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気付かないうちに生産性を下げる「睡眠不足」
睡眠研究の第一人者が語る、社員の力を十分に引きだすために企業が行うべき対策とは:三島 和夫さん

国立精神・神経医療研究センター研究所 精神保健研究所 睡眠・覚醒障害研究部 部長

三島 和夫さん

三島 和夫氏(国立精神・神経医療研究センター研究所 精神保健研究所 睡眠・覚醒障害研究部 部長)

「4時間しか寝られないから、質の高い睡眠にする方法を教えてほしいと聞かれるたびにがっくりする」と話すのは、睡眠研究の第一人者として知られる三島和夫さん。残念ながら、劇的に睡眠の質を上げる方法はありません。それにもかかわらず、多くの日本人が睡眠時間を削り、睡眠不足に陥っているといいます。睡眠不足は生産性の低下や疾病にもつながるため、最近では「睡眠」を研修に盛り込む企業も増えています。睡眠に関するいくつもの著書を持つ三島さんに、ビジネスパーソンが意外と知らない睡眠の事実や、企業が従業員の健康のためにできる配慮などについてうかがいました。

プロフィール
三島 和夫(みしま・かずお)さん

国立精神・神経医療研究センター研究所 精神保健研究所 睡眠・覚醒障害研究部 部長。秋田大学医学部精神科学講座助教授、米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授を経て現職。睡眠障害の診断・治療・病態研究に関する厚生労働省研究班の主任研究者を歴任し、睡眠薬の適正使用と休薬のための診療ガイドライン、睡眠障害治療薬の臨床試験ガイドライン等を作成した。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事、JAXA宇宙医学研究シナリオワーキンググループ委員、社会保障審議会統計分科会専門委員などを務めている。

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ベストな睡眠習慣は「いつ寝るか」「どれくらい寝るか」で決まる

日本のビジネスパーソンは、睡眠不足なのでしょうか。

ほとんどの人が睡眠不足と言えるでしょうね。睡眠不足の自覚がない人でも実際には7割ほどが睡眠不足だった、という調査もあります。帰りの電車の中を思い出してみてください。おじさんも若い女子たちも、半分くらいの人が寝ている時もあるでしょう。中には口を大きく開けて、爆睡している人もいるくらい。

日本人には見慣れた光景ですが、海外の人たちが見るとビックリするんです。日本の治安が良いということだけが原因ではないと思います。他の治安の良い国に行ったって、これほど電車を睡眠の場にしている国は珍しいはずです。

海外では見られない光景なのですね。

「寝る間も惜しんで働く」という言葉からも分かるように、日本人は長時間働く人間が勤勉で生産的な人間だと考えられてきました。ところが実際には日本は生産性が低い。生産性の低さが睡眠時間を奪い、それによりプレゼンティーイズムが深刻化する。そしてさらに生産性が下がる、という悪循環に陥っています。OECDの調査では、他の大部分の先進国の睡眠時間は日本人より1時間長いというデータもあります。

働く世代の睡眠問題には、「睡眠障害」と「睡眠習慣の問題」の二つがあります。前者は、不眠症や睡眠時無呼吸症候群といった医療の分野、後者は昨今話題になっている「睡眠負債」にも関わる生活習慣です。今回は、個人や企業の努力で是正していくことができる「睡眠習慣」についてお話したいと思います。

そもそも「良い睡眠」とは何でしょうか。

「その人の体質に合った睡眠」が良い睡眠です。個人の睡眠習慣がどのように決まるかは実にシンプルで、「いつ寝るか(体内時計)」「どれだけ寝るか(必要睡眠時間)」の二つだけ。ただし、眠りやすい時間帯と必要睡眠時間ともに、大きな個人差があります。また、先ほど「体質に合った」と言いましたが、この二つの条件は自己調整ができません。なぜなら、「背が高い」といった特徴と同じように遺伝的に決定されているものだから。体内時計の時刻はスキルとして短期的に微調整をすることはできても、必要睡眠時間にいたっては自己調整できません。「短時間睡眠法」などが流行っていますが科学的根拠はありません。

生活習慣を変えるしかないのですね。まず、一つ目の「いつ寝るか」。何時頃に寝るのが良いのでしょうか。

いつ寝るのがベストなのかは、個人によって大きな差があります。23時くらいには自然と眠れる人もいれば、3時、4時にならないと寝つけない人もいる。その差によって、「朝型」「夜型」という傾向に分けられます。「夜型」の人でも、毎朝早起きを続ければ、多少早起きが楽にはなります。朝日のような午前中の強い光は体内時計を早める効果があるからです。月曜から金曜まで毎日早起きを続けていると、月曜よりは金曜のほうが、少し起きるのが楽になるのはそのためです。ただし、この効果は1日しか続きません。体質的に「朝型」に変わることはできないので、土日で早起きをやめてしまっただけで、体内時計は再び遅れてしまいます。月曜にはまた早起きがつらくなってしまうのです。

がんばって早起きを続けている人にとっては、ショックなお話かもしれません。「夜型」の人は、会社に行くために毎朝かなり無理をしているということですね。

その通りです。夜型の人でも、朝型と同じ9時頃には出勤していなければならない。起きる時間から逆算して、早めに布団に入りますよね。でも、朝型の人に比べると寝付きが悪いので、睡眠不足になってしまうんです。寝不足のまま会社に行くと、眠気や倦怠感が出てしまいプレゼンティーイズムにつながります。夜型の人たちは夕方になるとだんだん目がさえてくる。昼間は眠いのに、夜になるとむしろ眠気が消えてまた寝る時間が遅くなり睡眠時間が削られる。普通に考えると、「睡眠不足なら早く寝ればいいのに」というシンプルな発想に至るでしょうが、体質的にそれができないという、いわばハンディキャップなんです。

もう一方の「どれだけ寝るか」はどうでしょう。

どれだけ寝なければならないかを「必要睡眠時間」と呼びますが、これにも大きな個人差があります。20代の若者の必要睡眠時間を特殊な方法で測定したところ、7時間ちょっとの短めの睡眠で十分な人から9時間を大きく上回る長めの睡眠が必要な人まで2時間以上の個人差がありました。多人数で調べればもっと個人差は広がるでしょう。とはいえ、会社員が毎日9時間も寝るなんていうのはあまり現実的ではありませんから、必要睡眠時間よりずっと短い睡眠で頑張っている人も少なくありません。

つまり、「朝型」で「必要睡眠時間が短い」人は、もう最強なんです。無理なく理想的な睡眠習慣を送れますから。結局のところ、夜勤や長時間労働で最初に体調を崩してしまうのは、夜型傾向があったり必要睡眠時間が長かったりする人たち。それでも、長い目で見れば、睡眠負債を抱えて将来的に大病を患うよりは、早くに体調を崩して働き方を考えるきっかけにしてもらった方が良いのかもしれません。

「寝だめ」ではなく、睡眠負債の「借金を返済」しているだけ

三島 和夫氏(国立精神・神経医療研究センター研究所 精神保健研究所 睡眠・覚醒障害研究部 部長)

自分の睡眠体質はどのように知ることができますか。

朝型か夜型かというのは、いくつかの団体が出しているチェックシートなどで調べることができます。研究によって日本人の標準的なデータが蓄積されていますので、自分がどこに属しているかが分かります。一方、必要睡眠時間は特殊な試験が必要になるため、一般の人たちが知るのはなかなか難しいのが現状です。ただ、日常的な睡眠時間が合格ラインかどうかは調べることができます。

休日に、いわゆる「寝だめ」をしようとする人は多いでしょう。しかし、体内時計にはインターバルタイマーという機能が備わっているため、多くの人は一度、いつもの起床時間に目が覚めてしまいます。そこから二度寝する人は多いと思いますが、トータルの睡眠時間が平日より3時間以上長くなっていたら、体にかなり負担がかかっている状態。すなわち、睡眠負債に陥っているということです。

「寝だめ」は良くないのでしょうか。

「寝だめ」といいますが、本当は「貯めて」いるのではありません。睡眠負債によって抱えた借金を「返済して」いるのです。では、たくさん返済できるよう、眠れば眠るほどいいかというと、そうではありません。必要睡眠時間以上に長く寝ると、今度は覚醒するのに時間がかかってパフォーマンスが上がりづらくなります。

また、ウィークデイ5日とウィークエンド2日で睡眠時間帯が大きくずれると「ソーシャル・ジェットラグ(社会的な時差ボケ)」がおこり、さまざまな疾患リスクを高めてしまいます。

他にも、睡眠の状態を調べる方法はありますか。

自分の睡眠不足の状態を知る、もう一つの目安が、寝ようと思って横になってから実際に寝つくまでの時間です。必要睡眠時間が充足されている人は布団に入ってから寝付くまでに15分以上かかることも珍しくありません。ソファーに横になったり、布団に入ったりしたときにあっという間に寝てしまう人は、もはや気絶に近い状態。深刻な睡眠不足です。

15分以内に眠れるという人は、かなり多いのではないでしょうか。多くの人が睡眠不足に陥っているにもかかわらず、「睡眠」はなぜ軽視されてしまうのでしょう。

「痛い」とか「かゆい」といった体の負担からくる信号があれば、「まずいな」と思って回避しようとしますよね。腰が痛ければ、腰痛を和らげるような姿勢を取ったり、整体や病院に行ったりもする。でも睡眠負債に関しては、本人に自覚が無いんです。

私たちは「眠気」があるか無いかで睡眠状態を判断しています。しかし、「眠気」や「倦怠感」、「ぼんやり感」のようなマイルドな信号を区別できない人が多いんです。そしてさらに、睡眠不足が常態化することで、その信号も鈍くなっていってしまいます。

確かに、寝不足に慣れると「ショートスリーパー」になったかのような錯覚に陥ります。

睡眠障害の話になってしまいますが、例えば睡眠時無呼吸症候群の人たちは、会議中についうとうとしてしまうことが多いようです。これは、夜中に何百回と呼吸が止まるせいで、ずっと浅い眠りしか取れていないために起こる睡眠不足のためです。本人は朝まで7時間ほど寝ているつもりでも、体は途中で何度も起きている。

ところが、こうした人たちに眠気があるか聞くと、半分以上の人が「眠くない」と答えるんです。睡眠不足を全く自覚していないんですね。なぜかというと、10年も20年も常に眠気がある状態が続き、眠気が常態化してしまっているので、「スッキリと眠気がとれている状態」が分からなくなってしまっているんです。まひしているんですね。

自覚なく睡眠不足に陥り、生産性が下がっている人も多いでしょう。睡眠不足を改善するためには、どのようなことに気を付ければ良いのでしょうか。

睡眠習慣の改善は、「個人ができる対策」と「雇用者側が配慮すべきこと」の両輪があって実現できるものです。働き方や睡眠の個人差への配慮などが、企業には求められます。一方で、十分な時間があれば全員がしっかり眠るかというと、そうではありません。時間があっても、ついつい夜ふかししてしまう人も多いでしょう。実際、睡眠不足を自覚している人を対象にした調査では、原因の筆頭はスマホやPCの使用時間が長いことを挙げています。そうならないよう、適切な睡眠習慣に関する個人の意識の向上も必要です。

個人ができる努力は、開き直って「寝る」しかない

では、「個人ができる対策」には何があるのでしょうか。

至ってシンプルです。睡眠負債を抱えている方々は、「就床時間が遅い」ということに尽きるんです。現在ほど睡眠の問題を抱えていなかった戦後復興期の日本人は、今より1時間長く寝ていたんです。NHKが5年ごとに行っている生活時間調査によれば、戦後まもなくの時期は日本人の90%は23時までに寝て6時までに起きる生活でした。それが現代の平均では、1時から7時。この失われた1時間を、早く寝て取り戻せば良いだけなんです。夜型傾向が強くて寝付きにくい人は、これまでの調査からするとだいたい3割ほどなので、多くの方は意識を変えるだけで寝られるはずです。

3割の夜型の人たちにできることはありますか。

いくつか対策はあります。例えば、起床から6時間以内に強い光を浴びること。できるだけ強い光を、できるだけ朝早くに浴びることで、体内時計を朝型に近付けることができます。ただし、先ほども申し上げたように、朝型・夜型は遺伝的に決まっているものなので、その習慣をやめればあっという間に戻ってしまいます。やるなら、土日も含めて頑張らなければなりません。生活習慣と体質が合わない人は、このような調整を繰り返す、永続的な努力が必要なんです。

足りない睡眠を通勤時間で補うような、分散型の睡眠も意味はないんですよね。社員に「昼寝」を推奨している企業もありますが、これはどうでしょうか。

昼間どうしても眠いときに、15分程度横になることは「眠気をとる」のには有効です。頭がすっきりし、午後からの仕事に集中できる効果も期待できます。

ですが、睡眠には構造も大事です。レム睡眠・ノンレム睡眠という言葉を聞いたことがあると思います。8時間寝るにしても、4時間・2時間・2時間というようにブツ切りで寝ているようでは、睡眠中の構造が最悪なので体に対するリスクは全く減りません。対処できるのは眠気だけ。

「寝る」と決意するしかないのですね。

結局、自己選択的なんですよね。確かに長時間労働で、終電で帰ってきてバタンキューという人もいるかもしれませんが、大多数ではないと思うんです。多くの人は、睡眠時間を削って、娯楽や趣味、勉強などに充てています。

こんなことを言うと全てをひっくり返すようですが、僕は睡眠習慣は自己選択すべきことだと考えています。皆、眠るために生きているわけではないですから(笑)。今、目の前にやるべきことがあるのなら、睡眠とそれとを天秤にかけるのも仕方がない。僕自身も睡眠を研究しているけれど、忙しい時期は本当に寝る時間がないんです。でも、リスクを理解しているから、寝られる時期にはきちんと寝ています。選択は自己責任です。短期的にはヒューマンエラーや生産性の低下、中長期的には生活習慣病や認知症などの健康リスクがあることは分かった上で、今、自分にとって何を優先するかを選択すれば良いと思います。心配なのは、リスクを知らずに居眠りや週末の寝だめで一時的に眠気が取れているから「自分はなんとかやれている」と考えている人が多いことです。残念ながら、全く「やれていません」。

睡眠改善には、持続的な取り組みが必要

では、企業ができることとは何でしょうか。

最近では、従業員の睡眠を改善するための研修を行う企業も出てきました。睡眠を切り口に、健康を考えることはとても良いことだと思います。ただ、睡眠は繰り返しの学習が必要です。一度レクチャーしたところで、学びはどんどん薄れていってしまいますから。

最近は、IoTやAIの発達でヘルステックベンチャーも増えてきましたが、個人に合ったテーラーメイドなシステムの開発を期待しています。それを人事担当者と共有して、絶えずフィードバックしていくのが理想的ですね。いずれにしても、持続的に取り組んでいかなければ睡眠問題は解決されません。

夜勤のようなシフトワークへは、どう対応していくべきでしょうか。

「その人の体質に合わせたシフト」は、人材が有り余っていれば可能かもしれませんが、現実問題として難しいでしょうね。夜勤は、寝なければいけない時間帯に起きているという極めて非生理的な行動をしているわけです。私たちの利便性と引き換えに奪っている彼らの健康リスクを誰が負担するのか、これまで議論されてきませんでした。

時給が少し高くなっていたり、夜勤手当があったりするのかもしれないけれど、おそらく今の夜勤従事者が被っているリスクの対価としては十分でないと思います。WHOは夜勤が発がんリスクを高めることを認めていますし、デンマークでは夜勤による乳がんの発症を労災認定しています。

以前話題になった「ワンオペ夜勤」のような働かせ方は論外ですが、社会機能として必要なサービスを、睡眠負債を増やしてまで担ってくれている人には、相応の支払いをしていくべきでしょう。

イギリスでは、10時登校を認めた高校生6万人の成績が向上

「朝型」「夜型」などの性質を知らず、「早起きができないのは甘えだ」などと捉えられてしまうケースもありそうです。

経営者や人事担当者には、朝型・夜型、必要睡眠時間は体質なので変えられないということを理解し、フレックスタイム制など、柔軟に働ける仕組みを導入してほしいですね。

経営者の方々と話していると、フレキシブルな勤務形態にしたときにどれくらい生産性が上がるのかというデータがないと心細い、とおっしゃるんです。企業の例ではありませんが、イギリスでは、高校生6万人を朝10時登校にする社会実験を行っています。朝型夜型傾向は体質ですが、個人の中でも年齢によって緩やかに変化します。年をとり、若い頃より早起きが楽になる人は多いですよね。反対に、10代後半から20代前半は一生の中でも最も夜型傾向が強くなり早寝早起きが苦手です。そのため、眠い中無理して登校をしても勉強に集中できないだろうと、10時登校に変えたところ、授業中の居眠りが減り、成績上位者も増えたんです。

企業でも思い切ってやってみれば、大きな効果があるかもしれません。確かに、データがないと動き出しづらい企業もあるでしょう。しかし、こうした社会実験は、僕たち医療関係者には取り組みづらいことなので、ぜひ行政や企業に取り組んでほしいですね。

三島 和夫氏(国立精神・神経医療研究センター研究所 精神保健研究所 睡眠・覚醒障害研究部 部長)

(取材は2018年4月27日、東京・小平市の国立精神・神経医療研究センターにて)

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。


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