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「健康経営アライアンス」が協働と共創でめざす
健康経営の型づくりと健康保険組合の健全化とは

石原 英貴さん(オムロン株式会社 執行役員 イノベーション推進本部長)
坂井 康展さん (株式会社JMDC 上席執行役員 保険者支援事業本部 本部長)
杉岡 孝祐さん(SCSK株式会社 ビジネスデザイングループ統括本部 事業企画推進部 兼 人事・総務本部 D&I・Well-Being推進部 担当部長)

「健康経営アライアンス」が協働と共創でめざす 健康経営の型づくりと健康保険組合の健全化とは

近年、健康経営の考え方は着実な広がりをみせていますが、まだまだ個別企業での取り組みが多いのが実状でしょう。しかし、従業員の健康を確立し、職場の生産性や創造性を高めていくことは本来、産業界が足並みをそろえて進めるべきものだともいえます。また、健保組合を健全化し、高騰する医療費の問題に対応するためにも、多くの知見を持ち寄って効率化をはかることは重要です。こうした発想から、日本を代表する大手企業8社を代表幹事として、2023年6月に発足したのが「健康経営アライアンス」です。その設立の背景や目標、企業が参画することのメリットや具体的な活動内容などを、準備段階からプロジェクトに携わってきた3社のキーパーソンにうかがいました。

プロフィール
石原 英貴さん
石原 英貴さん
オムロン株式会社 執行役員 イノベーション推進本部長

ソニー株式会社、株式会社ドリームインキュベータを経て2020年にオムロン株式会社入社。製造業や農業、医療・介護現場など、1次・2次・3次産業を問わずDXで社会課題を解決するソリューション事業の立ち上げに従事。2030年までの当社長期ビジョン「Shaping the Future 2030」のビジョン策定Coリーダー。2021年4月より現職。2022年冬に健康経営アライアンスの企画を立ち上げ、日本の企業、健保組合が抱える社会課題解決に取り組む。

坂井 康展さん
坂井 康展さん
株式会社JMDC 上席執行役員 保険者支援事業本部 本部長

コンサルティングファームを経て、タニタヘルスリンク代表取締役としてヘルスデータを活用した新規事業開発に従事した後、エス・エム・エスにてアジア・オセアニア地域16ヵ国にて医薬品データ事業などを行うMIMSグループを買収し、CEOとしてPMIから新規事業創出、新市場進出を通じて事業拡大・企業価値向上を推進。2023年よりJMDCに参画し、健保組合向け事業および企業向け健康サービス領域を管掌。

杉岡 孝祐さん
杉岡 孝祐さん
SCSK株式会社 ビジネスデザイングループ統括本部 事業企画推進部 兼 人事・総務本部 D&I・Well-Being推進部 担当部長

1998年、住商情報システム(現SCSK)に入社。人事部にて、採用、育成、制度企画を担当後、2009年より広報部に異動。2013年以降、「働き方改革」「健康経営」の取り組みを社内外へ発信。2019年よりライフサポート推進部にて健康経営を担当し、2021年より同部部長。2023年からは健康経営を社会に広めることを目的に事業化を推進中。

「人生100年・70歳定年時代」の到来を前に

本日は「健康経営アライアンス」についてお聞かせいただきますが、それぞれどういった立場で関わっていらっしゃるのでしょうか。

石原:私が所属しているオムロン株式会社は「健康経営アライアンス」の発起人企業です。私はその企画責任者として携わってきました。健康経営はしっかりとしたデータにもとづいてPDCAを回していくことが重要です。そのデータ利活用の部分を担ってくださっているのが坂井さんの所属される株式会社JMDCです。また、杉岡さんの所属されるSCSK株式会社は、9年連続で健康経営銘柄に認定され、それ以前からも独自のプログラムを展開されている、健康経営のベストプラクティスをお持ちの企業です。代表幹事は8社ありますが、今日はこの3名でお話しします。

代表幹事企業(五十音順)
味の素株式会社/SCSK株式会社/オムロン株式会社/キリンホールディングス株式会社
株式会社島津製作所/株式会社JMDC/日本生命保険相互会社/株式会社三井住友銀行

では、まずは健康経営アライアンス設立の目的からうかがえますでしょうか。

石原:「人生100年・70歳定年時代」といわれる社会が到来しつつあり、健康経営の取り組みは年々本格化しています。オムロンも2017年に「健康経営宣言」を出し、さまざまなトライを繰り返しながら改善を積み重ねてきました。そんな中で、健康経営に取り組まれている企業に話をうかがうと、同じように苦労されていることを知りました。

従業員に健康になってもらい、人的資本による価値創出をはかること自体は、決して企業同士で競合することではありません。むしろ協調して同じベクトルで取り組むことで、より効率的に成果を生み出すことができるのではないか。企業が個別に試行錯誤するのではなく、トライ・アンド・エラーを集約してラーニングスピードをあげ、健康に関わるすべての人たちが協力しあえる枠組みをつくりたい。そのような発想がベースになっています。

もうひとつは、企業の健保組合の持続可能性を高めたい、ということです。医療費の高騰によって多くの健保組合の財政が厳しい状況にあります。10年ほど前から「コラボヘルス」という形で、企業が健保組合をサポートする取り組みが始まっていますが、現実にはまだ健保組合単体で頑張っているところが大多数です。このままでは保険料率は上昇を続け、企業も従業員も負担が増えていくでしょう。健保組合を効率化する取り組みも健康経営の実現には欠かせません。アライアンスは、企業が歩調をあわせて健保組合の課題を解決する取り組みにも注力していきます。

企業がアライアンスを組むと、健保組合において何が変わるのでしょうか。

坂井:健保は私が所属するJMDCが深く関係している分野です。これまでもコラボヘルスの名のもとに企業と保険者が協力して健康経営を推進してきましたが、医療保険者には、単一健保、総合健保、協会けんぽ、共済組合、国保など、さまざまな種類があります。

しかし、総合健保でも単一健保でも複数の企業が一つの健保に属していることが一般的です。この構造のため、これまでもコラボヘルスの名のもとに企業と保険者が協力して健康経営を推進してきましたが、企業と保険者様の間で健康経営を取り組む際の単位が合致しないという難しさがありました。一つの企業が健保組合に何か要望や依頼を出しても、公平性や個別の企業ごとに対応するリソース負荷の点から、なかなか実現しないという課題があり、逆に健保組合側が何らかの取り組みをしようと考えても、加入している全企業の同意を得るのは簡単ではないケースも多々ありました。

長く保険者様の領域で仕事をしてきた当社として、企業と保険者様が取り組みやすい仕組みづくりに貢献してくことは会社の使命だと考えました。

代表幹事企業はそれぞれの得意分野で役割を分担

オムロンが発起人企業となってまず動かれたとのことですが、アライアンス設立の背景には何があったのでしょうか。

石原:きっかけになったのはオムロンが2022年にJMDCに出資し、資本業務提携の関係ができたことです。両社の事業内容は異なりますが、実は同じようなところをめざしています。オムロンは家庭用医療機器を通じて、一人ひとりが自分の健康状態を自覚的に測定することをサポートしています。一方、JMDCはデータを活用して健康リスクのある人に自覚を促し、それによってリスク回避を実現しています。どちらも目標は「生活者すべての予防医療の確立」なのです。

業務提携後、トップ同士の話し合いで、まずは企業における健康管理、健康経営をテーマに取り組むことになりました。もともと日本企業には、健康診断などで従業員の健康を守ってきた土壌があります。また、近年は健康経営、人的資本経営も浸透してきています。健康はどの企業にとっても大義のあることです。健康経営銘柄など積極的に取り組んでいる数社にお声がけし、「ぜひやろう」と共感していただいた企業に代表幹事になっていただきました。

代表幹事企業はそれぞれの得意分野で役割を分担

まずは経営者間で方向性が一致したところからスタートされているのですね。

石原:その通りです。ただ、SCSKだけは少し違う形でお願いしました。同社はすでに長年にわたり健康経営に取り組まれてきて、すばらしいノウハウをお持ちです。産業界をあげてムーブメントを起こすにはそういったリーディングカンパニーに加わってもらうことが不可欠だと考えました。そこでアライアンスの企画を進める中で、「ぜひ一緒にやってほしい」と同社の健康経営をけん引してこられた杉岡さんに相談し、そこから社内を動かしていただきました。最終的には経営陣にも共感していただき、代表幹事としての参画が実現しました。

杉岡:お声がけいただいたときは、驚きとともに当社のこれまでの取り組みを高く評価していただけたことをうれしく感じました。その上でSCSKとしてどのような協力ができるのかを社内で検討しました。役員レベルでも議論して、アライアンスの志、大義に共鳴し、一緒に社会課題解決に向きあえればということで参画を決めました。

具体的には、プラクティスグループで健康経営の型づくりに取り組み、さらには課題解決のためのソリューションを提供するといった二つの軸で、当社の十数年の経験、知見が役立つと思っています。アセスメントツールなどを活用して現在の健康状況を可視化し、それに対する解決策を立案できるようなPDCAサイクルを、このアライアンスの中でも実現できればと考えています。

他の代表幹事各社にも、この分野でリードしてほしいという役割分担のようなものはすでにあるのでしょうか。

石原:企画構想段階からある程度はイメージして進めています。まずJMDCの場合はどのようにデータを生かすとより効果的な健康経営が実現できるかを考える役割です。健康サーベイはSCSKが長年取り組まれてきた分野です。島津製作所とオムロンは体調などの健康状態を可視化する測定技術に強みがあります。キリンホールディングス、味の素は食を通じての健康向上がテーマになるでしょう。日本生命は病気になった人たちを保険で支えるスキームから、病気にならないためにはどうするかという部分を検討されています。三井住友銀行は事業が直接健康に関わるわけではありませんが、金融機関として広く社会に貢献したいという大義で参画していただきました。

2023年度中の参画300社をめざしてネットワークを拡大

具体的にどのような活動を予定されているのでしょうか。

石原:2023年3月に設立を発表して以降、200社以上の企業の人事トップや健保トップの皆さんと話をしてきました。そこで出てきた健康にまつわる課題を整理し、それぞれに対する知見、ノウハウを共有していきたいと考えています。

まず課題は大きく四つあります。第一は、人的資本経営の開示項目がまだ定まっていないこと。基本的には従業員の健康ですが、具体的にどんな項目をどう表現していけばいいのかに各社とも悩まれています。第二は、自社の健康課題やそれに対する取り組みが正しいのかどうかわからないという悩み。また、医療費削減の効果的な取り組みについても手探り状態です。第三は、世の中に多数あるヘルスケアソリューションのどれが自社に適しているかわかりにくい点。第四は、施策の効果測定の難しさです。担当者のリテラシーも求められます。

そこでアライアンスでは、まず勉強会やセミナーでリテラシーを高めるサポートをしていきます。月1回程度のペースで、「人的資本経営における健康経営の役割」「健康経営におけるデータ活用」といったテーマでの開催を予定しています。リテラシーが高まると、各社でそれぞれ施策を打ちたいという機運が高まってくると思います。

最初に必要なのは課題を特定するためのアセスメントとデータ分析でしょう。アライアンスでもその実施を支援していきます。課題が特定されたら次はソリューションです。ここでも各種ソリューションの紹介プラットフォームを準備中です。こうした動きを通して、どの企業でも取り組める健康経営のひとつの「型」をつくっていくことが当面の目標です。

2023年6月現在での一般企業の参画社数は何社くらいでしょうか。

石原:代表幹事企業以外の参画は3月10日の発表時に11社でした。3ヵ月後の6月現在では約150の企業と団体に増えており、2023年度中には300社にまで広げていきたいと考えています。これまでは主に経営者間のリレーションでご紹介いただき、話をさせていただくケースが多かったのですが、今後は担当者同士の横のつながりやメディアの記事などを通して共感が広がり、新規の参画が実現することを期待しています。

企業が参画する場合、何か負担するものはあるのでしょうか。

石原:会員になるために費用はかかりません。運営も代表幹事企業が人を出していますので、一般の参画企業にお願いすることはありません。勉強会に参加して、他社の事例を聞き、良いと思ったら自社でもやってみるというイメージです。その場合、勉強会にかかる実費や、外部のソリューションを導入すれば当然費用が発生しますが、これはアライアンスに入っていてもいなくても同じです。また、アライアンスでソリューションを紹介する場合も仲介料などは徴収しない方針です。

坂井:アライアンスにはもうひとつ強調したいポイントがあります。それは、健康データの活用によってコラボヘルスを推進する仕組みを提供できることです。コラボヘルスという言葉ができて10年以上経ちますが、企業と健保組合が一体になってデータ利活用を進めていこうとしても、それぞれ関心の高い領域が少し違うという問題がありました。

健保組合の立場から見ると、いちばん医療費がかかるのは生活習慣病とそこから派生するさまざまな疾患です。特に人工透析は費用負担が大きいため、データ分析ではまずそこをチェックします。一方、企業側はメンタルヘルスによる欠勤や休職の増加にきわめて敏感です。労働生産性に直結する部分なので当然でしょう。

JMDCは医療データの仕事に長年取り組んできた経験から、真の健康経営を実現するには、どちらも大切であることをわかってもらう必要があると考えてきました。そこで健康経営アライアンスでは、この二つのポイントを同時に見える化したデータを、企業と健保組合、それぞれのトップに見てもらえる仕組みを提供していきます。非常にわかりやすい指標で、自社の状況を一目で把握することが可能です。企業にも健保組合にも新たな負担を求めることなくコラボヘルスを推進できる点にもぜひ注目してほしいですね。

2023年度中の参画300社をめざしネットワークを拡大中

石原:人事や健保の現場に話を聞くと、経営に自社の健康状況を理解してもらうのが難しいという悩みを抱えているケースが少なくありません。コラボヘルスを推進するには、現場に寄り添いながら経営の意識改革を進めていくことも重要です。自社の課題はここだということをわかりやすく見える化できれば、経営と現場が同じ目線で会話できるようになる効果も期待できます。

医療費という国レベルでの課題解決にも貢献したい

2024年度以降の中期的展望についてもお聞かせいただけますか。

石原:2023年度はまず代表幹事企業が中心になって、健康経営の成果をしっかり出す段階です。それをケーススタディーとして参画企業に共有してもらうことを考えています。ここで重要なのが成果指標づくりです。健康経営の成果をどう測定するのかはかなり難しく、各社が試行錯誤していると思います。実践を通じて固めていくしかありません。次はその成果指標にもとづいて、どんなデータを分析すれば課題を特定しやすいか、どんなソリューションが成果につながりやすいか、といった効果測定を行っていきます。これらが健康経営実践の型となっていくはずです。

2024年度には参画社数が300社以上になっている予定です。一般の参画企業もアセスメントにもとづいて自社の実践事例をつくっていく段階となります。協働・共創の中からさらにいろいろな型、ノウハウが生まれてくるでしょう。たとえば健康データからハイリスク者を特定できたとして、その個人情報をどう扱うのか。生活改善などを人事と医療職がどう連携しながらアプローチし、アドバイスしていくのか。働き方を変えていくような場合には職場の上司の理解も不可欠です。こうしたステークホルダーの連携もまたひとつの型といえます。成果のあがったやり方を参照しあうことで、2025年度以降でのさらなる実践レベルの底上げ、着実な成果創出につなげていきたいと考えています。

最後に、企業で健康経営に取り組むみなさんにアドバイス、メッセージをいただけますか。

杉岡:健康経営アライアンスは、SCSKのこれまでの取り組み、試行錯誤を広く知っていただくよい機会と捉えています。私たちの原点は社員の健康が第一だということ。心身の健康を保ち、仕事にやりがいを持つことにより、パフォーマンスが発揮でき、高い品質のサービスを提供できます。それが顧客満足につながり、売上や利益、さらには企業価値向上につながる。そのような好循環サイクルを生み出してきました。当社の知見を役立ててもらうことができれば、とても大きな意義があると思っています。

坂井:現在の健保組合は厳しい状況ですが、決して健保が経営を間違えたからではありません。原因は高齢者の増加です。そして、平均寿命が延びたのは日本の医療が優れていたからであり、医療機関や保険者の皆さんのこれまでの成果でもあるわけです。これまで健保ビジネスに長らく関わってきたので、あたかも経営ミスが原因で健保財政が厳しいのではと指摘されているようで悔しい思いをしてきました。これまでの健保と事業主のやってきたことをしっかりと理解し、不用意に仕事を増やすことなく、健康経営アライアンスとして健保と企業の協業をより効率化していきたいと思います。

石原:健康経営アライアンスで実現したいのは、いわゆる健康増進だけではありません。わが国の医療や健保のシステムは世界に誇れるものですが、同時にそれが社会の変化に追いつけなくなっているのも実状です。その象徴が医療費の問題です。まずは企業という枠組みの中で、医療費が適正化されている状態をつくりだす必要があります。健康経営アライアンスの取り組みがグッドプラクティスとして確立されれば、自治体や国にとっても有効なソリューションになる可能性があります。けん引するのは健保、人事のみなさんです。1社でも多くの企業に参画していただき、この取り組みをともに成功させたいと考えています。

医療費という国レベルでの課題解決にも貢献したい

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「HRペディア「人事辞典」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。


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