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森永教授の「ウェルビーイング経営」研究室【第9回】
支援の「引き出し」をふやす

武蔵大学 経済学部 経営学科 教授

森永 雄太さん

森永教授の「ウェルビーイング経営」研究室

日本企業において「ウェルビーイング経営」に取り組む動きが加速しています。ウェルビーイングとは、心身ともに良好な状態にあること。従業員が幸せな気持ちで前向きに働くことは、生産性の向上や優秀な人材の確保など、さまざまな効果につながると、多くの企業が期待しているのです。では、どのようにして実践していけばいいのでしょうか。武蔵大学 森永雄太教授が、いま企業が取り組むべき「ウェルビーイング経営」について語ります。

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前回に引き続き、職場のウェルビーイングを実現していく際に求められる従業員の主体的行動について紹介していきます。今回は、従業員が自ら支援を求める行動である「支援(援助)要請」という考え方を紹介します。

支援の豊かな職場へ

職場で従業員のウェルビーイングを実現する上で、支援が豊かであることの重要性は、これまで繰り返し主張されてきました。仕事をしていると、確かに助けを必要とする場面があります。仕事の忙しさには波があるし、成長を続けるプロセスでは大きな壁にぶち当たってしまうこともあります。仕事がうまくいかないときや、順調にこなしていくことができない状況に陥ったときに、上司や同僚、時には部下から支援を得ることは、従業員が職場でいきいきと働き続けるための重要な要素だといえます。

経営学でも、支援を職場で提供することの重要性が指摘されています。例えばアメリカのスタンフォード大学のジェフリー・フェファー教授は、その著書『ブラック職場があなたを殺す』(村井章子訳、日本経済新聞出版)において、支援の少ない職場が従業員の健康とウェルビーイングに悪影響を与えると述べています。

支援の分類と「引き出し」

支援のタイプを分けて理解することで、支援を提供するための組織側の引き出しを増やすことができるかもしれません。まず、「公式/非公式」の区別があります。日本企業の中には、先輩社員が後輩社員の職場への適応を「支援する」ことを目的として、メンター制度を実践している企業も多いと思います。このように会社の制度として「公式的」に提供される支援があります(メンタリング研究のレビューについては麓(2019)を参照のこと)。

一方で、日常のふとした場面で情報を提供しあったり、仕事のヒントを教えてもらったりする「非公式的」な支援もあります。前者は均一的に、漏れなく提供できるというメリットがありますが、形式的で表層的な支援にとどまってしまうことがないわけではありません。逆に後者は、受け手にとって本当に必要な支援が必要なタイミングで提供される可能性もありますが、支援を多く受けている人と受けられない人の間に差が生まれることもありますし、すべての人が支援を受けられているかどうかを把握することが難しいという側面があります。現実的には、両方をほどよく活用することができるとベストだといえるでしょう。

さて、今回注目したいのが「受動的な支援」と「能動的な支援」という分類です。受動的な支援とは「求められたから助ける」というタイプの支援です。一方「能動的な支援」は「求められていないのだけれど、自ら気づいて提供した」というタイプの支援ということになります(森永・麓・松下, 2022)。どちらの支援も結果的には、「周囲に手を差し伸べた」という点では同じなのですが、支援がどのようにもたらされたのかのきっかけという点で異なります。

支援を提供した側が「求められたから助けた」とよぶ「受動的支援」が多い職場について考えてみましょう。一見すると従業員が「いやいや支援を提供している」ように見えて、あまり良い印象を持たないかもしれません。しかし、視点を変えてみると支援の受け手が「遠慮なく自ら支援を求められる」職場と捉えることもできます。必要なときに必要な支援が得られる職場と考えると、無駄がなく、よい職場のように感じられます。

「助けてくれ」といえますか

支援の受け手が支援や援助を求める行動を「援助要請」と呼びます(松下、2015)。私自身が学術用語としてのこのような概念を知ったのは比較的最近ですが、個人的にはこのような考え方に漫画で触れて感銘を受けた記憶があります。 

10年以上前のことになりますが、漫画「ONE PIECE」(尾田栄一郎作、集英社)を読むようにある学生が勧めてくれたことがありました。記憶に残っているのは、ルフィが第10巻で仲間に向けて発した「俺は助けてもらわねェと生きていけねェ自信がある」というセリフです。細部の記憶はややあいまいですが、ルフィはチームのリーダーであるにもかかわらず、大きな目標をかなえるために、仲間に堂々と頼っているし、助けてもらうことに躊躇はないようです。

私たちはついつい強いリーダーや頼りがいのある同僚、なんでも引き受けてくれる取引先を期待しがちです。しかし、誰かが無理をして仕事を引き受けたとして、必ずしも良い成果に結びつくとは限りません。組織やチームがより良い成果を残すためには、むしろ必要なときには堂々と周囲に頼ったり、助けを求めたりした方がよいのだ、と気づかされました。職場における援助要請も、私たちはポジティブに受け止め、促していくべき積極的な行動と捉えるべきではないでしょうか。

必要な人に支援を届けるため

職場内で支援を増やそうとする取り組みはこれまでもなされています。しかし、それでも必要な支援が行き届いていないケースが散見されます。そういった場面で職場内の支援の総量を増やそうとするのが一つの方法でしょう。

一方で、必要なときに支援を求められる状況や関係性を作ることも重要です。例えば、「上司にアドバイスを求めたりしたら、自分が無能であることをさらすことになる」と感じている職場では、従業員は無理してでも自分で仕事を完了させようとするでしょう(そして結果的に仕事に遅れが生じたり、失敗に終わったりすることもあるでしょう)。必要なときに支援を求めることは悪いことではない、むしろ組織のために良いことなのだ、という規範や風土を共有し、支援を求めやすいチーム作りを心が欠けていくことが有益です。

実際にコロナ禍のリモートワーカーを対象に行った我々の研究では、自分の職場に対して心理的安全性を高く感じている従業員ほど、上司に対して支援を要請する傾向があることが明らかになっています(松下・麓・森永, 2022)。昨今注目されることの多い心理的安全性の高い職場づくりを考えることは、従業員に支援を届けるという観点からも有益だと考えられます。

まとめ

今回は、従業員の主体的行動である「支援要請」をご紹介しました。職場の支援を効果的に行うために、あるいは困っている人に対する支援を効果的に提供するために、「支援要請」という考え方に注目してみてはいかがでしょうか。

参考文献
  • 麓仁美(2019)「組織における協力行動のマネジメント:仕事の設計がメンタリング行動と向社会的モチベーションに与える影響」組織科学, 52(2), 43-56.
  • 麓仁美・松下将章・森永雄太(2022)「職場における支援の受容がワーク・ファミリー・コンフリクトに与える影響:COVID-19の感染拡大による在宅勤務を調整変数として」経営行動科学, 32(1-2), 21-37.
  • 松下将章 (2015) 「従業員の援助要請に関する試論的考察」 六甲台論集経営学編 62, 27-44.
  • 松下将章・麓仁美・森永雄太(2022)「インクルーシブ・リーダーシップが上司に対する援助要請意図に与える影響のメカニズム─職場の心理的安全と仕事の要求度を含む調整媒介効果の検討」日本労働研究雑誌, 745, 82-94.
  • 森永雄太・麓仁美・松下将章(2022)「コロナ禍のリモートワークとウェルビーイング」(高橋潔・加藤俊彦編著『リモートワークを科学するⅠ』白桃書房)51‐79.
森永 雄太(武蔵大学 経済学部 経営学科 教授)
森永 雄太
武蔵大学 経済学部 経営学科 教授

もりなが・ゆうた/兵庫県宝塚市生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。著書は『ウェルビーイング経営の考え方と進め方:健康経営の新展開』(労働新聞社、2019年)、『日本のキャリア研究―専門技能とキャリア・デザイン』(白桃書房、2013年,共著)など。これまで日本経営学会論文賞、日本労務学会研究奨励賞、経営行動科学学会大会優秀賞など学会での受賞の他、産学連携の研究会の副座長、HRサービスの開発監修等企業との連携も多い。

企画・編集:『日本の人事部』編集部


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