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怒り・悲しみ・落ち込み・不安……「感情」とうまく付き合うことでイキイキとした働き方を実現する

東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 客員研究員

関屋 裕希さん

関屋裕希さん(東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 客員研究員)

職場でのストレス過多により、多くの人がメンタルヘルス不調や仕事のパフォーマンス低下などの問題を抱えながら仕事をしています。ストレスから自分を守るためには、「怒り」「悲しみ」「落ち込み」「不安」といった感情を味方につけることが大切だと語るのが、東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野 客員研究員の関屋裕希さんです。認知行動的アプローチを活用した企業向けストレスマネジメントプログラムの開発に従事し、ストレス対策に関するコンサルティングも積極的に行っている関屋さんに、感情を味方につけるにはどうすればいいのか、人事部は社員の感情とどう向き合っていくべきなのかをうかがいました。

プロフィール
関屋 裕希さん
関屋 裕希さん
東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 客員研究員

せきや・ゆき/臨床心理士。公認心理師。博士(心理学)。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野 客員研究員。専門は職場のメンタルヘルス。業種や企業規模を問わず、メンタルヘルス対策・制度の設計、組織開発・組織活性化ワークショップ、経営層、管理職、従業員、それぞれの層に向けたメンタルヘルスに関する講演を行う。近年は、心理学の知見を活かして理念浸透や組織変革のためのインナー・コミュニケーションデザインや制度設計にも携わる。著書に『感情の問題地図』(技術評論社)など。
ホームページ:http://sekiyayuki.mystrikingly.com/

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ネガティブな感情は悪くない。上手に付き合うことが大切

まず、関屋さんのこれまでのキャリアについてお聞かせください。

大学で心理学を専攻し、大学院ではポジティブ心理学と認知行動療法を専門とした研究室で、感情について研究しました。その後、東京大学大学院の研究室に就職し、職場のメンタルヘルスという領域で仕事をしています。臨床心理士というと、個人向けの対策をしているイメージがありますが、私は企業がメンタルヘルス対策をどのように構築していくのか、どんな研修を行うべきなのかといった、組織的なストレス対策が専門です。臨床心理士としては、少し変わったキャリアかもしれませんね。

「怒り」「悲しみ」「落ち込み」「不安」などの感情を研究テーマとされるようになったきっかけは何だったのでしょうか。

研究者的な理由と個人的な理由の二つがあります。ポジティブ心理学の研究では「ストレングス」や「ポジティブ感情」がよく扱われますが、私が在籍していた研究室はユニークで、一見ネガティブと思える現象のポジティブな側面を取り上げて研究している先輩が多かったんです。例えば「うまくいかなかったらどうしよう」などと、未来のことをあれこれ心配して不安になる“悲観性”。あまりイメージが良くないかもしれませんが、悲観するからこそ、いろいろと対策を講じるわけで、結果的にパフォーマンスが上がる人たちもいます。これは“悲観性”のポジティブな側面ですね。その特性を「対処的悲観性」として取り上げて研究している先輩がいました。私の場合は、ネガティブ感情のポジティブな側面に興味をもちました。これが、研究者的な理由です。

個人的な理由は、自分が怒らない人間だったから。怒りを感じたり、その感情を現したりすることは、良くないことだとずっと思っていました。誰かに何かを言われて、本当は怒ってもいい場面なのにニコニコ受け入れてしまったり、仕事を引き受けすぎてしまったり。そういう傾向があったので、感情というテーマを魅力的に感じたのだと思います。

関屋さんは「怒り」「悲しみ」「落ち込み」「不安」などの感情を抑えたりコントロールしたりするのではなく、味方につけて自分を守ることが重要だとお考えです。その理由は何でしょうか。

「不安」を感じること自体は 悪くない。大事なのは、 付き合い方を学ぶこと。

「怒り」「悲しみ」「落ち込み」「不安」は、一般的にはネガティブ感情と言われます。しかし、生きていれば誰もが必ず感じるものです。それらをなかったことにしたり、感じないようにしたり、抑制したりすることは、感情そのものを「避けている」ことになります。怒りや悲しみを感じたくないから、人と深い関係性を築かない。落ち込みたくないから、物事に本気で取り組まない。不安を感じたくないから、何事にもチャレンジしない……。すると、人生の幅はどんどん狭くなってしまいます。

そのままでは、「自分はこうありたい」と考えている人生から遠ざかっていくことになりかねません。本当は挑戦したくないわけではないのに、心配や不安とどう付き合っていけばいいのかがわからないので、挑戦を避けてしまうのです。それは大きなデメリットです。しかし、ネガティブ感情との付き合い方がわかっていれば、不安な気持ちになっても、挑戦することができます。「怒り」「悲しみ」「落ち込み」「不安」を感じること自体は悪いことではありません。その感情が起きた理由を理解し、自分がどうしたいのかがわかるように役立てほしいと思います。

「怒り」「悲しみ」「落ち込み」「不安」などの感情と、どのように付き合っていけばいいのでしょうか。

まずは、それぞれの感情にはどのような意味があるのか、どんな機能を持っているのかを知ることです。うまく付き合っていくには、相手のことを知る必要があるからです。感情の意味や機能についての研究は、進化心理学の研究からわかってきました。私たちが生き延びるために、ネガティブ感情がどのように助けてくれているかを知るだけでも、親しみがわいてくると思います。私たちに嫌な思いをさせる悪いものではないことがわかります。

たとえば「怒り」は、自分の大事なものが傷つけられたときに、それを守ろうとして起こる感情です。そういう意味や機能を理解していると、いま自分がどういう状況にあるのかを客観的に捉えることができます。

自分の置かれた状況を客観的に理解できていれば、それを手がかりにして行動することができます。たとえば「不安」という感情は、何かがわからない状況にあることによって起こります。そのことを理解していれば、人に聞いたり、調べたりするなどして、「わかる」領域を増やす行動を取ることができます。

感情の意味や機能を理解すること、自分がどういう状況にあるのかを客観的に捉えること、その感情の機能を生かすような行動を取ること。この三つのステップで、感情と付き合っていくとよいと思います。

私が一番申し上げたいのは「自分に優しく」ということです。腹が立つと「自分は短気な性格で嫌だ」とか、「何て心が狭いんだ」「落ち込みやすい自分は嫌いだ」などと、ネガティブな感情に関して自己批判や自責をする人が多い。しかし、そういう感情を持ってもいいのです。自分の感情を優しく受け入れてほしい。大事なものがあるから「怒り」を感じている、このプロジェクトがうまく行ってほしいから「不安」を感じている、などと考えるようにしてください。そこで自己批判をすると、自分のエネルギーを奪ってしまうことになります。そうではなく、自分にエネルギーを与えられるように感情を受け止めてほしい。自分を思いやることが大事なんですね。心理学では「セルフ・コンパッション」というテーマで研究が進んでいます。感情と付き合うときにも、そのことを大事にしてほしいと思います。

企業における「メンタルヘルス対策」「健康経営」の問題とは

現在の企業における「健康経営」の状況をどのようにご覧になっていますか。

「ストレスチェック制度」の導入や「健康経営」という考え方や枠組みができたことで、メンタルヘルス対策に取り組む企業が大幅に増えました。これは大変良いことだと思います。

また、素晴らしい点が二つあると考えています。一つ目は、企業が健康対策をコストではなく、投資と考えるようになったこと。二つ目は、50人未満の企業でも取り組みやすい施策の好事例が増えていることです。日本企業の90%以上は、50人未満の小規模の事業所が占めています。以前そういう企業では健康経営の対策がなかなか行われていなかったので、大きな進歩といえます。

関屋裕希さん(東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 客員研究員)

実際、中小企業ならではの強みを生かした、メンタルヘルス対策が行われています。中小企業なら、社長が社員全員の顔を覚えていて、理念を浸透させやすく、新たな企業風土も作りやすいでしょう。これまでメンタルヘルスや健康関連の施策は、大企業の方にアドバンテージがありましたが、こらからは中小企業にも大いに期待できます。

一方で施策・制度ばかりが先行し、風土が追いついていない企業は、期待ほどの成果を上げることができず、壁にぶつかっている印象があります。また、自社の文化や風土に合った取り組みではないのに、「あの企業でうまくいっているのだから、うちもやってみよう」という感覚で導入してしまい、効果が上げることができず、頓挫している例もよく見られます。

うまく行っている企業には、「始める前に自社の現状を見える化し、ゴールをきちんと設定している」「長期と短期の二軸の計画がある」「トップダウンとボトムアップの施策を組み合わせている」といった特長がありますね。

社員が自分の感情とうまく付き合っていくために、人事や上司、同僚にサポートできることはありますか。

自分の感情を言語化することのハードルを、下げられるとよいと思います。具体的には、上司から指示があったときに、「ここがわかりません」とか「うまくできるかどうか、心配です」などと気兼ねなく口にできる環境を作ることが大事です。お互いに妄想で進んでいくようではいけません。

また少し抽象的ですが、誠実さも大変重要です。言っていることとやっていることが、同じかどうか。たとえば、人事部が「このように進めていきます」と言っているのに、人事部自体がその方針とは全く違った動きをしていたり、役職定年を進めているのに、人事部長が定年を過ぎていたりしているようでは問題です。

アンガー・マネジメントや不安への対処のニーズが高まる

ダイバーシティを推進する上では「アンガー・マネジメント」の必要性がより一層高まっているとお考えになっているそうですが、その理由をお聞かせいただけますか。

「怒り」でお互いの境界線を確かめ合う

ネガティブな感情を扱うことは、自分を知るきっかけ、相手を知るきっかけになります。同じ状況にいても、腹が立つか立たないか、不安になるかならないかは、人それぞれ。その裏には性格や価値観の違いがあります。特に「怒り」は大事なものが傷つけられたときに起こる感情なので、お互いの境界を確かめ合うきっかけになります。言ってみれば、自分と他者との境界線を確かめることのできる感情です。相手の価値観と自分の価値観との違いは、なかなか気付きにくいけれど、自分が怒っていることはわかるはずです。それをきっかけにして、自分と相手の価値観の違いに気付くことができます。

アンガー・マネジメントの方法である、お互いの大事なものを主張したり、尊重したり、譲ったり、譲られたりすることは、まさにダイバーシティ推進に役立つ相互作用です。相手を自分と同じようにしなくてはならないとか、自分が相手の考えに染まらなくてはならないというのではなく、お互いの違いを力にして協働していくのがダイバーシティです。

働き方改革や事業構造改革の推進では、「不安」への対処のニーズも高まってきているとお考えだそうですね。

働き方改革によって新しい働き方が出ててくると、どうしても「不安」になります。例えば、リモートワーク一つをとっても、上司は「部下の状況を把握しづらいのに、仕事を任せても大丈夫なのか」と考えるかもしれません。役職定年制が導入されると、働いている人たちは「このまま、この会社にいても大丈夫なのか」と思うこともあるでしょう。事業構造改革が進んでくると、新しいことが始まるタイミングでは分からないことが増えて、「うちの事業は大丈夫なのか」「どのように変わって行くのだろう」などと、不安という感情が強くなりがちです。

関屋裕希さん(東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 客員研究員)

このとき、不安との付き合い方を知らないと、人はわからないことを避けたいので、回避的な行動を取るようになり、会社にとってネガティブな影響が出てしまいます。みんなが回避的で、守りに入ってしまうと当然、利益は上がらなくなってしまいます。さらにはメンタルヘルス不調が増えて、コストが大きくなってしまうかもしれません。だからこそ、不安との付き合い方をセットで伝えてあげる必要があるのです。新しいことをアナウンスするのであれば、少し前のタイミングで不安に関する研修を設けてみたり、社員の感情状態をアセスメントしながら制度構築をしたりするなどして、インナーコミュニケーションを設計していくべきです。

他にも、人事としてできることはありますか。

教育の機会と資源の提供です。教育は感情の取扱いやコミュニケーションにも関わってくるので、知識だけではなくロールプレイや事例検討など、実践や練習を含んだものにした方がいいでしょう。資源としては特に「気持ちを話せる場」の提供が大事になってきます。よろず相談室でも、健康管理室やキャリア相談室でもいいので、社員が自分の気持ちを話せる場所があって、話したことを受け止めてくれる人がいることが大切です。自分の不安な気持ちを受け止めてもらえた、わかってもらえたと感じられると、「また頑張ろう」とエネルギーが湧いてくるのが人間です。

「心理的安全性」がイノベーションへのキーワードとなる

イノベーションを起こすには、チーム内でネガティブな感情を扱うことのできる心理的安全性や、個人がネガティブ感情とうまく付き合える自信があるからこそできるチャレンジが重要だとお考えだそうですが、その理由についてお聞かせください。

イノベーションが起こるのは、数多くの失敗をした後です。当然、うまくいかなかったり、障害にぶつかったりするなど、チームとして失敗経験を積み重ねていくことになります。そんなときにネガティブ感情とうまく付き合えない人がチームのなかにいると、トラブルの責任を押し付け合ったり、ののしりあったりすることになり、チームは崩壊してしまいます。うまくいかない場面でも、「次はどうすればいいのか」を話し合えるチームでなければならない。個人としても、落ち込みや失敗などとうまく付き合えなければいけません。

ここでキーワードになるのが、「心理的安全性」です。自分がすごく落ち込んでいるときでも、そのことをみんなに話すことができる環境であることが大切です。心理的安全性と聞くと、安全で安定しているとか、関係性が良好だと捉われがちですが、実際は、過酷な場面を乗り越えるために必要な概念です。心理的に安全な場を作るためにも、ネガティブ感情を扱うことは大変重要です。個人でも同じです。恐れや不安があってもチャレンジするには、不安との付き合い方を知っていることがとても大事です。誰でも不安がゼロになることはありません。たとえば、一流のアスリートでも同じです。プレイの前には緊張もしますし、不安になります。しかし、不安との付き合い方を知っているので、本番では十分にその力を発揮することができるのです。

最後に、人事部の方々へお伝えになりたいことやアドバイスなどがございましたら、お聞かせください。

部署横断的に社内の施策やプロジェクトを進めていけるのは、人事部の方だけです。「健康経営」「ダイバーシティ推進」「働き方改革」などの各施策は、それぞれ担当している部門が異なりますが、バラバラに進めていると会社としての一貫性がなくなったり、それぞれが似たような研修や調査・活動を行ったりしがちです。社員にとって、大きな負荷がかかることもあるでしょう。それではコストも掛かりますし、とても非効率です。「社員に元気に力を発揮してほしい」。どの部門も、目指すところは同じはずです。プロジェクトチームなどをつくって一緒にやるべきです。そのときに音頭が取れるのが、人事部の方だと思います。さまざまな組織を横串でつなぎ、横断的に進めるときにコーディネーター的な役割を発揮することを期待しています。

また、先ほども触れましたが、社員の感情の状態をアセスメントすることも大切です。制度を作ることも大事ですが、それを使うのは「人」です。だからこそ人事部の方々には、社員の感情をアセスメントした上で制度を構築する、インナーコミュニケーションを設計するなど「感情」の視点を取り入れてほしい。私自身も、そういう場面でもっとお役に立ちたいと考えています。

関屋裕希さん(東京大学大学院医学系研究科 精神保健学分野 客員研究員)

取材は2019年7月29日、東京・港区にて

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。


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