「座りすぎ」が心身の不調をもたらす
30分に1回の休憩で実現する「疾病予防」と「エンゲージメント向上」
早稲田大学 スポーツ科学学術院 教授
岡 浩一朗さん
技術の発展や産業構造の変化、新型コロナウイルスの流行に伴うテレワークの導入、デスクワークの増加などにより、人が座って過ごす時間は年々増加傾向にあります。早稲田大学 スポーツ科学学術院 教授の岡浩一朗さんは、現代人の「座りすぎ」が心と体の疾病に結びついていると警鐘を鳴らします。座りすぎることは、心身にどのような影響を及ぼすのでしょうか。現在の日本人が座り続けている状況や疾病を予防するためのポイント、企業が従業員のために実践すべき対策などについて岡さんにうかがいました。
- 岡 浩一朗さん
- 早稲田大学 スポーツ科学学術院 教授
おか・こういちろう/1970年、岡山市に生まれる。1999年、早稲田大学大学院人間科学研究科博士後期課程を修了。1999年より早稲田大学人間科学部助手、2001年より日本学術振興会特別研究員(PD)、2004年より東京都老人総合研究所(現・東京都健康長寿医療センター研究所)介護予防緊急対策室主任を経て、2006年より早稲田大学スポーツ科学学術院に准教授として着任、2012年より現職。著書に『「座りすぎ」が寿命を縮める』(大修館書店)、『長生きしたければ座りすぎをやめなさい』(ダイヤモンド社)など。
座りすぎている現代人
そもそも、日本人は1日にどの程度座っているのでしょうか。
さまざまなデータがありますが、私たちの研究では、起きている時間の3分の2程度、8~9時間は座っている状態にあると示されています。「日本人は世界一座っている時間が長い」と取り上げられることも多いのですが、実際は先進国でも発展途上国でも似たような水準です。なお、この「座っている状態」というのは、リクライニングの状態や横になっている時間も含みます。
とりわけデスクワークの職種では、座っている時間が長くなる傾向にあります。調査からは、実に勤務時間の7割程度を座って過ごしていることがわかりました。ほかには、BMI指数が高い人や太り気味の人なども長い傾向にありますね。また、どんな人も、休日は同じくらい長く座っています。
座る時間は昔と比べて長くなっているのでしょうか。
はい。移動や余暇のために身体を動かす時間はあまり変わっていないのですが、仕事と家事の場面で座っている時間が顕著に長くなっています。仕事で言うと、たとえば昔は席を立って書類をコピーし、上司のところまで歩いて訪れていたのに、いまは目の前にいる人に対してもSNSやメールで要件を済ませてしまっている。仕事の活動量は、50~60年前に比べて半減しています。家事でも、ロボットが掃除をして、ボタン一つで洗濯から乾燥まで終わってしまう時代になりました。人間の活動量は今後も減少していくと予測されています。
座っている時間の長さが身体におよぼす影響を教えてください。
最近の研究では、心血管疾患、脳卒中、糖尿病、肥満、認知症、不安症、うつ病、がんといったさまざまな健康障害が「座りすぎ」と関連していることが明らかになりました。「座りすぎ」ががんをもたらすとは想像しづらいかもしれませんが、がんの中でもとりわけ結腸がんや乳がんなどは高い関連性が報告されています。結果として、死亡率にも影響を及ぼしています。
もっと私たちの身近なところで言うと、よく挙げられるのは腰痛や肩こりですね。ただし、腰痛に関してはいまのところ、もともと腰痛を持っていなかった人であれば長時間座っていたとしても腰痛の発症には関係ないと言われています。腰痛が悪化するのは、もともと腰痛を持っている人が長く座った場合だと考えられます。
では、どの程度座り続けていると身体に影響があるのか。日本人を含めた世界中の130万人の行動データを集めた調査では、座っている時間が5~6時間を超えたあたりから健康障害を発症するリスクが高まり、8時間になると急激に高くなることがわかりました。日本人は8~9時間座っているわけですから、多くの人に危険が迫っていることになります。
休日に運動しても、座りすぎによるリスクは減少しない
座りすぎは短期的・長期的にさまざまな健康障害を引き起こしかねないのですね。
そうなんです。昔は硬くて座りづらい椅子が多かったので、必然的に立って身体を動かすことが多くありました。ところが最近は、どんどん座りやすくなり、まったく動かなくても仕事ができるようになりました。すると、さまざまな健康障害の発症リスクが高まりますが、腰痛や頭痛といった症状が現れやすいもの以外の疾病は、なかなかその兆候を認識することができません。そうやってどんどん、私たちの身体をむしばんでいくのです。「座りすぎ」はまさに、サイレントキラーと呼ぶべき存在だと考えていいでしょう。
日中は座りすぎていても、仕事前や休日に少し運動すればさまざまな健康障害の発症リスクは低下するのでしょうか。
残念ながら「身体を動かしさえすれば、座る時間が長くてもいい」というわけではありません。「座りすぎ」が病気を引き起こすリスクは、それ以外の時間に少し身体を動かしているかどうかとは(よほど身体を動かさない限り)関係がないことが明らかになっています。もちろん、何もしないよりは少しでも身体を動かした方が健康に良いのは確かです。しかし、朝に少しウォーキングをしたり、休日にたまにジムに通ったりしたからといって、それだけで「長く座っていてもOK」とはなりません。
どういうメカニズムで健康障害が引き起こされるのでしょうか。
そもそも人間の筋肉の約7割は下半身にあり、立っているだけでも筋活動が生じています。筋活動が盛んになると糖や中性脂肪がさかんに取り込まれ、エネルギーとして消費されるのです。一方、座りっぱなしの状態ではほとんど筋活動が伴いません。そのため血糖値が上がったり、肥満になるリスクが高まったりします。
姿勢の問題もあります。皆さんは「良い姿勢」と聞いて、どのような姿勢を思い浮かべるでしょうか。またその姿勢は、何にとって良いのでしょうか。一般的には背筋をピンと伸ばした姿勢を思い浮かべ、「腰痛になりにくい」などと答える人が多いでしょう。
しかしそのような姿勢では、力を抜いている状態よりも太ももの付け根にある鼠径部(そけいぶ)が詰まりやすくなります。鼠径部が詰まりを起こすと、血流はてきめんに悪くなります。車のエンジンの空ぶかしのように、第2の心臓と言われるふくらはぎが頑張って血液を心臓に戻そうとしても、うまく送り出されません。炎症が起こりやすい状態にもなり、血圧も高くなります。
つまり、「何かにとって良い姿勢は、何かにとっては悪い姿勢である」可能性があるのです。私はよく「どういう姿勢で座ればいいのですか」と聞かれるのですが、その答えはありません。決して「良い姿勢」を否定するわけではありませんが、良い姿勢だからといってそれをずっと続けていると、ほかの問題を引き起こしてしまうおそれがあるのです。
また「座りっぱなし」が健康に悪影響を及ぼすのと同様に、「立ちっぱなし」もいけません。立ちっぱなしは足のむくみや腰痛を引き起こします。高いヒールで立ち続ける行為は、健康にとって百害あって一利なし、といえます。立ち仕事の人は、ぜひ積極的に座る機会をつくってください。どのような姿勢であれ、同じ姿勢を続けないことが重要です。
30分ごとに休憩を入れることで、座りすぎによる弊害を防ぐ
デスクワーク中心の労働者は、勤務中に何をすればいいのでしょうか。
こんな実験がありました。「5時間座りっぱなし」「20分間座り、その後2分間で低強度の活動を行う」「20分間座り、その後2分間で中~高強度の活動を行う」のいずれかの行動を取ってもらい、それぞれ食後の血糖値やインシュリンの分泌状況を比較したものです。実験の結果、活動の強度に関係なく何らかの活動を行った場合は、座りっぱなしの場合に比べてインシュリンの分泌機能が向上し、血糖値の上昇を抑えられることがわかりました。
この結果から、座りすぎによる弊害を防ぐには、「座りっぱなしをやめる」「活動の強度ではなく頻度を意識する」ことが重要だと言えます。仕事中にランニングなど、強度の高い活動をしなければならないのであればあまり現実的ではありませんが、20~30分に1回軽い活動を行うだけでいいのであれば、職場でも実践しやすいと思います。具体的には、軽くスクワットをする、席を立ってつま先立ちをする、コーヒーを入れにいく、といった動きで構いません。
さらにこのような活動により、疲労感の軽減も期待できます。朝から晩までパソコンの前で座り続けていると、夕方には「疲れた」と感じるでしょう。頻繁に軽い休息を入れるようにすれば、夕方までイキイキと働くことができるのです。立つことで血流もよくなり、肥満のリスクも下がります。20~30分に1回休憩を入れたからといって、生産性が下がるわけではないこともわかっています。ぜひ頻繁に休憩を取り入れて座りすぎを回避してほしいですね。
世界保健機関(WHO)の指針でも、「座りっぱなしの時間を減らすべきである。座位時間を身体活動(強度は問わない)に置き換えることで、健康効果が得られる」と記載されています。日本では2023年秋にも厚生労働省が「健康づくりのための身体活動基準」の改訂版を発表する予定ですが、その中でも座っている時間が長くならないように注意することや、できるだけ頻繁に、長時間連続した座位行動を中断する「ブレイク・サーティ(30分に1回は立ち上がり、からだを動かす)」の重要性などが盛り込まれる見込みです。
岡先生は「座りすぎ」と生産性やワーク・エンゲージメントといった労働指標とのかかわりも研究されています。
かつて企業の重役と話をした際に、「座りすぎが健康に悪いことはよくわかりました。でも病気を発症する多くのケースは、会社を辞めた後の話ですよね」と言われたことがあったんです。そこで、企業に危機感を持ってもらうためには今後の健康に及ぼす影響を伝えるだけでなく、すでに問題が起きていることを認識してもらうことが重要だと感じ、労働指標とのかかわりに着目するようになりました。
まず労働生産性ですが、40~50代では仕事中に座っている時間の長短と仕事のパフォーマンスは関連しないとの結果が得られた一方、20~30代では、座っている時間が長いグループは短いグループよりも1.38倍生産性が低いとの結果になりました。「パフォーマンスが低いから座っていなければならない」可能性はありますが、少なくとも若い世代にとっては、「座りすぎ」と労働生産性には関連があると結論付けることができます。
興味深いのは、「座りすぎ」とワーク・エンゲージメントの関係では、逆の傾向がみられたことです。20~30代では仕事中の座位時間に統計的に有意な差はみられなかったのですが、40~50代はワーク・エンゲージメントを構成する「活力」「熱意」「没頭」のすべての要素で「座りすぎ」が悪影響を及ぼしているという結果になったのです。特に「熱意」の項目では、長く座っているグループは短いグループに比べて1.61倍も熱意が低いという結果になりました。
この結果からも、私は「座りすぎ対策」こそが「健康経営」の1丁目1番地だと確信しています。座りすぎは仕事のパフォーマンス低下につながるうえ、ひとたび健康障害を発症してしまえば、その治療にお金もかかります。出社しているものの業務効率が落ちている「プレゼンティズム」の状態を軽減させるためにも、「座りすぎ対策」は重要なのです。
企業が意識を変え、環境を整えていくことが必要
企業は座りすぎ対策として、まず何から始めるべきでしょうか。
まずは、一人ひとりが「座りすぎはよくない」という意識を持てるように情報共有することが大事です。座りすぎの問題がなかなか解決しない原因として、「座りすぎ対策に魅力が感じられない」ことが挙げられます。ほとんどの人が心のどこかで、「立っているよりも座っている方が楽だ」と信じてしまっているからです。座りすぎがもたらす悪影響を、自分事として捉えていくプロセスが必要です。
そして、立つことができる環境をつくっていくこと。ここでいう「環境」にはオフィスのレイアウトだけでなく、会社の風土も含まれます。以前私が聞いたのは、ある会社で社員が立ったまま仕事をしていたところ、別の社員から「あの人、格好つけている」と言われてしまったとのことです。また頻繁に立ち上がることに対して、「仕事に集中していない」と目くじらを立てる上司もいるかもしれません。そんな雰囲気の中では、なかなか立ちたくても立てませんよね。
企業にとって、社員の健康こそが一番の経営資源のはずです。簡単に着手でき、かつ効果が大きい対策の一つが「座りすぎ対策」だと認識し、会社を挙げて取り組んでほしいと思います。対策を推進するにあたっては、トップの役割も重要です。社長自ら声を挙げることは、社員の動機付けに大きく寄与します。
企業が実施できる具体的な施策を教えてください。
たとえば、立ったまま仕事することができるスタンディングデスクの導入はかなり有効です。高層階にオフィスがある企業では、窓ガラスに吸着できるスタンディングデスクを導入するのも選択肢の一つだと思います。かつて「窓際族」と言えば、窓際でぼんやりとしていて仕事をしない社員を指しましたが、令和時代には窓際にいる社員こそ、生産性高くイキイキと働いているという「新・窓際族」が生まれるかもしれません。
私の研究室では、立って仕事や研究をすることがデフォルトになっています。私が一番、座っている時間が長いくらいです。ゼミに配属されたときは「腰が痛い」と言っていた学生や研究員も、立つことで腰痛が消えたと喜んでいます。また机だけでなく、足元に敷くことで足腰への負担を軽減するマットもかなり効果があると感じています。会社は必ず什器を必要とするわけですから、いますぐは無理でも、入れ替えのタイミングなどで少しずつ導入すれば、大きな負担をかけずに実践していくことができるはずです。
ここで強調しておきたいのは、私はすべての机をスタンディングデスクに変更しようと言っているわけではない、ということです。座ることが駄目なわけではありません。「座りすぎ」が駄目なのであり、座ること自体はすごく大事な行為です。私自身も「どうせ座るならいい椅子に座ってください」とよく周囲に言っています。重要なのは、同じ姿勢を保ち続けることなく、立ちたいときに立つことができ、座りたいときに座ることができる環境を構築すること。結果としてそれは、多様性の尊重にもつながると思います。
フリーアドレス制を導入するのもいいでしょう。立って仕事をしていることで、話しかけやすいオープンな環境も生まれます。座ったままパソコンに向かっている人には話しかけづらくても、立って仕事をしている人には話しかけやすいですよね。新型コロナウイルスの流行下ではコミュニケーション不足が大きな問題になりましたが、座りすぎ対策がコミュニケーション活性化にも効果を発揮するのです。
コロナ禍ではリモートワークを導入する企業も増えました。家で仕事をする社員に対してはどのような働きかけをすべきでしょうか。
これは非常に難しい問題です。会社がリモートワーク用に机や椅子、あるいは座っている時間を計測してくれるウェアラブルデバイスなどを手配してくれるとよいのですが、現実にはなかなかそこまではできません。そのような中でできるのは、「社員への情報発信に力を入れること」です。会社よりも悪い仕事環境で働くことも多いでしょうから、「座りっぱなしではいけないんだ」ということをとにかく伝えてほしいと思います。
リモートワーク下でも、社員とのコミュニケーションはさまざまな手段で取っているはずです。「しつこい」と思われたとしても言い続ける。まずはそれしかないと思います。またスタンディングデスクは買えなかったとしても、いまある机の上に小さな机を置くことで、立って仕事をすることができます。そのための商品もたくさん発売されています。
オフライン・オンラインにかかわらず、どうしても座って長い会議や研修を実施しなければならない場合は、休憩時間を設けてほしいですね。それもかなわない状況であれば、一人ひとりが座ったまま机の下で、かかとを上げたりつま先を立てて太ももに力を入れたりといった工夫をすればよいと思います。それで十分だとは言いませんが、何もしないよりもはるかに効果があります。
最後に、読者の皆さんへアドバイスをお願いします。
いまの日本は、家もオフィスも街も、ありとあらゆる環境が身体を動かさなくてもいい環境へと変化しています。オフィスのレイアウトを見ても、座った状態で手が届く範囲に必要なものが大体そろっている。私たちは、そのような環境が「便利」で「スマート」であり、目指すべき姿だと思い込まされてしまっているのです。
しかし、大抵の物事はトレードオフで成り立っています。オフィスのレイアウトは効率を追求した結果ではありますが、その価値観に慣れすぎてしまうことは、長期的に見ると健康に悪影響を及ぼします。座る時間が長いからといってすぐに病気を発症するわけではないので、「座りすぎ」が持つデメリットはつい見過ごされがちです。しかし折に触れ、「これは私たちの身体にとって本当にいいことなのだろうか」と考えてほしいと思います。
また、私たちがなぜ座りっぱなしの状態にあるのかというと、健康リテラシーややる気の問題もありますが、それだけではありません。研究結果からは、人の行動の多くは自動化されており、その行動は環境から大きな影響を受けていることが示されています。たとえば、駅で上りの長い階段とエスカレーターがあったとき、多くの人が階段を使うほうが健康にいいとわかっていても、ついエスカレーターを選んでしまいます。つまり私たちが座ってしまうのは環境のせいによるところが大きく、環境を変えない限り行動を変えることは難しいと言えます。
だからこそ、企業が率先して環境を変えていくことが大事です。まったく運動経験がない人にいきなり「運動しよう」と持ち掛けるのは難しいことですが、「立ってみよう」と思わせる、あるいは立たせることは工夫次第でできるはずです。人間は直立不動で立ち続けることはまずありませんから、立つことで次の活動的な行動も生まれやすくなります。
本来社会とは、働けば働くほどイキイキとして元気で健康になれる環境でなければいけません。そんな社会をつくっていく入り口(ゲートウェイ)として、立つ習慣を身に着ける。企業にはそれをサポートする姿勢を見せてほしいと思います。
(取材:2023年8月7日)