社員が自発的に成果を上げるボトムアップ組織の作り方~たった一つではない成功レシピ
- 北方 伸樹氏(株式会社オフィス・アニバーサリー 代表取締役社長)
組織がトップダウン型からボトムアップ型に変わろうとする際には、大きな困難を伴う。トップが今までのやり方を手放す必要があるからだ。組織改革に詳しいオフィス・アニバーサリーの北方氏は、「部下と話す場を設定し、いい仕事をしようとする部下に任せることが大事」と語る。ボトムアップ型組織への変革を成功させる方法とは――。
(きたがた のぶき)京都大学教育学部卒業後、住友金属工業(現新日鉄住金)入社。組織の中で案件を通していく作法を学んだあと、マネジメントの改善を支援するコンサルティング会社に入り、リーダーの行動を変える難しさを知る。そこでコーチングに出会い、コーチ・エィで修行を積み2012年独立。リーダーと組織の変化を支援し続けている。
リーダー自身の部下への関与の仕方を根本的に変える
オフィス・アニバーサリーは、「『ここで働いていて本当によかった』そう思える会社を世界にたくさん作ること」をミッションに、人材開発・組織開発を行っている。
北方氏はまず、組織改革を支援した、45アイズ株式会社の事例を紹介した。同社は東京都文京区に本社を置き、社員は約300名。各種印刷サービス、写真屋さん45のプリントショップのチェーン展開、看板サービスや店舗の内外装⼯事などを手掛けている。
「2014年、最初にお手伝いしたのは、大塚社長へのエグゼクティブコーチングでした。その後、リーダーへのコーチング、次に部下マネジメント力向上プログラムを行いました」
45アイズは大塚社長の父が経営していた頃は、強烈なトップダウンの社風だった。代替わりして行おうとしたのは、社員が自分たちで考えられる会社への変革。そこで、社長自身のコーチングの依頼があったのだ。
「コーチングセッションとは、前回のセッションから何をしたか、行動の振り返りを行い、改善点の検討、行動計画の決定を行うものです。約2週間後に再度行動をチェック。PDCAのサイクルを、セッションを軸に回していきます。大塚社長はセッションを受けることで、物事が前に進むことを体感されました。そこで、部下にもコーチングを受けさせたいと、再度ご依頼をいただいたのです」
続いて、数名のマネジメント層にコーチングを開始。半年経って課題をクリアし、行動が定着してくると、今度はリーダーにコーチングスキルそのものを身につけさせたいとの依頼があった。
「そこで実施したのが、部下マネジメント力向上プログラムです。これがトップダウン型組織をボトムアップ型組織に変える大きな要因となりました」
トップダウン型組織では、リーダーが答えを出して部下に指示する。その際「言ったとおりにやらせる」ことに重きを置きがちだ。しかし、部下が納得していないとモチベーション低下や関係性の破綻につながってしまう。
「それに対してボトムアップ型組織では、リーダーが部下に“WHY”とゴールを示します。つまり、『何のためにやるのか』『どこまで目指すのか』を明確に提示します。やり方は部下に考えさせるのです。上司は対話を通じて部下から答えを引き出していく。すると、部下はいい仕事をしようと努め、目標達成を目指して頑張ることができる。そしてリーダーも成功する。これがボトムアップ型組織のあり方です」
“WHY”を共有し、「いい仕事をいかに気持ちよくできるか」を意識するようになると、部下はリーダーも想定していなかった方法を考えるようになる。現場の最前線で、最もふさわしい答えを部下から引き出すことが大事なのだ。
「組織をボトムアップに変えるポイントは、リーダー自身の部下への関与の仕方を根本的に変えることです。しかし、今までのやり方を手放す必要があるため、大変難しいことでもあります」
北方氏にも失敗した経験はある。社長を変えることができなかった、という経験だ。
「ある社長から『部長クラスを自発的にしてほしい』とご依頼を受けて、最初に部長たちをコーチしたのですが、社長は成果が感じられないといいます。おかしいなと思って詳しく聞いてみると、部長たちの提案を社長が修正して、社長の正解に合わさせていたんですね。社長が求めているのは、『社長と同じ答えを自発的に出す』部下だったんです。『そういう方法もあるよね』と許せるような内容でも、自分の答えと違っていたら、その社長は許せなかった。社長の姿勢を変えられなかったことが失敗の原因でした」
上司は指示する人ではなく、仕事を成功させてくれるパートナー
ボトムアップ型組織が成り立つポイントは、本来すべての社員が「いい仕事をして貢献したい」と考えているはずだ、という前提に立つことだ。上司が部下にいい仕事をさせたいのなら、その能力を引き出して成長を促すにはどうすればいいのかを考えなければならない。
「ここが変革の成否の分かれ目です。いい仕事ができていないなら、 何が社員をそういう状態にさせているのかを考える。原因がわかれば、解決の糸口は見つかります。部下の働きぶりに影響を与えている大きな要因は、上司の関わり方です。そこに着目するのです」
45アイズでも、部下マネジメント向上プログラムを行った。そもそもこのプログラムは研修ではない。職場を離れたどこか別の場所が主体ではなく、参加者の職場自体がプログラムそのものとなり、変化の舞台になる。
「まずリーダーに『どのように部下をコーチすればいいか』というセオリーをインプットし、『職場で部下をコーチしてきてください』という宿題を出します。すると、リーダーは部下と話をすることになります。職場で実践したら、リーダー同士6名くらいでグループセッションを行います。そうすることでリーダー一人ひとりのマネジメントの質が上がり、同時に部下の仕事のPDCAも回りはじめます。プログラムを始めるとまもなく、チームの仕事の質が高まるのです。プログラムの本体は職場であり、職場での経験を集まって話す。これはまさにOJTです。この試みを基本3ヵ月継続します」
部下マネジメント力向上プログラムに参加したリーダーは、次の集合セッションで行動の結果を話さなければならないため、部下とセッションを行うようになる。すると今まで話す機会がなかった部下の話も聞くことになり、部下との関係性が変わり始める。
「部下とのやり取りがうまくいかないときは、集合セッションで他のリーダーと⼀緒に考えます。結果、リーダー同士の関係がよくなり、なんでも話しあえる仲間になる。ここで『横のインフラ』ができます。同時に、リーダーと部下の『縦のインフラ』も出来上がるので、リーダー、部下、周囲にプラスの変化が起こり、組織の成果となって表れ始めます。」
このプログラムの考え方の裏付けとなっているのが、組織行動学者であるデイビット・コルブが提唱した経験学習サイクルモデルだ。「具体的経験→省察的観察→概念化→新しい取り組み」のサイクルであり、背景の原因や理由を探る「省察的観察」と教訓を引き出す「概念化」の部分は、リフレクション(振り返り)と呼ばれる。セッションを軸にした部下マネジメントが確立されると、リフレクションの場が定着するので、そのうち自分で自分に問いかけて行動するようになる。
「すると部下は、上司を単に『仕事を指示する人』ではなく、『自分の仕事を成功させてくれるパートナー』とするようになります。上司が関わるといい仕事ができるので、もっと話したいと考えるようになる。上司と話すことで、仕事が前に進む。すると部下は問題を抱え込まなくなり、タイムリーに上司へ報告するようになります。部下のモチベーションは上がり、メンタルヘルスの状態も向上します」
いきなり結果を問うのはタブー。始まりは関係をよくするところから
では、プログラムは実際にはどのような成果を生んだのか。45アイズの参加者からは、「最近上司が変化したことは何か」という問いに対して「笑顔が増えたと思う。一緒に考えてくれることがうれしいと思うようになった」などの回答が寄せられた。「プログラムの業績への影響は何か」という問いには「クライアントの商談時に会話の進め方を応用し、カウンセリングに近い応対をすることで信頼感を得ることができた。これによって他社から弊社への注文切り替えに成功した」などの声があった。リーダーは部下を肯定的に捉えるようになり、職場に協力関係が生まれ、空気が変化。部門間の連携も進んだ。
「45アイズでは、現場の最前線で顧客に接している社員の方からさまざまなアイデアが出てくるようになり、新しい需要を掘り起こすことができました。大塚社長も、社内のコミュニケーション量が増えてリーダーの思考の質が変わり、安心して見られるようになったそうです。業績も上がっています」
この関係性の変化の背景にあるのは、MIT教授であるダニエル・キム氏が提唱した組織の成功循環モデルだ。組織で成果をあげようとすれば、まずは「関係の質」を変えていくことが重要になる。何でも話せる組織はアウトプットが増え、「思考の質」が変わる。アイデアが出ると「やってみよう」ということになり、「行動の質」が変わる。そして最終的に「結果の質」も変わっていく。
「絶対にやってはいけないのは、結果の質から入ることです。そうするといきなり『なぜ目標が達成できていないのか』となってしまう。これでは思考も止まってしまいます。まず、関係をよくするところから始めないといけません」
部下のコーチングは、別室を用意したうえで、週に1回30分を目安としたセッションを開催するのが原則だ。少なくとも、2週間に1回は行う。部下の話を聞く時間であることを忘れず、決して説教タイムにしてはいけない。大切なのは「今後はあなたの話を聞く時間をもうけて、仕事をうまく進められるようにサポートするよ」と宣言することだ。
「人材開発、組織開発にセオリーはありますが、正解は一つではありません。答えはいくつもあるので、リーダー一人ひとりが試行錯誤しながら、自分なりのスタイルを見つけていくのです。私たちは、そのためのお手伝いをしていきたいと考えています」
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