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運動をすれば「仕事がはかどる」「仕事能力が向上する」
健康に良いだけではない、運動が脳に与える効果とは

中京大学 教養教育研究院 教授

紙上敬太さん

紙上敬太さん

運動が健康に良いことは多くの人が認識していますが、脳に及ぼす影響については、案外知られていないようです。中京大学 教養教育研究院 教授の紙上敬太さんは、「運動すれば脳に良い影響があり、仕事がはかどったり、仕事能力が向上したりする」と話します。では、具体的にどのような運動をすれば効果があるのでしょうか。忙しい日々を送るビジネスパーソンはどうすれば運動を習慣化でき、そのために人事部門はどのようにして従業員をサポートすべきなのでしょうか。紙上さんに、詳しいお話をうかがいました。

プロフィール
紙上敬太さん
中京大学 教養教育研究院 教授

かみじょう・けいた/運動と脳の研究者。2006年博士(体育科学)取得(筑波大学)。イリノイ大学博士研究員、早稲田大学スポーツ科学学術院助教・講師、筑波大学准教授等を経て、2021年に中京大学教養教育研究院准教授、2025年より教授。勉強そっちのけでスポーツに没頭していた過去を棚に上げ、運動・スポーツが認知機能や学力、仕事能力にプラスに作用することを科学的に証明している。

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20分の運動で記憶力が8週間向上する

まずは紙上さんの研究領域についてお聞かせください。

運動と脳に関する研究を行っています。もう少し詳しく言うと、認知科学的な手法を用いて、運動が脳にどのような影響を与えるのかを研究しています。これまで、習慣的に運動して体力を高めることが、脳の健全な発達や学力の向上に貢献することを示してきました。

なぜ、運動と脳の関係を研究されるようになったのでしょうか。

私が大学院生のとき所属した研究室に、「運動で疲労したとき、脳機能はどう低下していくか」というテーマを研究している先輩がいて、その影響を強く受けました。修士論文のテーマを考えていく中で「逆に、運動によって脳を活性化させることはできないのだろうか」と考えるようになったのが、現在の研究の出発点です。私がこの発想に至った2000年代前半は、運動が脳にどう影響するかについては、世界的にあまり研究が進んでいませんでした。

運動と脳に関する研究は、先進諸国で高齢化が進む中、まずは高齢者を対象としたものから始まりました。運動が認知症予防に寄与するのかといった観点から注目されてきたのです。2000年代半ばからは、子どもの体力の低下が目立つようになってきたことに関連して、子どもを対象とする研究が開始されました。その中で、体力がある子どもほど学力テストのスコアが高いという結果(1)が示され、学力に焦点を当てた研究がはやってきました。この研究は、現在では「運動・スポーツが脳を育てる」として、高校の保健体育の教科書にも取り上げられています。

運動は脳にどのような影響を与えるのでしょうか。

まず、「運動は脳にとって良い影響がある」ことは、これまで多くの研究で示されています。2000年代から始まった研究で、20〜30分程度の運動をした後は実行機能が改善されることが示されてきました(2)。実行機能とは、目標を達成するために行動、思考、情動をコントロールする能力で、「オーケストラの指揮者」のように脳内のさまざまな機能を統率する役割を果たします。仕事の効率とも深く関わる、まさに仕事能力と直結する認知機能です。そのため、これらの研究の結果は「運動をすることで、仕事がはかどるようになる」ことを示していると言えます。

私自身の研究(3)でも、25分間の自転車運動をした後、短時間情報を保持して処理する能力である「ワーキングメモリ」(実行機能の一つ)を評価するテストを行ったところ、運動後のほうが安静状態よりもワーキングメモリがよく働くことがわかりました。ワーキングメモリがよく働くということは、仕事を効率的に進めることにつながると考えられます。

ほかにも最近では、「1回の運動の効果がいつまで持続するのか」について調査しました(4)。20分間安静にした後(安静条件)と20分間の運動をした後(運動条件)で単語を覚えもらい、その24時間後、4週間後、6週間後、8週間後、11ヵ月後に思い出しテストを実施したのです。その結果、6週間後と8週間後のテストでは、運動条件の正答数が安静条件よりも多くなりました。たった20分間の1回限りの運動の効果が、少なくとも8週間は持続しているという驚きの結果でした。

運動が脳に影響を及ぼすメカニズムについて、教えてください。

運動が脳に良い影響を及ぼすメカニズムについては、現時点では「よくわかっていない」と言わざるを得ません。可能性としては、運動による脳血流の変化やドーパミンなどの神経伝達物質の変化、記憶を助ける脳由来神経栄養因子(BDNF)の分泌が促されることなどが影響しているのではないかと言われています。また、運動することで睡眠の質が向上し、結果として記憶が定着しやすくなる可能性も考えられます。

進化論の視点から考えると、かつては体力があって記憶力が優れていることが、食料を得るために有利に働いていたことも関係しているかもしれません。狩猟時代には、獲物を捕らえるために移動、つまり運動が必要でした。体力が高い人ほど、より広範囲に移動することができ、多くの獲物を捕らえることができたと考えられます。

そして効率よく狩猟を進めるためには、「あの場所に獲物がいる」「あの動物はこう仕留めるのがよい」など、いろいろなことを記憶し、判断する力が求められたと考えられます。そう考えると、運動すれば脳が働くようになるのは、ある意味で自然なことなのかもしれません。おもしろいのは、それが現代でも同じで、たとえばジムでランニングマシンを使って走っても、移動してないのにちゃんと脳が活性化する。これは、すごく興味深いことだと思います。

どんな運動でも仕事への効果がある

運動をすると、どのような能力が高まるのでしょうか。

大きく分けて二つの脳機能に注目した研究が盛んに行われてきました。一つは先ほど話した前頭前野がつかさどる実行機能で、論理的思考力や計画力と言った高次な認知機能が含まれます。もう一つは、海馬がつかさどる記憶力です。研究では、運動はどちらの領域の能力に対しても、良い影響を及ぼすことが示されています。

また最近では、運動と非認知能力とのかかわりについても、少しずつ研究が進んでいます。「非認知能力」の定義にはあいまいなところもありますが、非認知能力をつかさどる脳の領域には、実行機能をつかさどる脳の領域とオーバーラップしている部分があります。そのため、コミュニケーション能力、空気を読む力などに対しても、運動による効果があるかもしれないと考え始められてきています(5)。

どのような運動が効果的なのでしょうか。

研究の歴史をさかのぼると、最初はジョギングや自転車運動、水泳といった有酸素運動が研究の中心でした。その後、手足の協調運動などスキルを必要とする「コーディネーション運動」や、「筋力トレーニング」(筋トレ)の効果を示す研究が出てくるようになりました。そのいずれもが、脳に良い影響を及ぼすとされています(6)。どのような運動であれ、運動は脳の働きにポジティブに働きそうです。

コーディネーション運動には、たとえば、両手を使ったドリブルや複雑なステップを踏むダンスなどが含まれますが、動きが複雑ですよね。こうした複雑な動きに関わる脳の部位と認知機能を担う脳の部位はオーバーラップする部分があるので、コーディネーション運動を行うこと自体が認知機能を直接的に鍛えることにつながっている可能性があります(7)。

一方、ジョギングや自転車運動などの有酸素運動は動きが比較的単純で、そこまで身体の制御が大変なものではありませんよね。そのため、こうした有酸素運動による認知機能の改善は、コーディネーション運動とは異なるメカニズムで起きていると考えています(7)。運動がどのようなメカニズムで認知機能に影響を与えるのかについては、まだはっきりとはわかっておらず、今後の研究が待たれるところです。とはいえ、皆さんにとって大事なのは、「どのような運動でも脳にとって良い影響がある」ということだと思います。

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運動は継続的に行わなければならないのでしょうか。

たとえ1回きりであったり短かったりしても、運動に一定の効果はあると考えています。ただし、その効果を考えるときは、「短期的な効果」(例:数十分の運動後に一時的に認知機能が高まる)と、「長期的な効果」(例:数ヵ月間のトレーニングによって持続的に認知機能が高まる)でわけて考える必要があります。たとえば筋トレの場合、短期的な効果はあまり期待できないかもしれません(8)。ただ、筋トレを長期的に続けた場合は筋力が向上するだけでなく、認知機能の向上も期待できます(6)。長期的に脳の機能を向上させたいのであれば、筋トレを習慣化することも一つの選択肢になるでしょう。

また、短期的な効果を考えた場合、たとえば朝に強度が高すぎる運動や脳が疲労するような運動をすると、その後の仕事に悪影響を及ぼすかもしれません。しかし、長期的な効果を考えた場合、強度の高い運動や頭を使いながら行う運動(脳が疲労するような運動)を続けることは、脳のトレーニングになり、認知機能への効果も大きくなる可能性があると考えています。

忙しい皆さんにとっては、現実的には空いている時間に運動をするという選択肢しかないかもしれませんし、仕事前にきつすぎる運動をすることはないのではないかと思います。ですので、どんな時間帯であっても、運動を習慣として取り入れることが脳にとってプラスになるということを、まずは知っていただきたいと思います。

運動するうえでの注意点を教えてください。

基本的に「この運動はだめだ」というものはありません。あえて言うとすれば、 先ほどお話ししたように、これから仕事をするのなら、疲れ果てる状態まで追い込むことはお勧めできません。ただ、そもそも仕事前にそこまで強度の高い運動をすることは考えにくいですね。

また、運動をすればアイデアが浮かびやすくなるといった研究もあるので、何かを考えながら運動するのも良さそうです。あと、運動中に動画を見たり、音楽を聴いたりするのもよいでしょう。動画や音楽に注意が逸れるので、運動のきつさが少し紛れ、運動を習慣化しやすくなるかもしれません。

年齢や運動経験の有無など、運動を行う人の属性によって、効果の現れ方に違いはあるのでしょうか。

基本的には、年齢や運動経験の有無にかかわらず、運動は脳に良いと考えられています(6)。中高年の中には、「年を取ると頭が働かなくなって……」などと感じている方がいらっしゃるのではないかと思いますが、逆に言えば、そのような人のほうが、伸びしろが大きいと考えられるので、運動の効果は大きくなる可能性があります。 もともとこの分野の研究は、運動をしていない高齢者を対象に始まったものです。まったく運動していない高齢者であれば、ウォーキングを習慣化するだけで体力・認知機能の双方の機能が向上することが示されています(9)。

また、研究上で実行機能を評価する指標となる「認知パフォーマンス」と運動との関係については、もともと認知パフォーマンスが低いときのほうが運動による効果が大きいことが示されています(2)。こう考えると、仕事がうまく行っていないときの方が、運動の脳への効果は大きくなる可能性があります。そのようなときこそ、ぜひ息抜きに運動をしてみてください。

人事部は運動にアクセスしやすい環境づくりを

仕事が忙しく、なかなか運動の時間が取れない人も少なくないと思います。そのような人はどんな運動を行うべきでしょうか。

運動の種類はあまり気にしなくてもいいと思いますが、ジョギングやテニスなど、少し息が弾むような運動ができると良いかもしれません。 会社にお勤めの方であれば、エレベーターやエスカレーターを使わずに階段を使ったり、自転車通勤をしてみたりといったことでも、少しは効果があると思います。昼休みのランニングもいいですね。

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仕事の遂行能力を高めるという観点で、効果的な時間帯や運動量はあるのでしょうか。

タイミングについては、明確に「いつがいい」とは言えません。ただ、短期的な効果の観点からは、自転車で通勤すれば出社後すぐに脳の働きがよくなっているかもしれませんし、昼休みに走れば午後の仕事に効果が現れるかもしれません。

会社にお勤めの方であれば、仕事を終えて家に帰ってから運動するという人も多いと思います。短期的な効果のことを考えれば、夜に運動をしても、その後は家に帰って寝るだけのことが多いでしょうから、運動の効果を発揮するタイミングはありません。しかし、長期的な効果の視点で見ると、運動を毎日行うことで脳の働きが持続的に向上し、その効果が仕事にも現れるはずです。このように、働いている人は自由に時間が取れないと思うので、時間を取れるときに運動をするということで大丈夫だと思います。

運動する時間の長さで言えば、「短くても効果はあるが、20分以上続けたほうがより効果が高まる傾向がある」というのが、これまでの研究から見えてきています(8)。「短いと意味がない」というわけではないため、まずは5分でも10分でもいいので、やってみることが大事だと思います。最初は短くても構わないので、続けるうちに少しずつ時間を長くしたり、強度を上げていったりするといいでしょう。

いま運動していないビジネスパーソンが運動をするようになるには、何が必要でしょうか。

重要なのは、その運動を「楽しい」と思えるようになることだと思います。一番早いのは、そのスポーツを好きになること。たとえば友達とテニスを始めて、楽しいと思えるようになれば、「運動しなければいけない」といった義務感からではなく、「楽しいからテニスをやろう!」と思えるようになるはずです。ぜひ、「楽しめる運動・スポーツ」を見つけてほしいと思います。

最近で言えば、家庭用ゲーム機などを使ってゲームと運動を組み合わせる「エクサゲーム」も人気ですね。ゲームであっても、まずは体を動かすことに慣れる、しかもそれを楽しめるというのは非常に効果的だと思います。

最初から「運動を習慣化しよう」と意気込みすぎると、目標が大きすぎてかえって続かないことも考えられます。運動を1ヵ月間続けられると習慣化しやすい、といった結果を示した研究もあります(10)。「とりあえず頑張って1ヵ月続けてみよう」と考えてみるといいかもしれませんね。

また、運動を習慣化することによって向上する実行機能には、自分を律する力(自制心)も含まれます。ですから、運動を続けることで脳が「運動を続けよう」という指令を出しやすくなり、さらに体力が向上し、実行機能がさらに向上するといったポジティブなループが構築される可能性があるのではないかと考えています。

企業は、どのようにして従業員に運動を促すべきでしょうか。

企業が従業員に「運動しよう」と言ったところで、すぐに運動するようになるとは考えにくいですよね。強制的に運動をさせることは現実的ではありませんし、仮にできたとしてもラジオ体操程度の簡単な運動が限界だと思います。もちろん、ラジオ体操も悪くありませんし、やらないよりはずっと良いと思いますが、それだけで大きな効果を期待するのは難しいでしょう。

オフィスを「運動する」という行動にアクセスしやすい環境に整えることが非常に重要だと思います。たとえばオフィスにエクサゲームができる場所を設置すれば、運動する人が出てくるでしょう。最近は、フットサルなどのスポーツサークルが活発に活動している企業もあります。従業員に「フットサルが楽しい」、あるいはフットサル自体はそれほど好きではなかったとしても「仲間と一緒に運動することが楽しい」と思わせることができれば、運動に対するモチベーションは上がるはずです。

そのほか、先ほど話した運動の習慣化の研究(10)に従えば、「1ヵ月間頑張って運動すれば、会社からインセンティブを支給する」といった方法も、短期的には効果があると思います。ただし、インセンティブのような外発的モチベーションは基本的に長続きしないので、あくまでもファーストステップとして位置付けるとよいでしょう。

在宅勤務の場合は、たとえばスポーツジムが安く使えるといった福利厚生を整えるのもいいと思います。また、人事部が従業員に運動をしてほしいと望むのであれば、まずは人事部の皆さんから運動を始め、その効果を伝えると良いのではないでしょうか。

最後に、従業員の健康増進に取り組んでいる人事部の方々へアドバイスをお願いします。

運動をすれば「仕事がはかどる」「仕事能力が向上する」ということは間違いないと思います。ですので、人事部の皆さんが従業員の方々に運動を推奨することは大正解といえます。これまで運動をしていなかった人が運動を始められるよう、きっかけを作ってあげることは会社として積極的に取り組む価値があることだと思います。

一方で、「健康のために運動をしましょう」と啓発することは、あまり効果的ではないかもしれません。というのも、運動は健康に良いことは誰もが一般常識として知っているのに、運動をしていない人が多いのが現状だからです。中には「仕事や普段の生活で疲れてしまっていて、運動なんかできない」と考えている人もいるかもしれません。

ビジネスパーソンには、仕事で成果を上げたいと考えている人が多いはず。「健康のため」ではなくて、「運動した後は仕事の能力が向上する」と伝えれば、運動に対するモチベーションが上がる人もいるのではないでしょうか。人事部から「運動をしよう」と打ち出すのが難しいのであれば、私のような専門家による講演など、運動による仕事への効能を知ってもらう機会を設けるのもいいかもしれませんね。きっかけさえあれば、誰でも運動を習慣化することは可能だと私は信じています。

(取材:2025年4月11日)

  • 1)Hillman CH et al.: Be smart, exercise your heart: Exercise effects on brain and cognition. Nat Rev Neurosci, 9: 58-65, 2008.
  • 2)Ishihara T et al.: The effects of acute aerobic exercise on executive function: A systematic review and meta-analysis of individual participant data. Neurosci Biobehav Rev, 128: 258-269, 2021.
  • 3)Kamijo K et al.: Aftereffects of cognitively demanding acute aerobic exercise on working memory. Med Sci Sports Exerc, 51: 153-159, 2019.
  • 4)Morita N et al.: Movement boosts memory: Investigating the effects of acute exercise on episodic long-term memory. J Sci Med Sport, 2024.
  • 5)Ludyga S et al.: The nervous system as a pathway for exercise to improve social cognition. Exerc Sport Sci Rev, 50: 203-212, 2022.
  • 6)Ludyga S et al.: Systematic review and meta-analysis investigating moderators of long-term effects of exercise on cognition in healthy individuals. Nature Human Behaviour, 4: 603-612, 2020.
  • 7)Ludyga S et al.: Exercise types and working memory components during development. Trends Cogn Sci, 26: 191-203, 2022.
  • 8)Chang YK et al.: Effects of acute exercise on cognitive function: A meta-review of 30 systematic reviews with meta-analyses. Psychol Bull, 151: 240-259, 2025.
  • 9)Kramer AF et al.: Ageing, fitness and neurocognitive function. Nature, 400: 418-419, 1999.
  • 10)Charness G et al.: Incentives to exercise. Econometrica, 77: 909-931, 2009.

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。


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