人が大勢います。しかし日本企業出身の経営者で、海外で活躍している人はほとんどいません。

「海外企業が外国人経営者(日本人の経営者)を採用しないからだ」と考える方がいるかもしれません。しかし、アメリカでもヨーロッパでも、経営者が外国籍のケースはたくさんあります。たとえばアメリカのIT企業では、中国系やインド系の経営者が増えています。過去にも現在も日本企業にも優秀な経営者が何人もいます。しかし、海外の大企業から経営者として招聘者されるような人材はほとんどいません。だからこそ、いま、日本企業の経営人材育成が重要なのです。

なぜ、日本企業では経営人材育成が進まなかったのでしょうか。

久保克行さん(早稲田大学 商学学術院 教授 / 高等研究所 )インタビューの様子

そもそも世界から、日本企業は人材を大切にしていないと思われています。まずは、この現状を認識すべきでしょう。

経営者の中には「日本企業はずっと株主よりも人材が大事だと言い続けてきた」という自負を持つ方が多いかもしれません。しかし、ここ10〜20年で日本企業の「人材を大切にする」方法は否定されるようになりました。

かつて日本で「人材を大切にする」とは、正社員の雇用を守ることを意味していました。「会社の言うことを聞いていれば悪いようにはしない」ということです。

しかし、今は従業員のキャリアアップや働きがいを重視しなければならない時代です。企業には、従業員が自分の意思でスキルを磨き、キャリアを開発できるよう支援することが求められます。こうした打ち手に乏しかったことが、経営人材育成を遅らせた一因だと言えます。

人的資本経営は、CEOが投資家に従業員への支援について、説明責任を負うことを明確にした点で画期的です。従来、日本企業の人事はいわば聖域でした。人材が経営にとって重要であれば、その情報は外部へ共有されるべきですが、これまで全く開示されていなかったのです。

上場企業経営者の約半数が「経営初心者」

現在の経営人材育成にはどのような課題がありますか。

まずは、経営者を育成するためのプログラムを考えるべきです。

日本企業では、ジョブローテーションを通じて強い中間管理職を育てる仕組みが発展してきました。しかし、これは経営者を育てる仕組みではありません。現場を機能させるためにじっくり人材を育てることと、若いうちから候補者を選抜して経営人材を育てることは、目的がまったく異なります。

私が以前に行った調査では、日本の上場企業の経営者のうち、子会社や関係会社で社長を務めた経験を持つ人は約半数でした。残りの半数は経営初心者で社長に就任していました。上場企業のトップになって「初めて社長の重責を知る」状態です。これで、正しい意思決定ができるでしょうか。

副社長や部門トップとして優秀な人が、経営者として優秀とは限りません。小規模な組織で経営を任せてみなければ、「経営者として優秀かどうか」の判断はできないのです。

久保さんは「企業や外部の投資家が、経営者にどのような経験が必要なのかを認識できていない」という問題点を挙げています。

企業のトップが、「経営者に必要な経験」をしっかりと認識できていないことはよくあります。その場合、人事部門が社外取締役などと連携して監督する必要があります。

自社のどの部門で、どのような業務を経験すれば、経営人材として必要な能力が身につくのか。経営者にはどんなスキルが必要で、それを育てるためにはどのようなプログラムを用意すべきか。こうした意思決定に人事がコミットできなければ、経営人材育成の取り組みのレベルは大きく低下します。人事部門は経営トップともっと議論すべきであり、CHROは戦略的な意思決定に踏み込んで、投資家へ説明することが求められます。

専門家を育て、タフアサインメントを与える

経営人材を育てるには、具体的にどのようなトレーニングや経験が必要ですか。

各ファンクションでグローバルレベルの専門家を育てることです。ファイナンスならCFO、人事ならCHRO、他にもサステナビリティやリーガルなどの専門家など、市場全体から見て「CxOならこんな経験・能力が必要だ」と社会的なコンセンサスがとれる人材を育てる必要があります。

たとえばCFOに必要な機能はある程度グローバルで統一されており、国境を越えてM&Aを進めるなど、具体的な経験が求められます。こうした基準を理解した上で、現状の人材のスキルとのギャップを明らかにし、それを埋めるためのトレーニングプランが必要なのです。

ファイナンスにせよマーケティングにせよ、AIや技術の進化により標準化され、専門家の需要はさらに高まるでしょう。人事でも、AIが担える仕事は一気に増えました。そうなると、グローバルレベルで必要なスキルの習得がより重要です。

日本企業の雇用慣行の中で、高いスキルや経験を効果的に習得するには、どのような仕組みが必要でしょうか。

候補者を選抜し、早い段階でタフアサインメントを与えることが必要です。アメリカやイギリスでは、上場企業のCEOに就任する年齢はおおむね40代後半です。海外企業の経営者は、30代で重い職責を担い、事業の立て直しや新規事業などを通じて経験を重ねます。35歳くらいの時点ですでに経営人材としての経験を積んでいるのです。特定の国や市場で、経営トップとしてのオペレーションや損益計算に責任を持ち、成果を出す。そうしたかなり厳しい選抜を経た人材が、最終的に本社の経営者になるのです。

日本では、有名大学を卒業して有名企業に入っても、30代で初めて部下を持つようなケースばかりです。飛び抜けて優秀な人には、早くからタフアサインメントを与えることを推奨します。

久保克行さん(早稲田大学 商学学術院 教授 / 高等研究所 )インタビューの様子

経営人材育成のプログラムを進める上で、人事部門が特に重視すべきことはなんですか。

「グローバルな労働市場で評価される人材」を育てることです。

日本企業の大きな課題は、グローバル人事が不十分なこと。たとえば、海外拠点を持つ企業では、日本と海外の管理職層を同じように処遇できていないケースが非常に多い。

海外企業では、どの国で採用されても、本社と同等の基準で育成プログラムが作られていることがよくあります。しかし、日本企業は本社の目線でしか考えられていません。海外拠点で採用された人材は、現地の日本人上司が目をかけない限り、登用されないのです。

また、人材育成に対する日本企業の投資額が極めて少ないことも問題です。政府統計を見ると、一人あたり年間数万円程度。何かの間違いではないかと思うような数字です。人的資本経営の時代だと言われながらもこれが実状で、結果的に日本企業の人材はほとんど勉強していません。

海外企業と比較すると、日本企業では偉くなればなるほど学ぶ時間が減っています。忙しすぎて、勉強する時間が持てないのです。日本企業は人材育成への投資を大幅に強化すべきではないでしょうか。

経営者に本来与えられるべき権限とは

報酬・評価制度の設計で工夫すべき点はありますか。

仕事そのもののあり方を変える必要があると思います。まず、「経営者としての仕事」を社内にもっと作るべきです。

企業によっては、子会社の社長でも部長レベルの裁量しか与えられません。部長の仕事の範囲にとどめるのではなく、BS(貸借対照表)とPL(損益計算書)に責任を持ち、経営者として働く体制を整えることが必要です。そこから先は経営者と同等の報酬で応え、成果に報いればいいでしょう。

日本企業で働く外国人取締役の研究をしたことがありますが、興味深いことに、多くの人が1年程度で辞めていました。仕事の進め方が、海外企業と日本企業で大きく異なるからです。たとえばCFOなら、海外では取締役として十分な裁量を持って意思決定ができるのに、日本企業では単なる財務部長の役割しか求められない。うまくいっている企業もありますが、外国人取締役本人が日本文化をよく理解し、日本企業での立ち居振る舞いを心得ているケースが多くあります。

こうした課題を解決するために、根本から人事体制を変えていくのはとても大変です。たとえば、会社が重大な危機に陥った場合は、思いきった変革が可能となるかもしれません。しかし、そうでない場合は、カリスマ的な強烈なリーダーシップを持つ経営者がリードするか、地道に変革を進めるしかありません。

トップの意思決定を促すためにも、人事部門は自社の課題を適切に提起し、議論を進めるべきだと思います。

久保克行さん(早稲田大学 商学学術院 教授 / 高等研究所 )インタビューの様子

日本の大企業でよく見られる、従来の出世競争を勝ち抜いたいわゆるサラリーマン社長は、他の役員陣や派閥構造に遠慮して思いきった改革ができないことがあると聞きます。

経営者が純粋な権限として、大きな力を持っていることが重要です。日本の大企業でもファミリー経営を続けているところがありますよね。こうした企業の場合はトップが絶大な権限を持っているため、大胆な意思決定ができます。体制としてはデメリットもあるでしょうが、経営者に適切な権限がある、裁量がある、という意味ではうまくいっています。

そうではない企業は、OB・OGの「元社長」たちがいつまでも幅を利かせ、現社長には必要な権限が与えられないことがあります。結果的に、社外ではなく社内の顔色ばかりを気にすることになり、コーポレート・ガバナンスが機能不全を起こしています。

もう一つのポイントは報酬です。社長になった時点ですでに成功者なので、会社をつぶさない限りは良い暮らしを続けられる可能性が高いでしょう。一方、創業社長などはどんなに稼いでいてもいつ破産するか分からないリスクを背負っています。報酬体系は、経営者にリスクを取ってもらわなくてはいけません。

経営者の役割は企業価値を高めることです。その数値目標が明確なら、周囲の雑音を気にする必要はありません。経営者がリスクを背負う覚悟を、どんどん中間管理職に落としていくことで、本当の意味での経営人材育成施策を進めていけるようになるはずです。

人事の取り組みが、日本経済の将来を左右する

経営人材候補の選定についてお聞きします。指名委員会や人事が次期経営者を選ぶ際は、どのような観点を重視すべきでしょうか。

コーポレートガバナンス・コードなどの一連のコードやガイドラインでは、優れたCEOを選定し、適切な報酬政策を策定することが促されています。コーポレート・ガバナンスの議論でも、報酬委員会はもちろん指名委員会も、CEOの評価をしっかりと行うべきだと言われています。今まさにCEOの評価がホットトピックです。

では、次期経営者候補の人材を含めてどのようにCEOを評価すべきか。基本となるのは、外部の人材と比較可能な指標を出すことです。過去にどのような裁量を持ち、成果を上げてきたのかを示すトラックレコードが重要となります。

たとえば、ベンチャー・キャピタルが買収先の企業へCEOを送り込む際は、非常に手間をかけて構造化されたインタビューなどを行います。アメリカのプライベート・エクイティ・ファンドが行ったCEO候補へのインタビュー内容を分析すると、「結果を出すためには他人と対立することをいとわないか」「必要に応じてすぐにアクションできるか」など、評価すべき点を標準化した質問に落とし込んでいました。エグゼクティブ・サーチを手がけているような人材サービス企業には近しいナレッジがあるはずなので、参考にできるのではないでしょうか。

また、スキルだけでなくタイプも大切です。性格的な部分はもちろん、企業カラーに合致しているかチームの性格を見て相性も判断しなければいけません。ここは人事部門が得意としている領域だと思います。

経営人材育成に向けた企業の取り組みを、投資家はどのように見ているのでしょうか。

現状の日本では、経営人材育成をはじめとした人的資本経営の取り組みを理解しようとする投資家はまだまだ少ないでしょう。投資判断の主要な情報としてとらえられるには、まだまだ時間がかかるかもしれません。

一方、AIの進化によってこの状況が変わりつつあります。統合報告書や有価証券報告書、人的資本レポートなどの資料をAIが一気に読み込み、「オリジナリティーのある取り組みをしている企業」をあぶり出せるようになったからです。経営人材育成の取り組みも、今後は投資家にとってより重要な指標となるはずです。

企業にとって経営人材育成のポイントになるのは、ファンクションごとに専門家を育てることと、適切なアサインメントを通じて必要な経験を積む場を与えることです。企業の将来性につながる本質的な部分が注目され始めたことを、意識してほしいと思います。

経営人材育成に課題を感じている人事パーソンへ、メッセージをお願いします。

日本が世界に輩出できる経営者は、現状非常に少ない。この状況を変えられるのは、日本の人事パーソンの皆さんです。

日本経済が成長するためには、日本企業が成長しなければいけません。日本企業が成長するためには、良い経営者が必要です。良い経営者を育てるのは、人事部です。人事パーソンの働きによって、日本の将来が左右される――それくらいの重責を背負っているのです。

経営人材の育成には時間がかかります。10年後に日本出身の経営者が世界で活躍するためには、今この瞬間に変わらなければいけません。人的資本経営の時代だからこそ、人事パーソンが経営の中心的存在として立つべきではないでしょうか。

久保克行さん(早稲田大学 商学学術院 教授 / 高等研究所 )

(取材:2025年12月5日)

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。


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