「健康づくり」をいかに日常のものとしていくのか
サンスターに学ぶ“あたりまえ”なこととしての健康経営の実践
欄 倫明さん(一般財団法人 サンスター財団 健康推進室 心身健康チーム)
宮崎 麻衣子さん(サンスターグループ 人事部 人材開発グループ)
健康経営に取り組む企業が増加する一方で、「さまざまな施策を実行しても、効果を感じられない」「どのような取り組みが成果に結びつくのかがわからない」という悩みの声がたびたび聞かれます。コロナ禍によるリモートワークの導入など、新しい働き方に伴って健康課題が変化する中、企業はどのように健康経営施策に取り組んでいけばいいのでしょうか。50年以上前から健康経営に取り組んできたサンスターグループ人事部の宮崎麻衣子さんと、一般財団法人サンスター財団の欄倫明さんに、「心身健康道場」を中心とした従業員の健康づくりや、プログラムの効果測定とデータの生かし方、コロナ禍で変化した新しい健康課題への取り組み方についてうかがいました。
- 欄 倫明さん
- 一般財団法人 サンスター財団 健康推進室 心身健康チーム
らん・みちあき/1991年、サンスター株式会社に入社。歯科関連の営業・MR、オーラルケア商品のマーケ・商品開発の経験を経て、2012年よりサンスター財団に出向。社員をはじめとするステークホルダーのお口と全身の健康に関連する業務に携わる。
- 宮崎 麻衣子さん
- サンスターグループ 人事部 人材開発グループ
みやざき・まいこ/2008年、サンスター株式会社に入社。一貫して人事部に所属し、キャリア採用、新卒採用、教育研修、ダイバーシティ推進などを担当。最近は働き方改革を考える部門横断型のプロジェクトにも参画。テレワークによる運動不足解消方法は、昼休みのオンラインヨガと週末の早朝ウォーキング。
59年前に生まれたサンスターの社是
「常に人々の健康の増進と生活文化の向上に奉仕する」
貴社が健康経営に取り組み始めたきっかけをお聞かせください。
宮崎:サンスターの創業者である金田邦夫が若くして亡くなり、2代目の金田博夫が社員全体の健康意識を強く持っていたことが背景にあります。1957年に健康保険組合を設立し、1963年には「常に人々の健康の増進と生活文化の向上に奉仕する」という社是が掲げられました。1971年には現在の健康推進室の前進となる健康開発室がスタート、1977年にはサンスター歯科保健振興財団が立ち上げられました。
このように創業者が早くして亡くなった経験と2代目の、「従業員一人ひとりが心身共に健康でなければ健全な会社運営はできない」という確固たる想いが生まれ、実に50年以上前から従業員の健康づくりを重視し、投資をしてきた歴史があります。
1985年には、従業員向けの福利厚生施設として「サンスター心身健康道場」が開設されました。どのような施設なのでしょうか。
欄:「サンスター心身健康道場(以下、心身健康道場)」は、人々の健康づくりをサポートする事業に携わる従業員自身がまずは健康であるべき、という考えのもとに開設されました。「食事」「身体」「心」の三つの視点から健康バランスを取り戻すことを目的に、宿泊型の健康指導プログラムを提供しています。もともとは2泊3日のプログラムを基本としていましたが、現在はコロナ禍により、1泊2日に変更したり、オンラインでの受講を可能にしたりするなど、いろいろと工夫しています。
従業員は当社に入社した直後と、健康上の節目となる35歳のときに受講します。また、健康診断の結果で特定保健指導の積極的支援対象・動機付支援に該当したときも、受講することになります。近年では旅行社と提携したヘルスツーリズム商品として、社外のお客様にも利用いただきました。
心身健康道場では、どんなプログラムを提供しているのでしょうか。
欄:忙しい日々の中で忘れてしまいがちな正しい生活習慣を学び体験して、自身の間違った生活習慣、いわばクセに気づくことが、健康への第一歩です。「食事」「身体」「心」の三つの視点からアプローチした座学カリキュラムと体験の組み合わせで、自宅に戻ってからも実践できるように工夫しています。
具体的には、朝の光を浴びながらのウォーキング、自分で手作りした青汁を飲んだり、健康知識の習得、生活習慣の振り返りとしての管理栄養士による食生活グループワークの実施。歯科衛生士によるオーラルケアや噛む大切さの講義を受け、玄米菜食を一口30回噛んで、ゆっくりと食べることを体験する。約18℃の水と約42℃のお湯に交互に入ることで、自律神経のバランスを整える冷温交代プログラムを体感するなどマインドフルネスの理解と体験するといったプログラムを用意しています。
宮崎:提供しているプログラムは、「心身健康道場で過ごすと、こんなに痩せますよ」「たった2日で健康になれますよ」というものではありません。心身健康道場で得た“気づき”を、いかに日常生活に取り入れていくかが肝になると考えています。
“気づき”を促すために、食事では野菜をあえて大きめに切って、噛む大切さを実感できるようにしています。すると、「よく噛んで、ゆっくり食べると、少ない量で満腹になれる」ことに自然と気づきます。
ほかにも35歳の節目研修では、自分で選んだメニューに、どのくらいの栄養が含まれているのかを知るプログラムがあります。ある人は「35歳過ぎたらカルボナーラは選んじゃいけないね……」と話していました。カルボナーラに炭水化物と脂質が非常に多く含まれていることに気づいて、衝撃を受けたようです。もちろん、その後の生活で一切食べてはいけないというわけではないのですが、食べたものが身体をつくっていくことを知ると、メニューの選び方、食べる頻度に変化が生まれます。
欄:心身健康道場は、サンスターグループで働く従業員だけではなく、その家族も参加することができます。また、全国の従業員のヘルスリテラシー向上を目指し、従業員向けポータルサイトに「オンライン健康道場」というサイトを開設し、いつでも健康関連情報に接する環境を整備しました。さらにそのサイトでは自宅で出来るストレッチや体幹の筋肉を鍛える簡単な運動指導動画も公開しています。日常生活での実践を支援することが重要だと考えています。
宮崎:大阪エリアでは、昼食時に心身健康道場の弁当を注文することができるのですが、この弁当を楽しみにしているという声をよく聞きます。心身健康道場は決して閉じられた特別な場所ではなく、従業員にとって身近なものです。入社した人なら一度は入ったことのある、“みんなが体験を共有できる場所”になっています。
欄:従業員はあくまで業務の一環として、業務時間中に心身健康道場に参加するのですが、ここにもサンスターグループが従業員の健康づくりを大切にしている姿勢が表れていると思います。新卒・中途を問わず、入社時研修で社是や理念をしっかりと学ぶので、心身健康道場に参加するのは特別なことではありません。50年以上前から健康経営に取り組んでいるサンスターグループの従業員にとって、健康づくりに取り組むのはもはや“あたりまえ”のこととして認識されているように感じますね。
京都大学に委託し、心身健康道場プログラムの有用性を調査・解析
心身健康道場ではプログラムの有用性を効果測定しているそうですが、どのような結果が出ているのでしょうか。
欄:心身健康道場のプログラムに参加した前後や、プログラム参加者と非参加者の定期健康診断データを匿名化し、京都大学に委託して解析を行っています。
2019年に公開した研究結果では、プログラム参加者は非参加者の変化と比較して、1年後の「体重」「腹囲」「non-HDLコレステロール」が有意に改善していることがわかりました。プログラム参加者のうち、日本肥満学会が推奨する減量目標である3%以上の体重減少が見られる人は50%以上で、非参加者群と比較して高い割合となりました。
また、体重と腹囲に関しては、2年後までその効果が持続しています。これらの結果から私たちは、心身健康道場でのプログラムが健康的な生活習慣の獲得や持続的な行動変容につながっていると考えています。また、財務的には、グループ従業員の医療費の支出額が全国平均を下回るといった成果も出ています。
健康づくりの取り組みを行うだけではなく、効果をしっかりと検証しているのですね。
欄:はい。グループ従業員の健康診断や歯科検診の結果などを、京都大学の力を借りながら解析し、継続的にデータの変化を見ています。
また心身健康道場では、プログラムごとにアンケートを実施し、プログラム改善や新企画の参考にしています。データ解析には少し時間がかかるので、従業員の生の声をいち早く聞くことが、より効果的なプログラムを作るうえで大切だと考えています。
「みんなと協働できる」「ついでにできる」工夫で、従業員の健康行動を持続させる
健康経営施策の効果を高めるため、企画や運営などで大切にしていることはありますか。
欄:プログラムを受講して終わりではなく、得た知識や気づきがその後も持続し、行動変容につながっていくことを意識しています。
例えば、健康保険組合とのコラボで、年2回行っている「歩活」。オンラインでチームをつくり、「1日8000歩」の目標に向かって、一緒に歩くイベントです。日本全国、誰とでもチームを組むことができます。心身健康道場で一緒にプログラムを受けた人たちでチームを組むこともあるようです。
宮崎:歩くのは一人ですが、みんなで歩数を合わせて一緒にゴールを目指すのが楽しいんですよね。協働して取り組める施策づくりも、継続のコツだと思っています。
欄:どんな取り組みも、参加してもらえなければ意味がありません。参加へのハードルが低くて気軽に参加できること、みんなで協力し合いながら楽しんで参加できることを大事にしています。
宮崎:参加を促すには、ある取り組みに追加し、“ついで”にやってもらうことも工夫の一つです。当グループでは毎年歯科検診を実施していますが、「検診前に当社が開発したアプリにログインし、オーラルフレイルをチェックしてから歯科検診を受けてください」と案内すれば、歯科検診の新たな流れが生まれます。このように“ついで”は、従業員の負荷を軽減することにつながります。
ちなみに、健康診断や歯科健診で改善の必要があるとされた従業員には、「その後、歯科治療には行きましたか」「必ず再検査してくださいね」などと、必ずフォロー健診を受けるように促しています。
理念に立ち返った行動が、新しい健康課題への迅速な対応を可能に
新型コロナウイルス感染症の流行当初、急激に働く環境が変化し、新たな健康課題も生まれました。サンスターグループでは、「安否確認システムを応用した健康状態把握」など、さまざまな対策に取り組まれたそうですね。
欄:コロナ禍以降、従業員の健康状態を日々把握する必要が出てきました。どのように対応すべきか議論していたときに、以前から導入していた、地震などの災害時に従業員とその家族の安否確認ができるシステムを利用できないかという話になったのです。このシステムをカスタマイズして、毎朝「体調に変化はありませんか?」という質問を配信し、答えてもらうようにしました。
その後、テレワークの増加によって見えにくくなった心の健康状態を把握する必要もあると考え、2021年2月からは「今日のあなたご自身の気持ちはどうですか?」という質問を追加しています。
従業員にメンタル不調の兆候が出た場合は、どう対応されていますか。
欄:毎日の回答に不調のサインが出ていた場合は臨床心理士から連絡し、本人の希望次第で保健師と面談できるようにしています。
その他に、サンスター財団の歯科衛生士によるオンライン歯科相談を始めました。コロナ禍で歯科医院への通院を控えているという声があったからです。画面越しではありますが、歯のみがき方や歯間清掃具の正しい使用方法などを指導。希望があれば、従業員の家族の相談も受けます。子どもの仕上げ磨きの方法やおやつの取り方、高齢者向けの唾液腺マッサージ、義歯のお手入れ方法など、通院では聞きにくい、ちょっとした悩みを相談ができると好評です。
宮崎:加えて2021年9月には、主に足腰の強化に重点を置いた「サンスター体操」を開発しました。毎朝決まった時間にオンラインで動画配信することで、事業所のみならず、テレワークを行っている従業員も一緒に体操をして、リフレッシュできます。テレワーク中は、家族と一緒に楽しんでいる人も多いようです。サンスター体操の動画はホームページから閲覧でき、どなたでも体験することが可能です。
コロナ禍で、これだけ迅速かつ柔軟な対応ができているのは素晴らしいですね。なにか秘訣があるのでしょうか。
宮崎:さまざまな要因があると思うのですが、最も大きかったのは「常に人々の健康の増進と生活文化の向上に奉仕する」と社是にある通り、サンスターグループの社会的な使命に立ち返って行動していたことかもしれません。
新型コロナウイルス感染症の流行が始まった当初はまず、“従業員とその家族の人命を第一に”と考えていました。社内では経営基本方針の一つである「全員一体の経営を進める」という言葉を大事にしていて、とにかくやれることを全員でやろうとメンバーがまとまりました。コロナ禍という緊急事態を前に、部署を横断して、縦も横も連携して、みんなで一体になって取り組もうとする雰囲気がありました。コロナウイルスに対する職域接種にも迅速に対応しました人事部や健康推進室、広報部、IT・DX推進部など、組織横断型の「コロナ対策委員会」がすぐに立ち上がり、対策を何度も話し合い、先ほど申し上げたような施策をどんどん推進していきました。
最後に、健康経営の今後の方針や課題、検討している取り組みなどがありましたら教えてください。
宮崎:当社は、従業員やその家族のみならず、社会の皆さんの健康づくりに寄与していきたいという思いで事業を展開しています。今後は、「地域の方々との交流による共創」にさらに取り組んでいきたいと考えています。
2020年12月、大阪府高槻市に新社屋「サンスターコミュニケーションパーク」を開設しました。こちらのオフィスは、地域の憩いの場、健康活動の場として利用できるようにデザインしており、健康経営を推進していく共創の場だと考えています。地域の方々との交流を深めることで、健康寿命の延伸という目標に一層連携して取り組んでいきたいですね。
(取材:2022年6月9日)