施策実績と検診・レセプトデータを検証し
「はかる・わかる・気づく・変わる」健康経営を実践 : 株式会社タニタ CHO丹羽 隆史さん
丹羽 隆史さん(株式会社タニタ CHO、執行役員ヘルスケア事業担当 株式会社タニタヘルスリンク 代表取締役社長)
社員の健康づくりに2008年から取り組み、健康経営の先駆け的存在ともいえる健康計測機器メーカーのタニタ。ヘルシーでおいしい社員食堂の味を再現した「タニタ食堂」は一大ブームを巻き起こし、2018年には経済産業省による「健康経営優良法人」の認定を受けるなど、その実績は誰もが知るところです。健康経営に完全形はなく、データ検証を繰り返しながら毎年少しずつブラッシュアップすることが大切だと語るのは、CHO(健康管理最高責任者)を務める丹羽隆史さん。健康意識の高い印象のあるタニタでも、日常生活の中にいかに健康づくりをなじませるかは常に重要課題に上ります。“はかる”ことが得意な同社ならではの、アイデアあふれる施策について、お話をうかがいました。
- 丹羽隆史(にわ・たかし)さん
1990年中央大学法学部卒業後、ミサワホーム株式会社に入社。2003年コナミ株式会社に入社、コナミホールディングス経営企画GM、コナミスポーツ&ライフ商品開発部長、法人営業部長他歴任。2013年株式会社タニタ入社、2016年よりCHO、ヘルスケア事業担当執行役員。株式会社タニタヘルスリンク代表取締役社長を兼務しており現在に至る。経済産業省 次世代ヘルスケア産業協議会健康投資WG委員
行動変容のサポートを重視し、楽しく「変わる」
タニタが健康経営を意識するようになったきっかけを教えてください。
大きなきっかけとなったことが、二つあります。一つは、厚生労働省が2008年に始めた「特定健診・特定保健指導」。40歳から74歳までの人を対象にメタボリックシンドロームに特化した検診を行い、生活習慣病リスクの高い人に必要な保健指導を行うものです。
そして、たまたま同じ年に社長が交代したことが二つ目のきっかけです。先代から受け継ぎ、会社を率いることとなった谷田千里は、社内を見回してがくぜんとします。お腹がぽっこり出た社員が、至るところにいたのです。みなさんご存じのように、私たちは体組成計や体重計、活動量計・歩数計などを扱っています。ウェイトコントロールをできていない人が体重計を売っても、説得力がありませんよね。谷田は、健康ビジネスを展開する当社にとって、この状況は危機だと感じたのです。
同時に社員の健康状態が高まれば、それぞれの生活が豊かになるだけでなく、組織のポテンシャルも向上します。そこで、一人ひとりが健康づくりに関心を持ち、継続的に取り組めるような環境を会社としてサポートしようと考えるようになりました。当時は健康管理というと、保険者(健康保険組合)の役割だと考える人も多く、予防医学の考えも今ほど浸透していませんでした。それなら自社でやってしまおうと、独自の取り組みを行ったのが、健康経営のスタートでした。
健康づくりの基本的な考えは、どのようなものですか。
実践については難しいことは特になく、よく言われる「食事」「運動」、そして休息やリフレッシュなどの「メンタル」の三要素が基本です。社内における健康づくり活動全体を「タニタ健康プログラム(以下、健康プログラム)」と呼び、社員の健康増進とメタボリックシンドロームゼロの達成を目的に、今は国内のタニタグループの全従業員を対象に実施しています。
健康プログラムでは、タニタらしく「はかることから始まる健康づくり」と銘打ち、まずは体重や活動量などを“はかる”ことで体の状態が“わかる”、続いて自分の健康課題に“気づく”、そして習慣や体調が“変わる”というPDCAサイクルを回すことを意識しています。
このサイクル中で難しいのが、“気づく”から“変わる”への、行動変容の部分です。例えば年末年始などは休みが続き、飲み会も多いので、ベスト体重から少し増える人も多いでしょう。このとき自制の必要性を頭ではわかっていても、運動量を増やしたり食事を少しセーブしたりといった行動に移せないものです。そこで健康プログラムでは、“変わる”の部分を楽しく自然に取り組めるように、重点的に後押ししています。
社員証と活動量計を一体化させ、はかることを習慣化
具体的にはどのようなことを行われているのでしょうか。
基本となるのは、開始当初から続けている四つの取り組みです。まず一つ目は、社内にあるプロフェッショナル仕様の体組成計と血圧計を使い、体の状態をはかること。社内のリフレッシュスペースに機器を設置し、月に2回以上計測するというルールがあります。計測データは社内のサーバに自動的にアップされ、社員はパソコンやスマートフォンで継続的に経時変化をチェックすることができます。一定期間記録のない社員には、計測を促すメールが送られます。チームリーダーにあたる推進委員にも情報を共有しているので、周りのフォローも期待できます。
二つ目は、活動量計を使った運動の管理です。社員全員に活動量計を配り、歩数を記録しています。活動量計にはIC技術が用いられていて、社内にあるカードリーダーにタッチするだけで、運動量がサーバに記録されます。またコンビニエンスストアにあるマルチメディア端末にも対応しているので、休日や出張時も記録できます。ちなみに2018年からは、活動量計に顔写真や名前をプリントして、社員証と一体化させました。オフィスの入退室や複合機のID確認にも必要なので、自然と活動量計を携帯することになります。
社員証との一体化とは、徹底していますね。
以前は、活動量計を身につけない人もいました。というのも、長時間の外出など何か特別なことがない限り、一日の活動量は大体同じになります。そうなると、活動量計をつけなくても「今日の活動量はこれくらいだな」と予想できるようになり、“はかる”ことをやめてしまうのです。そこで、意識しなくても活動量計を携帯する仕組みとして、社員証にするアイデアを取り入れました。
続けるためには、ゲーム性も重要です。例えば活動量は、社内の歩数ランキングをいつでも確認できるようにしています。ここでのポイントは、自分の順位だけでなく、自分の前後にいる人の状況もわかること。「あなたの上にいる人は○○さんで、あと○歩で追いつけます」と出ていれば、追いつくために少し多めに歩こうと思うし、「あなたの下にいる人は○○さんで、あと○歩で追いつかれます」と言われれば、追いつかれないように頑張ろうと思う。これが発奮材料になるんです。
また、年に4回ほど歩数イベントを開催しています。歩数と連動して世界のウォーキングコースをバーチャルで巡り、順位を競うものです。個人戦とチーム戦があり、上位に入賞すると景品などがもらえる仕組みになっています。
三つ目は、食生活のフォローです。社員食堂では、一汁三菜の献立構成が基本で、エネルギーは1食500kcal前後、使用する野菜の量を150~250g、塩分使用量を3.0g以下にすることを徹底しています。食堂で提供されるのは、日替わり定食1種類のみ。いくつかメニューを用意してしまうことで、「いつも肉のメニューばかり食べている」といった偏りが起こらないようにするためです。また、「夏バテ防止」や「風邪予防」など、マンスリーテーマがあるのもこだわりのひとつです。
社員食堂は毎回の食事を通じ、「健康的な食事」の感覚を養うことをねらいとしています。主菜の偏りをなくし、小鉢や汁物を味わいながら、とるべき野菜の量や塩分量をつかむことができます。感覚がつかめれば家での食事や外食でも気をつけるようになり、飲み会などで一食の栄養バランスが崩れたとしても、ほかの食事で適切なコントロールができるようになってきます。
そして四つ目の取り組みは、健康指導です。弊社では年齢を問わず、さらに生活習慣病リスクに一つでも当てはまる社員は指導の対象となります。30歳前後の若い社員でも、肥満と認められれば健康指導プログラムに参加しています。
健康指導は集団指導と個別指導があり、管理栄養士によるアドバイスを受けることができます。集団指導のワークでは、参加者が自分の1週間分の食事を、写真を使って説明するのですが、可視化されることで食事の偏りに気づいたり、ほかの参加者の食事を見ることで野菜不足を自覚したりと、刺激を受ける内容になっています。
この四つの施策に加え、毎年状況を見てアレンジや新たな施策を採り入れています。こうした施策を行う際に意識しているのが、社員を複数のチームに分けて、仲間意識を持ち励まし合いながらプログラムに取り組めるようにしていること。ここ数年は健康状態や活動量などが均一になるようにメンバーを調整し、部署や年代の枠組みを越えたチームづくりをしています。
10年かけて社員の意識変革に成功 医療費もおよそ3分の2に
最近取り入れた取り組みで、特徴的なものがあれば教えてください。
2017年度は「健康経営の推進」、全員を対象に運動と食事の大切さを理解してもらう「ポピュレーションアプローチ」、そして健康リスクを抱えた人たちに向けの「ハイリスクアプローチ」の三つを課題としました。そこから、施策へと落とし込んでいます。
具体的には、「社員の家族の健康プログラム参加率向上」を行っています。家族の健康は、社員の健康と同じくらい大切です。パートナーや両親が健康を損なうと、介護や看護が必要になる場合もあります。そうなると心身が疲弊し、仕事の生産性も下がってしまうかもしれません。また、健康は家庭での生活習慣に強い影響を受けます。そのため社員本人だけでなく、家族も一緒に健康プログラムに参加することが大切です。
そこで、健康管理に関するアクションによりポイントが貯まる「ポイントプログラム」に、家族のポイントを合算できる仕組みを取り入れました。集めたポイントはECサイトのギフト券や電子マネーに交換できます。「あと〇ポイントだから、お父さん頑張って」などと、家族の後押しによる健康づくり促進を期待しています。
また、社内にはデジタルサイネージを設置しました。歩数ランキングや社員が撮影した食事の写真などをリアルタイムで表示するほか、ポイントキャンペーンも行いました。サイネージ脇のカードリーダーに社員証をかざすと、その場でポイントの抽選ができます。ラッキーな人は100ポイントが当たることも。こうしたキャンペーンでサイネージを見る機会を増やし、歩数やポイントなど共通の話題ができることで、社員同士のコミュニケーション活性化にも役立っています。
メンタルヘルスについては、どのような取り組みをされていますか。
ストレスチェックに加えて、高ストレス状態にある人やレジリエンス(困難などにしなやかに適応できる力)が高くない人を対象に、「MIMOSYS」というスマホアプリを導入しました。音声病態分析システムと呼ばれるもので、発話時の声による圧力を「元気圧」とし、スマホに向かって定型フレーズを話すことで測定します。
通常ですと、元気圧はその日の気分で変化するのですが、メンタルの不調が続くと低い状態のまま動きがありません。この元気圧の変化と1ヵ月ごとのストレスチェックを組み合わせて、心の健康状態を測る試みを行いました。加えて実験的ではありますが、体組成計や血圧計などの測定値との関連も調べています。今後はさらなる分析を進める予定ですが、すでに高ストレス状態にあると最低血圧の値に影響が出ることなどがわかりました。
10年間の取り組みを通じ、どのような変化が見られましたか。
一つは医療費の適正化です。所属する健康保険組合の協力を経て、一人あたりの年間医療費を計算してみたところ、健康プログラム導入前と比べて3分の2程度に収まるようになりました。身長と体重の関係を見るBMIは、適性とされる18.5~25の範囲に収まる社員の割合が、導入前には70%程度だったのに対して75%に増えています。太り過ぎも痩せ過ぎも減り、健康状態がよくなったといえるでしょう。
社員の意識も変わりました。社員一人の一日当たりの平均歩数は、2017年度の場合8581歩で、男女とも8000歩を越えています。厚労省が発表する「国民健康・栄養調査」では、64歳までの成人の平均は男性およそ7800歩、女性は6800歩ですから、一定の評価はできると思います。
そして何より、社員一人ひとりがベストウェイトと日々の運動量を感覚的につかむことができるようになったことは大きいですね。もし運動量は変わらずに体重が増えているのだとしたら、明らかにカロリーオーバーということ。原因を探り、食事や運動で調整するといった意識の高まりが、確実に見られます。
健康経営に取り組むうち、自治体や企業からの問い合わせが増えてきました。現在では事業として健康経営ソリューションの提供も行っています。それによって、社内でもさらに積極的に健康経営を推進しようという空気ができ、よりチャレンジングな施策が生まれています。
トップの強い意志を伝えつつ、身の丈に合った施策を着実に
健康経営を継続的に進めるうえで、大切なこととは何でしょうか。
ポイントは三つあります。まずトップを中心に、健康経営が組織運営において重要であることを納得していること。そのうえで、社員に向けて継続的にメッセージを送ることです。また、私の立場のようなCHOを置くことや、健康経営を推進するプロジェクトチームを持つことも有効でしょう。大切なのは、社員たちに向けて「健康づくりは福利厚生ではなく、仕事の質を上げるうえで欠かせない要素である」と発信することです。
次に、科学的根拠に基づく施策を進めること。私たちも、施策を進めるうえで筑波大学や東京大学の先生に監修をお願いしています。先ほどご紹介したMIMOSYSの運用では、メンタルクリニックの先生にもオブザーバーに入っていただきました。
最後に、データヘルスの実践も忘れてはなりません。タニタの場合は、年度初旬に社員が受けた検診健康診断や人間ドックの結果を集計して施策を検討し、下半期を中心に新たな施策を実施して、翌年度の健診健康診断・人間ドックの結果から効果をはかるようにしています。これによって、前年度の取り組みを評価するサイクルができています。さらに施策を検討する際は、国や代表的な機関が発表する指針も参考にします。例えば経済産業省と東京証券取引所が示す、健康経営銘柄の選定基準は、毎年少しずつ変わっています。こうした基準に選ばれ、企業価値を高めるという視点も、健康経営を持続させるうえでは外せない要素といえます。
これから健康経営に取り組もうとしている企業に向けて、アドバイスをお願いします。
施策を一度にあれもこれも行うのではなく、効果測定を行いながら少しずつ改善し、拡大していくことが大切だと思います。例えば当社の健康プログラムを採用されたあるメーカーでは、社員数が5000名を超えることもあり、最初は本社だけで導入し、1年間様子を見ることにしました。そこから、工場や地域の事業所、そしてグループ会社や関連会社、最後は家族向けと、3、4年かけて徐々に対象範囲を広げていきました。
ある日突然「健康になりましょう!」と呼びかけても、浸透しないことは容易に想像できます。弊社でも以前、スポーツジムクラブの会費補助を行ったことがありますが、うまくいきませんでした。アンケートをとると希望者は多かったのですが、運動習慣のない人が始めようとしても、続かなかったんです。このように私たちも、日々トライ&エラーの繰り返しです。取り組みを進めるには、日常生活の中でごく自然にできることをコツコツと行うことが大切です。まずは就業時間内にラジオ体操タイムを設ける、といったことでもよいでしょう。健康経営の取り組みに“早過ぎる”ということはありません。ぜひ今できることから始めてみてください。