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基調講演[F]

コミュニケーション活性化による組織開発

酒井 穣氏
フリービット株式会社 戦略人事部 ジェネラルマネージャー
酒井 穣氏(さかい じょう)
プロフィール:1972年、東京生まれ。慶應義塾大学理工学部卒、オランダTilburg大学TiasNimbas Business School経営学修士号(MBA)首席取得。商社にて新事業開発、台湾向け精密機械の輸出営業などに従事した後、オランダの精密機械メーカーに転職、2000年オランダに移住。2006年にウェブアプリ開発のベンチャー企業を創業、最高財務責任者(CFO)としての活動を開始。2009年、フリービットに参画するために帰国。東大LB、慶応MCC、中央MBAなどでゲスト講師担当。著書には、ベストセラーとなった『はじめての課長の教科書』のほか、『「日本で最も人材を育成する会社」のテキスト』『リーダーシップでいちばん大切なこと』など多数。無料メルマガ「人材育成を考える」も配信中。

日本の職場に「心の病」が増加している

酒井 穣氏/講演 photo最初に、会場の皆さんにお尋ねします。最近、職場が暗くなって、飲み会などのコミュニケーションの機会が減ったと感じる方は、どれくらいいらっしゃいますか――。全体の8割くらいですね。職場コミュニティが弱体化している今、明るい職場をつくりましょう、というのが本日の話のポイントです。しかし、追ってわかっていきますが、この戦いはとても勝つのが難しい、絶望感のある戦いでもあります。

まず「産業人メンタルヘルス白書」(2007年度版)の調査結果から見ていきます。地味ですが、怖いデータです。1982年には63%の人が「職場の人はみんないい人だ」と思っていたのに、2006年には46%にまで低下しています。また、「自分の思ったことはすなおに他人に話せる」という項目では、1984年には60%だったのが、2006年には44%にまで落ちている。

「そもそも人は人を信用しなくなっている」ということを示唆したデータといえるでしょう。そりゃあ、職場も暗くなるわけです。さて、こうした傾向は世界的なものと考えられるのですが、OECD加盟国を対象とした人間関係に関する調査結果によると、日本ではこれが特に顕著なようです。

さらに、「国民生活白書」(平成19年版)の「仕事に対する意欲を高める上で重要だと思う事項」という調査では、一番は「取り組む仕事自体への興味・関心」ですが、二番目は「良好な人間関係」となっています。先ほど会場の8割近い方が、職場が暗くなっていることに合意されたわけですが、「職場のモチベーションが下がっていませんか」と質問しても、たぶん8割近い方が手を挙げられるのではないかと思います。

深刻な話ですが「心の病の増加傾向」(*1)という調査を見ると、「心の病」は、2002年48.9% → 2004年58.2% → 2006年61.5%と、年々増加しています。さらに、「職場の変化と『心の病』の増加傾向の関係」(*2)という調査では、「職場でのコミュニケーションが減少した」と答えた企業の71.8%が、「心の病が増加傾向にある」と答えています。

酒井 穣氏/講演 photo「心の病」がストレスと関係があるならば、ストレスがどこからくるのかを見なければいけません。「現在の仕事に疲労感やストレスを感じる原因(正社員)」(*3)を見ると、ストレスの原因として「会社の将来に不安を感じる」「仕事量が多い」「仕事の責任が多い」「働く時間が長い」などが上位であり、これらが「心の病」発症のトリガーとなっているのかもしれませんが、5番目には「職場の人間関係が悪い」、7番目には「相談する相手がいない」といった項目も出てきます。「心の病」にはいろんな原因がありますが、この原因はコミュニケーションの減少にもあるといえます。

では、コミュニケーションに問題があるとして、特にどのコミュニケーションが問題なのでしょうか。「誰とのコミュニケーションに不足を感じるか」(*4)という調査では、「部署を超えた社員同士」が65.3%で、部署を超えると社員同士で話ができないという結果が出ています。ここまでの問題を整理すると、以下の問題が浮かびあがってきます。

■日本の職場における人間関係は危機的状況にある。結果として、働く意欲が低下している。
■日本の職場における「心の病」は増加傾向にある。その原因の一つは、コミュニケーションの減少である。
■部署や肩書きを超えた“生”のコミュニケーションが足りていない。
※上記(*1~4)の調査結果はいずれも、「国民生活白書」(平成19年版)より。

「コミュニケーション」を改めて定義する

酒井 穣氏/講演 photoここで、「コミュニケーション」という言葉をきちんと定義しておきましょう。職場におけるコミュニケーションは、実は大きく2種類に分けられます。一つは「道具としてのコミュニケーション」です。これは、職場で日常的に行なわれている「公式のコミュニケーション」と捉えることができます。進捗確認や稟議書、日報などの「情報伝達重視型」、あるいは「問題対応型」などのためのコミュニケーションです。こうした「道具としてのコミュニケーション」は、むしろ増えている、というのが私の実感です。

そして、大切なのがもう一つの「目的としてのコミュニケーション」です。人間には、「どこかに帰属したい」という欲求があります。「誰かとつながっていたい」「仲良くしたい」というのは人間本来の欲求(アルダファーのERGモデルにおける「関係欲求」)なのです。そして、この欲求を満たすためのコミュニケーションは、職場で「非公式のコミュニケーション」と呼ばれます。例えば、喫煙所や給湯室でのコミュニケーションです。

ここらで一度、「コミュニティー」を定義しておきます。これはとても難しいのですが、ピーター・ドラッカーは、「コミュニティー」はbe(あるもの)、「組織」はdo(するもの)としています。

これは先ほどの二つの「コミュニケーション」とも、きれいにはまります。職場を「組織」としてとらえると「道具としてのコミュニケーション」が重視されますが、その一方で、職場は人間にとって、そこにあるもの、つまり「コミュニティー」という側面があり、ここでは「目的としてのコミュニケーション」が重視されるでしょう。どうやら職場からは、この非公式なコミュニケーション(目的としてのコミュニケーション)が失われつつあるようなのです。

上司からの「精神支援」が個人を成長させる

酒井 穣氏/講演 photo東京大学 大学総合教育研究センターの中原淳先生の著書「職場学習論」では、人は職場のネットワークのなかで、いろいろな人からの刺激を受けて成長していることを明らかにしています。職場における他者からの支援には、「業務支援」「内省支援」「精神支援」があり、特に「精神支援」を受けて人は成長するといいます。「仕事の息抜きになる」「心の支えになってくれる」「プライベートの相談に乗ってくれる」「楽しく仕事ができる雰囲気を与えてくれる」などの特長がありますが、この「精神支援」を誰から受けているかというと、上司や部下ではなく、同僚から受けていることがわかりました。

上司が部下に行なう支援は、「業務支援」が圧倒的に多いのです。しかし、三つの支援のうち、上司からの支援としては、「精神支援」が部下の育成にとって重要であることが研究結果として明らかになったのです。結局、上司が「明るい職場づくり」にコミットしない職場では、部下が育たないことを示唆しているのではないでしょうか。

私は今こそ、新たな「職場コミュニティー」を構築することが必要だと考えています。その前になぜ「職場コミュニティー」は弱体化したのか、その最も大きな原因を突き詰めてみたいと思います。

これまで人間は、「移動手段」を発達させることで「誰かと、つながりたい」という関係欲求を満たしてきました。昔、交通が脆弱な時代には、小さな地域内にコミュニティーができていました。

しかし、本来人がつながりを求める他者とは、自分に価値観や信条が良く似た人です。ですから、「移動手段」が発達し、誰もが遠くまで移動できるようになると、コミュニティーは小さな地域から離れていきます。結果として都市ができ「職場コミュニティー」が発達して、対照的に「地域コミュニティー」は衰退していきました。

では、人と人とのつながりを高める手段は、移動手段以外に他にないのかというと、もう一つあります。「情報伝達手段」です。しかし「情報伝達手段」の発達はまだ前段階で、インターネットも本当の力を発揮できていない状態です。

しかし、クレイトン・クリステンセンが提唱する「破壊的イノベーション」の理論にしたがえば、いずれは、インターネットの内側で、人々は「関係欲求」を完全に満たせるようになるでしょう。この段階に至れば、職場コミュニケーションのところで見てきた、「非公式のコミュニケーション」による関係欲求は、もはや職場の外で満たせるのです。

これこそ、本講演の冒頭に「絶望感のある戦い」と言った理由です。職場コミュニティーは、インターネット内に構築されるコミュニティーを「競合」として戦っているからです。しかし、「コミュニティー」をうまく運営している地方自治体がある様に、他社よりもうまく「職場コミュニティー」を利用できれば、相対論なイノベーションやモチベーションを高めて、競合他社に勝てるかもしれません。

明るい職場は企業業績に繋がる

酒井 穣氏/講演 photo「情報伝達手段」と「非公式のコミュニケーション」について、さらに理解するために、インターネットとNPO法人を例に挙げます。1996年、インターネットの世帯利用率は3.3%でした。しかし、2003年には80%を超え、現在では90%以上の世帯利用率となっています。奇しくも、似た動きのデータがあります。NPO法人数です。1998年には177しかなかったNPO法人が、2003年には5000を超え、現在では4万にも達しています。どうして、そこまで増えたのでしょうか――。私が個人的によく知っているNPO法人Living In Peaceには、一流の金融機関の人たちが大勢参加していて、「無給」で孤児たちの環境をよくする活動をしています。優秀な人材が「無給」でも働きたいと思うような「熱い仕事」がNPO法人にはあるという事実は重要です。これと全く同じものを、企業は提供できないでしょう。

現代社会における仕事は、高度に細分化された結果、自分の仕事と社会のつながりが見えにくくなっています。そうした中で、NPOのように、自分の仕事がそのまま誰かの笑顔につながるような仕事には、それ自体に価値があるということです。そして、そうしたNPOに「つながれる」環境を整えたのがインターネットです。つまり、職場コミュニティーという文脈では、企業の競合はNPO法人であり、NPO法人のやり方を慎重に学んでいかなければなりません。

ここまで、概念論を語ってきましたが、それでは「明るい職場」は、儲かるのでしょうか?利益がでないことに、経営者は関心を示しません。そこで、明るい職場が収益に反映することを示唆する理論として「拡張-形成理論」をご紹介します。

同理論によれば、職場が明るくなり「ポジティブ感情形成」が実現すると、失敗の許容度が高まります。すると、個人がさまざまな物事にチャレンジしやすくなります(行動の拡張)。難しいことへのチャレンジを通じて、人は成長していきます。そして、成長がある職場は明るくなります(アルダファーのERGモデルにおける成長欲求が満たされる)。このサイクルを回すことで、企業業績も向上していくのです。

さて、ここで、「職場コミュニティー」活性化のために当社が行なっている、研修をご紹介しましょう。当社では2日間の合宿形式で、社員に「職場コミュニティー」の重要性を意識づけています。本日お話ししてきた内容を、理論やケーススタディ、グループワーク(レゴブロック、即興演劇など)に拡張して実施しています。また、当社は研修以外にも、独自のミニブログなどを通じて、「職場コミュニティー」活性化に取り組んでいます。当社の研修に関しては、今秋発売予定の書籍で詳細に説明していますので、関心がおありの方は、そちらをご覧ください。

最後に、本日の内容をまとめて、終わりにしたいと思います。本日は、ありがとうございました。

【まとめ】
■職場コミュニティーは弱体化している。
■職場コミュニティーの開発は、事業収益に影響に与える。
■競合は、インターネットを介して形成されるコミュニティーである。
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