誰もがイキイキと働ける職場へ
臨床心理士・関屋裕希の ポジティブに取り組む「職場のメンタルヘルス」
【第6回】復職することがゴールではない!
イキイキと働き続けるための「復職支援」
東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 客員研究員
関屋 裕希
さまざまなストレスの影響で、多くの人がメンタルヘルス不調や仕事のパフォーマンス低下などの問題を抱えながら仕事をしています。企業における「人」「組織」の活性化を担う人事部門には、社員がイキイキと前向きに働くことのできる職場づくりが求められていますが、具体的に何をすればいいのでしょうか。企業のメンタルヘルス対策を専門とする臨床心理士・関屋裕希氏が、明日からすぐに実践できる「職場のメンタルヘルス」対策を解説します。
復職支援のゴールはどこなのか
厚生労働省が実施している労働安全衛生調査によると、メンタルヘルスを理由に過去1年間で連続1ヵ月以上休職した労働者の割合は0.4%で、この割合は事業所が大きくなればなるほど高くなるものの、従業員300名未満の中小企業でも0.3~0.5%の割合となっています。
図1. 過去1年間にメンタルヘルス不調により連続1か月以上休業した労働者の割合(平成29年)
今回のテーマである復職支援とは、メンタルヘルス不調などの病気になって社員が休職したあと、職場に復帰する際に必要とされる対応です。
「うちの会社には休職者がそこまで多くないから」「自分が管理している部署に休職している部下はいないから」と、自分とは関係のないテーマだと思われる方もいらっしゃるかもしれません。では、次の質問に答えてみてください。
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人事部門や健康管理部門など、会社全体の健康管理施策を考える立場にある方は、「復職支援制度がうまくいっているかどうかを、どのような指標で評価していますか?」
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部署やチームを管理する、上司の立場にある方は、「休職していた部下の復職支援をするときに、どこがゴールだと考えていますか?」
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ひとりの従業員として復職支援を受けるとしたら、「自分にとって、休復職のゴールをどこに置きますか?」
どんな答えが思い浮かびましたか。
まず、復職支援制度の評価指標ですが、健康管理施策の相談にのる中で、さまざまな企業の指標を拝見していると、「休職者数」「休職者率(全従業員に対する休職者の割合)」「休職期間」といった指標で評価しているケースが多いようです。
ただ、少し立ち止まって考えてみると、復職支援制度の評価指標として、理にかなったものではないように思います。
もちろん、メンタルヘルス不調になることを予防する対策を行って、休職することを未然に防ぐ、一次予防や二次予防の対策も重要です(※)。
一方で、生物学的要因から、どれほど気をつけていても、私たち人間は、病気になることがあります。そういった意味で休職者ゼロを目指すのは現実的ではなく、「年々、休職者数や休職者率が右肩下がり」というのも、どこかで限界のくる指標なのです。
休職期間も同様で、すぐに復職したとしても、またすぐに調子を崩してしまうのであれば本末転倒で、短ければよいというものではありません。
復職支援制度の評価指標として私が勧めているのは、「復職継続率」です。休職をした社員が復職したあと、再び不調になって休職することなく、働き続けられているかどうかを見るのです。復職継続率が高く維持できてこそ、復職支援制度の運用がうまくいっていると言えるでしょう。
上司の立場から考えた場合には、どうでしょうか。「休職していた部下が無事に復職してきた。これで一安心」となってはいないでしょうか。もしくは、「復職直後は短時間勤務などをしていた部下が、通常勤務に戻ったらゴール」となってはいないでしょうか。
復職や通常勤務に戻ることはゴールではなく、むしろスタートとして捉えたほうがよいと思います。目指すのは、休職経験のある社員が、復職後に仕事でシビアな局面があったとしても、再び休職することなく、イキイキと働き続けられることです。
社員の目線からも同様です。「回復して復職にこぎつけたら、それがゴール」と捉えるのではなく、復職をスタートとして、仕事のストレスを自分らしく乗り越えながら、元気に働き続けることを目指してほしい。
復職支援が目指すゴールは、組織にとっても、管理職である上司にとっても、社員にとっても、「復職したあと、イキイキと働き続けられること」なのです。
(※)一次予防:メンタルヘルス不調そのものを未然に防ぐ取り組み。
二次予防:不調のサインを早期発見して、メンタルヘルス不調になることや病気になることを防ぐ取り組み。
復職支援をチャンスととらえる
復職支援のゴールを「復職したあと、イキイキと働き続けられること」とすると、組織、上司、社員それぞれにとって、復職支援はチャンスととらえ直すことができます。
まずは組織にとって復職支援制度を整えることが、どのようなチャンスになるのかを考えてみましょう。
復職支援を必要とするのは、メンタルヘルス不調だけではありません。治療技術の進歩によって、がんなどの難病を患っていても、一定の配慮があれば働くことができるようになりました。
労働人口の減少により、多様な背景をもつ労働者の活躍が求められる今、治療と職業生活の両立支援が重視されています。2016年2月に厚生労働省から「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」が公表されるなど、政府も積極的に推進しています。
その他にも、子育てや介護との両立など、さまざまな事情を抱えながら働く社員が最大限に力を発揮するためには、復職支援と両立支援の連動が欠かせません。
上司にとっては、復職してきた部下が再びイキイキと働けるようになることを支援するためのマネジメントスキルを身につけることで、復職対応だけでなく、普段のマネジメントにも活用できます。休職はしていないけれど、元気がないまま働いている部下への対応に活用すれば、メンタルヘルス不調による休職を予防するだけでなく、イキイキと働く部下へと変身する上でのサポートにもなります。
また、マネジメントは1対1の対応だけでなく、チーム全体への対応も重要です。多様なメンバーが働きやすい職場づくりを始めるチャンスにもなります。
ひとりの社員にとっては、自分のパターンに気づいてセルフケアを強化するチャンスです。自分がどういった場面で不調になりやすいのか、どのような業務に適性があるのか、自分の強みは何なのか、また、どのようなストレス対処スキルを身につければよいのか……自分への理解を深めるきっかけになるのです。
主体的に健康管理に取り組み始めることは、ワークライフだけでなく、その後の人生にとっても財産になるはずです。
復職支援におけるそれぞれの立場での役割をまとめると、図のようになります(図2)。
図2. 復職者がイキイキと働き続けるために組織・上司・社員が果たす役割
すべてのテーマを一度に扱うのは難しいので、今回はすぐに取り入れやすい、管理職に必要な復職支援対応のマネジメントスキルと、本人の主体性を前提とした復職支援におけるセルフケアについて取り上げたいと思います。
管理職に必要な復職支援対応のマネジメントスキル
復職後の再発予防のための管理監督者向け教育プログラムの開発と、効果検討の研究を行ったことがあります。
研究の中で、管理職の復職対応をマネジメントスキルの拡張と位置づけて、東京商工会議所のビジネスマネジャー検定で挙げられているマネジメント能力を参考に、復職対応における具体的なマネジメントスキルと行動目標を整理しました(図3)。(研究では、文献レビュー、インターネット調査、当事者ヒアリングによる情報収集もあわせて行っています)
図3. 管理職に必要な復職支援対応のマネジメントスキルと行動目標
五つのスキルがありますが、今回は2、3、4のスキルを簡潔に紹介したいと思います。
まず、「2.組織の管理」は、本人の状態を職場に伝えて、周囲のサポートを引き出す、対チームメンバーへの対応です。誰に、何のために、どこまで伝えるかを本人と整理します。業務での関わり度合に合わせて状態を共有することで、周囲の理解や納得感が得られやすくなり、不公平感やチーム内の対人関係へのネガティブな影響、周囲のモチベーション低下を防ぐことができます。
「3.人の管理」は、励ます以外の方法で本人を動機づけるスキルです。スモールステップ法(大きな目標を小さなステップに分解し、当面の目標を到達できそうなものに設定することでやる気を引き出す)や、共感と承認(この上司のもとならやっていけそう、安心して働けると感じられるだけで仕事の動機づけになる)を背景とした「まずは」スキル、「ひとつずつ」スキル、「わかるよ」スキル、「一緒に」スキルの四つのスキルが含まれています(図4)。
図4. 励ます以外の方法で動機づけるマネジメントスキル
「4.業務の管理」は、本人の状態に合わせて業務指示を行うスキルです。復職対応では、本人の状態を週に1回など定期的に把握して、状態に合わせて業務指示を行うことで、再発を防ぐことができます。
復職後に起こりがちだが上司には話しづらい、体調や業務上の問題をリストアップしたコミュニケーションシートに、あらかじめ部下が回答したうえで面談を行うので、部下は相談しやすくなり、問題が起きている場合には上司が早い段階で把握して対応することができます。テレワーク環境下で新しく入ってきた部下対応や、不調になっていないか懸念のある部下への対応にも活用することができます。
本人の主体性を前提としたセルフケア支援
復職支援がうまくいく大前提として、休職した本人が自分の健康管理に主体的に努めることが欠かせません。
組織の復職支援制度も、上司の復職支援対応マネジメントスキルも、「本人が主体的に健康管理に取り組む」前提で設計されてこそ、機能します。組織や上司が本人の健康についての責任を引き受けすぎると、本人が自身の健康管理に対して受動的になり、他人任せになってしまいます。
復職後のセルフケア支援も、本人が主体的に取り組むことを前提とすることがおすすめです。復職者本人が主体的に健康管理に取り組み、復職後も元気に働き続けるためのセルフケアを実践するために作成されたUTSeL(うつせる)というプログラムを紹介します。
UTSeLには、6種類の内容が含まれています(図5)。
図5. UTSeL(うつせる)に含まれるセルフケア実践のための内容
復職後に仕事で負荷のかかる場面があったとしても、ストレスとうまく付き合いながら働き続けるためには、「4.ストレス対処力を上げる」「5.キャリアを考える」の二つに、復職前に取り組むことが大事です。
「4.ストレス対処力を上げる」の中では、ストレス状況を分析するセルフモニタリング、考え方に工夫を加えるスキル、ポジティブな感情状態をつくる行動スキル、コミュニケーションスキルなど、仕事をする上で有用なストレス対処スキルが紹介されています。
「5.キャリアを考える」の中では、これまでのキャリアを振り返る、自分がもつ資源や強みを書き出す、将来の見通しをつける、といった内容が含まれており、自分のキャリアについての理解を深め、将来の見通しをたてることで、働き続けるうえでの自分の軸をつくることができます。
休復職の経験について「自分がどう生きたいか、どう働いていきたいかを知るきっかけになった」「自分の強みや不調になるパターンを振り返ることで、仕事の適性を上げることができた」と語り、復職後に以前より自分らしく力を発揮できるようになる方もいて、このプロセスの重要性を現場でも実感しています。
今回は、復職後もイキイキと働き続けることをねらいとして、本人の主体的なセルフケアと上司の復職支援対応のマネジメントスキルの合わせ技を紹介しましたが、この二つを前提として、組織全体の復職支援制度を見直すこともできます。ひとつのチャンスととらえて、振り返ってみてください。
【参考】
- 平成26~28年度労災疾病臨床研究事業費補助金研究 「メンタルヘルス不調による休職者に対する科学的根拠に基づく新しい支援方策の開発」報告書
- 難波克行 (2012) メンタルヘルス不調者の出社継続率を91.6%に改善した復職支援プログラムの効果. 産業衛生学雑誌 54(6): 276-285.
- 関屋 裕希
東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 客員研究員
せきや・ゆき/臨床心理士。公認心理師。博士(心理学)。東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 客員研究員。専門は職場のメンタルヘルス。業種や企業規模を問わず、メンタルヘルス対策・制度の設計、組織開発・組織活性化ワークショップ、経営層、管理職、従業員、それぞれの層に向けたメンタルヘルスに関する講演を行う。近年は、心理学の知見を活かして理念浸透や組織変革のためのインナー・コミュニケーションデザインや制度設計にも携わる。著書に『感情の問題地図』(技術評論社)など。
ホームページ:https://www.sekiyayuki.com