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『健康経営会議2018』開催レポート

『健康経営会議2018』の様子

2018年8月28日、経団連会館において、健康経営会議実行委員会主催の「健康経営会議2018」が開催された。健康経営とは、企業が経営の観点から、戦略的に従業員の健康に投資すること。政府が「健康寿命の延伸」を積極的に進める中で、この健康経営に取り組む企業も増えている。今回は「Back to the basic!-健康経営の基本に立ち戻る-」と題し、三つの講演・パネルディスカッションを開催。さまざまな切り口から健康経営について議論された。

■プログラム
●開会の辞
斉藤 敏一
健康経営会議実行委員会 委員長
公益社団法人 スポーツ健康産業団体連合会 会長
厚生労働省 スマート・ライフ・プロジェクト推進委員会 委員長
●来賓挨拶
中央労働災害防止協会 理事長 八牧 暢行 氏
厚生労働省 健康局 健康課長 武井 貞治 氏
スポーツ庁 健康スポーツ課長 安達 栄 氏
●講演1 日本流 健康経営の再発見
NPO法人健康経営研究会 理事長 岡田 邦夫 氏
●講演2 健康長寿社会の実現に向けて
東北大学大学院医学系研究科公衆衛生分野教授 辻 一郎 氏
●講演3 企業成長と個人の生きがいを両立する健康経営の未来
経済産業省 商務・サービスグループ ヘルスケア産業課 課長 西川 和見 氏
●パネルディスカッション
NPO法人健康経営研究会 理事長 岡田 邦夫 氏
東北大学大学院医学系研究科公衆衛生分野教授 辻 一郎 氏
経済産業省 商務・サービスグループ ヘルスケア産業課 課長補佐 山本 宣行 氏
モデレーター 高崎尚樹
●事業紹介 プレミアムフライデーとFUN+WALK PROJECTの推進について
一般社団法人 日本経済団体連合会副会長 株式会社三越伊勢丹ホールディングス特別顧問 石塚 邦雄 氏
●閉会の辞

講演1:日本流 健康経営の再発見
NPO法人健康経営研究会 理事長 岡田 邦夫 氏

NPO法人健康経営研究会 理事長 岡田 邦夫 氏

岡田氏は、始めに働く人の安全と健康の歴史について解説した。
「働く人の雇用については、これまで終身雇用、年功序列が基本でした。我が国の長寿は、すべての国民が何らかの医療保険に加入する国民皆保険制度(1961年国民健康保険法 改正)が基盤であり、働く人の安全と健康は、事業者の責務として労働安全衛生法(1972年)で保護されていました。しかし1983年、医療費の増大が国を亡ぼすとする医療費亡国論が発表されたことで医療保険制度に危機感が生まれ、一部自己負担という制度が導入されました。保険制度を維持するために、利益者負担という考え方が出てきたわけです」

その後、日本でも米国型の業績評価主義が広まり、業務にパソコンなどITが導入され、新しいタイプのうつ病である不適応(不安)という心身の異常が多発するようになる。
「そこで、健康教育と運動指導を推進する『中高年労働者の健康づくり運動(シルバー・ヘルス・プラン:SHP)』(1979年)、労働者の健康増進に対する措置を努力義務とする『トータル・ヘルスプロモーション・プラン:THP』(1988年)によって、運動指導やメンタルヘルスケアなどの生活指導が推進され、働く人の健康保持増進対策が行われてきました」

そもそも昔の日本において、働くこととはどういうことだったのか。ここで岡田氏は日本における歴史的な記述を二つ紹介する。「織物業 では1日に15~16時間の労働時間(農商務省工場調査報告書『職工事情」より、1903年)」、「工場とはいかに衛生設備をよくしたとて、時間を短くしたとて、結局非衛生で生命の消耗所であることを免れない(細井和喜蔵『女工哀史」、1925年)」だ。岡田氏は、この当時、日本では働くことによる健康障害は免れられないものという考え方があったと述べた。

それに対し、欧米における仕事と健康についての考え方はまったく違っている。岡田氏は1988年のWHOの言葉を紹介した。

「労働は重要であり、また、自尊心および秩序観念形成の上で大きな心理的役割を演じる」「生存に活力を与え、日・週・月・年の周期的パターンを形成する」
「失業は、それ自体健康に対して悪い影響を与える-不安、抑うつ……」(WHO、1988年)。

これは、労働そのものより失業することの方が問題という考えを示している。欧米と日本では働くことに関して大きな考え方の違いがあったことがわかる。

次の紹介されたのは2006年のタワーズペリン調査だ。従業員を対象に行った質問によると、「管理職の質」について、日本は「非常に悪い」と答えた比率が調査国の中でもっとも高くなっている。その影響か、「仕事に対する意欲」に関しても、日本は他国に比べて低くなっている。
「労働生産性も、決して高くありません。日本生産性本部が行った『労働生産性の比較 2017年版』の調査では、日本の就業者1人あたりの労働生産性は、OECD加盟35ヵ国中21位。時間あたりの労働生産性も46ドル(35ヵ国中20位)でした」

岡田氏は「今、日本では長時間労働の撲滅や生産性向上が課題になっているが、ここに睡眠に関する興味深い調査がある」と語る。2016年 RAND Europaの調査によると、日本における睡眠不足による経済的損失は、1380億ドルにものぼるという。また、睡眠不足は生産性の低下につながるだけではなく、長時間労働が原因の事故も誘発している。2018年に長時間労働後の帰宅途中で交通事故死があり、「過労事故死」として問題となっている。

では、これから企業に求められる健康経営とはどんなものか。日本では法律や指針、通達によって、健康診断の実施と事後措置、職場の健康づくり対策の指導、過重労働・メンタルヘルス対策、ストレスチェックの実施と事後措置、産業医機能の強化などが定められている。
「そのうえで、近年求められているのが『結果を生み出す健康経営』です。以前の健康管理の考えかたであれば、目指すべきは『健康診断受診率100%』でした。しかし、健康経営では『健康診断結果改善率100%』が必要となります。そのためには今後、産業医が企業と連携し、一体となって健康経営に取り組むことが求められます。また、2015年には、健康を保持・増進する行動を誘発し、働く人の心身の調和と活力の向上を目指す『健康経営オフィス』の考え方も推奨され、仕事の環境づくりが注目されています」

また、働き方改革では兼業、副業、複職など多様な働き方が推奨されているが、今後その中に健康経営がどのように反映されるかが注目される。
「例えば、働き方改革で注目されている『勤務間インターバル』は、2016年アルバイト従業員の過重労働による突然死の裁判においても指摘がありました。今後いかに働き方改革や、経営者の人の雇い方、管理職の人の働かせ方、一人ひとりの従業員の働き方を考えていくのかが問われます」

最後に、岡田氏は日本における企業の健康管理の三つの特性を述べた。「法律により事業者の健康管理義務が規定されていること」「健康保険組合の出資者であること」「自分自身の健康に対する低い自立性」の三点だ。
「これらの視点をふまえて日本の健康経営を見直していくことが、私たちの設立当初からの目的でした。健康経営は健康な企業づくりのみならず、健康な都市づくり、そして大学などの健康な教育機関づくりにも活用できます。これからも私たちは、日本流の健康経営の考え方を広めていきたいと考えています」

講演2:健康長寿社会の実現に向けて
東北大学大学院医学系研究科公衆衛生分野教授 辻 一郎 氏

辻氏は、医療費の原資が医療費の増加に追い付いていないという事実がもたらす危険性を指摘する。
「65歳から74歳の前期高齢者の数は2015年がピークで、現在、すでに減少に向かっています。今増えているのは75歳以上の後期高齢者です。高齢者の中でもさらに高齢化が進んでいて、結果、国民医療費も増え続けています。伸び悩むGDPや国民所得と比較すると、その比率も大きく増えています。社会保障にかかる費用の推計(2011年6月「社会保障改革に関する集中検討会議」資料)では、2011年度が108.1兆円に対し、2025年度の予測は151.0兆円となっており、社会保障にかかる費用が1.4倍に増えると予測されています。それに対し同時期のGDP予測は1.26倍で、医療費の原資が医療費の増加に追い付いていません。このギャップこそが、大きな問題といえます」

東北大学大学院医学系研究科公衆衛生分野教授 辻 一郎 氏

ではどうするのか。辻氏は健康づくりが一つの解になると語る。健康づくりが一つの投資となって、このギャップを埋める力になるという。ここで辻氏は自身が行った「大崎国保加入者コホート研究」の調査結果について解説した。これは5.2万人の医療費の推移を調査したもので、対象者は宮城県大崎保健所管内1市13町に居住し、平成6年8月31日時点で40〜79歳の国保加入者全員だ。

「ここから二つのデータを紹介します。一つ目は喫煙・肥満・運動不足と1ヵ月あたり医療費(1995年~2003年)です。『喫煙せず、肥満でなく、運動不足でもない方』の医療費は2万376円。それに対し、『喫煙者で肥満、運動不足の方』の医療費は2万9272円と4割以上増えています。後者の集団の医療費のうち、12.8%は三つの生活習慣によるものでした。この換算を平成24年度の45歳以上の医療費31兆円にあてはめると、うち4兆円が喫煙・肥満・運動不足のコストということになります。

二つ目のデータは動脈硬化危険因子と医療費です。『肥満、高血圧、高血糖のどれにもあてはまらない人』の1ヵ月あたりの医療費は1万9343円。それに対し、『すべてにあてはまる人』の医療費は3万8521円とほぼ2倍でした。この集団の医療費のうち、17%がこれら三つの生活習慣によるものであり、5兆円程度の医療費にあたります。このように、生活習慣病の対策を行うことで、医療費は大きく減らすことができると考えられます」

しかし、予防医学の医療費の減少効果には疑問も投げかけられている。「不良な生活習慣は医療費を増加させる。それはわかるが、生活習慣の良好な者は長生きする分だけ、生涯の医療費総額は増えるのではないか」という疑問だ。そこで、辻氏は生涯医療費の推定を行った。生存状況と医療費を1995年1月から2007年12月まで追跡。生活習慣ごとに年齢別死亡率を計算し、40歳の平均余命を算定した。そして、生活習慣ごとに年齢別医療費を算定し、生存者・死亡者別に計算。これらの数値を乗算することで生涯医療費を推定した。

「ここからわかった一つ目のデータが、40歳男性における喫煙習慣別の平均余命と生涯医療費です。非喫煙者は44.7年の余命で生涯医療費は1491万4000円だったのに対し、喫煙者は41.0年、1391万4000円でした。喫煙者は早く亡くなる分100万円ほど医療費が少なくなっています。二つ目は40歳男性における歩行時間別の平均余命と生涯医療費です。『1日に1時間以上歩く人』は43.5年の余命で生涯医療費は1282万8000円。『1時間未満の人』は42.0年で1357万3000円でした。『1日に1時間以上歩く人』は『1時間未満の人』よりも1年半長生きし、なおかつ医療費も74.5万円ほど少なくなっています。運動習慣に関しては、長生きをして、かつ医療費も少ない状態を実現できるということです」

以上をまとめると、喫煙は短命な分だけ、生涯医療費も減少。それに対して肥満や運動不足は短命であるのに、生涯医療費は増加した。生涯医療費は寿命だけでは決まらず、合併症・有病期間の影響が大きいということだ。つまり、健康づくりをきちんと行うことが、生涯医療費を抑えることにもつながる。

近年、国の目標には健康寿命の延伸がうたわれており、今後は平均寿命の増加分を上回る健康寿命の増加で、不健康期間を短縮することが求められている。それにより、本人・家族のQOL(生活の質)の改善、社会保障負担減、社会の活力の向上が期待できる。健康づくりと高齢社会の活力・社会保障体制の持続可能性は、リンクしているということだ。

では実際に生活習慣を変えていくにはどうしたらいいのか。これは個人の努力では難しく、健康教育を行っても行動変容が定着しづらい傾向がある。そのため重要になるのが、社会環境の整備だ。個人の行動を規定し、健康行動を支える社会環境づくりが重要になる。同時に会社(職場)での健康づくりも重要になることから、今、健康経営が注目されているのだ。

「ここで注目すべき二つのデータがあります。一つは特定健診の実施率が高い健保組合ほど健康レベルが高く、生活習慣も良好であること。二つ目は健康経営優良法人ホワイト500に認定されている健保組合とそうではない健保組合を比べると、健康状態も生活習慣も認定されているほうが優れているということ。まさに健康経営が有効である証拠といえるのではないでしょうか」

特に健康経営ではプレゼンティーズムにおける重要性が指摘されている。プレゼンティーズムとは、出勤はしているが健康上の問題で労働に支障をきたし最善の業務ができなくなる状態のことだ。このような事態を健康経営で防ぐことが、従業員のモチベーション向上や働きやすい職場環境の実現につながると期待されている。

「健康経営は、健康づくりに関することと労働生産性の改善、両方に関わっている話といえます。ですから、できるだけ幅広く考え、実践することが重要です。そして、その活動の基本は従業員ファーストです。企業においては、従業員を大切に考えることから健康経営が始まるといえるのではないでしょうか」

講演3:企業成長と個人の生きがいを両立する健康経営の未来
経済産業省 商務・サービスグループ ヘルスケア産業課 課長 西川 和見 氏

西川氏は、健康経営におけるここ1年の変化で紹介したい点として、自治体における取り組みの広がりと、より深いところで新たな課題にどんどん取り組む大企業や中小企業の姿をあげた。
「健康経営をより進化させるため、私たちが先導していくのではなく、健康経営銘柄や健康経営優良法人認定などの企業に『当社ではこんなことをやっている』とどんどん発信していただきたいと思っています。それによって民間でよい取り組みが広がっていくことが理想です」

平成30年度には、健康経営顕彰制度の見直しを行うにあたり、選定・認定された企業や法人に期待する「役割」が改めて整理された。選ばれた企業への期待はより大きくなっている。

「健康経営銘柄企業に対しては、健康経営を普及拡大するアンバサダー的な役割を求めるとともに、健康経営を行うことでいかに生産性や企業価値に効果があるかを分析し、それをステークホルダーに対して積極的に発信してほしいと考えています。健康経営優良法人の大規模法人に対しては、グループ会社全体や取引先、地域の関係企業、顧客、従業員の家族などに健康経営の考え方を普及拡大していく『トップランナー』の一員としての役割を求めます。中小規模法人に対しては、引き続き自社の健康課題に応じた取組を実践し、地域における健康経営の拡大のために、その取組事例の発信などをする役割を求めます。これまで従業員数で制限があり、ホワイト500にしか申請できない中小企業もありましたが、今後はより幅広い形で申請ができるように制度を変えていく方向です」

また、保険者などによる先進的な予防・健康づくりの取組を全国に広げるための民間主導の活動体に、日本健康会議がある。この会議は経済界・医療関係団体・自治体・保険者団体のリーダーが手を携え、健康寿命の延伸ともに医療費の適正化を行うことを目的に、平成27年7月に発足した。メンバーは各団体のリーダーおよび有識者32名。予防・健康づくりの目標を設定し、八つの宣言を行っており、この1年で達成度(達成保険者数)が大きく向上している。

経済産業省 商務・サービスグループ ヘルスケア産業課 課長 西川 和見 氏

では、健康経営は企業にどのような効果をもたらすのか。得られる効果は三つ考えられると西川氏は語る。

「一つ目は『個人の心身の健康状態の改善による生産性の向上』です。疾患のリスクが減り、生産性の損失が減って企業の業績向上につながります。二つ目は『組織の活性化』。健康経営を軸に組織体制が構築され、仕事の満足感が高まり、エンゲージメントも高まります。三つ目は『企業価値の向上』です。健康経営が公表されることがイメージアップとなり、リクルート効果や顧客満足度の向上、投資ブランドとしての評価アップへとつながります。例えば、丸井グループでは健康経営への取り組みを統合レポートに記載し、投資機関などから高い評価を受けています。今後は健康経営銘柄の選定においても、投資家に対する情報開示を重点化していく予定です」

ここで西川氏は労働損失に関する一つのデータを紹介した。米国商工会議所が2016年発表した「健康と経済」についてのレポートによれば、生産性損失(病気による早期退職による損失、アブセンティズム、プレゼンティーズム)は各国のGDPにインパクトを与えているという。今後、その損失は規模的にも地域的にも更に拡大していくことが示されており、世界がこうした状況を迎える中、ますます健康経営の重要性は増している。

「個人の健康状態が改善されることは非常に重要であり、現在、多くの企業が従業員の健康状態の把握に取り組み始めています。健康経営の実践によって企業価値を向上させるためには、組織の活性化に着目していくことが必要です」

ここで西川氏は二つの事例を紹介した。丸井グループでは、生活習慣と仕事の取り組み姿勢との関連性を分析している。その結果、「食事の量や内容に気を付けている」と答えた従業員および「良い睡眠がとれている」と答えた従業員は、そうでない従業員と比較して、3年間連続で仕事の取り組み姿勢が前向きであることがわかった。

毎年全世界で200社(200万人)のエンゲージメントを調査し、優秀企業を表彰している米国ギャラップ社では、過去に表彰された17社を対象に、エンゲージメントとEPS(一株あたり当期純利益)の伸び率との関係性を分析。その結果、表彰企業17社は同業他社と比較してEPSの伸び率が4.3倍だったことがわかっている。

最後に、西川氏は自治体による健康経営などの顕彰制度について紹介した。
「各地域の自治体などでは、健康経営や健康づくりに取り組む企業などの認定・表彰制度などが実施されており、健康経営に取り組む企業の『見える化』が進んでいます。2019年2月には健康経営銘柄を発表する健康経営アワード2019の実施を予定していますが、地域でどういった健康経営が進んでいるのか、その全国大会といえるようなイベントも行いたいと考えています」

パネルディスカッション

高﨑:いくつか質問をいただいており、それをもとにディスカッションを行いたいと思います。最初は辻さんへの質問です。「健診データやレセプトなどのビッグデータを解析して、リスク予測をする動きが急速に進んでいます。公衆衛生学の見地からどのようにお考えですか」。

モデレーター 高崎尚樹氏

辻:リスク予測では、かなり具体的に個人の将来予測をしてくれます。これは今後重要なツールになるでしょうが、その際に問われるのが「データの質」です。どれくらいの人数を、どれくらいの期間に追跡したデータなのか。どれくらい正確な診断ができているのか、といったことです。例えば、国立がん研究センターでがんに関する共同研究が行われており、大学10校ほどがデータを出し合い、統合解析している例があります。ここでは約40万人を20年にわたって追跡したデータが使われており、リスクスコアも出しています。

高﨑:次は山本さんへの質問です。「健康寿命の延伸と同時に、生涯現役の高齢者の働ける環境づくりが必要かと思います。経済産業省としてどのようにお考えですか」という内容です。いかがでしょうか。

山本:政府として、仕事環境については生涯現役社会をつくろうという目標があります。この目標は経済産業省だけでなく、厚生労働省や農林水産省、スポーツ庁とも一緒になって活動しています。仮に仕事をリタイアされた後でも、働けるうちは働くということです。それがその方の生きがいにつながっていき、それが健康年齢に反映されるのではないかと考えています。最近の動きとしては、住むだけでなく仕事もできる「仕事付き高齢者住宅」を、補助金を付けて推進しています。

経済産業省 商務・サービスグループ ヘルスケア産業課 課長補佐 山本 宣行 氏

高﨑:次は岡田さんへの質問です。「日本流の健康経営は、他の国とどのような点が異なりますか」。

岡田:先ほども話しましたが、日本における企業の健康管理には三つの特性があります。「法律により事業者の健康管理義務が規定されていること」「健康保険組合の出資者であること」「自分自身の健康に対する低い自立性」の三点です。

それに対し、米国の企業では健康はあくまで自分で管理していくものあり、会社が与えるものではないという考え方があります。そのため、問題があれば解雇されてしまうこともあります。また、米国には健康保険制度がなく、会社が面倒をみるのではなく個人は自腹で治すことになります。私は米国で、従業員の健康診断の費用を会社が出すなんて「あり得ない」と言われたことがありました。そのため、自己での健康管理の意識も違います。このように、米国と日本では、法制度と健康保険組合と健康管理に対する意識が大きく違うのです。

高﨑:ここで、辻さん、山本さんにお聞きしたいのですが、私たちはよく中小企業の方から「お金がないから健康経営ができない」と言われます。この点はどう思われますか。

辻:今日のような会に来られている企業はおそらく健康経営に熱心な企業だと思います。ここで活動の底上げを考えるには、会に来られていないような企業をどうするかを考えないといけないですね。このままいくと企業間で健康格差が広がるように思います。

東北大学大学院医学系研究科公衆衛生分野教授 辻 一郎 氏

山本:健康経営の企業認定を始めた当初は、「本当に効果があるのか」と言われ、私たちも1年で終わるかもしれないと考えました。当時を振り返ると、よくここまで広まったなという思いがあります。確かに、企業の健康格差は今後大きく出てくるかもしれません。しかし、まだ始めて2、3年という初期段階ですから、まずは普及させたい。中小企業の皆さんもこれを機会に、まずは保険者と対話をしていただくということが大事なのではないかと思います。

高﨑:次の質問です。「健康経営の社内へ浸透させるため、取り組みを社員一人ひとりの行動に落とし込むには、どのようなアプローチが効果的ですか」。岡田さん、辻さん、いかがでしょうか。

岡田:以前、産業医として女性のがん健診を勧めたのに、社内でなかなか広まらないことがありました。しかし、ある支店長に「受けましょう」と言ってもらったら、受検者が3倍から4倍に増えたのです。病気のときには誰もが病院に行きますが、健康なときにはなかなか健康診断を受けてくれません。そんなとき誰が言えば聞いてもらえるかと考えると、経営者や命令権を持つ直属の上司だろうと思います。

以前、従業員の健康意識が高い300人未満の事業所について調べたところ、経営者が毎年健康診断を受けているという特徴がありました。経営者や上司が健康診断の意識が高くなれば、職場の意識も高くなるはずです。

辻:確かにトップの姿勢は大事ですね。トップは企業の意識や文化をつくっていくキーマンですから、健康を大事にする文化や生活習慣へのイメージに与える影響も大きいんです。一般に喫煙率が下がったのも、喫煙のイメージが悪くなった影響があると思います。人はイメージで動きますから、社内においてうまく価値観を変えていくことが大事ではないでしょうか。

高﨑:人をどのように動かすかということは、健康経営において今後も大変重要な問題になっていくと思いますね。皆さん、本日はどうもありがとうございました。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「HRペディア「人事辞典」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。


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