今回のカンファレンスのテーマは「モチベーション」ですが、私はポイントを絞って、企業にとってのモチベーションのコントロールはどこまで可能か、どのような制約があるのかについて、お話いたします。
まず、企業の人事部にとって、大変重要なことが三つあります。一つ目は、「経営計画を達成していくのに、必要な人員が揃っているか」ということです。二つ目は、「経営計画に向かって、社員それぞれが高いモチベーションを持って働いているか」。三つ目は「現在だけではなく、これからも継続して経営計画を達成し、高いモチベーションを維持していく仕組みができているか」ということです。
人事にとって、社員のモチベーションをどのようにコントロールしていくかは、大変難しい問題です。何を目的としているのか、その対象は社員全員なのか、あるいは一部だけで他の社員には必要ないのか。モチベーションについて議論する場合には、まず、その「ゴール」について考えていかなければなりません。
バブル期に大量に新卒を採用した企業は、40歳前半の社員が多いことでしょう。年齢的にはちょうど課長クラスですが、現在の経済状況を考えると、全員を昇進させてしまうと人件費が大きな負担となってくる。しかし、そのようなポストが限られた環境で、40代の社員全員のモチベーションを上げることは可能でしょうか。人員構成そのものが適正でなければ、モチベーションをコントロールすることは難しいのです。
ビジネスモデルがある程度決まっている企業なら、目標を達成するのに必要な「職種」は限定されています。そのため、「制度」はある程度ひとつの形にならざるを得ません。しかし、社員個人が希望する職種に就きたい場合には、業務そのものの量と人員数をどう組み合わせるかが問題になります。
企業という組織が「ピラミッド型」である以上、企業が求める職種や人材も、ある程度はピラミッド型で構成されることになります。しかし、企業が本来必要としている人員構成と、実際の企業の人員構成が乖離してしまうと、社員のモチベーションのコントロールは、難しくなります。40代で管理職に就けない人のモチベーションをどうするか。また、平均年齢が高い企業のなかで、若手社員がモチベーションを活性化させることはできるのか。自社のビジネスに合わせた人員構成でないと、モチベーションはコントロールできないのではないかと思います。
人事制度そのものは、「継続性」が重要です。企業が求める人材を、継続的に安定して供給することができるかどうか。そのためにも、現在の人員構成を前提にして、今後も採用・昇格を行った場合の将来的な姿をシミュレーションしていく必要があります。例えば、年功序列の会社で、40歳は管理職になるというモデルがあり、今後は「65歳定年制」が導入されるとします。この場合、総合職の新規採用は相当低く抑えていかなければ、将来的には余剰人員が大勢出てしまうことになります。そうならないためにも、全ての職種でそれぞれ何人必要なのか、また、昇格する人数は何人が適正なのかを、明確にしておく必要があります。その上で、「モチベーション対策として何が必要なのか」を考えていくべきです。
「成果業績主義的人事制度」を採り入れた場合のモチベーションについて、考えていきましょう。導入後には、果たしてどのような変化があるでしょうか。
「年功型」の場合、個人の能力差によって、それなりに処遇に差はあるものの、基本的には年齢と相関関係があります。しかし、「成果型」の場合、出世して大きく上がる人もいれば、パフォーマンスが上がらず、低いままの人もいるなど、個人によってその処遇は全く異なります。ここで、現在の人員構成の構造的な問題を考えると、「パフォーマンスが高くない人たちを、今後も継続して雇用していくのか」という問題が発生します。
例えば、40代の管理職候補の人が5人いたとして、これまでは全員が昇進できたとしても、今後は1人だけしか昇進できないということもあるでしょう。そうすると、昇進できなかった人たちは、環境を変えてあげないとモチベーションが保てなくなります。最終的に別のキャリアで活躍できるのなら良いのですが、もしそうでなければ、本来持っている能力を活用することなく、モチベーションも上がらないまま、定年を迎えることになります。それでも、本当にその人たちを雇用し続けるのでしょうか。
給与については、優秀な人にはある程度多く支給し、そうでない場合は少なくする、という考えが一般的です。それでは、どの程度差をつければ良いのかというと、なかなか基準がわからない。そこで、ひとつの考え方をご紹介しましょう。
社員を社内に引きとめる効果を期待するには、労働市場を意識した給与処遇を実現することが重要。優秀な社員への配分を多くする(優秀でない社員の配分を少なくする)ことによるモチベーションのコントロールを行う。人件費総額を増額しない限り、優秀者へ傾斜配分すると優秀でない社員へはその分が減額。
図の中で、45度の線から上の範囲にいる人は、今の会社にいる方が給与は高いので、「お金」という点に限っていえば、辞める動機はありません。逆に、線から下の範囲にいる人は、別の会社に行った方が給与は高くなるので、他社に移りやすい。優秀な人は辞めて欲しくないので労働市場と同じか、それ以上に高くする。そうでない人は労働市場と同じか、それより低くすることで、社外に出るように促す。それが、労働市場的な観点から、社員のモチベーションをコントロールしていく給与の制度です。
今の日本企業は人事制度そのものを、より合理的・科学的なアプローチによって見直す必要があります。例えば、職種に見合った適切な人数であること。また、管理職だけでなく、複数の職種があるという観点から、合理的にキャリアパスを整備していくこと。これらが、社員のモチベーションを中長期的に維持・向上していくための、基盤となります。また、現在の人員の雇用を、今後どうしていくのかも、重要な問題です。高齢者が増えていった時に、会社は活性化しているか。給与などの面で、果たして社員のモチベーションを高めることはできるのか。
やはり、短期的にモチベーションを上げていくことは、難しいと思われます。現在の人事の構造的な問題で、ある程度は決まっているからです。モチベーションをアップさせていくには、まず「人事制度」「キャリアパス」を合理的に作ることです。企業にとって適正な人員数を明確にして、きちんと人材のフローをマネジメントしていかなければ、モチベーションをコントロールしていくことは難しいのではないでしょうか。