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従業員の「治療と仕事の両立」を支援するために
企業に求められる「柔軟な勤務体系の整備」と「上司のサポート」

産業医科大学 准教授/産業医科大学病院 両立支援科 診療科長

永田昌子さん

従業員の「治療と仕事の両立」を支援するために 企業に求められる「柔軟な勤務体系の整備」と「上司のサポート」

所属する医師の多くが産業医経験者である産業医科大学病院では、産業現場をよく知る医療機関という特色を活かし、2018年に日本で初めて「両立支援科」を設置。病気を治療しながら仕事を続けたいと希望する人の支援を行っています。自身も産業医として複数企業での勤務経験を持ち、両立支援科の診療科長を務める永田昌子さんに、治療と仕事の両立支援の現状と、両立を希望する従業員を人事担当者や管理職はどのようにサポートしていけばいいのかをうかがいました。

プロフィール
永田昌子さん
産業医科大学/准教授 産業医科大学病院/両立支援科 診療科長

ながた・まさこ/産業医科大学医学部医学科卒業後、パナソニックコミュニケーションズ株式会社、ブラザー工業株式会社で産業医として勤務。産業医科大学 産業医実務研修センター 助教、産業医科大学 産業生態科学研究所 産業保健経営学 学内講師を経て2022年より現職。専門分野は産業医学、有病者の就労支援。

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病状と仕事内容を照らし合わせ、職場に対する情報提供と配慮要請を行う

「両立支援科」は国内初の診療科とのことですが、どのような経緯で設置されたのでしょうか。

第二次安倍政権下において働き方改革が推進され、働く世代の高齢化や生産年齢人口の減少などを背景に、高齢者の就労支援や治療と仕事の両立支援が働き方改革の柱の一つとして掲げられました。病院や企業に対し、よりいっそう治療と仕事の両立支援が求められるようになったのです。

また、2018年4月の診療報酬制度の改定では、「療養・就労両立支援指導料」が創設されました。企業と患者が共同で作成した勤務情報を記載した文書に基づき、患者に療養上必要な指導を実施するとともに、企業に対して診療情報を提供した場合に評価されるものです。制度導入に先立ち、2018年の1月に当院に国内初となる両立支援科外来を立ち上げました。

当院の母体である産業医科大学は、産業医や産業保健専門職である看護師、衛生管理者を養成している国内唯一の大学です。当院の医師の多くは産業医経験者であり、両立支援科は大学の理念や病院の特長に基づく診療科でもあります。

他にも両立支援外来を行っている医療機関はあるのでしょうか。

現在は、他にも両立支援外来を設けている病院があります。ただし特定の疾病に特化しており、疾病に対する専門性を活かした両立支援を行っていることがほとんどです。

一方、私を含めた当院の両立支援科の医師は、がんなど特定の疾病に対する専門性は持っていません。しかし、産業医としての専門性を持っているので、患者さんが職場復帰するにあたり、本人や職場にはどんなハードルがあるかを想像しやすい立場にあります。産業医の専門性がある者が意見書を主治医と共に書いている点が当院の独自性です。

誤解のないようにお伝えしておくと、両立支援の相談窓口は多くの病院で設けられています。例えばがん拠点病院には支援窓口が設けられていますその病院にかかっている患者だけではなく地域の患者の相談を受け付けており、日本では治療を受けているがん患者は全て、相談窓口にアクセスできるようになっています。こうした窓口では、ソーシャルワーカーや看護師らが就労支援を行っています。

両立支援科では、どのように患者を支援しているのでしょうか。

主治医と連携し、適切な治療を受けながら仕事を継続したいと希望する患者およびご家族に対して、治療と仕事の両立を支援しています。患者の希望を考慮した働き方を共に考え、必要に応じて企業への病状説明・就業継続に関する意見書を作成するのが両立支援科の役割です。

産業医科大学病院両立支援の流れの図

当院での両立支援の流れについてご説明します。入院患者さんに対して入院前に説明を行う入院支援室、もしくは主治医や病棟看護師からの紹介で当科の受診に至ります。

まずは当科の両立支援コーディネーターとよばれる看護師が話を聞きます。仕事をしている方の心配事としては、お金に関することが最も多く、傷病手当金についてお伝えするだけで満足される方も多いですね。治療費が自己負担限度額を超えた時に差額が支給される、高額療養費制度に関してお伝えすることもあります。

説明を受けても仕事を続けるにあたって不安や支障がある方は、医者が診察を行います。病状と職場の状況を照らし合わせて職場に意見書を出すべきかを判断し、必要だと判断した際は意見書案を作成して主治医と連携します。意見書の項目は「医学的に避けることが望ましい作業」「職場で配慮したほうがよいこと(合理的配慮を含む)」「治療のために必要と考えられる配慮などの記載」などです。当科が設置されてから6年間での支援実績は1,368件で、うち意見書を作成したのは313件です。

意見書を作成するかどうかの判断は、病状のみではなく、病状と業務内容や業務環境の組み合わせによって決まります。例えば、がんが骨転移していて上腕骨に痛みがあり、重い物を持つことができない患者さんのケース。この方が重い物を持つ可能性がある仕事に就いていれば、そうした業務を避けてもらいたいと職場に伝える必要があります。一方で、その方の仕事がデスクワークで特に業務遂行上問題はない場合は、意見書の提出は行わないこともあります。また、職場に配慮を要請する必要があっても本人が自分で説明できる場合は意見書を書かないこともあります。その場合も、どのように職場へ説明するとよいかのご相談にのっています。

産業医科大学 永田昌子さん

両立支援が進んでいても、困難を抱える企業は多い

企業における従業員の治療と仕事の両立支援の状況をどのようにご覧になっていますか。

令和5年度の内閣府の世論調査では、「あなたは、がんの治療や検査のために2週間に一度程度病院に通う必要がある場合、現在の日本の社会は、働き続けられる環境だと思いますか」という問いに対して、「そう思う」8.6%、「どちらかといえばそう思う」36.8%と、合わせて45.4%の人が肯定的な回答をしています。平成28年では27.9%、令和元年では37.1%だったので、治療と仕事の両立支援は進んできているといえそうです。

ただし、職種による違いはあると思います。例えば数週間に1度通院して抗がん剤の治療をする場合、ホワイトカラーの人はフレックスタイム制や在宅勤務の活用により、比較的通院がしやすい。一方で、交代勤務で働いている人や、決まった時間帯に必ず現場で働かなければいけない人などは、治療と仕事の両立の難しさがあると思います。こうした職場では、例えば短期アルバイトを雇用するなどといった仕組みで解決できないかと考えており、そうした事例があるのかを調査中です。

また両立支援が進んでいるのは大企業が中心で、中小企業では両立支援のための取り組みを行うことは難しい現状もあります。令和4年「労働安全衛生調査」によると、治療と仕事を両立できる取り組みがある事業所の割合は、1,000人以上規模の企業で97.2%ですが、規模が小さくなるにつれその割合は下がり、30〜49人の企業では62.6%、10〜29人の企業では55.4%となっています。

取り組んでいる企業のうち、取り組みに対して困難や課題を感じている企業の割合は全体で81.1%と、高い水準です。この傾向は企業規模別に見てもあまり差はなく、大企業も含めて多くの企業が困難を抱えていることがわかります。困難や課題の内容としては「代替要員の確保」が最も多く、次いで「上司や同僚の負担」となっています。これらは国や医療機関の介入が難しく、企業の努力が必要とされる領域であるため、難しさを感じています。

勤務可能時間やパフォーマンスの変化に柔軟に対応できる制度設計を

治療と仕事の両立支援にあたり、人事部に求められるサポートとして、具体的にどんなことがありますか。

先ほどの調査結果からは、職場、特に上司の方の負担の大きさがうかがえます。最近は治療との両立だけでなく、育児や介護との両立をしている従業員も多いので、上司はさまざまなことに目配せしなければならず、本当に大変だと思います。部下から病気になったと聞くと、つい「欠員をどうやって埋めよう」ということに意識が向いてしまうかもしれません。人事部門にはそれを理解したうえで、上司の伴走をすることが求められます。

上司が両立支援に関する制度や事例などの情報にアクセスできることも大事です。例えば定期的な通院で休む必要があり、不安に感じている従業員に対して、病気欠勤制度があることや他に通院しながら仕事を続けている人がいる事例を上司が語ることができたら、病気になった本人はすごくありがたいと感じると思います。上司に対して研修などの機会を設けるのも効果的ですが、負担が大きいので、最低限「何かあったらここを見ればいい」というものが用意できていれば十分です。

当大学の研究チームが、企業の両立支援担当者向けに「治療と仕事の両立支援 実践ヒント集 企業担当者アクションチェックリスト」を作成しています。両立支援の好事例をもとに作成しており、企業の両立支援担当者が、休職、休職中、職場復帰、フォローアップ時などのタイミングにおいて、または日頃からどのようなことを意識してアクションを行うことが望ましいのかをまとめたものです。ここに挙げられている内容を、少しずつでも実践できると良いでしょう。

情報提供の前段階として制度を整えることも大切ですが、どのような制度が有効だとお考えですか。

柔軟な勤務体系の整備が必要でしょう。短時間勤務制度やフレックスタイム制度があれば、有休をすべて使わなくても通院の都合や体調の変化に対応しやすくなります。病気療養で休職した後の復職時も、短時間勤務制度などを使って段階的に仕事を増やせると、本人は働きやすく、上司は配慮がしやすいと思います。

中小企業などは「これまで長期治療が必要になった社員がいないので、事例が出てから考えよう」という姿勢になりがちです。しかし、病気の人が出てから動くようでは遅く、仕事を続けられずに辞めてしまうかもしれません。必要性に迫られないなかで動くことはなかなか難しいかもしれませんが、前もって制度を作って準備しておくといいでしょう。

他にも、雇用形態を変えることがあるようです。抗がん剤の副作用があるので復職に際してフルタイムで働くのは難しい、という患者がいらっしゃいました。本人は働き続けたい、会社側も戻ってきて欲しいという思いがあったのですが、その会社には正社員の短時間勤務制度がありませんでした。そこで、雇用形態を正社員から一旦契約社員に変えて短時間で復職し、その後もう一度正社員に戻すという形にすることで、本人の希望に沿って復職できたそうです。

求められるのは、勤務時間の柔軟さに限りません。「育児・介護と仕事の両立」と「治療と仕事の両立」は並列に語られがちですが、少し異なることを認識してほしいですね。治療と仕事の両立は、単純に働く時間だけの問題ではありません。育児と介護も時間だけと言い切れませんが、基本的にその人の仕事の能力は落ちていないはずです。一方、治療中は、通院のための時間確保に加えて、例えばがんが骨転移していて痛みがある、抗がん剤を打っていて気だるさがあるなど、本人の体調が大きく変化しているため、仕事のパフォーマンスに影響が出る可能性があります。

ところが、日本の正規雇用の給与体系は多くの場合、勤続年数や職能によって決まっていて、これまで求められていた仕事の3割の成果しか上げられなくなったとき、それに合わせて給与が変わるようにできていません。以前の3割程度でも、仕事を続けたいというときに、それが可能な仕組みになっていないため、働く場がなくなってしまうように感じます。労働時間だけではなく、パフォーマンスにも柔軟に対応できる雇用形態や給与制度を考えておくことが今後必要になってくるかもしれません。

上司や同僚は本人の希望を聞き、尊重する姿勢を

治療中の従業員が働く上で、上司にはどのようなサポートが求められますか。

まずは本人の希望を大事にすることが大事です。上司は病気のことを理解する必要はありません。病気そのものではなく、本人がどうしたいのか、どうして欲しいのかを理解し、尊重する姿勢を持つといいでしょう。本人の希望を聞いた上で、どうしたらそれができるかを一緒に考える。難しい場合は、次善策を考える。

昨日は「辞めたい」と言っていた人が、今日は「やっぱり続けたい」と言ってくるなど、矛盾するように聞こえることがあるかもしれません。病気という大きな困難に直面して、不安な気持ちから考えが揺れ動いてしまうからです。上司は振り回されてしまい大変だと思いますが、本人の不安な気持ちを理解し、寄り添うことが大事です。

また、先ほどお伝えしたとおり、治療中の方は働く時間に制限が出るだけでなく仕事のパフォーマンスにも影響が出ることがあります。その点を理解し、適切に配慮することも重要です。

前述のアクションチェックリストは、受け入れ部署の上司にも参考になる部分も多いので、ぜひ活用してください。

同僚が当事者をサポートできることはありますか。

同僚のサポートを受ける必要があるなら、まずは当事者が関連する情報を開示すべきです。何も説明がないまま「大変だからお願い」と言われると、1週間くらいなら我慢できても、半年、1年という期間で配慮が必要になると、同僚も納得できないでしょう。

情報がないとどう接していいのかわからず、腫れ物に触るような対応になってしまいます。実は、病気を抱えている方の中には、「調子が悪い時に声をかけてほしい人」と「心配されると落ち込む人」がいます。調子が悪いときに「大丈夫? 手伝おうか?」と声をかけて欲しいのか、逆に声をかけないでいて欲しいのか。それがわかると同僚も安心できるし、声をかけやすくなります。

当事者は自分がどうしたいのかを考えて支援を求めていくことが必要です。職場の人に何を理解してもらい、何をサポートしてもらう必要があるのかを、上司や人事、医療者の力を借りながら整理して説明することが大切です。そして、説明を受けた同僚の方は、できる限りのサポートや配慮をすることが求められます。

雇用形態にかかわらず支援が受けられる環境の整備が必要

従業員の治療と仕事の両立支援に関して、今後、企業や職場に期待することがあればお聞かせください。

繰り返しになりますが、治療中の方は、通院の必要性や体調による労働時間の制限もあれば、症状によって仕事の能力が落ちてしまうという影響もあります。簡単ではありませんが、こうした状況に柔軟に対応でき、治療をしている方が働き続けられる企業・職場であってほしいと思います。

育児や介護など、他の両立と合わせて柔軟な働き方が可能な仕組みがあれば、さまざまな事情を抱える人たちが無理せずに働けると思います。週5日、1日8時間働くという標準的な労働者だけでなく、多様な働き方の従業員が許容される企業文化の醸成も大切です。

また、企業には正社員だけでなく、契約社員や派遣社員、外注業者の方など、さまざまな雇用形態の方がいます。診察をしていると、同じ職場であるにもかかわらず正社員が受けられる支援が派遣社員では受けられないといった事例を聞くことがあります。しかし、従業員の健康への投資を行うことにより企業力を高めるという健康経営の理念に照らしたとき、雇用形態で区別することは本質的ではないと思います。非正規雇用の従業員に支えられている会社も多いので、そういった方も含めてサポートしていってほしいと思います。特に大企業においては、本社だけではなく子会社やその他の関係会社への広がりも期待されます。

多くの企業が取り組みを推進することで、病気を抱えながらも働き続けることのできる社会になっていきます。自社の社員だけを守ればいいという考え方ではなく、ぜひ広い視野で両立支援に取り組んでほしいですね。

(取材:2024年10月29日)

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。


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