三菱ケミカルが推進する「KAITEKI健康経営」
健康支援と働き方改革の実現に向けた30の宣言とは
金丸 光一郎さん(三菱ケミカル株式会社 執行役員 人事部長)
真鍋 憲幸さん(三菱ケミカル株式会社 人事部 全社統括産業医)
現場の声を反映し行動につながるメッセージに
「社員全員が3日連続の休暇を取得します」(宣言12)など、具体的に書かれているものも多いですね。
金丸:宣言は実行が伴って、初めて意味を成します。そのため、行動につながるような言葉づかいを意識しました。宣言11の「『休日メール』『休日の作業を前提とした資料作成指示』を禁止します」は、非常に効果がありました。上司から、「月曜日でいいから」と言われても、週の後半に指示を受ければ土日に仕事をしてしまうものです。それを避けるため、資料が必要な打ち合わせは週の半ばに設定するなど、指示を出す側の行動にも変化が見られました。
とはいえ宣言に縛られて、現場の負担が増してもいけません。特にプレイングマネジャーである、課長クラスに負荷がかからないように意識しました。宣言の公表前には、各拠点において管理職に向けて説明会を開催。そこではさまざまな意見が出され、宣言に反映したものもあります。逆にこちらから意図を丁寧に説明し、理解促進にも努めました。
真鍋:産業医の立場から見ても、現場とのコミュニケーションは非常に丁寧に行っていたと感じます。特に大切にしていたのは納得感です。実際のマネジメントは少し面倒かもしれない。しかし、誰もが「そうだよね」と思えるようなメッセージを一緒につくり上げていった印象です。
“宣言”という形でまとめようと決める前から、若手や女性、事業所現場など、いろいろな属性でプロジェクトユニットをつくり、施策や制度の意見をヒアリングしていきました。そうした時期も含めると、「決めました」の完成までに1年ほど時間をかけています。
現場の価値観に合った、宣言づくりだったのですね。
金丸:それでもやはり、いろんな意見が出てきました。特に宣言10の「テレワークを推進します」では、製造は現場作業で成り立っているのでテレワークはできない、という声が多く聞かれました。しかし全社規模で見れば、オフィスの外で働くことで能力発揮につながる従業員もいます。働き方の多様性や違いを尊重することの重要性を訴え、宣言に盛り込むところに行きつきました。
うれしいことに、事業所の中にはダメと言わずにやってみようと、テレワークを試してみたところもあります。事業所では3交替制のシフト勤務を敷いているため、打ち合わせとなると非番の班長は出勤しなければなりませんでしたが、オンライン会議を取り入れて自宅からも参加できるようにしたのです。これは大きな変化でした。
真鍋:KAITEKI健康経営全般にいえることですが、それぞれの取り組みに強制力を持たせることはありません。三菱ケミカルにいると自然と健康になっている、自然とインターナショナルになっている、自然と創造的になっている、といった変容の仕掛けを戦略的に盛り込んでいるのが特徴です。「三菱ケミカルは決めました」は、従業員の自立と変容の両方を促す内容になっているといえます。
運用開始から1年経ちましたが、従業員からどのような反応が見られますか。
金丸:年に1度行っているエンゲージメントサーベイでは、全体的にウェルビーイングの項目で高いスコアが出ています。特に「会社は健康推進を行っている」という項目では、かなり高い数値が出たので、KAIEKI健康経営に対する認知は高いと見ています。転倒しにくいからだづくりのための「KAITEKI体操」や「安全安心体力テスト」の実施、職場の喫煙所の廃止など、日常的な健康活動も行っているので、身近に感じているのかもしれません。もちろん「三菱ケミカルは決めました」の広報活動もプラスに働いていると思います。
ただし広い浸透となると、まだこれからのところもあります。「三菱ケミカルは決めました」の立ち上げ時を振り返ると、労働組合の巻き込みが不足していたことが反省点です。宣言には職場や働き方の改善に関する項目も多いので、労組とタッグを組めばもっと早く認知が進んだと思います。そこで今年度は、労組との連携強化に力を入れています。労組側も浸透のために、活発に議論してくれているので心強いですね。
クラスター分析で傾向をつかみベストプラクティスを探る
KAIEKI健康経営の取り組みの評価は、どのように行っているのでしょうか。
金丸:グループ全体で、三つの指標をKPIに置くことを決めています。働き方に関する意識や行動、取り組みレベルを指数化した「働き方指数」、健診項目や生活習慣の質、満足度レベルを指数化した「健康指数」の二つにより、活動の結果を直接的に測ります。そして従業員のやりがい、熱意、信頼、成長などを指標化した「いきいき活力指数」によって、施策の効果を評価します。三つの指数は、健康診断と健康サーベイの結果に基づきスコア化しています。
さらに私たちは、指数とサーベイの結果でクラスター分析を行い、職場や属性の違いによる傾向を明らかにしようと試みています。全体の傾向としていえるのは、製造現場でシフト勤務を要する職場になると、働き方指数やいきいき活力指数に課題のあるケースが少なくない、ということです。しかし一方で、働き方改革を進め、活力ある職場を実現している事業所や工場もあります。どうしてこのような違いがあるのか、またどうすれば活力ある職場を実現できるのか、スコアの高い職場と低い職場双方にヒアリングを行い、ベストプラクティスを見出していこうと調査を始めたところです。
スコアが低い職場も、このままでいいとは思っていないはずです。事業所の中には日々の業務に追われ、立ち止まって考える余裕がないというところもあるでしょう。それならば、うまくいっている職場の知見を取り入れ、自分たちなりに工夫すればいい。もちろん人事部も、精力的に現場をバックアップしていきます。働き方改革は、表面上の制度を整えれば済む話ではありません。働く一人ひとりの自覚と行動が伴って、足元から変わっていくことで真の改革が進むのではないでしょうか。
最後に、これからの展望についてお聞かせください。
金丸:当社はKAITEKI健康経営を通じて働き方改革を進めてきましたが、新型コロナウイルス感染症の拡大によるインパクトは、やはり大きなものでした。収束後は元に戻るのではなく、より自律した働き方が求められるようになると思います。
テレワークが定着すれば、今以上に心身の健康を自分でコントロールしなければなりません。一人でいる時間も長くなるため、意識的に周りに目を向けて協奏を生み出していくことも必要です。つまり、働く一人ひとりに自律が求められるのです。その意味では、私たちのこれまでの取り組みの方向性は、間違いではなかったと確信しています。
人事部では、従業員の自律をさらに促すべく、人事制度の改革を検討しています。特に配置については社内公募制度を充実させ、会社側が従業員の配属を決めるのではなく、社員が自らキャリアを切り開いていく仕組みの定着を図ります。今秋の導入をめざし、現場との調整を進めているところです。また処遇についても、年齢や勤続年数といった属性によらない「Pay for Job, Pay for Performance」の考え方を徹底したいと考えています。
今後も“KAITEKI経営”の実現という原点からぶれることなく、健康経営を通じて主体的、自律的な人材がお互いに高め合い、より新しいこと、難しいことを楽しめるチャレンジングな組織づくりを推進していきます。
(取材は2020年5月29日、オンラインにて)