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誰もがイキイキと働ける職場へ
臨床心理士・関屋裕希の ポジティブに取り組む「職場のメンタルヘルス」

【第8回】管理職を萎縮させない、予防策と解決策の両輪で進める……いま必要なハラスメント対策とは

東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 客員研究員

関屋 裕希

臨床心理士・関屋裕希の ポジティブに取り組む「職場のメンタルヘルス」

さまざまなストレスの影響で、多くの人がメンタルヘルス不調や仕事のパフォーマンス低下などの問題を抱えながら仕事をしています。企業における「人」「組織」の活性化を担う人事部門には、社員がイキイキと前向きに働くことのできる職場づくりが求められていますが、具体的に何をすればいいのでしょうか。企業のメンタルヘルス対策を専門とする臨床心理士・関屋裕希氏が、明日からすぐに実践できる「職場のメンタルヘルス」対策を解説します。

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ここ数年で進んできたハラスメントの法整備

2019年5月に、企業・職場でのパワーハラスメント対策を義務づける「改正労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)」が成立。相談窓口の設置や規程づくり、研修会など、具体的なハラスメント対策が義務づけられました。この法案は、2020年6月より大企業で、2021年4月より中小企業で施行され、どの職場においても対策が求められるようになりました。

ハラスメントにはさまざまな種類がありますが、今回、法制化されたパワーハラスメントの定義を見てみると、「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、その雇用する労働者の就業環境が害されること」とされています。

ハラスメントというと、自分とはあまり関係のない職場での出来事だととらえている方もいるかもしれませんが、全国の労働者1,546名を対象にした調査結果によると、「職場で自分がいじめにあっている(セクハラ・パワハラを含む)と回答した人の割合は6%(約17人に1人)、「職場でいじめられている人がいる(セクハラ、パワハラ含む)」と回答した人の割合は14%(約7人に1人)となっており、そう遠い世界の話ではなく、誰しもが自分ごととしてとらえるべきテーマのひとつです。

対策を間違えると、チームを放任する管理職を生むことに

ますます必要性も重要性も高まっているハラスメント対策ですが、陥りがちな落とし穴があります。

先ほど示した定義のとおり、訴えがあれば、どのような事象であってもパワーハラスメントに認定されるわけではなく、客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワーハラスメントには該当しません。

しかし、ハラスメントをテーマにした教育研修や啓蒙活動では、「〇〇はしてはダメ」「こういった行動はNG」といったことばかりが先行して伝わってしまいがちです。すると管理職が委縮し、部下と接することに回避的になって、チームを放任するような事態につながりかねません。

また、直属の上司のリーダーシップスタイルが放任型だと、半年後にパワハラが新規に発生するリスクが4.3倍になる、部下がメンタルヘルス不調になるリスクが2.6倍になることが示されており、せっかくのハラスメント対策が本末転倒な結果を呼んでしまいます。

この連載は「ポジティブに取り組む」をテーマにしていますので、後半では、「ハラスメントがない」だけでなく、働くメンバーがいきいきと働くことにつながる、もう一歩先のヒントにも触れていきたいと思います。

ハラスメントによる影響は身体の健康にも、周囲にも及ぶ

2020年6月に、精神障害の労災認定基準にも「パワーハラスメント」が明示されました。こちらには、優越的な関係を背景としていない同僚同士の場合も含まれています。

パワーハラスメントによるメンタルヘルスの影響は、心理的ストレス反応やPTSD症状、うつ病、バーンアウト(燃え尽き)などが示されています。また、精神的な健康だけでなく、線維筋痛症や虚血性心疾患といった身体の健康にも影響があることもわかっています。

さらに注目すべきは、その影響は行為者と被害者だけにとどまらず、同じ職場で働いている同僚にも及ぶという点です。パワーハラスメントを目撃した人も、抑うつ症状が3倍のリスクとなることが示されています。

ハラスメントを目撃すること、ハラスメントのある職場で働き続けることで、心理的負荷が上がることは想像にかたくありません。ハラスメントは当事者だけではなく、職場全体の課題、まさに「職場づくり」にかかわる組織的なテーマなのです。

実際に、ハラスメントは欠勤・休職や離職率の上昇、仕事満足度や人生満足度、部署の生産性の低下と関連することも示されています。

リモート環境下でのハラスメントの実態

東京商工会議所が実施した「テレワークの実施状況に関する緊急アンケート」によると、新型コロナウイルス感染症の流行以降、約7割の企業が在宅勤務制度を実施しています。

テレワークが推進された職場環境では、以前のように部署の全員が同じ場所で働くのではなく、それぞれのメンバーが別の場所で働き、月に2~3回しか顔を合わせる機会がないなど、職場でのコミュニケーションのあり方が変化しています。

オンライン上や遠隔的に行われるリモート環境下でのハラスメントには、「就業時間中に常にパソコンの前にいるかチェックをされる」など過度な監視を受けること、「業務上必要性のあるオンライン会議に呼ばれない」など仲間外れにされることなどの行為が含まれます。

また、セクシュアルハラスメントに該当しうる内容として、オンライン会議や面談の場で、「僕好みのインテリアだ」「職場と雰囲気が違う服もかわいい」など、容姿や服装、部屋の空間について言及される、といったものが挙げられます。

2020年11月に全国のフルタイム労働者を対象に実施されたオンライン調査の結果によると、リモート環境下でのパワーハラスメントは5.9%、セクシュアルハラスメントは4.8%の労働者が「経験した」と回答していました。今後は、リモートハラスメントも念頭においたハラスメント対策が必要でしょう。

ハラスメント対策の進め方は予防策と解決策を両輪で

組織的なハラスメント対策は、厚生労働省が公表している「パワーハラスメント対策導入マニュアル」を参考に進めることができます。予防するために必要な五つの対策と、解決するために必要な二つの対策が挙げられています(図1)。

図.組織でパワーハラスメント対策を行うための基本的枠組み(厚生労働省「パワーハラスメント対策導入マニュアル第4版」をもとに作成)

図.組織でパワーハラスメント対策を行うための基本的枠組み(厚生労働省「パワーハラスメント対策導入マニュアル第4版」をもとに作成)

マニュアルには、それぞれの対策について、すぐに活用できる周知用のポスターや研修資料、アンケートを行うための実施マニュアルなど、実用的な資料も含まれているので、まず基本的な体制を整えたい場合には、ここから始めるとよいでしょう。事象が起きてから解決策を整えるなど後手にまわるのではなく、予防策もあわせて進めておくことが重要です。

職場のCivilityを高めて、ハラスメントがないだけでなく、いきいきと働ける職場へ

「ハラスメントのない職場づくり」という「〇〇のない」目標に基づいた対策もよいのですが、せっかくなので「〇〇がある職場づくり」を目指して、その結果、ハラスメントが起こらない、という対策も組み合わせて行うことをおすすめします。

というのも、前半でもお伝えしたように、「〇〇してはいけない」「この行動はNG」といった教育・啓蒙のみだと、上司が放任型になることを助長して、かえってハラスメントが発生しやすい状況につながってしまうためです。

では、一歩進んだハラスメント対策を行う上で、どのようなものが「ある」ことが大切なのでしょうか。キーワードになるのは「Civility」という考え方です。日本語にすると、礼節や丁寧さ、という意味になります。

Civilityを高めるCREWプログラムというものがあります。CREWは、Civility(礼節、丁寧さ),Respect(敬意),and Engagement(エンゲイジメント) in the Workplace(職場)(CREW)の略です。お互いを知り、お互いに丁寧に敬意をもって接するような関係性をつくることで、働きやすい職場風土の醸成を目指すものです。

プログラムの中では、お互いを知るための対話を積み重ねていきます(図2)。相手のことをよく知り、大事に思っている関係のなかでは、ハラスメントは起きにくいものです。

図. CREWプログラムの進め方

図. CREWプログラムの進め方

このプログラムを実施することで、ワーク・エンゲイジメントの向上がみられた研究結果も報告されおり、ただハラスメントの発生を防ぐだけでなく、イキイキと働ける職場づくりにも有用である可能性が示されています。

チームの中で働く一員として、他のメンバーから敬意をもって接してもらえており、自分もまた一緒に働く他のメンバーを尊敬している。そんな関係性であれば、自然と仕事に対する熱意や活力が湧いてくるのもうなずける話です。

一歩先を見据えたハラスメント対策の視点を、ぜひ取り入れてみてくださいね。

【参考】
関屋 裕希(東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 客員研究員)
関屋 裕希
東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 客員研究員

せきや・ゆき/臨床心理士。公認心理師。博士(心理学)。東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 客員研究員。専門は職場のメンタルヘルス。業種や企業規模を問わず、メンタルヘルス対策・制度の設計、組織開発・組織活性化ワークショップ、経営層、管理職、従業員、それぞれの層に向けたメンタルヘルスに関する講演を行う。近年は、心理学の知見を活かして理念浸透や組織変革のためのインナー・コミュニケーションデザインや制度設計にも携わる。著書に『感情の問題地図』(技術評論社)など。
ホームページ:https://www.sekiyayuki.com

企画・編集:『日本の人事部』編集部


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