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味の素社のセルフ・ケアを起点とした健康経営
全従業員が「自然に健康になる」仕掛けとは

浅井誠一郎さん(味の素株式会社 人事部 労政・総務グループ兼 グループ健康推進センター)
菊地さや子さん(味の素株式会社 人事部 労政・総務グループ 兼 グループ健康推進センター)

味の素社のセルフ・ケアを起点とした健康経営 全従業員が「自然に健康になる」仕掛けとは

健康経営において「健康への関心は高まったが、従業員の行動変容につながらない」「従業員の行動が継続しない」という課題を抱える企業は多いのではないでしょうか。味の素社では「味の素グループで働いていると、自然に健康になる」というスローガンを掲げ、従業員の変容を促しています。健康に関する正しい情報を知り、自分の健康状態を適切に評価し、改善行動へとつなげていく、セルフ・ケアを起点とする健康経営とはどのようなものなのでしょうか。人事労政・総務グループの浅井誠一郎さんと菊地さや子さんにお話をうかがいました。

プロフィール
浅井誠一郎さん
浅井誠一郎さん
味の素株式会社 人事部 労政・総務グループ兼 グループ健康推進センター

あさい・せいいちろう/1983年、味の素株式会社に入社。営業、営業企画、事業部を経験。2017年度より人事部にて「健康経営」の専任担当。食品部門とアミノ酸部門の経験を活かし、食と健康の課題解決に貢献できる味の素流「健康経営」を構築中。

菊地さや子さん
菊地さや子さん
味の素株式会社 人事部 労政・総務グループ 兼 グループ健康推進センター

きくち・さやこ/1994年、味の素株式会社に入社。営業内勤、人事部(採用・教育)、事業部門(採算管理、生産管理)、営業部門人事総務を経て再び人事部と多様な経験を積む。営業部門においては、オフィスレイアウト改革を実施。人事部では、働き方改革、ダイバーシティ推進(女性活躍)などに取り組んだ後、健康経営を担当。

健康経営の目指す姿は「味の素グループで働いていると、自然に健康になる」こと

貴社が健康経営に取り組み始めたきっかけについて教えてください。

浅井:私たちが所属する健康推進センターは2003年の発足です。事業所の診療所をすべて廃止し、治療行為ではなく、“予防”の観点から従業員の健康を推進する体制を築く目的でスタートしました。

従業員の「セルフ・ケア」を基本理念に掲げ、「フィジカルヘルス」「メンタルヘルス」「健康状態の可視化の推進」「データの活用・分析」など、取り組み領域を拡大しているところです。

健康経営を推進するにあたり、「味の素グループで働いていると、自然に健康になる」というスローガンを掲げています。

浅井:味の素の健康経営に対する考え方を整理し、言語化しようと、当時の役員を中心にコンセプトワークを行いました。そこで生まれたのが、「味の素グループで働いていると、自然に健康になる」というスローガンです。

具体的に説明すると、「バランスの良い食事」「適度な運動」「良質な睡眠」を意識したセルフ・ケアを習慣化させることで、自然と健康に対する意識や知識が高まり、心身ともに健康な状態が維持され、健康文化が醸成される。これを目指すべき姿と定義しています。

コンセプトが決まったことで、健康経営の施策を検討するときも、その施策で「自然に健康になる」かどうかを立ち止まって考えられるようになりました。

もう一つ、私たちが大事にしているのは、社内では「る・る・く」と呼ばれているサイクルを回すこと。「る・る・く」とは、「知る」「考える」「動く」の末尾を取った言葉です。健康推進センターは、従業員がこのサイクルを回すことでセルフ・ケア能力を高めていくことを支援しています。

味の素の「る・る・く」の仕組み(同社提供)

味の素の「る・る・く」の仕組み(同社提供)

実施率100%。セルフ・ケアの基盤となる、健康診断後の「全員面談」

20年にわたり続けている「全員面談」について、お聞かせください。

浅井:「全員面談」は、味の素が健康経営を推進していくうえでの基盤となるもので、年に1回行っています。時期は健康診断の結果が出たタイミングで、全従業員が対象です。健康推進センターの産業医や保健師らが、一人あたり30分かけて1対1で話します。健康診断やストレスチェックの結果をもとに、それぞれの価値観や生活スタイルに合わせた指導を行い、実施率は100%となっています。

菊地:全員面談は、健康推進センター発足前の2001年から続けている施策です。新入社員はもちろん、既存の従業員にとっても「健康診断を受けたら、産業医や保健師と面談する」という流れが当たり前のものとして認知されています。

全員面談の目的は、従業員の不調を早期に発見することでしょうか。

菊地:それも目的の一つですが、一番の目的は「る・る・く」を支援することです。自分で自身の健康をマネジメントできる能力を身につけられるようにサポートしていく役割を担っています。

そのために、まず健康診断の結果を知ってもらいます。そして診断結果をどう受けとめるか、従業員自身に考えてもらう。「この結果なら食事に気をつけなければならない」「運動する時間を増やそう」などと自分で気づいて、行動してもらうことを心がけています。

自身の健康について「知る」だけにとどまらず、「考える」「行動する」というアクションにつなげるのが、味の素流なのですね。

浅井:味の素では、健康に限らずさまざまな場面でセルフマネジメントを推奨しています。自分自身で気づき、不足している領域の勉強をしたり新たなチャレンジをしたりして、自ら成長していくといった考え方を大事にしています。環境は用意するけれど、気づいて、行動するのは自分自身。何かを強制することもありません。健康経営においてもセルフ・ケアを起点としているのは、ある意味、会社の文化といえるかもしれません。

「職場の栄養改善」と「適正糖質セミナー」でセルフ・ケアを支援

「フィジカルヘルス」の取り組みについて教えてください。

浅井:受動喫煙対策や禁煙への取り組み、女性の健康支援、海外赴任者支援などさまざまな取り組みを行っていますが、近年特に力を入れているのは、生活習慣病リスク対策の一環である「職場の栄養改善」と「適正糖質セミナー」です。

「職場の栄養改善」としては、今年から全従業員向けの栄養教育を行っています。加えて、国内5ヵ所にある社員食堂で、統一コンセプトのヘルシーメニュー「MyHealthランチ」を提供しています。安価で塩分が少なく、それでいておいしいランチが食べられると好評です。社員食堂で日々食事をしていたら自然と健康になれる。「味の素グループで働いていると、自然に健康になる」のスローガンを体現するような施策です。

「適正糖質セミナー」は、食後の血糖値に着目した社内セミナーです。生活習慣病と密接にかかわる肥満やBMIの数値をおさえるためには、糖質をコントロールすることが重要。当社の保健師が講師役を務め、食後の血糖値をおさえるポイントを伝えるオリジナルな施策を行っています。

従業員の方々の反応はいかがですか。

浅井:当社は食品を扱う会社ですから、もともと栄養や健康に高い関心を持つ従業員が多いのですが、「これまで知らなかった情報が多かった」という感想もあり、評判もいいですね。

菊地:今年度はコロナ禍の影響で、栄養教育や糖質セミナーはすべてオンラインで開催しました。オンラインに切り替えたことで、家族と一緒に見た人も多かったようです。食事メニューは家族共通というケースが多いので、日々の食事により活かしやすくなったのではないかと感じています。

そのほかにセルフ・ケアを高める取り組みとして、どのようなものがありますか。

菊地:メンタルヘルス予防として、全員面談で就業状況を確認したり、ストレスチェックの利活用をしたりしています。新入社員研修や新任管理職研修においても、メンタルヘルス対策をテーマにした内容を取り入れています。

浅井:自社製品やサービスを活用した取り組みも行っています。たとえば血液中のアミノ酸濃度バランスから、さまざまな疾病リスクを1回の採血で評価する「アミノインデックス®」検査を定期健康診断の標準メニューに組み込んだり、栄養状態を改善するために当社独自の食メニューである「勝ち飯®」や「ラブベジ®」を低栄養や過栄養のメタボ対策として展開したりする取り組みも行っています。

味の素の健康経営全体像(同社提供)

味の素の健康経営全体像(同社提供)

3年間の取り組みで、健康診断の有所見率が大幅に減少

「従業員一人ひとりの健康情報を可視化し、活用する仕組み」についても聞かせていただけますでしょうか。

浅井:健康情報を可視化するシステムは複数あります。一つは「HM-neo」という総合健康管理支援システムです。以前は全国にいる保健師が個別に紙で管理していた情報を、システムで一元管理できるようになりました。いわゆる電子カルテシステムですね。システムの導入により、従業員の異動時にスムーズな引き継ぎができるようになりました。

また「HM-neo」で管理していた個人のデータを本人がチェックできるようにしたのが「MyHealth」というサイトです。サイトにアクセスすると、健診結果、就労情報(残業・有休・総実労働時間)、ストレスチェック結果、自身が回答したアンケート回答、生活習慣情報などが確認できます。健康診断結果は過去からのデータが蓄積されているので、経年変化を把握しながら自身の健康課題を正しく知ることができるようになっています。

また希望者は、健康アドバイスアプリ「カロママプラス」を活用することが可能です。運動や食事、睡眠、気分といったデータを可視化し、AI管理栄養士によるアドバイスが受けられるアプリで、これらの内容も「MyHealth」に反映されるようになっています。

施策の成果は出ていますか。

浅井:導入前年の2017年を起点に健康診断の有所見率を見ていくと、BMIや血圧、尿酸、肝機能、脂質、血糖の6項目すべてにおいて数値が改善傾向にあります。とくに血糖は顕著に数字が良くなっており、「適正糖質セミナー」の成果が表れていると見ています。これら数字の改善は、従業員のセルフ・ケア能力が高まっている証拠ともいえます。

2020年は少し数値が戻ってしまったのですが、想定していたより小幅に留まっています。

菊地:保健師に話を聞くと、コロナ禍で在宅勤務が増えたことをきっかけに運動をしたり、食事に気をつけたりしている人も多いようです。さまざまな施策を行った結果、セルフ・ケアへの意識がより高まっているのを感じます。

また、数値に表れない点での変化も感じています。味の素が会社をあげて健康経営に取り組んでいることが、徐々に社内に浸透しているようです。「食と健康の課題解決企業」を目指すことは中期経営計画にも盛り込まれていますし、従業員としても健康増進に取り組んでいかなければ、という雰囲気が生まれつつあるのではないでしょうか。

楽しさや意欲を喚起することが、従業員の行動変容や継続性につながる

「健康への関心は高まったが、従業員の行動につながらない」「行動が変わっても一時的で、継続しない」という課題を抱える企業は多いようです。従業員の行動変容を促していくためには、どのような考え方・視点が大切でしょうか。

浅井:私たちは「味の素グループで働いていると、自然に健康になる」をスローガンに掲げているわけですが、“自然に”という点がポイントだと思っています。

健康推進の施策を考える際にも、無理やりではなく、自然に目に入ったり、“参加してみよう”と思えたりする取り組みになっているかを意識しています。それは本当に細かなことの積み重ねで、たとえば食堂のヘルシーメニューを一番取りやすい位置に置くとか、カロママのデータ入力を楽にできるようにするとか、アクションをしたら自動で情報が連携されるとか、そういうことを含めた話です。

また、従業員の“楽しさ”や“意欲”を喚起することが、行動変容や継続性につながるのではないかと捉えています。当社では昨年、コロナ禍で出社できない環境でもセルフ・ケアを促進しようと、「健診戦(けんしんせん)」という社内イベントを実施しました。

「健診戦」は、広告会社・博報堂社から提案を受けた、健康診断をエンターテイメント化した イベントです。自分の定期健康診断のデータ(BMIや血圧、尿酸、肝機能、脂質、血糖の6項目)を前年度と比較し、改善した数値をポイント化して競い合うもの。ポイントの総合点で順位付けし、成績優秀者には表彰状とバッジを授与します。

初開催の昨年は、対象者約3600人のうち1000人以上がエントリーしてくれました。想定以上に熱心で、意欲を持って取り組んでくれているのを感じます。

菊地:今年も第2回を開催予定で、準備を進めているところです。健診期間の前後で「カロママプラス」を使ったキャンペーンなどを行うことで、従業員の意欲を高め、セルフ・ケアを支援します。コロナ禍においても在宅でセルフ・ケアを行い、その結果、健診結果が改善することを期待しています。

施策にはそのようなエンターテインメント性も取り入れていらっしゃるのですね。

菊地:はい、私たちも楽しみにしています。加えて、こういった施策を支えている基盤となるのは、やはり「全員面談」です。

本社は従業員規模が大きいため複数の保健師が常駐していますが、地方では基本的に保健師は1拠点に一人。すると毎年、同じ人と面談をするので、「昨年はこういう話をしましたが、その後どうですか」といった話もできます。当社では個々人の価値観や生活スタイルをふまえた保健指導を大切にしており、いかに行動変容につなげていくかが、保健師の工夫のしどころでもあります。

健康経営を実践していくうえで、従業員の行動変容につなげる部分が一番難しいですね。健康のことは「わかっているけれど、できない」という方が大半ですから。そういう意味でも、年1回、従業員一人ひとりと接点を持ち、個々人に合わせたアドバイスをして次のアクションにつなげられる場を持てているのは当社の強みだと思います。

国内グループ・海外へと波及する健康経営の取り組み

海外法人でも、健康に関する取り組みを推進していらっしゃるとうかがいました。

菊地:年1回、グループ企業の人事担当者が集まるグローバル会議があり、その会議におけるテーマの一つに「健康推進」があります。主に、各国の代表的な取り組み事例を共有し合う場となっています。一昨年までは対面でのカンファレンス形式で行っていたのですが、コロナの影響でオンラインになり、今年は時差を考慮して2~3回に分けて開催しました。

浅井:海外法人では、法人ごとに健康増進責任者が任命され、それぞれが個別の取り組みを行っています。経営方針が「食と健康の課題解決企業」と決まったので、栄養リテラシーの向上を目的とした栄養教育に関しては、グローバル全体で統一の施策を行っていく計画を立てています。いままさに準備を進めているところです。

最後に、健康経営の今後の方針や課題、検討している取り組みなどがありましたら、お聞かせください。

浅井:7月に「健康推進センター」の名称が「グループ健康推進センター」に変更されました。今後は、味の素グループ標準の健康管理体制をつくり、グループにおける支援体制の格差を縮小していきたいと考えています。当社でも今年度、いくつかのグループ会社における健康管理業務を受託したところです。

また、今後はリアルとバーチャルを組み合わせた、新しいセルフ・ケア支援のスタイルを構築したいと考えています。現状は「全員面談」はオンラインではありますが、人の手を介して“リアル”に行っています。一方「カロママプラス」は“バーチャル”です。情報を入力するとAIが判断し、タイムリーにアドバイスを返します。

リアルとバーチャル、両方にそれぞれの良さがあります。リアルでなければ拾えない情報もあれば、バーチャルだからこそ効率的に行えることもある。両方の良さをうまく融合しながら、より従業員のセルフ・ケアが向上していく取り組みを行っていきたいと考えています。

(取材:2021年6月15日)