『健康経営会議2019』開催レポート
2019年8月28日、経団連会館において、健康経営会議実行委員会主催の「健康経営会議2019」が開催された。健康経営とは、従業員の健康を経営課題の一つとして捉え、経営者による戦略的な健康づくり事業を通して、生産性の向上と従業員の健康の両立を目指す経営手法だ。今、日本では2020年に開催される「オリンピック・パラリンピック東京大会」を基点とした、健康経営のより一層の推進、健康政策の確立が図られている。今回は「Powerful step toward the future!-健康が未来を拓く-」と題し、三つの講演・パネルディスカッションを開催。さまざまな切り口での議論が行われた。
●講演1
2020年オリンピック・パラリンピック東京大会のレガシースポーツ庁 長官 鈴木 大地 氏 |
●講演2
2040年を展望した日本の健康づくりへの取組厚生労働省 医務技監 鈴木 康裕 氏 |
●講演3
生涯現役社会の実現に向けて経済産業省 商務・サービス審議官 藤木 俊光 氏 |
●パネルディスカッション
●パネルディスカッション「Value Based Kenkokeiei」 -健康投資の見える化に向けて- (モデレーター) NPO法人 健康経営研究会 岡田 邦夫 氏 (パネリスト) 産業医科大学 教授 森 晃爾 氏 経済産業省 ヘルスケア産業課長 西川 和見 氏 株式会社三菱ケミカルホールディングス 常務執行役員 経営戦略部門 ヘルスケア戦略室長 松本 健氏 |
講演1:2020年オリンピック・パラリンピック東京大会のレガシー
スポーツ庁 長官 鈴木 大地 氏
鈴木氏は最初に、「メガ・スポーツ・イベントが日本にいよいよやってきます」と宣言した。
「2019年からの3年間は、日本スポーツ界にとって重要な期間です。近いところでは、9月20日からラグビーのワールドカップが開催され、2020年には東京オリンピック・パラリンピックが開催、2021年には中高年齢者の世界規模の大会『ワールドマスターズゲームス』が関西で開かれます」
スポーツ庁では2017年4月からの5年間について、第2期スポーツ基本計画を策定している。これは国、国民、スポーツ団体、民間事業者、地方公共団体などの関係者が一体となって「スポーツ立国」の実現を目指す計画だ。
「計画の入り口では、まずスポーツへの参画人口を増やしたいと考えています。『する』『みる』『ささえる』など、どんな形でもいい。競技だけでなく、散歩や健康体操、ダンス、ハイキング、サイクリングといった健康や仲間との交流といった目的で行うものもいいでしょう。スポーツをもっと身近なものにしたいと考えています」
基本計画で訴えている、四つの指針がある。それは、国民がスポーツで「人生が変わる」「社会を変える」「世界とつながる」「未来を創る」という指針だ。これらの指針のゴールを示すため、いくつかの数値目標を設けている。
「スポーツの市場規模はこれまで5.5兆円といわれてきましたが、2020年までに10兆円、2025年までに15兆円とする目標を設けました。環境整備を行い、スポーツ人口の拡大、市場の拡大へとつなげたい。また、市場のうちで大きなものにスポーツツーリズムがありますが、こちらの関連消費額を2204億円から3800億円に増やしたいと考えています。スポーツ目的の訪日外国人の数を138万人から250万人に増やしたいという目標もあります」
また、スポーツによる国際貢献・交流においては、2013年にIOCの総会で安倍首相が世界と約束した「スポーツ・フォー・トゥモロー(SFT)」がある。これは100ヵ国以上、1000万人以上の人とスポーツ交流を行うもので、2020年を軸に交流を加速させる予定だ。
次に鈴木氏は本日のメインテーマである「スポーツで健康な人生を送る」について語った。ここで鈴木氏がショッキングなデータを示す。
「THE LANCET日本特集号(2011年9月)では、2007年時点で日本では運動不足が原因で5万人もの人が死亡しているというデータが示されています。それほど健康と運動およびスポーツには大きな関係があるということです。例えば、シニアが段差で転んで骨折すると、それがきっかけで寝たきりになり、ついには介護状態になってしまうといった負の連鎖があります。これを防ぐには下半身の筋力を鍛えることしか方法はありません。それほどに普段のスポーツやエクササイズは重要なのです」
次に鈴木氏が示した国民医療費の推移グラフをみると、右肩上がりで増え続け、平成28年度には42兆円を超えている。国家予算の3分の1を医療費が占める事態になっているのだ。
「これは実に異常な事態です。医療費抑制にスポーツで貢献したいと考えています」
そのためには、何を変えていけばいいのか。成人の週1回以上のスポーツ実施率は、平成30年度には55.1%だったが、これを65%に上げる。そのために生活の中にスポーツを取り込んでいく「スポーツ・イン・ライフ」を実施。「東京大会のレガシー」として、市民の間でスポーツをより身近なものとし、健康的なライフスタイルを促進させ、「スポーツのレガシー」を残していく。
「国立代々木オリンピックセンターにプールがありますが、朝10時からの営業を7時に早めたところ、多くの人が仕事前に泳ぎに来るようになりました。オーストラリアでは、プールが朝4時から開いています。東京においても、まだ開拓の余地はあります」
スポーツ庁ではビジネスパーソン向けに「FUN+WALKプロジェクト」を推進している。これは普段の生活に気軽に取り入れられる「歩く」ことに着目し、歩く習慣を身に付けさせるプロジェクトだ。そして、企業向けには「スポーツ・エール・カンパニー認定制度」を実施。これは従業員に対しスポーツの実施を勧めるなど、積極的な取り組みを行っている企業を認定する制度だ。加えて厚生労働省とスポーツ庁で、スポーツを通じた健康増進のための連携会議も開催している。神宮ヨガイベントに共同で参加するなど、互いのイベントに積極的に参加しているという。
一方、海外との関わりはどうか。海外には“EIM”(Exercise is Medicine)、「まずは薬を飲む代わりに、スポーツを通じて健康に」という考え方がある。2019年5月にアメリカスポーツ医学会総会に伴って開催された「EIM国際代表会議」には鈴木氏も出席。日本での取組をプレゼンテーションした。日本においてもこの考え方が広まることが期待されている。以上のすべての課題において今後5年間が勝負となる。
「これからの5年間が、スポーツの価値を高め、日本の未来にレガシーを残せる期間になります。2020年東京大会、スポーツへの関心が高まる絶好の機会に、スポーツをする人を増やし、スポーツへの理解を深めたい。そのためにも国・自治体、企業、国民が一緒になって、スポーツへの機運を高めていくことが重要です。スポーツ庁では『スポーツが変える、未来を創る』を合言葉に、皆さまを支援し、お手伝いしていきたいと考えています」
講演2:2040年を展望した日本の健康づくりへの取り組み
厚生労働省 医務技監 鈴木 康裕 氏
未来の健康づくりはどうなっているのだろうか。鈴木氏はまず、今の日本が抱える高齢者問題について語った。
「近年の日本の人口構成を見ると、高齢者の数が増えていることがわかります。これを私は『絶対的高齢化』と呼んでいます。そうなると高齢者へのサービスを担う人を増やさなければいけません。しかし実は、これから先に高齢者数はほとんど増えない。問題なのは労働人口が減って、サービスを担える人がいなくなることです。これを私は人口比率から『相対的高齢化』と呼んでいます」
厚生労働省では、これから20年後の2040年までに日本が目指す姿として次の三点を挙げている。
- 70歳までの就労機会を確保
- 健康寿命を3年以上延伸し、75歳以上に
- 医療・福祉サービスの生産性を5%以上改善
「2016年の日本の65歳から69歳の就業率をみると、男性52.9%、女性33.4%。フランスは8.0%ですから、多くのシニアが働いているといえます。また平均寿命、健康寿命をみても、先進7ヵ国の中で日本は最も長い。そこでこれからは、健康でない年数をいかに減らすかを考えなければいけない。そのためには仕事を持つことが重要です」
鈴木氏はここで興味深いデータを示した。65歳以上の就業率と医療・介護費(27年度)の相関を47都道府県で見たところ、就業率が高くなるほど医療・介護費が安くなるという相関が見られたというのだ。これは、働いている人ほど健康ということだ。また、主な傷病の総患者数のデータを見ると、総患者数の49%は三つの病気に集約されている。高血圧、糖尿病、高脂血症だ。これらは生活習慣病であり、生活を変えることで病気を抑えることができる。要するに自身でのコントロールが可能なのだ。そのために厚生労働省では、さまざまなサポートを行っている。
「これは一例ですが、ソーシャルマーケティングを活用したがん検診の受診勧奨を行っています。実はある自治体で二つのメッセージを同時に送ったところ、女性のがん検診の受診者が2倍~4倍に増えました。一つ目のメッセージは『女性の11人に1人が乳がんにかかると言われています』というショッキングな内容。もう一つは『乳がんは早期発見で治癒します』という希望のメッセージ。何を伝えるかによって、効果は大きく変わります。もう一つの例は、集いの場への参加による介護・認知症予防の効果です。高齢者にサロンに参加してもらうことで、要介護認定率は半減、認知症発症率は3割減ったというデータがあります」
次に鈴木氏は、厚生労働省が実施する「スマート・ライフ・プロジェクト」を紹介した。「健康寿命を延ばしましょう」をスローガンに、国民全体が人生の最後まで元気に健康で楽しく毎日が送れることを目標とした国民運動だ。具体的には健康寿命を延ばすために「適度な運動=毎日プラス10分の運動」「適切な食生活=毎日プラス一皿の野菜」「禁煙」「献身・健診の受診」を行う。現在4979団体が参加している。
また、厚生労働省は健康寿命のさらなる延伸のため、二つのことに注力している。一つ目は「健康無関心層も含めた予防・健康づくりの推進」だ。
「一般に全体の20%の人は何も言わなくても健康診断を受け、運動をして食にも気を付けます。60%の人は普段あまり健康に関心がなくても、私たちの情報などに触れると健康のことを考えて実行するようになる。問題なのは、どんなアプローチをしても動いてくれない残りの20%の健康無関心層。この人たちにいかにアプローチしていけばいいのかを考えています」
二つ目は「地域・保険者間の格差の解消」だ。東京と地方、人口密度の高いところと低いところといった地域・保険者間の格差の問題に注力している。
では健康寿命を伸ばす施策として、私たちはどんな活動を行っていくべきなのか。厚生労働省は三つの活動を示している。
「一つ目は、健やかな生活習慣の形成です。企業であれば社食の推奨。栄養が考えられた食事が提供される場を設けることです。中食で低糖質のものを取る、野菜が豊富なメニューを用意してもらうことなども大事。二つ目は、疾病予防・重症化予防です。病気は最初、ほとんど気付きません。重くしないために、早い段階で見つけて早めに手を打つことです」
また、疾病の予防には日常的な運動も重要だ。例えば、会社であれば2フロア、3フロアでの上下にはエレベーターを使えないようにし、歩いて上り下りする。運動を増やさざるを得ない状況をつくることも大事だ。
「三つ目は、介護予防・フレイル対策、認知症予防です。そのために行動経済学を活用します。例えば、民間の保険では運動すれば保険料が下がるなど、行動に対するインセンティブの強化が図られています」
厚生労働省では今後データヘルス改革を進める予定だ。医療、介護、個人の健康管理情報などの情報を連結させ、そのデータをより実効性のあるサービスに活かそうというものである。
「例えば、どういう条件の人にどんな対応をすべきかについてのデータを集めます。アレルギーがある人でも、施設が変わるとそれに関するデータが見られないことがあります。ある人に合う薬、合わない薬には何があるかといったデータが、どこでも見られるようになれば、より的確な治療が行えます。マイナンバーで自分の過去の健診データがすべてわかれば、今後の健診に活かせます。最終的には自分のデータが自分ですべて見られるような環境をつくりたい。そうすることで、個人で健康を管理できるようにしたいと考えています」