森永教授の「ウェルビーイング経営」研究室【第8回】
ウェルビーイングな仕事の作り方
武蔵大学 経済学部 経営学科 教授
森永 雄太さん
日本企業において「ウェルビーイング経営」に取り組む動きが加速しています。ウェルビーイングとは、心身ともに良好な状態にあること。従業員が幸せな気持ちで前向きに働くことは、生産性の向上や優秀な人材の確保など、さまざまな効果につながると、多くの企業が期待しているのです。では、どのようにして実践していけばいいのでしょうか。武蔵大学 森永雄太教授が、いま企業が取り組むべき「ウェルビーイング経営」について語ります。
前回までのコラムでは、ウェルビーイングを高める組織的取り組みの重要性を指摘してきました。一方で従業員のウェルビーイングは、従業員自身が職場に持ち込む価値観や職場内外での行動、日常の生活習慣から大きく影響を受けるものでもあります。今回からは、ウェルビーイングを実現していく際に有望だと考えられる従業員の行動について紹介していきます。
ウェルビーイングを実現する二つのアプローチ
ウェルビーイングを実現していくためには、大きく分けて二つのアプローチがあるでしょう。一つは、ネガティブな要因を減らしていくアプローチです。もう一つはポジティブな要因を増やしていくアプローチです。
従業員のウェルビーイングを実現したいと考えたときに、注目されがちなのは前者かもしれません。しかし意外に感じられるかもしれませんが、そのような方法だけでは十分でない、というのが経営学領域で良く読まれる古典の主張です。ハーズバーグらは、職場のネガティブな要因を排除していくことは確かに従業員の不満を減らすことができる。しかしそれによって満足が高まるわけではない、と主張したのです。
より身近な素材である「モンスターズ・インク」という映画からも似たような気付きを得ることができそうです。ここでいうモンスターズ・インクは、モンスターが暮らす世界に電力を供給するビジネスを展開している会社です。ここでは詳しいストーリーは割愛しますが、注目すべきは、ビジネスを展開するにあたって、モンスターたちは人間の子どもたちを怖がらせて「悲鳴」をあげさせることで電力のエネルギー源を採集する、という設定です。
考えてみれば確かに「恐怖」や「不安」というのは、私たちを行動へと突き動かす強力なエネルギーでもあります。子どものころの自分を思い返してみれば「テストで悪い成績だったらどうしよう」と不安に思って夜遅くまで漢字の書き取りを繰り返したことが思い出されます。モンスターズ・インクのモンスターたちが行っているのは、このような「負のエネルギー」の採集とその有効活用といえるでしょう。
一方で、この映画の後半では興味深い変化が起きます(ややネタバレ気味なので、映画を楽しみたい方にはこの段落を読み飛ばしてください)。ある出来事をきっかけにモンスターズ・インクでは、エネルギー源の採集方法を変えることになるのです。これまでの「悲鳴」の採集ではなく、子どもたちを喜ばせることで「笑い声」を上げさせて、そこで生じるポジティブなエネルギーを採集するという方法へと転換が生じます。この映画では、「笑い」や「喜び」といったポジティブな感情が持つ偉大なパワーや可能性が提示されるともいえそうです。
職場で働く従業員の行動を考える際にも、同様の転換が求められているといえるでしょう。私たちは、負の感情に伴うエネルギーの利用をしばしば経験してきました。あるいは、負の感情を低減することについても、かなり熱心に取り組んできました。しかし、ポジティブなエネルギーの利用についてはどうでしょうか。職場で働く従業員のウェルビーイングを考える際にもポジティブな要因を増やすアプローチが有効です。
私たちは、職場で成果を残すための自律や自己管理といったときに、ともすればストイックな我慢比べをイメージしがちです。もちろん何か、ことを成し遂げるためにはそのような側面が必要になることがあるのも事実ですが、ストイックなだけでなく、私たちが日々感じる喜びや楽しみをエネルギー源とするアプローチを探求していくことも重要でしょう。
カストーディアルに学ぶジョブ・クラフティング
私が長く関心を持っているジョブ・クラフティングという概念は、まさにポジティブな要因を自ら増やしていく従業員の振る舞いの一つです。学術的で正確な定義はここでは割愛しますが、要するに仕事の意味ややりがいを感じられるように、従業員が主体的に仕事の範囲ややり方、それに伴う人間関係に変更を加えていくことをさします。
ジョブ・クラフティングを紹介する際に、私がよく例として用いるのが、東京ディズニーリゾートのカストーディアルのエピソードです。カストーディアルとは、ほうきとちり取りをもってパーク内を歩き、主に清掃を担当している係のことです。
もともとカストーディアルは、あまり人気のある職種ではなく、やめてしまう人も多かったそうです。ところが、ある時カストーディアルの中に効果的なジョブ・クラフティングを行う人がでてきたのです。具体的には、決められた清掃という役割だけでなく、濡らしたほうきで地面にキャラクターの絵を描いてゲストを喜ばせたり、積極的にゲストと交流を持ったりする人が出てきました。
カストーディアルにとっては、もともとの仕事に加えて、自分が興味深いと思える仕事を自分の役割として取り組むようになり、かつゲストとの関わりを増やすことにつながっています。結果として、仕事のやりがいや意味を実感できるようになるでしょう。またゲストにとっても、今日、その場所でその時間にしか見られないミッキーマウスに出会えた、あるいは出現する瞬間に立ち会えた、という感動や喜びを感じることができています。
実は東京ディズニーリゾートでは、すべての従業員はゲストをもてなすキャストだと位置づけているそうです。このカストーディアルは、このような組織の方針を取り入れた上で、(おそらく)もともと自分にとって得意であった「絵を描くこと」を自分の役割に取り込むことに成功したといえます。
このようにジョブ・クラフティングの考え方を上手に取り込むことができれば、自分の得意分野や自分らしさを活かすことができるでしょう。残念ながら私自身はパーク内でお絵描きをするカストーディアルに遭遇したことはないのですが、掃き集めた落ち葉で形どられたミッキーマウスには遭遇したことがあります。
このように、従業員自身にとっても顧客にとってもプラスになる「楽しみ要素」を上手に見つけることができれば、一見すると単調な仕事も楽しみながら取り組むことができます。もっと言えば、決められたことに対して責任感だけで黙って取り組むよりも、顧客にとってよりよいサービスを提供することにつながるかもしれません。
まとめ
ジョブ・クラフティングはやりがいや面白みを上手につけ加えていくことで、やるべきことをやり遂げることを可能にするアプローチといえます。確かに会社や組織で成長し、活躍するためには、面白くない業務に歯を食いしばって「耐えしのぐ」ことが重要な局面もあります(個人的には、嫌いではない)。しかし歯を食いしばることが目的ではないので、楽しみながら成長したり、顧客を喜ばせたりできるのであれば、それに越したことはありません。ウェルビーイングを実現するために、ジョブ・クラフティングに注目してみてはいかがでしょうか。
参考文献- Herzberg, F., Mausner, B. and Snyderman, B. (1959) The Motivation to Work. 2nd Edition, John Wiley & Sons Inc., New York.
- 森永雄太(2015). 「いきいきを生み出す仕事の作り方―ジョブ・クラフティングのエクササイズを通じて」島津明人編著『職場のポジティブメンタルヘルス 現場で活かせる最新理論』125-133.誠信書房.
- Wrzesniewski, A., & Dutton, J. E. (2001). Crafting a job: Revisioning employees as active crafters of their work. Academy of management review, 26(2), 179-201.
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森永 雄太
武蔵大学 経済学部 経営学科 教授
もりなが・ゆうた/兵庫県宝塚市生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。著書は『ウェルビーイング経営の考え方と進め方:健康経営の新展開』(労働新聞社、2019年)、『日本のキャリア研究―専門技能とキャリア・デザイン』(白桃書房、2013年,共著)など。これまで日本経営学会論文賞、日本労務学会研究奨励賞、経営行動科学学会大会優秀賞など学会での受賞の他、産学連携の研究会の副座長、HRサービスの開発監修等企業との連携も多い。