部下を育てる言葉、ダメにしてしまう言葉
明治大学文学部教授
齋藤 孝さん
「生意気言うな」「いつまでも学生じゃないんだぞ」――会社に行きたくない人に理由を訊くと、「高慢な上司の言葉が嫌」といった答えが返ってくることが少なくありません。一方で、いつもいい仕事をしている人は、「上司の言葉に励まされて」という話をよくします。部下がやる気をなくすのも起こすのも上司の言葉しだい、と言えるかもしれませんが、では、上司は部下をステップアップさせるためにどんな言葉をかけたらいいのか。逆に、上司と部下の人間関係を険悪にしてしまうのは、お互いのどういう言葉なのでしょうか? 近著『嫌われる言葉――部下と上司の常套句』(講談社)で、会社内で日常よく交わされる言葉を分析した明治大学教授・齋藤孝さんが語ります。
さいとう・たかし●1960年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。東京大学大学院教育学研究科学校教育学専攻博士課程などを経て、93年に世田谷市民大学講師、慶應義塾大学非常勤講師。98年明治大学文学部助教授。2003年4月から明治大学文学部教授。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。主な著書に『声に出して読みたい日本語』(草思社)、『嫌われる言葉――部下と上司の常套句』(講談社)、『三色ボールペンで読む日本語』(角川書店)、『コメント力』(筑摩書房)など。NHK教育テレビ「にほんごであそぼ」の企画・監修も手がける。http://www.kisc.meiji.ac.jp/~saito/
「ガキの使いじゃないんだ!」と部下を威圧する上司
齋藤さんの近著『嫌われる言葉』(講談社)は、サブタイトルに「部下と上司の常套句」とあるように、会社内で日常よく交わされる言葉を分析し、解説しています。実際、会社の中では、そんなにたくさん「嫌われる言葉」が使われているのでしょうか。
使っているようですね。私もちょっと驚きましたが、本をまとめるにあたって商社、メーカー、銀行など100社ほどのサラリーマンに、言われて嫌な言葉のアンケートをしたら、ぞろぞろ出てきました。整理して本の巻末に「嫌われるセリフ」として掲載しただけでも、156になりましたからね。
使っている本人は無意識に口にしているので、気がつかない場合が多いですが、言われたほうはカチンときて、いつまでも忘れない。多くの場合は言いっぱなし、言われっぱなしで終わるから、当事者以外表沙汰にもならずに済んでいるんでしょうが、そんな嫌われる言葉が、実は会社の中に充満しているのではないでしょうか。
嫌味な上司、生意気な部下はどこの会社にもいると思います。嫌われる上司がよく口にする言葉というのは、たとえばどういう言葉でしょう?
上司がよく口にする嫌われる言葉には、いくつかのパターンがあると思うのですが、会社をはじめ日本の組織の特徴である上下関係に由来するものが目立ちます。とくに日本では上下関係に伴う年齢差が必要以上に大きな要素になっていることが多く、上司はだいたい年齢が上ですから、年上が年下を叱るという構図になります。そうすると、どうしても威圧的な言い方になりやすいですね。
たとえば「ガキの使いじゃないんだ」とか「いつまでも学生じゃないんだぞ」といった叱り方がありますが、これなんか役職と年齢を笠に着た、力の誇示以外の何ものでもありません。しかも「ガキの使い」という言い方で、仕事のやり方だけでなく、相手の人格的な未熟さまでを攻撃することになるから、言われたほうのダメージはいっそう大きくなります。「生意気言うな」というのも、そうですね。「年下のくせに」とか「女のくせに」というニュアンスが言外にあって、セクハラや年齢ハラスメントになりかねない叱り方です。
相手を叱るときは多かれ少なかれ感情的になっていますから、当然といえば当然なのでしょうが、何を問題にしているのかわからない、漠然とした叱り方は、言われるほうもムッとするだけでマイナスにしかなりません。「ばか」「あほ」とか「頭悪いな」「そのうちわかるよ」、あげく「はあ~」などとため息をついてみせることもよくありますが、これでは反発を買うだけで、何の効果もありません。
そういう場合は、相手に対する不満を吐き出すだけでなく、もっと具体的に「アイデアを出せ」とか「想像力を働かせろ」、あるいは「今はこれを抑えておけ。あとはおいおい説明するから」など、相手にわかるように言ってやることが必要ですね。
叱り方にもコツがあるというわけですね。
そうですね。いくら仕事上必要な注意だとしても、相手に嫌われてしまったら仕事がやりにくくなります。つい、うっかり、嫌われる言葉を使ってしまったために、人間関係がぎくしゃくし始めると、その後のフォローはなかなかむずかしい。つまらない一言で組織内の人間関係を損なわないためにも、どんなことを言ったら嫌われるか、言葉には注意しなくてはいけません。
嫌われる言い方をしても憎まれない人もいる
誰も好きこのんで嫌われる言葉を使おうとはしないと思いますが、つい口に出してしまうのが現実です。嫌われる言葉を使わない、いい方法はありませんか。
嫌われる言葉と聞いて、いくつかパパッと思い出せる人は、まだいいんです。問題は、すぐに思い出せない人です。そういう人は、その言葉や言い方が癖になっていて、無意識に使っていることが多いのです。だから気がつかない。ついつい癖で嫌味な言い方をするのですが、自分ではさほど意識をしていないから、知らないうちに周りから疎まれ、遠ざけられていることにすら気づきません。当然、改善しようとも思いません。
こういう人とは逆に、一般に嫌われる言葉とされる言い方をしても、相手にそれほど憎まれない人がいます。いわゆる「憎めないやつ」っているでしょう。そんな人は愛嬌があるというか、雰囲気がやわらかくて、微笑みを絶やさない。相手より一段上にいると構えているのではなく、自分の失敗でも隠さずにさらっと言える。そんなタイプの人ですね。だから、ちょっときついことを言われても、反発する気になれない。
結局は、人柄の問題なのでしょうか。
ええ。ただ、そう言っては身も蓋もありませんから、嫌われる言葉を使わないようにする方法としては、癖になっているような言葉をいくつか手帳にでも書き出してみてはどうでしょう。そんなにたくさん書き出す必要はありません。人によって使いがちな言葉のパターンは決まっているものですから、せいぜい5つか6つ、ときどき読み返しては注意していれば、効果はあるはずです。
ただし、癖になりがちな特定の嫌われる言葉だけを使わないように心がけるだけでは、十分ではありません。人間にはプライドがありまして、というよりプライドで生きていると言ってもいいかもしれません。そのプライドを傷つけることは、人間性そのものを否定することにもなりかねず、大変な結果をもたらしかねません。ある人には何ともない言葉でも、別の人のプライドをひどく傷つける場合があるんですね。したがって、この人にはどんな言葉を使ったら逆鱗に触れるのか、相手のプライドのありよう、人によって使ってはいけない言葉を感知する能力が、社会人としては欠かせません。
いずれにせよ、相手にきついことのひとつも言おうとしたら、その人との間に信頼関係がなくてはならないでしょう。そのためには日常のつきあい、食事をしたり、飲みに行ったり、いわゆるノミュニケーションも必要ではないでしょうか。
「生意気言うな!」ではなく「むむ、こしゃくな」
会社という組織の中で、指示をしたり注意を与えたりする場面は毎日あるわけで、嫌われる言葉はできるだけ抑えなければならないわけですが、逆に部下をステップアップさせるようなポジティブな表現をするには、どうしたらいいのでしょうか。
嫌われる言葉も、そういう場面の必要に応じて出てくるわけです。見て見ぬ振りをして黙っているわけにもいきませんしね。「ばか」だとか「頭が悪い」だとか、抽象的な言い方でなく、具体的な指示をしてはどうかと言いましたが、表現を変えることで相手にやる気を起こさせることは可能です。
たとえば「生意気言うな」と怒鳴りつけるのではなく、「むむ、こしゃくな」とギャグっぽく切り返してみたらどうでしょう。つい笑ってしまうようで、無用な緊張感を避けられます。『徒然草』に「よき細工は少し鈍き刀を使ふ」という一文があります。少しゆるい感じや、すっとぼけたものに対しては、人間は気安くなれたり、カバーしてあげようという気持ちになったりするものです。力一杯力むのではなく、ある程度のゆるさを見せることで、相手も近寄ってくるのではないでしょうか。
さらに積極的に部下をステップアップさせるためには、どうしたらいいか。私は上司のタイプによって二つのやり方があると思います。一つはとにかく結果を求める成果主義タイプ、もう一つはプロセス重視の対話型です。結果第一主義というと、とかく権力的なニュアンスで受けとられがちですが、「やり方は任せる。とにかく結果を出せ」という言葉は、考えようによっては潔く爽やかでもあり、部下に浸透すれば、いい効果を期待できるはずです。
徹底して結果だけを求めることで、部下が言い訳をしなくなるという効果もありそうですね。
はい、たしかに、今の世の中には言い訳がはびこっていますからね。やりもせずに言い訳が先行することも珍しくありませんから、「トラブルなどは折り込み済みだから、いちいち報告しなくていい。結果さえ出してくれれば、途中でどんなにサボろうとかまわない」と言われ続けたら、部下は言い訳できなくなりますよ。
もちろん結果が出なければ、次には程度の低い仕事しか与えられないし、結果を出せばさらにステップアップにつながる仕事をやれる。信賞必罰と言いますか、「結果がすべて」という覚悟を持たせることで、部下の仕事に対する姿勢も変わってきます。ただし、結果が出せなかったときに、「お前は素質がない」とか「仕事が合ってないんじゃないか」と、言ってはいけません。その人の素質を見抜き、素質にあった課題設定をするのが上司の仕事なのですから。それぞれの部下の素質に合わせて、彼らをステップアップさせる、やりがいのある期限付きのミッションを考えてやる。マネジメントとは、そういうことではないでしょうか。
もう一つのタイプ、対話型の上司はプロセスの質を大切にし、結果が出ても途中がおろそかでは、いつかはぼろが出ると考えます。したがってプロセスをきちんと踏んでいれば、結果として失敗することがあってもやむを得ない、失敗の責任は上司である自分が引き受けようというスタンスです。結果はともかくプロセスが大事と言われれば、部下は失敗を恐れずに丁寧に仕事を進めていくのではないでしょうか。
成果主義タイプの上司は煙たがれそうな気もしますが。上司としては、どちらのタイプが望ましいのでしょうか。
どちらのタイプがいいとも悪いとも言えませんね。大事なのはそれぞれのタイプに徹底し、自分の都合で方針を変更しないことです。結果第一と思って成果を上げたのに、細かいやり方までぐずぐず批判したり、プロセス重視と言われて慎重に進めたのに、「結果が出てないじゃないか、責任をとれ」と言われたのでは、部下は不信感を募らせるだけです。
上司は言ったことに責任をとる覚悟を持つことと、公平な感覚を持つことが大事です。人によって評価基準を変えたり、仕事の成果をすべて自分のものにしてしまうようでは、嫌われて当然でしょう。そうした筋さえきちんと通していれば、部下に対して厳しい言葉を言っても嫌われることはありません。
最近では、若い人にきついことを言えない、ちょっと言いすぎると逆ギレされると、よく言われます。そんな風潮の時代に、嫌われる言葉に注意しましょうというと「こんなことを言ったら嫌われるのじゃないか」と気にしすぎて、腫れ物に触るようにする人もありますが、それでは話もできなくなってしまいます。今の若い社員も、理由もなくキレることはありません。やりがいのある仕事を与えられれば、むしろ張り切ってこなす世代です。使命感を感じられるような仕事を与え、公平に筋を通せばいいのではないでしょうか。
上司を「マジっすか?」の言葉で傷つける部下
若い世代の話が出ましたが、嫌われる上司の言葉に対して、上司を傷つける部下の言葉もあるのでしょうか。
アンケートをしてびっくりしたんですが、部下の言葉を気にしている上司はずいぶん多いんです。彼らが嫌がる言葉として挙げたものは、たとえば「忙しいんですけど」「今やんなきゃいけないんですか」「やる理由がわかりません」「聞いてません」「僕のミスじゃないです」など、言い訳をしているうちはまだいいんですが、最後には「マジっすか」「興味ないです」「嫌です」と来る。これでは上司に同情したくなります。嫌われる言葉は、上司よりも若い部下が気を付けなければいけない時代なのかもしれません。
実際、たくさんいる部下の中には反省しない人がいます。何を言っても言うことを聞かないから、言っても無駄だと上司は遠慮がちになる。だんだん言いたいことも言えなくなり、逆に部下はますます言いたい放題になってくる。上司は立場上、そんな部下から逃げるわけにもいかず、不始末を起こせば自分が責任をとらなければならない。辛いところです。
部下から見れば「権力を笠に着て」と思うこともあるかもしれませんが、実は上司というのは非常に傷つきやすい生物なんですね。一つには職場の最終責任が上司に集中しており、安全地帯ではないということ。部下たちのさまざまなミスを抱え込みながらサバイバルしていかなければならないんですから、部下よりははるかにストレスがたまりやすい。
もう一つ、若い人は気づきにくいと思いますが、部下よりも年齢の高い、45歳以上、50代の上司ともなれば、生命力に対する不安が潜在的にあって、人間的に脆くなっていることです。体力的に自信のある時期は少々のことを言われても余裕がありますが、生物としての老いが迫り、さらに組織内でのポジションも見通しがついてしまうと、意欲も衰えてきます。上司、とりわけ男性の上司は肩書きに代表される社会的評価を餌に生きてきたわけですから、その餌が断たれれば不安はたまる一方です。
そんな状態の上司に、嫌われる言葉を投げつけるのは危険です。「窮鼠猫を噛む」じゃないけれど、予想外の反撃を食らっても仕方がないんじゃないでしょうか。自分のことで精一杯の若い人に、そんな上司の気持ちを思いやれといってもむずかしいかもしれませんが、同じ組織の一員なのですから、上司の配慮を求めるだけでなく、弱って傷つきやすい上司に対しているのだという認識くらいは持ってもいいと思います。
嫌われる言葉、会社内での言葉の問題は、そうした人間関係への配慮につながるということでしょうか。
言葉の問題というのは、人間どうしのスタンスとか距離感の問題に直結しています。この人とはどういう距離感で付き合ったらいいか。それを測るセンサーの役割をしているのが言葉です。昔は、一晩酒を飲み合えば一気に距離を縮めて親しくなることもできましたが、最近のとくに若い人たちは、そういう習慣を持たないから、上司も付き合いにくいと思っている。ノミュニケーションができないのなら、上司も部下も互いの距離感を縮める感覚を自発的に磨くしかないわけで、そのための一つの道具として、嫌われる言葉をきっかけに、職場内のコミュニケーションをよくしていってほしいですね。
(インタビュー構成=編集部、写真提供=講談社)
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。