必要なのは周囲のフォローと信頼構築
環境ギャップを克服する新入社員の「五月病」対策
立教大学 現代心理学部 心理学科 准教授
松永 美希さん
元気とフレッシュな感性が魅力の新入社員たち。やる気に満ちあふれ、仕事に全力で取り組む姿に、ベテランのビジネスパーソンが刺激を受けることもあるでしょう。ところが、ゴールデンウィークが明けた途端、元気をなくしてしまう新入社員も見受けられます。いわゆる「五月病」です。スタートでつまずくことは自信喪失を招き、今後の業務や本人のモチベーションにも悪い影響を及ぼしかねません。「早く一人前になりたい」という新入社員の意欲を空回りさせずに、働く環境に慣れさせるにはどうすればいいのか。立教大学 現代心理学部 准教授の松永美希先生に、新入社員の五月病対策について解説していただきました。
- 松永 美希さん
- 立教大学 現代心理学部 心理学科 准教授
2002年に早稲田大学大学院人間科学研究科修士課程、2010年に広島大学大学院医歯薬学総合研究科博士課程を修了し、2013年より現職。途中、産業カウンセリングなどを経験している。現在は新任教諭のリアリティ・ショックを中心に、労働者のストレスとメンタルヘルスの関係について研究している。
“ストレスへの向き合い方”が環境への適応を左右する
松永先生は、「リアリティ・ショック」の研究をなさっているそうですね。
臨床心理学が専門で、カウンセリングと並行してリアリティ・ショックを研究テーマの一つとしています。リアリティ・ショックは、事前に思い描いていた仕事のイメージと、実際に現場で経験したこととのギャップによって起こるもので、ストレスを生じさせると考えられています。そこで公立の小・中学校の新任教諭を対象に、リアリティ・ショックとストレスの関係、またリアリティ・ショックによる影響を軽減させる要素について調査しています。
今回のテーマである新入社員の五月病も、リアリティ・ショックと関連がありそうです。そもそも五月病とは、どのようなものなのでしょうか。
一般的には入学や就職、異動などによって過ごす環境が変わることで、やる気や集中力が低下する、不安を感じる、イライラする、不眠が続く、食欲不振になるなど、心身のバランスが崩れてしまう状態をさします。4月は新しい環境に適応しようと、自律神経系が過活動の状態になりますが、そう長くは続きません。踏みすぎたアクセルが壊れてしまう時期がちょうどゴールデンウィークが明けたころなので、五月病と呼ばれるようになったのでしょう。正式な病名ではないため、定義するのは少し難しいですね。
最近では新入社員研修の長期化などが影響し、発症時期が後ろにずれる「六月病」もあります。研修中は同期と励まし合いながら頑張れたけれど、配属先に相談相手がいなくて、ギャップに体がついていけなくなる。6月は祝日がなくて梅雨に入るため、気持ちの切り替えが難しい時期でもあります。新任教諭の場合、1学期は乗り切ったけれど夏休み明けにがっくりと落ち込む、といったケースもあります。
いずれにしろ、環境の変化が影響しているようですね。
適応障害の一つともされており、症状の現れ方や程度にも個人差があります。ストレスを感じて「少し疲れが出たのかな」で済むこともあれば、本格的なケアを必要とするケースもあります。いずれにしろ、何かしらのストレッサー(ストレスを感じるきっかけ)が存在するのは明らかです。深刻な場合はうつなどの引き金になる場合もあるので、楽観視しないほうがいいでしょう。
具体的にはどのような症状が見られるのでしょうか。
気分が優れずに落ち込む、やる気が出ない、不安を感じる、イライラする、といった心の状態がまず挙げられます。それに伴い、集中力に欠ける、すぐ怒る、眠れない、食欲が出ない、欠勤や遅刻が多くなる、判断力が低下する、といった症状が生じることが多いようです。大学で指導していても、「五月病なのかな?」と思われる学生が時々見られます。例えば連休明けになると、講義に来なくなってしまうとか。学生から「寝つきが悪くなった」と相談されることもあります。
五月病になりやすい人に傾向などはあるのでしょうか。
臨床心理学の観点で言えば、「ストレスへの向き合い方」によって違いが出るといわれています。ストレスへの向き合い方には、専門用語で「認知」と呼ばれる、ものの捉え方も関係します。
例えば、複数の人があるタスクをこなした結果、同じような成果がでたとき、「これくらいでいいか」と思う人と、「これではダメだ」と思う人がいます。後者は自分に厳しく、同じ条件下でもストレスを感じやすい。まじめで几帳面、完璧主義、頑張り屋と言われるような人は、なじみのない環境に置かれるといつも以上にエネルギーを使うので、消耗しやすいと言えるでしょう。
人によって、ストレスへの向き合い方に違いが出てくるのはなぜですか。
遺伝子などの先天的な要因と、社会的背景や育った環境といった後天的な要因の両方が影響していると考えられます。
後天的な要因の例として、「愛着」が挙げられます。愛着とは特定の対象への情緒的な結びつきのことで、特に幼児期における養育者との関係を指します。愛着を研究している方によれば、愛着の安定は大人になってからの行動にも影響するそうです。例えば困りごとが起きたとき、愛着が安定している人は誰かに相談するなど、ソーシャルサポート(周囲からの物質的・心理的支援)を自ら求めることができます。その他にも、これまでの生活の体験などによっても、認知の仕方に個人差が生まれるのだと思います。