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森永教授の「ウェルビーイング経営」研究室【第1回】
ウェルビーイング経営の探求:旅のはじまり

武蔵大学 経済学部 経営学科 教授

森永 雄太さん

森永教授の「ウェルビーイング経営」研究室

日本企業において「ウェルビーイング経営」に取り組む動きが加速しています。ウェルビーイングとは、心身ともに良好な状態にあること。従業員が幸せな気持ちで前向きに働くことは、生産性の向上や優秀な人材の確保など、さまざまな効果につながると、多くの企業が期待しているのです。では、どのようにして実践していけばいいのでしょうか。武蔵大学 森永雄太教授が、いま企業が取り組むべき「ウェルビーイング経営」について語ります。

1.イントロダクション

皆さん、はじめまして。今回からコラムを担当することになりました森永雄太と申します。

私の専門は経営学で、特にヒトのマネジメントに関わる領域である経営管理や人的資源管理を守備範囲としています。大学院で本格的に研究を始めて以来、従業員が自分らしさを活かしながらいきいきと働ける組織づくりについて関心を持ってきました。はじめは、経営学の伝統的な研究領域であるモチベーションの研究をしていましたが、徐々に関心を拡張して、最近ではウェルビーイングを重視するマネジメント、すなわちウェルビーイング経営を研究しています。

今回ご縁をいただき、ウェルビーイング経営をタイトルに冠したコラムを連載する機会をいただきました。2019年に『ウェルビーイング経営の考え方と進め方-健康経営の新展開-』というタイトルの書籍を出版しましたが、出版当時は「ウェルビーイング経営」というキーワードをそのままタイトルに含んだ書籍は見つからなかったように記憶しています。その意味では、比較的早い段階でウェルビーイング経営という言葉を書籍や記事で用いた一人だといえるのではないかと思います。

職場の従業員のウェルビーイングは現在、学際的に研究が進められています。その中でこのコラムは、経営学の立場から従業員ウェルビーイングのマネジメントを扱おうとしている点に、特徴があるといえるでしょう。

書籍の出版から数年がたち、ウェルビーイング経営を取り巻く環境は大きく変わりつつあります。社会全体におけるウェルビーイングに対する注目の高まりとともに、ウェルビーイング経営という用語を目にする機会も増えました。

読者の中には、ウェルビーイング経営とは何なのか、誰に関連する言葉なのか、いったい何をすることなのかについて、疑問をお持ちの方もいると思います。私自身は、図1の通り、従業員のウェルビーイングを高めることを通じて中長期的に高い組織成果を持続していこうとするマネジメントのことだと説明しています。このコラムでも、このような私の考え方に基づきながら、さまざまな論点について紹介していきたいと思っています。

ウィルビーイング経営とは何か

(筆者作成)

2.ウェルビーイング経営を使い捨てにしないために

ところで皆さんは、職場のマネジメントにおいてウェルビーイングを重視しようという近年の動向をどのようにお感じになっているでしょうか。マネジメントの考え方もいよいよ洗練されてきたなと、ポジティブに受け止められている人もいらっしゃるでしょう。一方で、ウェルビーイングというカタカナ語がまた出てきたなと、冷ややかに捉えられている方もいるかもしれません。

実は私は、その両方を同時に感じています。組織が従業員のウェルビーイングに目を向けることは、従業員にとって大事だけれど忘れがちな点を強調する意味で、とても良いことのように感じられます。特に長年やる気の研究に携わってきた私としては、組織側がマネジメントの対象を広げようとすることで、これまで手が届かなかった種類の従業員のいきいきの問題をも解決することができるようになるのではないかと、歓迎する気持ちを持っています。

一方でウェルビーイングをマネジメントの中に適切に取り込まない限り、一時のブームに終わってしまうだろうな、という危機感も持っています。そもそも厳しい競争にさらされている企業において、従業員がその瞬間に居心地よくいられること「だけ」を強調することにあまり意味を感じません。

また、これまでの人事とどう変わるのかについて、もっと精緻な議論を行っていく必要があると思います。ウェルビーイング経営を一時のはやり言葉に終わらせないためにも、ウェルビーイングをマネジメントの世界に持ち込むことの革新性や意義について冷静に、細やかにとらえ直していくことが重要でしょう。

3.ウェルビーイングは古くて新しいマネジメント課題である

そもそもウェルビーイングは、職場のマネジメントにおいて決して新しい話題ではありません。むしろウェルビーイングは古くからある経営学の関心事であり、いわば蔵の奥底に眠っているところを再発見されたビンテージワインのような存在です。この点は、あらためて取り上げる機会を持ちたいと思いますが、私たちがウェルビーイングに「再」注目するにあたっては、マネジメントの古典的課題に腰を据えて取り組む覚悟と気概が求められていると思います。

例えば米国ハーバード大学のビアー教授らは、米国における人的資源管理論の勃興期である1984年に、従業員や地域社会などの多様な利害関係者の利害に注目した人的資源管理のモデル、いわゆる、「ハーバードモデル」を提唱しています。図2をご覧いただけばわかる通り、人事施策がもたらす長期的成果として組織としての成果(組織的効率)と従業員のウェルビーイング、社会のウェルビーイングの三つが想定されています。

今から7年前の2015年にも、ビアー教授らは「ハーバードモデル」に立ち戻って現在のヒトのマネジメントを考えることの有効性を指摘する、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」というタイトルの論文を発表しています。(あらためて強調するまでもないことかもしれませんが、この論文のタイトルはビアー教授らが著書を発表した1980年代半ばごろに大ヒットした名作映画シリーズのタイトルと同じであり、論文が発表された2015年はバック・トゥ・ザ・フューチャーPart2で主人公たちがタイムトラベルする年にあたります)

私たちは、デロリアンではなく、ウェルビーイングという車でタイムトラベルを経験しています。私たちのこの旅が、どのような結末を迎えるのかは、現代に生きる私たち次第ともいえます。

4. 自社ならではのウェルビーイング経営を目指して

ウェルビーイングに再注目することは、経営学が直面してきた組織成果とウェルビーイングという伝統的ジレンマへの原点回帰です。ハーバードモデルが暗に示している通り、この伝統的なジレンマを解きほぐすためには、中長期的な視点が不可欠です。また両立がむずかしい両者の間に相乗効果を見出していくためには、なんとかやりくりしていくというマネジメントの視点が不可欠です。そのため、ウェルビーイング経営に、通り一遍の答えはありません。

本コラムでは学術的な研究知見や参考になりそうな事例をご紹介していきますが、そういった知見や情報は、最終的な答えではありません。ウェルビーイング経営に上手に取り組むためには、最終的には自社なりの、自社ならではのマネジメントを見出していく必要があると考えています。

このコラムでは、2019年の書籍をもとにしながら、組織における従業員ウェルビーイングをどのように捉えるべきか、今あらためて従業員のウェルビーイングを考慮することがいかなる意味で新しいのか、悩ましい点はどこにあるのか、そして、それをいかにマネジメントすればよいのかなどについて、経営学をバックグラウンドとする私なりの視点からご紹介していきたいと思います。さらには、パンデミックを経て2022年を迎えた今、私が取り組んでいるプロジェクトの動向についても、随時お知らせしていければと考えています。

読者の皆さまには、本コラムを、参考になりそうなところを探したり、自社には合わないな、などの批判的な感想を持ったりしながら、お読みいただければと思います。そしてこのコラムが皆さまの企業ならではのウェルビーイング経営探求の旅のきっかけやスパイスに少しでもなればと考えています。これからしばらくの間、どうぞよろしくお願いいたします。

(参考文献)
  • Beer, M., Boselie, P., & Brewster, C. (2015). Back to the future: Implications for the field of HRM of the multistakeholder perspective proposed 30 years ago. Human Resource Management, 54(3), 427-438.
  • Beer, M., Spector, B., Lawrence, P., Mills, D. Q. & Walton, R.
  • (1984). Human resource management: A general manager’s perspective. NewYork, NY: Free Press.
  • 森永雄太(2019)『ウェルビーイング経営の考え方と進め方 健康経営の新展開』労働新聞社
森永 雄太(武蔵大学 経済学部 経営学科 教授)
森永 雄太
武蔵大学 経済学部 経営学科 教授

もりなが・ゆうた/兵庫県宝塚市生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。著書は『ウェルビーイング経営の考え方と進め方:健康経営の新展開』(労働新聞社、2019年)、『日本のキャリア研究―専門技能とキャリア・デザイン』(白桃書房、2013年,共著)など。これまで日本経営学会論文賞、日本労務学会研究奨励賞、経営行動科学学会大会優秀賞など学会での受賞の他、産学連携の研究会の副座長、HRサービスの開発監修等企業との連携も多い。


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