皆さんは「組織活性化」という言葉から、どんなイメージや光景を思い浮かべますか。おそらく、多様なイメージが浮かんでいることと思います。では、なぜそうなるのでしょうか。それは、この言葉そのものがメタファ(比喩)だからです。「組織活性化」という言葉は、わかったような、わからないようなマジックワードであり、ともすれば、人を思考停止に陥らせてしまうのです。
「組織」が主語になる言葉には、必ずその先にイメージが必要なはずです。具体的に、人がどういう状態にあるのかをイメージすべきなのです。いま、誰かが問題を抱えているのに、「組織活性化」という言葉でくくってしまうと、奥が見えなくなってしまっています。
「組織が活性化していない」と漠然と判断して、安易に短期的処方箋を用いている人事の方もいらっしゃるかもしれません。しかし、それは危ういことです。本当はその奥に、もっと明確な問題が潜んでいるはずなのです。
私は社会人を対象にしたワークショップを行うことが多いのですが、そこでは、「レゴを使って、元気な職場を表現してください」というような問題をよく出します。作ってもらったものを見ると、みんなが真ん中を向いていたり、一つの方向を見ていたりするという特徴があります。これが、一般的な「組織活性化」のイメージ像なのかもしれません。逆に「元気でない職場」の場合は、人形がバラバラの方向を見ています。
それでは、学問の世界では、「組織活性化」についてどのように考えられているのでしょうか。いろいろ文献を調べてみたのですが、1970年代~80年代には、「組織活性化」に関する文献がほとんどありません。しかし、バブル崩壊を迎えた90年代に入ってからは、急激に増えてきます。これは私の仮説ですが、昔の日本企業では、組織の活性化ということが問題にはなりにくかったのではないでしょうか。
70年代~80年代には、年功序列や終身雇用などの「安定的な人事制度」や、村落共同体的な「濃密な職場環境」がありました。また、長時間労働ではあっても時間的には余裕があり、右肩上がりの時代背景などもあって、意図しないままにさまざまな条件が重なって、問題化しなかったのではないかと思われます。しかし、現在ではこれらの条件が失われてしまっているため、表面化してきているのです。
そういう意味からいえば、組織非活性化はマクロ的に、社会構造から起きているといえますから、意図的に解決していくべき問題です。そして、現在においては人事課題であり、経営課題でもあるのです。
ここからは、「組織活性化」の具体像について見ていきましょう。「活性化している」とは、いったいどのような状態を指すのでしょうか。過去の文献などを見ると、具体像について、主に二つの要件が定義されています。
(1)職場メンバーが相互に意志をコミュニケートしつつ、目的・価値観を共有できること
(2)職場メンバーが能動的に新しいことに挑戦し、成長を実感できること
まずは、「コミュニケーションと価値目的共有」について考えていきます。なぜ、これが重要なのか――。その答えは、仕事に必要だからです。
人が集団で意思決定し、協力的に問題解決(仕事)ができるためには、何が必要か。一般的には「マネージャーさえ決めれば意思決定でき、みんなが動く」「意思決定すれば、みんなが協力する」というイメージなのではないでしょうか。しかし、現実を見れば、この答えは「NO」ですね。
仕事(集団意志決定と問題解決)を一緒に行うために必要なもの、それは以下の三つの情報です。これらがなければ、仕事はうまくいきません。
(1)関連する周りの人々の置かれた状況についての相互理解(コミュニケーション前提)
(2)組織の環境状況について、関係者が類似のイメージを持つこと(組織の現状についての類似イメージ)
(3)組織が目指すべき「行動目標」についての類似イメージ
例えば、ある仕事をスムーズに進行させていくためには、スタート時に「相互の理解」「考え方の違いの理解」「現在の状況」「組織の環境把握」「目的・価値の把握」といったコミュニケーション成分が必要になります。これらがあれば、皆が協力的に仕事するようになり、正しく決定される議論モードに入っていけるのです。かつては、これらの成分が日常のコミュニケーションの中で自然と補われていましたが、現在は、あえて補う必要が出てきました。
円滑なコミュニケーションを図るためには、ときには「職場単位」で、敢えて「機会」を設けることも必要です。ここで一つ、事例をご紹介しましょう。パナソニックの職場内ワークショップの事例です(中原・松尾・富士ゼロックス総合教育研究所の研究事例より)。
パナソニックの営業組織であるデバイス営業本部では、電子部品を各電気メーカーに販売していました。メーカーごとにチームが作られており、相互の情報共有はあまりなく、いわば「仮想国」のような状態でした。
しかし、内部・外部環境が変化し、メーカーの事業統合・連携が進み、作られる製品の機能も融合が進んだことで、チーム同士が積極的に情報共有を行い、開発営業(ソリューション営業)を行う必要性が出てきました。しかし、上がいくらソリューション営業の必要性を説いても、なかなか伝わりません。そんなとき、新しい統括部長が着任し、改革を進めていきました。
しかし、いきなり「価値や目的の共有」と言っても、うまくはいきません。そこで、土壌づくりから始めました。リーダーが訓示を行っていた時間を使い、各人が目標を表明し、お互いを知る機会を作りました。そして、組織横断の懇談会も開きました。また、グループマネージャー以上が集まっていた意思決定の場に、一つ下のチームリーダーも参加させて、権限も委譲していきました。
このような下地づくりができた段階で、初めて職場ワークショップを実施しました。ワークショップの目標は、「開発営業とは何か?」を皆で見出すことでした。そこでまず、「開発営業とは何か」という問いについて、自分はどう思っているのかを一人ひとりが発表し、それを皆が腹落ちするまで語り合い、組織の目指すところを決めていったのです。結果、コミュニケーションと価値・目的が共有されたよい職場へと変わったそうです。
次は組織活性化のもう一つの要件である、「新しい挑戦と成長の実感」について考えてみましょう。この言葉には、2つの要素が入っていますね。実は、これまでは「新たなことに挑戦すること」と「成長実感をもって働けること」は別なものとして研究されていました。しかし、私はこの2つは相関性が高いのではないかと思っています。要するに、「新しいことにチャレンジする職場をどのように作るか」によって、「若手・中堅の成長」も決まってくるのではないかと思うのです。
では、挑戦のある職場で人が成長するには何が必要なのでしょうか。それは「他者を伴うストレッチ」です。他者からの支援があり、新たな仕事を任されれば、そこにはストレッチの効果が生まれます。ただここで大事なことは、十分な振り返りの作業が行えることです。
ここに「仕事の任せ方」チェックシートがあります。部下に仕事を任せるときに当てはまるものをチェックしてもらうものですが、書かれている16のチェック項目は大きく「仕事説明」「ストレッチ」「モニタリング・リフレクション」という分野に分けることができます。「仕事説明」とは、与える仕事内容を十分に理解させているか。「ストレッチ」は任せる仕事内容そのもの。「モニタリング・リフレクション」は進捗状況のチェック、振り返りのチェックを行っているか。
皆さんは、実際の効果と比較したとき、影響の大きい項目はどれだと思われますか。もしかすると、ストレッチがもっとも多い予想かと思いますが、実際は違います。係数を見ると、圧倒的に高いのは「モニタリング・リフレクション」で、次は「仕事説明」、最後が「ストレッチ」となっています。皆さんは意外に思われるかもしれませんが、それほどに進捗状況のチェックや振り返り作業は重要なものなのです。
ここまで組織活性化について、いろいろな考察を述べてきましたが、人事の皆さまには、これらのことを現場の言葉、また現場が利益や興味を感じられるような言葉に直しながら、伝えていく必要があるのではないかと思います。
私が好きな言葉で、「魚を飼うということは、水を飼うということである」というものがあります。これはコピーライターの糸井重里さんの言葉ですが、「健康な水をキープできていれば、魚は元気に生き続ける。魚を飼っている、なんて思わないほうがいい。水を飼っていると考えたほうがうまくいく」という意味です。これはまさに、人事の皆さまの仕事を表現しているのではないでしょうか。ぜひこれからも、水を意識した組織づくりを行って欲しいと思います。