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難病の治療と仕事の両立支援
「困りごと」に焦点を当てたコミュニケーションと組織文化の醸成

従業員が難病に罹患(りかん)した際、人事部門や管理職はどのように対応すべきでしょうか。難病には、「治療が長期にわたる」「外見からは分かりにくい」などの特徴があり、仕事との両立支援には特有の難しさがあります。長年難病支援にかかわり、難病法への「ピア・サポート」導入にも尽力された川尻洋美さんに、両立支援のポイントについて伺いました。

プロフィール
川尻 洋美(かわじり ひろみ)さん
群馬パース大学 看護学部 看護学科 講師

養護教諭、大学の保健室、保健所保健師を経て、群馬大学医学部附属病院難病相談支援センターに19年間、難病相談支援員として勤務。大学病院に設置された難病相談支援センターにて、難病相談支援員として難病患者の就労・生活支援コーディネートに従事。難病の患者に対する医療等に関する法律(難病法)制定過程において、同じ病気の経験者が支え合う「ピア・サポート」の導入に尽力した。共著に『難病相談支援相談マニュアル』(社会保険出版社)。

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「外見からの分かりにくさ」と「体調変動の大きさ」

難病の定義について教えてください。

難病は非常に数が多いのが特徴です。分類や名称によって異なりますが、一説には4000種類以上あると言われています。そのうち、医療費助成の対象として登録される「指定難病」の疾患数は現在348疾患です。これは2015年1月に施行された「難病の患者に対する医療等に関する法律(難病法)」によって定められました。

難病法に基づいた難病の要件は、「発病の機構や原因が明らかでないこと」「治療法が確立していない希少な疾患であること」「当該疾患にかかることで長期の療養を必要とすること」の三つです。指定難病は、これら三つの要件に「患者数が本邦において一定の人数(人口の0.1%程度)に達しないこと」「客観的な診断基準が確立されていること」が加わります。

難病と聞くと、「寝たきり」や「働けない」とイメージする方も多いでしょう。しかし、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構の調査(難病患者4,523名が回答)では、回答者の70%が就業していると確認されました。行政の就労支援や、テレワークの普及により、難病を抱えていても多くの人が働けるようになりつつあるのです。

代表的な疾患や、一般的な病気や障害とは異なるポイントを教えてください。

日本で比較的患者数の多い難病として、「潰瘍性大腸炎」という消化器系疾病や、「パーキンソン病」という神経系疾病が挙げられます。潰瘍性大腸炎は、下痢や血便、強い腹痛、発熱、体重減少などが主な症状です。良くなったり(寛解期)、悪くなったり(再燃期)を繰り返すのが特徴です。パーキンソン病には手足の震えや姿勢保持障害、便秘、嗅覚障害、うつなどの症状があります。

難病特有のポイントとして重要なのは、「外見からの分かりにくさ」と「体調変動の大きさ」です。難病は、心臓、腎臓、呼吸器、肝臓などの内部疾患が多いため、外見からは治療中であることが分かりづらいのです。また、「午前中は調子が良かったけれど、午後は動けなくなった」「昨日できたことが今日はできない」など、体調が大きく変動するのも特徴です。

例えば潰瘍性大腸炎では、軽症で治療もうまくいき、普通に働ける方がいる一方で、非常に重い症状があり、ちょっとしたきっかけで病状が悪化する方もいます。同じ病名であっても、個別性が高い点を理解しておく必要があります。

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困りごとの理解が支援の鍵となる

従業員が難病に罹患(りかん)した場合、人事部門や上司はどのような対応を心がけるべきでしょうか。

難病になった従業員の話を直属の上司が聞き、産業保健スタッフ(産業医、保健師など)と連携するのがスムーズな流れです。従業員が産業保健スタッフとつながれば、上司に詳細を説明しなくても、医療・保健の専門家に情報共有や相談ができるようになります。

上司が相談を受けるときは「病気の詳細」に注目するのではなく、「仕事をする上で何に困っているのか」「会社がどんな配慮をすればいいのか」をヒアリングすることが重要です。

以前、難病の方の就職面接に同席したことがありますが、企業が知りたいのは「入社後にどのような貢献ができるのか」「パフォーマンスを維持するためにどのような配慮が必要か」ということでした。病気の詳細な情報は、そこまで必要としていないのです。しかし、従業員側は「病気の詳細な説明が必要」「病気を理解してもらえれば配慮してもらえる」と考えてしまうケースが多く見られます。

ギャップを埋める必要がある、ということですね。

その通りです。例えば潰瘍性大腸炎であれば「トイレに立つ回数が増えるかもしれないので、トイレへアクセスしやすい席にしてほしい」といった具体的な要望を聞けるとよいでしょう。定期通院が必要であれば、「毎月1回、半休をとる」と具体的に聞いておくことで、サポートしやすくなります。病気の特性を「困りごと」という言葉に置き換え、解決するために企業ができることを、従業員とすり合わせることが大切です。

ある企業では、難病を抱える従業員の困りごとを明確にするため、職場で必要な配慮について整理した「自己解説ノート」を作成しました。ノートには「Aの場合は病院に行く必要がある」「Bの場合は休めば回復する」「Cの場合は回復しにくいため、帰宅する必要がある」といった内容が書かれていて、それらを上司と共有することで、仕事を継続するのに役立ったと言います。

難病の従業員の孤立や孤独に対して、企業はどのように向き合えばよいのでしょうか。

職場の話に限りませんが、難病のつらさは周囲の人が理解しづらく、当事者は孤立してしまったり存在を忘れられる怖さを感じたりします。それを少しでも和らげるために、私は難病法に「ピア・サポート」という言葉を入れることに尽力しました。

「ピア・サポート」とは、「ピア(仲間)」が「サポート(支え合い)」する活動のことで、同じような経験を持つ人が支え合うことを意味します。具体的には、難病を経験した人が「自身の体験を共有する」「困りごとを話す」といった活動です。ピア・サポートは、難病の方の精神的な支え、情報収集、社会性の回復などに役立ちます。

企業内でピア・サポート的なアプローチを取り入れる場合、特定の難病に特化する必要はありません。例えば、「がん」などの病気に罹患した人の話を聞く機会を設けるなど、「職場でこんなことに困った」「この一言に救われた」といった経験を共有します。

自らの経験を語ってもらうことで、職場に「自分も困った時には頼りたい」「困っている人がいたら助けたい」という相互扶助の意識を醸成するのです。職場の相互理解が深まれば、組織文化が両立支援を内包できます。

私が考えるピア・サポートの本質は、「一人ひとりの存在そのものがピア・サポートになる」ことです。難病であっても、不調で休むことがあっても、みんなの仲間。働く姿勢を尊重することが、お互いを認め合うことにつながるのです。

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両立支援の失敗要因はなにか

難病の治療と仕事の両立がうまくいかない場合、原因はどこにあるのでしょうか。

よくあるケースは、難病を抱えた従業員と同僚の間で摩擦が生じることです。最初は、上司や同僚も「大変だね」と病気を理解しようと協力的です。しかし、難病の場合は体調の変動が不規則で、周囲への業務負担がしばしば増えます。周囲の負担が増えすぎると、不満がたまり、感情的な問題に発展したり、距離ができたりするものです。

両立支援がうまくいかないその他の原因として、制度の問題が挙げられます。例えば、柔軟な働き方(フレックスタイムや短時間勤務制度)が導入されていない、あるいは、導入されているが業務の関係で柔軟に制度を活用できない、といった問題です。通院や療養のために、休める時間が柔軟に取れる制度や、休暇が取得しやすい環境づくりが重要です。

また、産業保健スタッフの難病に対する知識や、従業員が産業保健スタッフにどれだけアクセスしやすいかも大きなポイントです。過去には、産業医の「難病を患っていては、働けないだろう」という一言で、従業員が退職を余儀なくされた事例もありました。

近年は、両立支援に関する研修の機会が増え、スタッフの意識は大きく変わってきています。産業医は難病の専門家ではありませんが、医学の専門家として主治医との連携において中心的な役割を果たせるようになりつつあるのです。

プライバシー保護と公平性を両立させるには

難病の従業員に対し、他の社員から不満の声が上がった時、人事部門や上司は、どのように説明責任を果たせばよいのでしょうか。

まず大前提として、プライバシー保護を徹底する必要があります。病気や体調の不具合は個人情報であり、本人の同意なしに開示してはいけません。過去には、意図しない形で病名が広がり、ショックで退職してしまったケースもありました。

病気や体調について、職場で情報共有が必要な場合は、本人の意向を尊重し、同意を得ることが大切です。どこまで話していいのかを本人に確認してから、職場に共有します。配慮が必要な理由について説明する際も、原則として病名や症状の詳細は伏せるべきです。他の従業員から不満の声があったとしても、本人から同意が得られていない個人情報は絶対に伝えてはいけません。

職場で説明する上で大切なのは、公平性を守りつつ、お互いにとって過ごしやすい環境を作っていくための「合理的配慮」について伝えることです。合理的配慮は法律上の義務であり、それをきちんと理解できる形で説明し、職場全体の利益につながると伝える必要があります。

配慮が必要な従業員への支援は、「特別扱い」ではありません。当事者だけでなく、他の従業員に対しても同じように公平に配慮が行き渡る仕組みがあることを伝えるべきです。

例えば、「あなたがご家族の介護や病気で困難な立場になった時には、同じように支援します」という企業の姿勢や“お互いさま”の精神を伝え、既存の育児・介護・看護の休暇制度をあらためて周知する機会として活用します。既存の制度や仕組みについて知識を得られたメリットを、他の従業員にも感じてもらうことで、公平感の醸成につながります。

業務の調整で負担が増えた従業員には、上司からねぎらいや感謝の言葉を伝えます。従業員間の間違った情報共有や、不満のやり取りを避けるため、疑問点があれば上司に直接相談するように促すのもよいでしょう。もちろん、上司が一人ですべてを解決する必要はなく、人事部門や産業保健スタッフと協力することが重要です。

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企業・人事部門に期待されること

難病治療と仕事の両立支援に関して、今後、企業や人事部門に期待することやアドバイスをお聞かせください。

第一に、難病を特別な問題にしない組織文化の醸成です。難病を誰にでも起こり得る「不測の事態」として捉え、従業員の誰もが休暇制度や柔軟な働き方を公平に利用できる体制を整えてほしいと考えています。

第二に、管理職の育成です。管理職向けの研修は特に効果的であり、コミュニケーションスキルを学んだり、役割を理解したりすることで対話の質が向上します。その結果、難病の従業員が困りごとを話しやすくなる、他の従業員が助けを求めやすくなる、といった効果が得られるでしょう。

さらに一歩先へ進むのであれば、専門家との連携による情報の一元化や支援体制の強化ができると望ましいです。人事部門や産業保健スタッフが、ハローワークの難病患者就職サポーターや産業保健総合支援センターの保健師などの外部の専門家と連携することで、より良い支援体制を構築できます。

難病の治療と仕事の両立支援は、画一的な対応では不十分。本人と企業、専門家が連携し、困りごとの解決に向けて計画を立てることが必要です。「困ったことがあれば丁寧に相談を受ける」「お互いさまの気持ちを持って助けあう」ことを地道に続け、それが当たり前になることで、組織全体が強化されていきます。

(取材日 2025年11月6日)

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。


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