健康経営 powered by「日本の人事部」 人生100年時代の働き方を考える

他社の施策をまねるのではなく、「自社の課題」を考える
DeNAが取り組んだ健康経営 “プレゼンティーイズム”の解消とは

株式会社ディー・エヌ・エー CHO(Chief Health Officer)室 室長代理

平井孝幸さん

平井孝幸さん(株式会社ディー・エヌ・エー CHO(Chief Health Officer)室 室長代理)

「健康経営」と聞くと、メタボリックシンドローム対策や生活習慣病予防を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。実際、社員の健康増進に向けて、多くの企業がこれらの施策に取り組んでいます。しかし、「他社が取り組んでいるから」という理由で施策を行ったのでは意味がない、と語るのは、ITサービス大手のDeNAで健康経営をリードする平井孝幸さん。「経営に資する取り組み」として、健康経営をボトムアップで進める平井さんに、同社の取り組みと健康経営成功のコツを聞きました。

プロフィール
平井孝幸 (ひらい・たかゆき) さん

健康経営アドバイザー。DeNAで働く人を健康にするため2016年1月にCHO(最高健康責任者)室を立ち上げる。働く人のパフォーマンス向上をテーマにした多岐に渡る取組みや人事、総務、産業医との連携が評価され、2年連続して健康経営優良法人2018(ホワイト500)を取得中。
2017年からはJWCLAの事務局長として健康経営を日本企業の文化にするための活動も行う。
2018年6月にはDBJ健康経営格付 アドバイザー委員会の社外委員となる。

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プレゼンティーイズム解消を重視し、投資対効果を明確に

DeNAでは、どのようなきっかけで健康経営をスタートしたのでしょうか。

2015年のことです。当時私は人事部にいたのですが、多くの社員と接する中で、変わった姿勢や歩き方をする人が多いことに気が付きました。私はかねてより健康管理でパフォーマンスを向上させることに関心を持っていて、独学で勉強もしていたので、「なんとかできないだろうか」と感じました。そこで、姿勢が気になる人たちに自作の「背筋が伸びるゴムチューブ」を配り、使ってもらう試みを自主的に始めたんです。

ゴムチューブで肩甲骨を引き寄せると、猫背になりにくくなります。それによって肩こりの改善や、姿勢が良くなることで代謝アップも期待できる。実際に使った社員からの評判も上々でした。こうした取り組みを進めながら、やはり健康が仕事の能率に影響をしているのだと実感していたとき、たまたま「健康経営」という考え方を知りました。「これだ!」と思いましたね。生産性と企業価値向上のための社員の健康サポートは、まさに私が実現したいと考えていたことだったんです。

DeNAでも、本格的に健康経営に取り組みたいと思い、企画書をまとめて提案しました。それが実を結び、CHO(Chief Health Officer)室が立ち上がったのは2016年の1月。CHOには、弊社の創業者であり、現・代表取締役会長の南場(智子氏)が就任しました。こうして、南場直轄の組織である、CHO室による健康経営の取り組みが開始したのです。

健康経営の基本方針に、プレゼンティーイズムの解消を掲げています。

健康経営の施策として、「メタボリックシンドローム対策」や「生活習慣病予防」などを行っている企業は多いと思います。しかし、DeNAには比較的若い社員が多いので、必ずしも他社にならってそれらの施策に取り組む必要はないと考えました。「施策を行うこと」が目的になってしまっては意味がありません。では、何がDeNAの課題なのかと考えたときに、思い当たったのが「プレゼンティーイズム」でした。

弊社はエンジニアの多い会社なので、腰痛や肩こりがひどくて仕事に集中できない、という社員が少なくありませんでした。まさに「プレゼンティーイズム」、つまり不調を抱えながら仕事をして、生産性が下がってしまっている状態だったのです。そこで、この改善を健康経営の目標にしました。

施策を進める上で、何を意識されていますか。

取り組みの投資対効果を、具体的な数字で示していけるように心がけています。例えば2015年当時社内でアンケート調査を行った結果、なんと回答者の七割近くが肩こり・腰痛を抱えていたんです。そこで、専門家の協力を得てその社員数と生産性の状態、給与などを掛け合わせた試算の結果、損失は年間10.6億円にのぼることがわかりました。最適を目指し試行錯誤の過程ですが、こういった損失額を、会社として改善に取り組むことで、どれくらい減らすことができたのか、具体的かつ説得力のある数字で示すことをこれからもこだわっていきたいと思っています。

取り組むべき課題がわかれば、より具体的な施策を実施できます。2016年11月に開始したのが、「腰痛撲滅プロジェクト」。腰痛に悩む社員を募り、座り方や睡眠、水分摂取など、さまざまな観点から腰痛改善に取り組みました。その結果、85%以上の参加者から「腰痛が改善された」という声が聞かれました。このように数値として出すことで、取り組みがどの程度の利益につながるかが分かります。

結果は半年に一度実施しているアンケート調査をもとに計測。アンケートの項目は、腰痛だけでなく、運動や食事、睡眠、など、多岐にわたります。

なんとなく健康経営に取り組んでも、施策がどれだけ利益につながったのかは見えてきません。しかし「経営施策」として取り組む以上、どのくらいの効果を求めて投資すべきなのかをクリアにする必要があります。どんな課題に取り組めば、どれだけのリターンが得られるのかを見える化することが大切だと思っています。

社内には、「健康推進部」という部活動もあるそうですね。

CHO室を立ち上げたときに仲間が欲しいと思い、アンオフィシャルな形で「健康に関する取り組みに興味のある人」を募りました。メンバーはさまざまな部署から集まっています。

そして、健康推進部のメンバーに限らずプライベートな時間を使っても協力したいと考えるほど、健康に対して熱い思いを持った人たちが、それぞれの部署や仲間に情報を発信してくれています。このように社内の有志を巻き込むことも、健康経営浸透のポイントといえるでしょう。

個人の趣味嗜好を否定せず、「選択肢を増やす」ことを心がける

DeNAでは、「健康取り組み5箇条」を掲げています。ここにはどのような意図が込められているのでしょうか。

健康経営に取り組むうえで、大切にしているスタンスが、「Smile(笑顔)」「Positive(前向き)」「Diverse(多様性)」「Sustainable(継続)」「Collaborative(連携)」の五つです。

平井孝幸さん(株式会社ディー・エヌ・エー CHO(Chief Health Officer)室 室長代理)

まず、「Smile(笑顔)」や「Positive(前向き)」では、健康経営に取り組む前提として、「楽しくわくわくするような健康づくり」を意識しています。施策にもエンターテインメント性を盛り込んで、「楽しくて取り組んでいるうちに、気づけば健康になっていた」という状態を実現できるように工夫しています。

そのためにも忘れないようにしているのが、「Diverse(多様性)」の観点です。喫煙を例に挙げましょう。健康経営の一環として、社員に禁煙を促すために、オフィス内を禁煙にする企業があります。でも、仮にそれをDeNAで一方的に強行すれば、優秀なエンジニアが退職してしまうかもしれない。そうなれば会社にとっては大きな損害になりますし、本末転倒ですよね。

さまざまな価値観を持った社員がいるので、「健康経営」を押し付けて、個人の趣味嗜好を否定するのは良くない。伝え方も重要です。社内にはポスターを掲示していますが、「いかにウザくならないか」という視点からも言葉を選んでいます。健康経営はやり方を間違えると、社員に煙たがられてしまう恐れもはらんでいると思っています。

確かに、健康に良いことをするのは大切です。しかし、社員のストレスになるような取り組みは行わないほうが良いと思っています。弊社にはボトムアップの文化があるので、「健康経営なんてやりたくない」という声が増えれば、取り組み自体が立ち行かなくなってしまうでしょう。

CHO室をつくったときも、「社内の自動販売機からカップラーメンがなくなってしまうの?」と不安の声があがりました。このときは社内報を通じて、CHOの南場から「自動販売機からラーメンはなくしません!」というメッセージを発信したほどです。

一方で、健康に関心のある社員に向けては、社内のカフェにヨーグルトや納豆などの発酵食品を使ったメニューを増やしたり、「ウェルメシプロジェクト」として野菜たっぷりのサラダボウルや体に優しい食材をふんだんに使ったお弁当を販売したりと、気軽に健康づくりに取り組める工夫を行っています。

選ぶかどうかの判断は、一人ひとりの社員に任せているのですね。

強制するのではなく、あくまでいろんな施策を打ち出し、選択肢を増やすことを意識しています。ただし、いくら個人の自由だとはいっても、それが他者への健康被害をもたらさないように配慮する必要があります。

社内にあった喫煙室は、もともと非喫煙者から部屋から煙やにおいが漏れていると不安の声が寄せられていました。そこで、喫煙者が煙の少ない加熱式たばこを買いやすいように、たばこ会社の方に来てもらって販売会を行いました。加熱式たばこに切り替えた社員の中には、その後、フレーバーのついた水蒸気を吸うスティックに変え、最終的には禁煙に成功した人もいます。

全員が非喫煙者になることが、会社にとっては理想です。しかし、たばこを「吸う」「吸わない」の二択を迫るやり方では、行動変容を促すことは難しい。それでもやり方を工夫することで、少しずつ望ましい状態に変えることはできます。DeNAでも喫煙者・非喫煙者両者とのコミュニケーションを丁寧に行い、一年半の時間をかけて、現在は喫煙室では加熱式たばこだけを吸えるようになっています。

他社とのネットワークが知見を深め、健康経営を加速させる

では、「健康取り組み5箇条」の最後の二つ、「Sustainable(継続性)」と「Collaborative(連携)」は、どのように意識されていますか。

健康経営は企業の成長を目指すための投資策ですが、こうした考え方の浸透には、まだまだ時間がかかるでしょう。実際、従業員への福利厚生のような位置付けで、健康支援を行っている会社が多いのが実状です。それでも、健康経営に継続的に取り組むことで、効果を感じられるようになるのではないかと思っています。

取り組みを継続させるために重要なのは、長く続けられる手段を選ぶこと。そのためには、施策にかかるコストをできるだけ抑え、投資に対する効果を最大にすることがポイントです。

DeNAでは、他社と「Collaborative(連携)」することで、コストを抑えながらさまざまな取り組みを実施しています。例えば「腸内環境プロジェクト」として食品メーカーとコラボレーションし、50人ほどの参加者にそのメーカーの主力商品を試してもらう1ヵ月間チャレンジを実施しました。メーカーはデータ採集の機会になりますし、こちらも費用をかけることなく実施できます。さらにコラボレーション先が自社メディアなどで取り組みを発信してくれれば、プロモーションの機会にもなります。

コラボレーションする相手の精査は大切だと思っています。社員の健康課題にアプローチでき、本当に健康効果が期待できるものなのかと同時に、プロモーション効果が高いパートナーなのか。そのあたりはポイントになりますね。DeNAの取り組みとマッチする製品かどうかを見極めて、こちらから「一緒にやりませんか」と声をかけることも少なくありません。

「Collaborative(連携)」としては、渋谷区の企業を中心に、健康経営の取り組みの連携や発信も行われていますね。

平井孝幸さん(株式会社ディー・エヌ・エー CHO(Chief Health Officer)室 室長代理)

弊社で健康経営を開始するとき、すでに健康経営に取り組んでいるさまざまな企業に話を聞きに行きました。健康経営の担当者は他の業務と兼務することが多く、担当者の意欲によっては成否も変わってきます。それなら情報を拾いやすい“場”を設けることが、大事になってくるのではないかと考えたのです。このときに得た他社とのネットワークは、健康経営を進めていくうえで、とても役に立ったと感じています。

こうした事例の共有やネットワークづくりを目的に始めたのが、「渋谷ウェルネスシティ・コンソーシアム」です。渋谷区にある企業を中心として、健康経営にまつわる企業や人との交流、コラボレーションを加速させようとしています。

コンソーシアムをきっかけに健康経営の部署が立ち上がったり、経営層に向けて企画を練ったりする企業が見られるなど、効果も表れつつあります。各社の取り組みを後押しするキャンペーンも行っていて、今年度は「プレゼンティーイズムの解消」をテーマに、参画企業がそれぞれ実施している施策の成果などについて、来年の3月にシェアし合うことになっています。

本気で健康経営を進めるなら、専任者は必須

健康経営の担当者には、自社に必要な課題を見極め、施策を行っていくことが求められます。それには、高いリテラシーが求められるのではないでしょうか。

実際に健康経営に取り組んで感じたのは、「本気で健康経営をやるなら、一人でもいいからプロフェッショナルを配置すべき」だということです。これまで健康経営に取り組む企業をたくさん見てきましたが、なんとなく取り組んでいるようなところは、うまくいっていない印象を受けます。

そういう企業に多いのが、トップダウン式で指示された担当者が、“やらされ感”を持って取り組んでいるケース。「多くの会社がそうだから、とりあえず同じことをする」というのでは、取り組んでいる意味がありません。あくまでも、施策は経営に資するものでなければならない。健康経営は、単なる「健康増進プロジェクト」ではなく、「経営施策」なのですから。

平井さんが自主的に健康経営を始められてから、3年が経ちます。その間、どのような成果が見られましたか。

まず、社内における健康経営の浸透です。CHO室のメンバーも増えて、取り組みが認知されつつあることを感じます。次に、プレゼンティーイズムの低減です。腰痛改善をはじめ、睡眠や運動、食事などの改善に取り組んできましたが、各項目で成果が見られています。

副次的なものとしては、外部へのPR効果もありました。会社の印象を高めることも健康経営の目的の一つなので、そこは狙いどおりかなと感じます。

また、個人的には、企業から「一緒にコラボレーションしましょう」と問い合わせが来るのがうれしいですね。お誘いの声は、施策が認められた証拠だと捉えています。大手のメーカーからの問い合わせも多く、より大きな展開につながると思うとワクワクします。

大切なのは、「健康になっていただく」という姿勢

企業が健康経営で成果を上げるには、どのようなことがポイントになると思いますか。

まずは、自社の成長の妨げになっている健康課題を明確にすること。わからないのであれば、ヒアリングをして仮説を立てたり、アンケートをとったりして、リサーチを行うべきです。次に、浮かび上がった課題の順位づけを行うこと。特に、経営へのインパクトの大きさで判断することが大切です。そして、実際に施策を行う。あれもこれも、一度に始める必要はありません。やることが決まったら、KPIを定めて成果を測ることがポイントです。

また、健康経営を推進する側の姿勢も大切です。よく健康経営の担当者から聞かれるのが、「社員のためにせっかく健康経営の取り組みを行っているのに、なかなか浸透しない」「社員を健康にさせるのは難しい」という声。このような「やってあげている」「健康にさせる」といった意識では、誰もついてきません。

業績向上を目指して、従業員に「健康になっていただく」という姿勢が、担当者には求められるのではないでしょうか。それには推進者の心持ちが大きな鍵です。健康経営を進めていきたいと、心の底から思えるような人が担当になるべきだと強く感じます。今後、本気で健康経営に取り組む企業の動きがさらに広がり、新たなコラボレーションが生まれることを期待しています。

平井孝幸さん(株式会社ディー・エヌ・エー CHO(Chief Health Officer)室 室長代理)

(取材は2018年6月25日 東京・渋谷区の本社ビルにて)

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。


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