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その健康経営は何のため?先進企業ルネサンスのキーワードは「見える化」

株式会社ルネサンス 健康経営推進部 次長

樋口毅さん

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株式会社ルネサンス 健康経営推進部 次長 樋口毅さん

ここ数年、多くの企業で関心が高まる「健康経営」。国内外100ヵ所以上にスポーツクラブを展開する株式会社ルネサンスは、実は1979年の創業当初から健康をテーマに事業展開を行ってきた、健康経営の先進企業でもあります。企業理念に「生きがい創造企業として、お客さまに健康で快適なライフスタイルを提案する」ことを掲げ、「健康」に関わる事業を行う同社は、自社内の健康経営に取り組むことはもちろん、国と共に他企業の健康経営推進の旗振り役としても活躍しています。実際にどのような取り組みを行っているのか、同社の健康経営推進部次長であり、健康経営会議実行員会の事務局も務める、樋口毅さんにお話をうかがいました。

プロフィール
樋口 毅さん(ひぐち・つよし)

株式会社ルネサンス 健康経営推進部 次長/健康経営会議実行委員会 事務局/NPO法人健康経営研究会 健康経営会議 事務局/財団法人 日本メンタルヘルス講師認定協会 理事/全国THP推進協議会表彰選考委員会委員/スポーツ庁スポーツエールカンパニー認定委員会委員

「働く人の健康」を人生のテーマとして現在に至るまで一貫して活動中。順天堂大学大学院 健康・スポーツ科学研究科修士課程修了。トッパングループ健康保険組合、凸版印刷株式会社等を経て現在に至る。

健康経営を企業理念で終わらせない 人事評価にも健康の項目を設定

貴社では、どのような経緯で健康経営に向けた取り組みを開始されたのでしょうか。

ルネサンスの健康経営の根底にあるのは、「生きがい創造企業として、お客さまに健康で快適なライフスタイルを提案する」という企業理念です。経営理念を具現化するため、企業行動指針と求める人材像を、社内で定義し、スタッフが大切にすべき五つの価値観を定めており、その最上位には「スタッフの健康」が置かれています。アルバイトスタッフやパートナースタッフも含めると、働く従業員は約5,000名。特にフィットネスクラブのスタッフは、常にお客さまからも見られていて、スタッフの評価がフィットネスクラブ自体の評価にもつながります。そのため、スタッフ自身がお客さまに対して自分の見た目や健康といったプレゼンスを高めていくことも必要です。またお客様の生きがいを創造するためには、お客様のエンゲージを高めることが何より大切で、そのためにはエンゲージしているスタッフを増やすべき、との考えからも、健康経営はスタートしました。

ルネサンスでは、企業理念として掲げるだけではなく、人事評価にも「健康」を組み込んでいます。一般スタッフ向けには、「お客さまを健康にするために、まず自分自身および周囲が心も体も健康な状態をつくる」という基準。管理職はこれに加え、「部下の心も体も健康な状態を保てるよう、指導や職場環境整備を行う」という基準をもとに、人事評価を行っています。こうした項目は、期中のレビューと期末の評価決定のタイミングで各自がその実践を自己評価し、上司がその行動を評価しています。

人事評価にも「健康」の項目を入れるとは、本気度がうかがえますね。貴社では、「健康」をどのように定義されているのでしょうか。

健康は、絶対的な評価基準を定めることがとても難しいと考えています。一概に病気のない状態を健康と呼ぶこともできません。例えば「1日に1万歩歩く人」や「フルマラソンに毎年チャレンジする人」を健康の基準とするのであれば、「体力に自信がない中で、がんばって1日に5,000歩歩いた人」「持病があっても10キロマラソンに挑戦した人」は、評価ができなくなるのではないでしょうか。かといって、「健康診断を受診している」といったことだけを最低ラインの評価基準とするだけでは、健康増進にはつながりづらい。

そのため、ルネサンスでは「健康行動」を評価することで、社員一人ひとりが意識的に実践できるようにしています。面談時に本人がその行動を上司に説明し、上司はその実践度に応じて評価します。それぞれの体力や健康度合いには差があるので、そのすり合わせをどう行うかなどの課題もあります。しかし、この項目を入れたことには、大きな意味があったと思っています。何よりも評価項目に「健康」を設定したこと自体が、強いメッセージになっているからです。このような活動の全てが、「私たち自身が健康である必要がある」というスタッフへの意識醸成につながっています。

「計測」できないものは「管理」できない 大切なことは健康の「見える化」

スタッフに普段から健康を意識してもらうために、どのような取り組みを行っていますか。

ルネサンスでは、2018年1月から「カラダかわるNavi」という健康管理ツールをフィットネスクラブ会員に提供します。これは、食事や運動を毎日記録し、適切なアドバイスを受けられる、というもの。導入に際して、サービスの周知とスタッフの健康意識を高めることを目的に、「カラダかわるNavi」を使った部署対抗の健康づくりコンペを行いました。部署ごと毎日の食事と運動を記録し、健康スコアを競います。参加を強制していなかったにもかかわらず、全社員の96.9%にものぼる1282名、全140チームがこのイベントに参加しました。

毎日の食事や運動を記録することに、負担を感じる社員も多そうです。社員に取り組んでもらうために、どのような工夫をされたのでしょうか。

第一に大きかったのが、経営トップ自らが取り組む姿勢を見せたこと。弊社社長の吉田は、CHO(Chief Health Officer/最高健康責任者)として、健康経営を主導しています。今回の「カラダかわるNavi」導入でも、スタッフへのリリースの前に、社長自らがモニター役を務めました。リリースの際には自らが体験者になっているので、「自分ごと」として社員に必要性を伝えられます。これによって、取り組みの重要性を経営者からの力強いメッセージとして伝えることができました。

また、各チームの取り組みを「見える化」したことも、重要なポイントです。これは、社内のPR部門が積極的に情報開示を行い、社内広報を進めていきました。社内報で上位チームのスコアを発表したことで、チームの現状を数値として目に見えるようにしたことも、チームのやる気を引き出すことにつながっていると思います。また、上位チームやスコアの高かった個人へのインタビューを発信することで、部署を横断したノウハウの共有にもつながりました。スコアの低い部署の上司には、「何か課題はありませんか」と様子を確認しながら、会社全体の取り組みが活発になるように働きかけていきました。

ルネサンスでは、事業としてスポーツクラブを経営していることもあり、もともと日常的な運動の実施を心掛けている社員が多かったようです。しかし、健康増進には、運動だけでなく食生活への配慮が必要です。「カラダかわるNavi」で個人のスコアを見える化したことで、スコアの高い社員を見習い、食生活を気にする社員が増えました。聞き耳を立てていると、「この食べ方が高スコアにつながる」という情報もスタッフ間で共有されていて、何をどのように食べればよいのかという、食のリテラシーの向上とともに、コミュニケーションの活性化にも、アプリが一役買ってくれたようです。

健康を「見える化」することが、従業員のモチベーションにもつながったのですね。「見える化」によって解決できる課題は、他にもありそうです。

健康診断などが、まさにそれにあたります。弊社では今年から、健康診断結果の電子化を進めました。「『計測』できないものは『管理』できない」という言葉がありますが、これは健康経営においても同じです。

これまで、社内では健康診断のデータを用紙で管理していました。しかし、これで計測できていたのはせいぜい健診の受診率と総合判定結果程度です。データ分析が実施できていなかったため、「再検査の人がどれくらいいるのか」とか、「どこにどんな健康上の問題がある社員が多いのか」といった現状の課題が見える化されておらず、十分な管理ができていませんでした。

現在は、電子化によって人事部門と健康診断の仕組みを変えたことで、どの年代、どんな職種のスタッフたちに、どういった健康課題があるのかが見えてきました。また「カラダかわるNavi」の導入により、「社員がどのような食傾向にあるのか」「運動の実施状況はどうなっているのか」などの生活習慣の状態もわかるようになってきました。こうしたデータを活用することで、今後はこれまで以上に、ターゲティングされた対象社員への具体的な健康ソリューションが提供できるようになります。例えば、先ほどのアプリのイベントと連動させて、「健康診断の1ヵ月前からメタボ改善のためのプッシュ通知をする」といったことも実施が可能になります。

企業の健康課題は「見える化」し、解決に向けた取り組みが進む

現在、健康経営への関心がある企業が増加しています。企業の健康経営促進にも取り組む貴社には、どのような声が寄せられていますか。

株式会社ルネサンス 健康経営推進部 次長 樋口毅さん

「健康経営銘柄」や「健康経営優良法人認定制度」ともに、健康経営の取り組みの中であがるキーワードが、「データヘルス計画」と「コラボヘルス」です。「データヘルス計画」とは、保険者が従業員の健診情報やレセプト(診療報酬明細書)などのデータを分析し、効果的な保健事業を実施するための事業計画のことで、加入企業の健康課題を洗い出すことで、効率的に解決を目指す手法です。こうしたデータは個人情報であるため、利用の目的を明確にし、しっかりと計画を立て、それに沿って取り組みを進めていかなくてはなりません。これは厚生労働省が、保険者に対して、積極的な実施を働きかけています。また2018年度以降、同省は大企業に従業員の健康にさらに配慮するようにと、「健康通知表」を作成し、社員の健康に会社がどう配慮すべきかをわかりやすく示すとしています。
しかしデータを分析し、企業の健康課題や重症化予防等の重点対象者が明らかになったとしても、保険者だけの取り組みでは、従業員(被保険者)への働きかけが十分にはできません。健康づくりは保険者と企業が協力体制を取る必要があります。この取り組みが、「コラボヘルス」です。

こうした企業と保険者の連携に関心が高まった一因として、経済産業省や厚生労働省等、政府が積極的に進める施策の影響があります。健康経営銘柄は経済産業省が推進しています。33業種、1業種1社しか銘柄認定されない、この制度により、企業間での取り組みが見える化されるようになり、企業間の競争も生まれました。また「保険者インセンティブ」という言葉をご存知の方もいらっしゃるかと思います。これは厚生労働省が生活習慣病の予防に向け、保険者に特定健診・特定保健指導の実施率や改善率を高めることを求めるもので、2017年度からは実施率の低い保険者名が公開されるようになりました。さらに2018年度からは、取り組みに応じて、後期高齢者支援金の減算(インセンティブ)、加算(ペナルティー)の対象にもなります。

こうした動きを受け、企業や保険者での健康づくりの見える化は急加速しました。しかし、最も重要なことは、従業員一人ひとりが「自分ごと」として生活習慣の改善に取り組むことです。そのためには組織としての「自分たちごと化」も必要です。ルネサンスは健康ソリューションを提供する企業として、既に多くの企業から寄せられる健康課題の解決に積極的に取り組んでいきたいと考えています。

先日、経団連会館で行われた「健康経営会議2017」も貴社が事務局を務められました。他社の健康経営を支援する取り組みには、どのように関わっていらっしゃるのですか。

健康経営会議は、過去5年間弊社が事務局を務めています。この背景には、弊社がこれまで、NPO法人健康経営研究会ともに、さまざまな省庁や委員会活動のお手伝いをしてきたことがあります。例えば、厚生労働省の「スマート・ライフ・プロジェクト」という取り組みや、経済産業省の「次世代ヘルスケア産業協議会」、スポーツ庁の「スポーツ審議会健康スポーツ部会」といった取り組みにおいて、弊社は民間企業の一員として携わっています。

それぞれの省庁やその他の企業とのつながりを支えることができることも、民間企業ならではの役割だと思います。弊社では長年、健康事業に取り組んでいるので、そのネットワークを生かして、健康経営会議を運営しています。各省庁ともに、健康経営に取り組む企業、健康経営を支える企業、そして医師や経営学者などの有識者の方々が、互いに交流し連携を促進する場となるように、積極的に取り組んでいます。

大切なのは「誰に」「なぜ」行うのか 健康経営は合意形成の理念づくりから

これから健康経営に取り組む企業は、何から始めたらよいでしょうか。

健康経営に取り組む企業の中には、手段が目的化してしまっている企業もあるように感じています。「何を(What)」「どのように(How)」実施するかに一生懸命になりがちで、「なぜ(Why)」取り組むのか、「誰を(Who)」対象とするかが決まっていない。結果としてコストだけがかかる打ち上げ花火的な健康経営イベントが続き、担当者が疲弊して長続きしないというケースも見受けられます。

健康経営でまず大切なのが、経営トップが、「なぜ(Why)」企業として健康経営に取り組むのかという「あるべき状態(企業理念)」を明示すること。その上で、「現状を把握」し、あるべき状態と現状のギャップを埋めるために、「誰(Who)」を重点対象者とするのかというターゲッティングを行い、具体的な施策を選定することが重要です。

会社としてのあるべき状態を確認するところから、実際の活動が始まります。まずは健診や、生活習慣問診、ストレスチェックデータ、勤怠情報、従業員満足度などを収集・分析し、企業の現状を「見える化」することがおすすめです。具体的な課題が分からなければ、戦略を立てることもできません。弊社でも、前述のように、まず、データを取得し整備するところから健康経営をスタートしました。

では、健康経営の取り組みを始めている企業がぶつかりがちな壁としては、どのようなものが考えられますか。

大企業、中小企業ともに、どの経営者にお会いしても、皆さん、ともに「健康経営を推進すべきだ」とおっしゃいます。私は、今までに「従業員の健康を大切にしない」と言う経営者に会ったことがありません。しかし、担当者の中には、「健康経営はコストがかかる取り組みなので、投資対効果が明らかにならなければ経営者に説明ができない。だから取り組めない」とおっしゃる方がいます。

最も大きな壁は、担当部門が健康経営を「コスト」としてとらえ、経営者に投資対効果を説明する必要性を作ってしまうことなのかもしれません。確かに健康経営の投資対効果や経済価値を明らかにすることは大切です。しかし健康経営を行う上で何よりも重要なのは、「なぜ自社にとって社員の健康が大切なのか」を、経営者と一緒に考えること。そして、その理念を社員に伝えることです。

「『経営者が健康経営について考える時間』、『経営者が社員に健康経営の必要性を伝える時間』、そして『そこに集う社員が経営者の考えを聞く時間』。まずは、こうした時間投資から始めましょう」と、私たちは健康経営を推進する皆さまにお伝えしています。

それから、組織の中での合意形成が十分に図られていないことも推進が困難になる原因だと考えています。健康管理部門、安全衛生部門、人材開発部門、健康保険組合、労働組合等、それぞれの部門が、健康をテーマに、それぞれの立場や視点で従業員に働きかけを行っています。各部門での「Why」は明確になっているかもしれませんが、それは部分最適であって、全体最適とは言えません。働きかける部門が異なれば、従業員は異なるメッセージとして受け止めているかもしれません。こうした利害関係者が一体となって取り組むことで、ムダやムラをなくし、健康経営の効果を最大限に引き出すことができます。連携のためにも部門の「Why」の土台として、なぜ会社にとって従業員が健康である必要があるのかという、会社全体に関わる「Big Why」を明らかにすることが必要です。

経営層と意識をすり合わせること、ステークホルダーとの連携を強めるということですね。

合意形成が得られていれば、たとえうまくいかないときにも、「なぜやるのか」「誰に対してやるのか」ということに立ち返ることができます。見切り発進してしまった企業の健康経営は、あるべき姿や現状把握が不十分で、実施施策そのものの(手段)が目的化されてしまい、立ち返る原点がありません。PDCAの始めのP(PLAN)の設定が間違っていれば、どんなにサイクルを回そうとしても良い結果は出ません。そもそも頑張り方自体を間違えてしまっているので、どんなに頑張っても疲弊するだけです。

何かに取り組む際には、熱意としての「思い入れ」はとても大事です。ですが、それが「思い込み」になってしまうと上述のようにがんばり方を間違えてしまうことにも繋がりかねません。例えば、会社の健康経営施策として、「ストレスレベルの高い人がいるから、職場のコミュニケーションの対策をしよう」とか、「メタボの人が多いから、ウォーキングイベントに取組もう」などの施策を考える際には、「そもそも会社にとってなぜ、ストレスの高い人やメタボの人の改善が必要なのか」という前提を確認すること。二つの課題のうち、会社として優先順位が高いのはどちらなのか。また、結果に対するその施策の仮説(原因)は妥当なのか、ということの確認が必要です。

健康経営の推進には、「理念」、「利害」、「力学」の三つの「り」が大切です。理念は、「そもそもなぜ会社にとって社員が健康である必要があるのか」「また社員にとって、なぜ、健康である必要があるのか」を社内・社外に明示すること。利害は「そのことに取り組むメリット・デメリット」もしくは「取り組まないことのメリット・デメリット」を明らかにすること。そして力学は「経営者や管理職の率先行動」です。皆さんの会社ではどうでしょうか。

100社あれば100通りの健康経営があると思います。三つの「り」を意識することで、各企業の健康経営のあるべき姿に、一歩近づくのではないかと思います。私たちは健康経営の推進を通じて、国民の健康寿命の延伸に貢献し、日本の経済成長の一端を担いたいと考えています。健康経営のことでお困りのことがあれば、どうぞ、私たちにお気軽にお声掛けください。

今後、ルネサンスが目指すのは、自社従業員の健康増進に取り組むとともに、日本中の企業の健康経営推進を支えること。これまで蓄積してきた健康経営に関するノウハウを生かし、健康経営の実践に悩む企業の手助けをすることで、国民の健康寿命延伸や日本経済の成長に貢献したいと考えています。

株式会社ルネサンス 健康経営推進部 次長 樋口毅さん

(取材は2017年12月8日東京都・墨田区の株式会社ルネサンス本社にて)



2018/01/18
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