森永教授の「ウェルビーイング経営」研究室【第10回】
ウェルビーイングを促すリーダーシップ
武蔵大学 経済学部 経営学科 教授
森永 雄太さん
日本企業において「ウェルビーイング経営」に取り組む動きが加速しています。ウェルビーイングとは、心身ともに良好な状態にあること。従業員が幸せな気持ちで前向きに働くことは、生産性の向上や優秀な人材の確保など、さまざまな効果につながると、多くの企業が期待しているのです。では、どのようにして実践していけばいいのでしょうか。武蔵大学 森永雄太教授が、いま企業が取り組むべき「ウェルビーイング経営」について語ります。
この連載もいよいよ最終コーナーに突入しました。そこで、今回からの2回にわたって、これまでのウェルビーイング経営で十分にとらえられてこなかった管理者のリーダーシップやその役割について紹介していきたいと思います。
これまで企業におけるウェルビーイング施策の実践に関して、管理者の役割に期待することは少なかったように思われます。その原因は、ウェルビーイング施策の重要性がそもそも組織の中で十分に認識されていなかったため、まずは「経営陣」に理解してもらうことを重要視してきたからかもしれません。また、これまで職場の管理者がもっぱら成果を追求する存在とみなされてきたころから、ウェルビーイング施策の実践者として期待されていなかった、ということもあるかもしれません。
確かに従業員のウェルビーイングに対する関心が低かった数年前までであれば、管理者に期待しないアプローチが合理的だったかもしれません。しかし、この数年で企業を取り巻く状況は大きく変わってきました。従業員のウェルビーイングに対する関心が高まっている今、施策をより強く実践・展開していくために管理者の理解を得て、積極的に巻き込んでいくことがより重要になってきています。そのためにも、まずはリーダーシップ研究がどのような展開されてきたのかを理解することが重要です。
経営学におけるリーダーシップ研究の動向
経営学のリーダーシップ研究には、およそ120年の歴史があるとされています。以下では石川(2022)におおまかに従いながら、6段階のうち5段階目となる1990年代までの動向を整理していきます。
まず1920年代までのリーダーシップ研究では、現場の効率を良くする要因の一つとして、マネジャーが果たす役割に注目するようになりました。従業員それぞれが場当たり的に仕事に取り組むのでは効率的に仕事が進みません。マネジャーに報酬や罰則を与える権限を付与することで権力を集中化して、効率的なやり方を徹底するリーダーシップの重要性が指摘されるようになりました。
次に1930‐1940年代には、強制力を超えて部下に影響力を発揮する人物の特徴に注目する研究が試みられるようになりました。この時代には、生まれもったリーダーの特性や資質(例えば身長の高さや声の大きさ)などを特定しようとする試みがなされました。良いリーダーの特徴が分かれば、そのような特徴を持つ従業員を管理者に据えることで良いリーダーシップが発揮されるようになると考えられたのです。
ただし、研究が進むにつれて、これらの影響は限定的であることが分かってきました。また、該当する資質を持っていない人物を優秀なリーダーに育てるための示唆が得にくいことからも、このような研究アプローチの限界が強く認識されるようになりました。
そこで1950‐60年代には、リーダーの「行動」に注目する研究が台頭するようになりました。集団の業績を高めるリーダーの行動が明らかになれば、リーダーがそのような「行動」をとるように心がけたり、訓練したりすることで、どのような人でも効果的なリーダーになれるからです。
この時代に強調されたのは、二つのタイプの行動です。まず、業績を高めるために計画を立てたり、計画通りに仕事がはかどるようにプレッシャーをかけたりする「タスク志向の行動」です。次に、上司と部下、あるいは部下同士の関係性を良好に保つための「人間関係志向の行動」です。これら二つの種類の行動を同時に高いレベルでとることで、高い業績を実現することができると主張されました。この時代の発見事実は、リーダーシップ研究の基本的な主張としていまなお強い影響力を持っており、一つの到達点を見たといえるでしょう。
つづく1970‐80年代には、リーダーシップが発揮される文脈や状況の影響が強調されるようになりました。つまり、どのようなリーダーシップスタイルがベストなのかは時と場合による、ということが注目されるようになったのです。
例えば部下の経験値が低い時にはスパルタ方式で厳しく振舞う方がうまくいくとか、トップ選手が集まる日本代表レベルのチームの監督の場合には人間関係志向の行動をレベル高く発揮する方が最も業績に結びつきやすい、といったような主張です。同時に、過去に大きな成果を収めた名監督が必ずしも他のチームでは成果を残せない、ということがあるように、ある人のリーダーシップがいつでもどこでも上手に成果に結びつくとは限らない、ということも認識されるようになっていきます。
最後に1990年代に入ると、時代背景を強く踏まえたリーダーシップ論が台頭します。不景気に企業が直面し、企業が激しい競争にさらされる時代になったことで、変革を迫るリーダーシップが求められるようになりました。これまで通りの作業をきちんとするだけのリーダーではなく、新しいビジョンを提示して、部下やフォロワーの共感を得て、その変革に周囲を巻き込んでいくようなリーダーシップ像が渇望されるようになります。21世紀に入ってもリーダーシップ研究の中心の一つは、このような変革型リーダーシップにあります。ここにリーダーシップ研究のもう一つの到達点を見ることができそうです。
リーダーシップの成果としてのウェルビーイング
では、リーダーシップとウェルビーイングの関係はどのように考えられてきたのでしょうか。従業員のウェルビーイングに注目することは少なかったものの、最近では健康やウェルビーイングへの影響を考慮に入れることの重要性が指摘されるようになってきています。
Motano et al., (2017)は、リーダーシップ、フォロワーのメンタルヘルス、ジョブパフォーマンスの関連性に目を向けることの重要性を指摘しています。そして、さまざまなリーダーシップ研究を後述するいくつかのタイプのリーダーシップに分類したうえで、メタ分析を行い、ウェルビーイング(ヘドニック、ユーダイモニック、仕事関連のウェルビーイング、ポジティブ感情、生活満足度を含む)との関係について検討を行っています。
分析結果は、変革型リーダーシップ、関係性志向型リーダーシップ、タスク志向型リーダーシップ(ただし研究数が少なく一般化するには限界があるものも含まれていた)、リーダーとフォロワーの関係の質(LMX)が良いことが、ウェルビーイングを含むポジティブなメンタルヘルスに正の影響を及ぼすと同時にネガティブなメンタルヘルスの負の影響を及ぼすことが明らかになりました。
逆に破壊的リーダーシップ行動は、感情的症状、燃え尽き症候群、ストレスの頻度を高め、ウェルビーイング(ヘドニックや心理的機能(具体的にはエンパワメント、充実感、自己効力感など))のレベルを下げることと関連していることを明らかにしています。
上記の結果を踏まえてMotanoたちは、リーダーシップがメンタルヘルスを介して業績に影響を与えるという間接的な影響関係に関する仮説を設定し、おおむね仮説を支持する結果を得ています。そして特にリーダーシップがストレス、ウェルビーイング、心理的機能を通じて業績を高めるという影響関係が強くみられることを明らかにしています。
まとめ
これまでリーダーシップとウェルビーイングの関係はそれほど注目されてきた領域とは言えません。しかし最近のメタ分析の結果からは、リーダーシップが従業員ウェルビーイングに影響を与えることが示されています。ウェルビーイング経営の観点からも、管理者が適切なリーダーシップを発揮することが重要であり、今後はウェルビーイングを向上させるリーダーの育成が重要だといえるでしょう。
参考文献- 石川淳(2022)『リーダーシップの理論 経験と勘を活かす武器を身につける』中央経済社.
- Montano, D., Reeske, A., Franke, F., & Hüffmeier, J. (2017). Leadership, followers' mental health and job performance in organizations: A comprehensive meta‐analysis from an occupational health perspective. Journal of organizational behavior, 38(3), 327-350.
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森永 雄太
武蔵大学 経済学部 経営学科 教授
もりなが・ゆうた/兵庫県宝塚市生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。著書は『ウェルビーイング経営の考え方と進め方:健康経営の新展開』(労働新聞社、2019年)、『日本のキャリア研究―専門技能とキャリア・デザイン』(白桃書房、2013年,共著)など。これまで日本経営学会論文賞、日本労務学会研究奨励賞、経営行動科学学会大会優秀賞など学会での受賞の他、産学連携の研究会の副座長、HRサービスの開発監修等企業との連携も多い。