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「働き方改革」から「組織開発」へ
組織ぐるみで進める「残業時間是正」の3つのポイント

  • 中原 淳氏(立教大学 経営学部 教授)
東京基調講演 [K]2019.07.05 掲載
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「働き方改革」の機運が高まるなか、社内の施策が功を奏している企業は一体どれくらいあるだろうか。なかなか効果を出せていない、という企業も多いのではないか。立教大学教授・中原淳氏が「働き方改革」をすすめる手段として「組織開発」を取り上げ、その実施方法を三つのポイントから解説した。

プロフィール
中原 淳氏( 立教大学 経営学部 教授)
中原 淳 プロフィール写真

(なかはら じゅん)立教大学経営学部ビジネスリーダーシッププログラム(BLP)主査、立教大学経営学部リーダーシップ研究所 副所長などを兼任。博士(人間科学)。北海道旭川市生まれ。東京大学教育学部卒業、大阪大学大学院 人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学講師・准教授等をへて、2018年より現職。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発・組織開発について研究している。専門は人的資源開発論・経営学習論。単著(専門書)に『職場学習論』(東京大学出版会)、『経営学習論』(東京大学出版会)。一般書に『研修開発入門』『駆け出しマネジャーの成長戦略』『アルバイトパート採用育成入門』など、他共編著多数。


残業が減らない要因は、個人の能力の問題なのか

中原氏は人材開発・組織開発を専門に研究しているが、最近では長時間労働問題にも取り組んでいる。

「なぜ残業について考えるようになったかというと、危機感を抱いたからです。ここに『個人責任論×ドローン=サービス残業増加』という公式を挙げます。まず『個人責任論』ですが、なぜ残業は生まれるのかを問うと『個人の業務能力が低いからだ』など、個人の努力や資質の問題に帰属してしまう考え方が根強い。しかし、個人の仕事術で対処すれば、本当に残業問題は解決できるのでしょうか。二つ目の『ドローン』は、『監視する者の存在』を表しています。昨今は、職場でドローンを飛ばして、残業をしている人を監視するシステムが売られているそうです。あなたが一生懸命残業しているときのことを思い出してください。仕事をしていると、赤い光を放ったドローンが飛んできて、警報を鳴らしてくる。やるせないと思いませんか。こういった監視の目があると、人は仕事を家に持ち帰るようになります。こうして残業の“見えない化”が進んでいくのです」

中原氏は、パーソル総合研究所との共同研究で2万人を対象にした大規模な調査を実施した。すると、長時間労働の主要な要因は「職場:個人=3:1」で説明できることがわかったという。労働時間を長くする因子は職場の方が3倍近く大きい。また個人の「1」の多くは、「残業代をあてにして生活を組み立てているかどうか」に起因するところが大きいという。つまり、「個人の努力」だけでは長時間労働問題は改善できないのだ。職場ぐるみの組織開発が必要だ、と中原氏は言う。

「繰り返しになりますが、3:1の『1』のほとんどは仕事のやり方ではなく、残業代を当てにした生活かどうか。残業代込みの金額を本給と捉えて、住宅ローン、教育ローンなどを組んでしまうと、もう二度と抜け出せなくなります。」

残業発生のメカニズムは、集中して、感染して、遺伝する

ここで中原氏は、残業が発生するメカニズムをひもといていった。民間企業の事例は公開が難しいため、今回は長時間労働が問題になっている職場として学校の事例が紹介された。

「端的に言うと、残業は職場と上司によって引き起こされます。そこには『残業は集中する』『残業は感染する』『残業は遺伝する』という三つの要因があり、結果として『残業は麻痺(まひ)させる』状態に至ります」

まず一つ目の「集中する」。優秀な部下や上司に仕事が「集中」することで残業が生まれる、ということだ。すると、さらにメンバー間に能力の格差が生まれる。上司は優秀な部下から優先して仕事を割り振っていく傾向があるので、できる人にばかり仕事が集中して残業をしなければならなくなる、という構造ができあがるのだ。

二つ目の「感染する」は、多くの人が経験しているであろう「職場に帰れない雰囲気がある」こと。残業が常態化している職場でよく聞くのが、「すみません、今日は早く上がります」というセリフ。就業時間を過ぎているなら謝る必要はないが、謝らなければならない雰囲気があるのであれば、感染している証拠だ。さらに中原氏の調査によると、年齢によって帰りにくさに差が出ている。男性の20代は50代の1.9倍、女性の20代は50代の1.7倍と、若い人ほど帰りにくさを感じているという。

「帰りにくさの背後にあるのは、『多元的無知』という概念です。例えばAさん、Bさん、Cさんが職場にいて、全員が帰りたいと思っているとします。するとここで、探り合いが始まります。Aさんは『帰りたいけれど、他の二人はそんなこと思っていないだろうな』と思い込む。BさんもCさんも同様です。その結果、本当は全員が帰りたいのに誰も望まない同調行動を生んでしまう。帰りにくさは、上司の残業時間と比例してどんどん上がっていきます。マネジメント行動が少し下手な上司は、感染を広げていくのです」

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三つ目は「遺伝する」。上司の働き方が世代を越えて部下やメンバーに受け継がれてしまう、ということだ。部下の残業時間と上司が若い頃の残業時間を調べてみると、若い頃に長時間残業を経験していた上司は、部下の残業時間を知らず知らずのうちに増やしてしまう傾向があるという。

集中して、感染して、遺伝する。その結果「麻痺」が起こる。この「麻痺する」という状態は、長時間労働によって心と体がちぐはぐになる、ということだ。健康被害や離職リスクが高まって、どんどん危険な状態に近づいているにもかかわらず、本人の幸福感は微増する。実際、中原氏は調査の中で驚くべき結果を得たという。通常は残業時間が増えるほど幸福感が下がるのに、残業が月60時間を越えると反対に幸福度が微増するという傾向だ。いわば我を忘れて仕事に取り組んでいる「没我」の状態であり、走っているとだんだんハイになってくる「ランナーズハイ」の状態にも似ている。

「本人にとっては楽しい感覚もあるので一概に否定もできないのですが、あらがえないのが健康リスクです。残業時間が増えれば増えるほど、健康リスクも高まります。残業60時間以上の人は0時間の人と比べて『食欲がない』が2.3倍、『強いストレスを感じる』が1.6倍、『重篤な病気・疾患がある』が1.9倍と、すべての項目が上昇します」

人生100年時代や少子高齢化の影響で、若い世代はかなり高齢になってからも働かなければならないことが予想される。しかし、長時間労働で健康を害することになれば、長期間働くこともできなくなる。中原氏はそれを、「長時間」労働が「長期間」労働を阻害する、と表現した。さらに残業は「開発能力」にも影響を与える。特に月60時間以上の残業をしている層は、フィードバック・内省化・職場外学習の機会を失っており、育成が阻害されているという。

残業是正のキーワードは、境界、マネジメントスキル、組織開発

では、どうすれば残業を減らすことができるのか。中原氏は外科手術、体力増進、漢方治療という比喩を用いた。外科手術は、出退勤を管理して時間に境界をつくりだすこと。体力増進は、マネジャーのマネジメントスキルを向上すること。漢方治療は、残業を生み出す職場の組織開発だ。

「重要なポイントは、治療を一回で終えたい、ということです。腹をくくって、一度の大きな治療に取り組む。ダラダラと取り組んでしまうと、体力が失われて形骸化していきます。二回目の治療から社員は『またか』と思うようになり、本気で取り組んでくれなくなります」

解決策の一つ目は「境界をつくりだす」こと。実はメンバーの19.9パーセントは、残業がいつから始まっているかを意識していない。さらに、約2割の人は「いつからいつまでが就業時間なのか」といった就業時間の概念そのものが揺らいでいるという。まずは、オフィスの消灯やPCのシャットダウンといった勤怠管理施策で、時間の境界を意識させる必要がある。しかし、施策導入後、23.2%の従業員はすぐに抜け道を探し始めるという。「1階の出入口は閉まるが、地下1階からなら出られる」などといった抜け道だ。

二つ目は「マネジメントスキルの向上」。日本企業は新卒採用時にかなりの予算をかけて人材を育成するが、その後は手薄になりがちだ。マネジメント研修に注力している企業もあるが、新入社員研修と比べると微々たるものだ。

「残念ながら、マネジメント能力は座学では伸びません。最も研究数が多く、かつ効果が高いと言われているのはフィードバックによる育成です。マネジャー自身が誰かから、今のマネジメントのあり方について通知される。うまくいっていなければ立て直しの手伝いをしてもらえる、という状況が望ましい。360度評価を導入している企業もありますが、健全に機能させることが大切です。調査結果を見ても、マネジャーの自己評価と部下からの評価にはギャップがあり、多くの場合、自分が思っているほどマネジメントできていません。フィードバックによってマネジャーが自身を投影できる成長の鏡をできるだけ多く作ることが、一番の解決方法です」

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そして最後に、漢方治療としての「職場の組織開発」。組織開発とは、組織を“WORK”させるためのしかけのことだ。組織の課題を見える化しつつ、対話を通して皆で解決していくことを指す。中原氏は、組織開発を三つのステップに分類した。

「まず、組織の問題を『見える化』します。何が起こっているかを可視化し、課題を共に認識するのです。二つ目は、対話を行うこと。見える化された問題に対して、メンバー同士がどのように思うのかを述べ、認識のズレなどを話し合います。そして三つ目は、話し合われた内容を踏まえて、自分たちの手で未来を作っていくこと。この3ステップを回していくことが、組織開発ではないかと思います」

データは現場を変えない。対話が変化をもたらす

最後に、中原氏が横浜市教育委員会との共同研究で、実際に長時間労働是正に向けて取り組んでいる横浜市の小中学校の中から、一校の事例を紹介した。横浜市の教師の残業時間は、平均で1日3時間42分。つまり1日の労働時間が11時間42分で、民間企業より圧倒的に長い。

「最初に、先生方のこれまでの仕事に尊敬の念をもち、賞賛をすること。そのうえで『これまでの仕事を持続可能にするために、できることをしませんか』とお話ししました。その際に心がけてきたのは、先生方におしつけないことです。自分たちの働き方は、自分で決定していただくことが一番重要です」

調査やヒアリングから課題が明確になったら、次は対話だ。課題が言語化されることで、ほとんどの人は解決に向けたマインドに切り替わるため、対話を繰り返すことで一気に残業は減っていくという。

「サーベイの結果そのものが変革につながるわけではありません。また、見える化された数値だけを出したところで、現場の変革にはつながりません。職場のメンバーのあいだに対話を生み出してこそ、当事者意識が生まれます。データは対話を通してこそ、現場を変える力を持つのです」

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