「老眼」は仕事の生産性を大きく奪う
従業員が自分でできる対策と、企業に求められる「情報機器作業健診」とは
二本松眼科病院 副院長
平松 類さん
目の健康はビジネスパーソンにとって不可欠ですが、特にミドル・シニア層が経験する「老眼」は業務効率に大きな影響を与えます。ビジネスパーソンはどのように「老眼」に向き合っていけばいいのでしょうか。ミドル・シニア層の活躍の重要性が叫ばれている今、企業は老眼を抱える人をどのように支援すればいいのでしょうか。二本松眼科病院副院長であり、眼科専門医として、YouTubeや書籍などで目についてわかりやすく解説している平松類さんにお話をうかがいました。
- 平松 類さん
- 二本松眼科病院 副院長
ひらまつ・るい/愛知県田原市出身、筑波大学附属駒場高校・昭和大学医学部卒業。彩の国東大宮メディカルセンター眼科部長等を経て現在二本松眼科病院(東京都江戸川区)にて治療を行うかたわら、多くのテレビ・ラジオ・新聞などメディアの取材にも精力的に応じている。著書は『1日3分見るだけでぐんぐん目がよくなる!ガボール・アイ』(SB クリエイティブ)、『老眼のウソ』(時事通信社)『視る投資』(アチーブメント出版)、『目の老化を自分で防ぐ!』(内外出版社)など多数。医学博士・眼科専門医。YouTubeチャンネル登録者数27万人。
「老眼」は生産性低下、眼精疲労、メンタル悪化につながる
老眼のメカニズムと原因についてお聞かせください。
老眼とは、目のピント調整機能の低下によって近くのものがぼやけて見えにくくなる状態のことです。通常、私たちが遠くから近く、近くから遠くを見るときは、目の中の水晶体というレンズが、毛様体筋という筋肉を使って厚さを変えることでピントを調整しています。その機能が低下し、手元が見えにくくなるのです。
「老眼」を引き起こす原因は大きく二つあります。一つ目は、加齢によって水晶体の弾力性が失われたり、毛様体筋が衰えたりした結果、近くの物を見るために水晶体を厚くしてピントを合わせようとしてもスムーズにいかなくなること。二つ目は、手元ばかり見続けることで毛様体筋に負担がかかり、一時的にピント調整がうまくできなくなることです。これは「スマホ老眼」とも言われるのですが、スマートフォンやタブレットなどを使うことで至近距離を長時間凝視した結果、毛様体筋が過緊張となり、老眼と同じ「手元が見えにくい」状態になります。つまり至近距離を長時間凝視する状態が恒常化すると、目のピントを調整する働きが低下して、10代や20代でも老眼の症状になるのです。
もともと人類は、狩猟や農作業などのために外で遠くを見ながら過ごし、暗くなったら寝ていました。そういう生活をしながら、長い歴史の中で進化してきた人間の目は、そもそも長時間手元を見るように設計されていません。そのため、電気の下で長時間にわたり手元を見続ける行為は、目に相当な負担をかけます。
実は、加齢によるピント調整機能の低下は20代後半から始まっています。しかし、自覚するのは40代後半で、そこから70歳ごろまで少しずつ進行します。初期段階では、見る対象を遠くから近くにパッと切り替えた瞬間に見えづらかったり、疲労が蓄積されてくる夕方や週末に見えにくかったりする症状が多いのですが、加齢とともに老眼が進行するにつれて恒常的に見えにくくなっていきます。
老眼は、生活や仕事にどのような影響を与えるのでしょうか。
老眼の影響は、単純に「手元の小さい文字が読みにくくなる」だけではありません。人は普段からものを「見て」判断しますが、そのアウトプットも視覚情報に依拠しています。老眼によって視覚による入力・出力が困難になると、当然生産性は低下します。ドライアイの症状だけでも、生産性を約48万7千円(一人当たりの年間売上金額に換算)低下させるという研究結果(※1)もあるほど、目と生産性には大きな関連があるのです。
老眼は眼精疲労の原因にもなります。眼精疲労による頭痛や肩こり、吐き気などの症状が、薬が効かないほど悪化すると、会社を休んだり辞めたりせざるを得なくなることもあります。眼精疲労は、目ではなく脳が疲労している状態なので、脳を使う作業が困難になります。
近見視力(きんけんしりょく=30センチほどの近くを見る視力)が悪い人は、認知機能が衰えやすいという研究報告もあります。目に入った情報を映像として認識する際、ぼんやりとしか見えなければ、脳は補正しようとします。すると脳が疲れて、映像処理を行わなくなってしまうのです。
さらに、老眼がメンタルに悪影響を及ぼす場合もあります。仕事でミスが続いたり、作業効率が低下したりしたため自信を失っていたが、実はその原因が老眼だった、ということもあります。まったく見えなくなるわけではないので、自分が老眼だと気づかない人も多いのです。「世の中が暗く見える」という表現があるように、視覚がクリアでないことでメンタルの状態が悪くなることもあります。
老眼は「文字が読みにくくなる」と思われがちですが、「識別できていない」と自覚しやすいのが文字というだけで、実際は手元にある細かいものはすべて見えにくくなっています。例えば商品チェックや組み立てなどの細かい手作業、画像確認など、文字以外のものを見る業務に影響が出てもおかしくありません。
一方で、40代や50代の人は見えにくさを感じたとき、「老眼のせいだ」と思い込んでしまうことが多いのですが、実は緑内障や白内障、網膜剥離など深刻な目の病気を発症している場合もあります。老眼による眼精疲労のため頭痛や焦燥感が発生しているのに、更年期障害が原因だと勘違いするケースも多い。見えにくさや不調を感じたら自分で判断せず、早めに専門医で検査を受けることをお勧めします。
老眼を自覚したら「すぐに」老眼鏡をつくる
老眼は誰もが避けられないものですが、症状の進行を遅らせるなど、個人でできる対策はあるのでしょうか。
目の疲労には作業時間が最も大きく影響するため、まずは目を使う量を減らすことが重要です。仕事で見る量をコントロールすることは難しいかもしれませんが、休み時間や帰宅後にゲームをしたり動画を見たりする時間は減らせるはずです。
アメリカでは「20:20:20の法則」といって、20分仕事をしたら20秒以上、20フィート(約6メートル)以上離れた場所を見ることが推奨されています。そこまでは難しくても、1時間作業をしたら少し遠くを見たり、コーヒーを飲みながら軽く同僚と話したりするなど、画面から目を離す習慣を身につけるといいでしょう。見る対象は緑や自然である必要はまったくなく、数メートル離れた場所であれば、ビル群などでも問題ありません。
紙とデジタルで見えやすさにほとんど違いはないのですが、デジタルは背景が光っている分、目が疲れやすくなります。対象物が小さければ小さいほど疲れるので、大きいモニターで見る、印刷して紙で読む、文字を12ポイントくらいまで大きくする、明朝(みんちょう)体など細い書体ではなくUDフォント(ユニバーサルデザインフォント)を使う、などといった工夫をするだけでも、目の負担を軽減できます。目は横方向のほうが動かしやすいため、スラスラ読みたい場合は縦書きではなく横書きにしたほうが、読み取りは早くなります。
また、老眼を自覚したら、すぐに老眼鏡をつくることを推奨します。ギリギリまで先延ばしにしようとする人がいますが、早くに老眼鏡を使い始めたからといって、老眼が進行することはありません。
眼鏡の性能という意味では、近いものを見るときは手元用、遠くを見るときは近視矯正用というように、眼鏡を複数つくっておくといいでしょう。シーンに合わせて掛けかえなければならない手間が発生するので、遠近両用眼鏡を使用するのもいいですね。業務内容やライフスタイル上「どの距離をよく見えるようにする必要があるか」に合わせて眼鏡をつくることをお薦めします。
例えば、パソコンの画面と目の間の距離は50センチ程度、本やタブレットは30センチ程度、スマートフォンの場合は20センチ程度、テレビであれば1メートルから2メートル程度です。ほとんど一日中パソコンのモニターを見ている場合は、「遠近」両用ではなく「中近」両用(50センチから20センチの距離にあるものが見えやすい)レンズにするほうが使い勝手がよいはずです。一方、車の運転や人前でプレゼンテーションをする機会が多い場合は、数メートル離れた看板や人の表情もしっかり見える必要があるでしょう。
漠然と「老眼鏡がほしい」と眼科医や眼鏡店に伝えるだけだと、自分が見たいものが思ったより見えない眼鏡が作られてしまう場合もあります。眼科で何が見えるようになりたいか、どの程度の距離を見ることが多いかなど、希望を伝えて個別最適な眼鏡を作るといいですね。
物を見るときの距離・シーンによって適切な眼鏡・レンズが異なる
食事・睡眠・運動も目に影響する
さらに、食事や睡眠などの生活習慣も重要です。老眼は目の老化現象でもあります。糖尿病や高血圧など、目に関係のなさそうな病気が目の老化を早めることもあるので、注意が必要です。
甘いものや塩分を控えることは、目の健康にも効果的です。また「ルテイン」という緑黄色野菜に多く含まれる栄養素が特に目の健康に良いとされています。
睡眠時間は6時間から9時間は確保することが基本です。睡眠時間を1時間増やすと、目の回復時間が増えると同時に、目の使用時間が1時間減ることになります。目の健康だけを考えると、起きている時間を延ばすほど目にダメージが起きやすく、回復の時間が少なくなるので、睡眠時間をしっかりと確保したいものです。いびきや睡眠時無呼吸症候群がある場合は、治療を受けたほうが目の健康維持に効果的だといわれています。
さらに有酸素運動として、1回あたり30分ほどのジョギングやウオーキングを、週3回程度行うといいでしょう。ルームランナーなどを使う室内よりも、外で歩くほうが自然と遠方を見ることになるので、目の健康のためには望ましいといえます。外を歩く習慣がある人は、近視が進行しづらいともいわれています。
紫外線はカットすることが望ましいのですが、今の眼鏡のほとんどは紫外線カット機能がついているので、あまり気にする必要はありません。ブルーライトもカットすることが望ましいといわれてきましたが、ブルーライトの眼精疲労や老眼への影響は明確には証明されていないため、過度に心配する必要はないと思います。
しいていえば、夜にブルーライトを浴びると睡眠の質が低下するため、夜間はなるべく避ける。朝はむしろ太陽光に含まれるブルーライトを浴びたほうが夜に「メラトニン」というホルモンが分泌されてサーカディアンリズム(おおよそ1日の体内リズム)が整い、睡眠の質が向上するといわれています。
老眼の治療法はあるのでしょうか。
老眼は目の老化現象なので、根本的な治療方法はありません。老眼の症状を軽減するとされる点眼薬がアメリカでは使用されはじめていて、日本でも導入が検討されているようですが、現状では、日本でできる老眼への対処法は老眼鏡などを使うか、手術するかの2種類です。
視力矯正の手段として眼鏡以外に遠近両用のコンタクトレンズもありますが、日本ではまだあまり知られていません。遠近両用コンタクトレンズは眼鏡とは構造が違い、多焦点レンズといって遠くと近くへ同時にピントが合うようになっていて、脳がどちらを見るか取捨選択します。このコンタクトレンズには、合う人と合わない人の個人差が大きいという特徴があります。脳がうまく適応できない場合は、全く役に立たないと感じる人もいるようです。また眼鏡と違ってフレームがないので、重さがなく視野も広くなります。デメリットとしては、着け外しが眼鏡よりもめんどうなことと一般的なコンタクトレンズより値段が高い点が挙げられます。慣れれば使えるようになる場合もあるので、使用するなら早いうちから始めたほうがいいでしょう。
手術には、レーシックやICL(眼内コンタクトレンズ)の遠近両用を入れるという方法もありますが、圧倒的に多いのは白内障の手術をする際に多焦点レンズも入れるという方法です。これが老眼関連の手術全体の約98%を占めています。
白内障は水晶体が白く濁って硬くなる病気です。物が見えにくくなったり、かすんだり、二重に見えたりするなど、人によって症状はさまざまです。目の老化現象として最も一般的なもので、50歳で約半数、80歳以上ではほとんどの人が発症するほどです。そのため、老眼鏡やコンタクトレンズで補強し、白内障になった際に多焦点レンズを入れる手術をすることが、現状負担の最も少ない方法だといえます。
自動でピントを調節する次世代型眼鏡の開発も進められているようです。実現すれば、眼鏡をかけ替えることなく、自動的に遠距離から手元まで見たい場所にピントを合わせてくれるようになるかもしれません。
企業には「情報機器作業健診(旧:VDT健診)」を行ってほしい
「改正高年齢者雇用安定法」により、70歳までの就業機会の確保が企業の努力義務となり、今後働くシニアがますます増えていくことが予想されます。老眼と付き合いながら仕事を続ける従業員に対して、企業はどのようなサポートをすればいいのでしょうか。
最も理想的なのは厚生労働省が定める「情報機器ガイドライン(旧:VDTガイドライン)」(※2)に従って、作業時間や一次休止時間を管理し、基準に適合した椅子や机などの作業環境を整えたうえで、「情報機器作業健診(旧:VDT健診)」を受けられるようにすることです。「情報機器作業健診」とは、パソコンなどの情報機器端末を見て仕事をする人の体や目を調べる診察のこと。罰則規定がないこともあってか、情報機器作業健診を実施している企業はまだまだ少ないのが現状です。
コストがかかるのですぐには難しいという場合は、まず目と画面の距離を確保できる環境を整えることが重要です。目と画面の距離は、画面の大きさに比例します。そのため大きなモニターやデュアルモニターを使えるようにすると、その分大きな文字で表示できるので、目の負担を軽減できます。
モニターの位置が高すぎるのも負担になるため、目の高さと同じか、15度下までの範囲に収まるよう、椅子や机の高さを調整できるものにするといいでしょう。特に在宅勤務などで長時間オフィス以外の場所で作業をする場合、なるべく目に負担のかからない環境を整えるよう意識したいものです。
他にも、乾燥を防ぐためにオフィスに加湿器を設置することや、見通しのよい広いスペースを用意することも効果的です。
オフィス環境を急に変えることが難しい場合は、目の疲労や乾燥を防ぐため、1時間に1回画面から目を離して遠くを見る、10分から20分に一度は意識的にまばたきをする、といった習慣を定着させるところから始めてみてください。
老眼は治せませんが、眼鏡などで適切に補強すれば、仕事ができなくなることはありません。目に過度な負担がかからないように作業時間や作業環境を意識する、手元が見えにくくなってきたら早めに老眼鏡を使う、食事や睡眠など基本的な生活習慣を整える。従業員が老眼とうまく付き合っていけるように、企業としてサポートできるといいですね。
※2 「情報機器ガイドライン(旧:VDTガイドライン)」の厚生労働省資料
・情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドラインについて(基発0712第3号)
・「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」を策定しました(リーフレット)
・情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドラインの概要(パンフレット)
(取材:2024年10月4日)