「気象病」に悩む従業員を放置していませんか?
人事部門が今すぐ取り組むべき対策とは

「梅雨や台風の時期になると頭痛がする」「季節の変わり目はどうも調子が上がらない」。従業員からこうした不調を訴える声を聞くことはないでしょうか。それは「気象病」かもしれません。検査では異常が見つかりにくいため、周囲の理解を得られず、生産性の低下や休職・離職につながるケースもあります。「気象病・天気病外来」を置く、せたがや内科・神経内科クリニック院長の久手堅司さんに、気象病の実情や、従業員を守りパフォーマンスを最大化するために人事部門や管理職ができる対策を聞きました。
- 久手堅 司さん
- せたがや内科・神経内科クリニック 院長
くでけん・つかさ/東邦大学医学部卒。医学博士。総合内科専門医、神経内科専門医、頭痛専門医、脳卒中専門医。2013年、せたがや内科・神経内科クリニックを開業し、2016年に「気象病・天気病外来」を開設。気象病に対して臨床や対処法に関する研究と情報発信を精力的に行い、メディア出演も多数。著書は『気象病ハンドブック』(誠文堂新光社)、『不調がデフォな私たちの背骨リセット』(主婦と生活社)。気圧予報・体調管理アプリ「頭痛ーる」監修医師。
急増する「気象病」とは。検査で“異常なし”と診断される不調の正体
近年、「気象病」という言葉をよく耳にするようになりました。具体的にはどのような症状を指すのでしょうか。
「気象病」とは、気象の変化によって引き起こされる心身の不調の総称です。数日から1週間以内の短期的な変化が影響します。主な要因は気圧・温度・湿度の三つで、気象病に悩む方の8割が気圧の変化で不調を訴えています。
症状として最も多いのが頭痛です。ズキズキと脈打つような「片頭痛」が悪化する方もいれば、頭を締め付けられるような「緊張型頭痛」が出る方、その両方を併発する方など、個人差があります。その他にも、全身の倦怠感、首や肩のこり、めまい、メンタルの不調、アレルギー症状の悪化、古傷の痛みなど症状は多岐にわたり、低血圧によって朝起きられなくなる人もいます。症状が一つだけという方は全体の2割程度で、ほとんどの方は複数の症状に悩んでいます。
実は、気象病という名称は、保険診療で認められた正式な病名ではありません。私が「気象病・天気病外来」を始めた2016年頃は、まだごく一部の医師しか注目していませんでした。今では徐々に認知が広がり、悩んでいる方が多いことも判明してきました。
気象病は、検査で原因がわからないことがほとんどです。頭痛があるから脳のMRIを撮っても、めまいのため耳鼻科で検査をしても、あるいは倦怠感で内科を受診しても、医学的な「異常」は見つからない。本人は気圧や寒暖差によって明らかに不調を感じているのに、検査結果に表れないため、周囲の理解を得られず、精神的な問題だと片付けられてしまうことが少なくありません。
どのようなメカニズムで不調が起きるのでしょうか。
耳の奥、鼓膜の内側にある「内耳」は、特に気圧の変化に敏感です。飛行機に乗るとポテトチップスの袋が膨らむように、気圧が下がると、内耳や中耳が膨らみます。その情報が脳に伝わることで、活動モードの「交感神経」とリラックスモードの「副交感神経」から成る自律神経のバランスが乱れ、さまざまな症状が出てしまいます。
患者が急増している理由は何でしょうか。
専門外来を始めたばかりのころ、患者はまばらでしたが、今では多い月だと100人の新規患者が受診に訪れます。気圧の変化が激しい梅雨入り前から梅雨明け、つまり5月から7月にかけて、そして、9月から10月の台風シーズンに患者が増加します。当院の患者の7割から8割は女性です。また、気象病ではありませんが、夏場に同様の倦怠感に悩む方がいます。主に室内と室外の温度差が原因で、「寒暖差疲労」や「クーラー病」と言われています。
もともと、天候による不調を感じていた方は大勢いたと思います。特に片頭痛持ちの方は、天気が崩れると症状が悪化する傾向がありました。そこに「気象病」という呼称がつき、メディアで発信されるようになったことで、社会的な認知が大きく広がったことが、患者が急増した最大の理由でしょう。
ここ数年のリモートワークの普及も一因かもしれません。通勤しないことで運動不足になり、パソコン作業で前かがみの姿勢が続くことで、自律神経が乱れやすくなっているからです。以前は20~50代くらいの患者が多かったのですが、新型コロナウイルス感染症の流行を契機に、若年化(10代の患者さんも多い)している印象があります。
「怠け」や「メンタル不調」と誤解されることも。正しい理解が第一歩
検査で異常が見つからないと、職場の理解を得ることは難しそうです。
そこが最大の問題点です。つらい症状を抱えているのに、周囲から「気の持ちようではないか」「本当に具合が悪いのか」と疑われてしまう。あるいは、心配はされても「どう接していいか分からない」と、腫れ物に触るように扱われてしまう。「さぼっていると思われないか」と罪悪感を抱き、無理をして出社することで、かえって症状を悪化させるという悪循環に陥りがちです。
企業からは診断書の提出を求められますが、正式な病名ではないため、「気象病」という診断書を書くことはできません。「頭痛」「めまい」「自律神経失調症」といった症状名や包括的な病名しか書けず、根本的な原因が伝わりにくいのが現状です。
検査をしても異常が見つからないため、最終的には「精神的な問題ではないか」と、精神科や心療内科の受診を勧められるケースも少なくありません。不調が慢性化すればうつ状態になることがあり、自律神経の乱れは不眠などにもつながるため、精神科的なアプローチで改善する方もいますが、根本の原因が気象の変化にある場合、的確な対策とは言えない可能性があります。
日常生活や仕事に支障をきたす患者もいますか。
気象病に悩む患者の中には、朝起きられなかったり、出勤できなかったりするほど症状が重い方が大勢います。気圧が急激に下がる台風の時期や、寒暖差が激しい季節の変わり目に、特定の従業員のパフォーマンスが落ちたり、欠勤が増えたりすることはないでしょうか。集中力が続かず単純なミスが増える、会議で発言が少なくなる、いつもより元気がない、といった変化も見られるかもしれません。
気象病の症状は、突然現れたり、翌日には回復したりと波があるため、上司からは「自己管理ができていない」「仕事への意欲にムラがある」と評価されてしまう恐れがあります。このような状況が続けば、エンゲージメントが低下し、職場の人間関係も悪化しかねません。最悪の場合、「この職場では働けない」と、貴重な人材の休職や離職につながってしまいます。
人事担当者や上司にはどのような姿勢が求められますか。
まずは気象病という存在を正しく理解することが重要です。人事部門や上司が気象病のことを知っているかどうかで、働きやすさは大きく変わります。大切なのは、診断名に固執するのではなく、「天候の変化により著しく体調を崩す従業員がいる」という事実を認識し、どうすればその従業員がパフォーマンスを発揮し続けられるかを考えることです。
上司が気象病について知っていれば、従業員から「今日は天気が悪いせいか、少し頭痛がします」と相談された際、「気象病かもしれないね。無理しないで」と声をかけることができます。この一言があるだけで、従業員は「自分のつらさを理解してもらえた」と安心し、無理をして症状を悪化させることなく、業務のペースを調整したり、必要な休憩を取ったりできるでしょう。
気象病は女性に多い傾向があるため、男性の管理職にとっては実感しにくいかもしれません。「自分は平気だから」という基準で判断するのではなく、多様な体質の従業員がいることを前提として知識をアップデートしておくことが、現代のマネジメントには不可欠です。

理解を示した上で、企業はどのような対策を取るべきでしょうか。
大きく分けて「柔軟な働き方の許容」と「職場環境の調整」が挙げられます。
気圧の変化で不調になる方は、梅雨の時期や台風シーズンなど、不調になりやすい時期をある程度予測できます。その時期だけでもリモートワークを許可したり、フレックスタイム制度を活用して時差出勤を認めたりすることで、満員電車での通勤といった負担を減らし、パフォーマンスの低下を防ぐことができます。
また、夏季休暇の制度がある場合、梅雨入りや台風シーズンに合わせて、前倒し、あるいは後ろ倒しで休暇を取得できるようにする運用も有効です。有給休暇の取得理由を詮索するのではなく、「天候が悪化しそうなので、前もって休みを取る」という計画的な取得を推奨するのもよいでしょう。
大切なのは、制度を作るだけでなく、「体調が悪い時は無理をせずに制度を使って良い」という心理的安全性を醸成することです。
職場環境の調整としては、姿勢が悪くなりがちなノートパソコンではなく、適度な高さのあるモニターを整備するといった工夫が考えられます。また、寒暖差による不調、いわゆる「クーラー病」に悩む従業員に対しては、エアコンの風が直接当たらない席に配置転換するだけで、症状が劇的に改善することがあります。
産業医との連携も重要になりそうですね。
最近では、気象病への理解がある産業医も増えています。産業医から「この従業員は気象病の可能性があり、このような配慮が有効です」という意見が出れば、会社としても対策を講じやすくなります。実際に、産業医から当院をご紹介いただくケースも増えています。
私は診断書を作る際、「気象病」とは書けなくても、「気圧の変化がある際に症状が出やすく、体調が変動することがある」といった補足を加えるようにしているので、それを見た産業医が企業にアドバイスすることも期待できます。
天候は変えられないが、「不調の土台」は変えられる。企業が支援できるセルフケア啓発
従業員ができるセルフケアについて教えてください。
自分が気象病の可能性があるかどうかを知ることが第一歩です。当院では「気象病チェックリスト」を使用しています。特に「天候が悪い時に体調が悪い」「雨が降る前や天候が悪化する前に、何となく天気の変化が予測できる」に当てはまれば、気象病の可能性が高いと言えます。
気象病チェックリスト
- 天候が悪い時に体調が悪い
- 雨が降る前や天候が悪化する前に、何となく天気の変化が予測できる
- 頭痛持ち(緊張型頭痛、片頭痛など)である
- 首こり、肩こりがある。首肩の持病や不調がある
- めまいや耳鳴りが起こりやすい
- 倦怠感が強い。起床時、日中も常にだるい
- 低血圧気味である。血圧が低くなると体調不良が出る
- 精神的な不調(不安障害、適応障害、抑うつ、統合失調症など)がある
- 姿勢が悪い。猫背や反り腰がある
- 古傷があり、時折痛みが出る
- 原因不明の動悸や消化器の不調がある
- パソコンやスマホの使用時間が長い(平均4時間/日以上)
- 乗り物酔いすることが多い
- 運動習慣がなく、ストレッチや柔軟体操をすることが少ない
- 歯の食いしばりや歯ぎしり、歯科の治療歴が多い
- 温度設定が一定の場所(夏は冷房、冬は暖房)にいることが多い
- 日常的に、主にメンタル的なストレスを感じることが多い
- 更年期障害ではないかと考えることがある
その上で、自身の体調と気圧の変化を記録できる「頭痛ーる」のようなスマートフォンアプリを活用し、本当に天候と体調が連動しているかを確認してみることをお勧めします。
症状を改善する対策はありますか。
企業が啓発しやすく、簡単に取り組めるものとしては、耳のマッサージがあります。気圧の変化を感じる内耳の血流を良くすることで、症状の緩和が期待できます。耳を横に引っ張る、上下に伸ばす、回すといった簡単な動きを、仕事の合間に1~2分行うだけでも効果的です。
また、デスクワークが多いと、パソコン画面を見るために頭が前に出る姿勢になりがちです。首だけで頭を支えることになるため、首や肩の筋肉が緊張し、血流が悪化して頭痛などの原因になります。長時間座りっぱなしで作業するのではなく、1時間に1回は立ち上がって背伸びをする、首をゆっくり回すといったことを習慣づけることが重要です。
生活習慣も影響するのでしょうか。
大きく影響します。実は、天候の変化だけで不調が起きる、いわゆる「0→10」の状態になる方は1割程度に過ぎません。多くの方は、もともと何らかの不調の「土台」を持っていて、それが天候の変化という引き金により増幅されているのです。
土台とは、慢性的な睡眠不足、栄養バランスの偏り、運動不足、あるいは女性に多い貧血や低血圧といった体質的な要因です。天候は変えられなくても、この土台を改善することで、気象病の症状を大きく軽減できる可能性があります。
睡眠であれば、就寝前のスマートフォンの使用を控え、ぬるめのお湯にゆっくりと浸かって深部体温を上げ、下がってくるタイミングで眠りにつく。食事では、自律神経が乱れる原因になる糖質の取りすぎに注意し、腸内環境を整える発酵食品や、神経の働きをサポートするオメガ3脂肪酸を含むアマニ油を少量取るのが効果的です。
企業は、こうした生活習慣の重要性を社内報やセミナーで啓発したり、健康診断の際に貧血の項目について注意喚起したりすることで支援することができます。

気象病を理解することが、従業員と企業の未来を守る
最後に、健康経営に取り組む人事担当者にメッセージをお願いします。
繰り返しになりますが、まずは、気象病によって仕事に支障をきたしている従業員がいるかもしれないことを知ることです。
特に日本は、四季折々で湿度が高く、大陸からの高気圧と海洋からの低気圧が頻繁に入れ替わり、世界的に見ても気象変動が大きい。天候による不調を感じる人が多い素地があると言えます。
「健康経営」というと、社員食堂の整備やスポーツジムの費用補助といった大掛かりな福利厚生制度を思い浮かべるかもしれませんが、気象病への対策は、より多くの従業員に関わる可能性があります。軽い症状も含めると10人に1人が天候による不調を感じているという調査結果もあるほどです。
従業員の不調の背景を理解し、働きやすい環境を整えるという会社の姿勢は、従業員のエンゲージメントを高めます。不調によってパフォーマンスが2割落ちていた従業員が、会社の配慮によって1割の低下で済むようになれば、それだけで組織全体の生産性は向上します。また、離職者が一人減れば、新たな人材を採用し、育成するためのコストも削減につながります。気象病は、単なる個人の体調の問題ではなく、企業の生産性や組織運営に直結する経営課題なのです。
気象病について正しく知り、理解し、対策を講じる。それは、従業員一人ひとりを大切にすることであり、ひいては会社の持続的な成長を守ることにつながります。
(取材:2025年9月24日)