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社員の自発的なモチベーションを引き出すには ―「承認」を中心に考える―

  • 太田 肇氏(同志社大学 政策学部・同大学院 総合政策科学研究科 教授)
大阪基調講演 [OC]2019.07.11 掲載
講演写真

他者に認められたいという承認欲求。この「承認」によって、モチベーションは生まれる。「承認欲求はすべての欲求のベースでありながら、これまであまり注目されてこなかった」と同志社大学教授の太田氏は語る。社員のモチベーションアップによる生産性向上、イノベーション促進という課題に、「承認」という切り口から太田氏が迫った。

プロフィール
太田 肇氏( 同志社大学 政策学部・同大学院 総合政策科学研究科 教授)
太田 肇 プロフィール写真

(おおた はじめ)1954年生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士前期課程修了。京都大学経済学博士。公務員を経験の後、滋賀大学経済学部教授などを経て2004年より同志社大学教授。専門は組織論、人的資源管理論。経営者、ビジネスマンなどを相手に講演やセミナーを精力的にこなし、マスコミでも広く発言している。著書として『「承認欲求」の呪縛』『がんばると迷惑な人』『個人を幸福にしない日本の組織』『「分化」の組織論』(以上、新潮社)、『承認欲求』『お金より名誉のモチベーション論』(以上、東洋経済新報社)、『日本人ビジネスマン「見せかけの勤勉」の正体』(PHP研究所)、『承認とモチベーション』(同文舘出版)、『公務員革命』(ちくま新書)などがある。


「平成の時代は失敗の時代だった」という言葉の意味

はじめに、太田氏は承認欲求の重要さについて語った。実は人が持つ最強の欲求こそが承認欲求なのだ。

「モチベーションについては、これまでもさまざまな研究が行われてきました。人間のやる気を引き出す源泉は欲求だといわれます。特に人事の方によく知られているのは、マズローの欲求階層説です。そこには生理的欲求、安全の欲求、社会的欲求、承認の欲求、自己実現の欲求といった階層があります。このうちの自己実現の欲求は、自分探しや働きがいとの関連などで広く触れられてきました。しかし、承認欲求だけはこれまであまり触れられてこなかった。私はそのことに疑問を感じていました。承認欲求こそが人が持つ中で一番強い欲求ではないのか、と考えたからです」

なぜ承認欲求が「最強」なのか。それは他の欲求につながっているからだ。自己実現も承認されて初めて、可能になることが多い。また、認められることは報酬に直結する。しかし、これまで承認欲求に関する研究は少なかった。10年前から自ら実験を行っている太田氏は、ここで自己効力感と内発的モチベーションに関する分析結果を紹介した。

「自己効力感とは、環境を効果的にコントロールできているという感覚です。平たく言えば、やればできるという自分の能力に対する自信のようなもの。承認があることで、自己効力感も内発的モチベーションも数値が高まっているのがわかります」

さらに仕事の成果につながることを示す実験も行っている。ある保険会社では営業所を二つのグループにわけ、一方は意識的にほめたり、認めたりするなど「承認」を行った。すると、3ヵ月後には販売件数で大きな差が出たという。

「他にも、仕事に対する満足度が上がった、仕事が楽しくなったなどの効果が見られました。幼稚園の経営者が先生をほめたことで、辞める先生がゼロになった例もあります。さらに別の研究では、メンタルヘルスで良い効果が出ている。ほめると自己肯定感が高まり、メンタルヘルスが向上するのです。このように、承認にはさまざまな効果があります」

ところが太田氏は、承認は条件によって負の作用が生じると語る。効果が大きい代わりに副作用も大きい。承認は諸刃の剣なのだ。

「今、働き方改革が進められています。しかし、正社員に限れば労働時間はそれほど短くなっておらず、二極化が進んでいます。有給休暇の取得も海外に比べるとまだ少ない。こうした数字をみると、日本人は勤勉でよく働き、やる気があるように思いがちです。ところが、ちょっと視点を変えると違う姿が見えてきます」

「ワーク・エンゲージメント」とは仕事に対する熱意、積極的な関わり方のことだが、どの国際調査の結果をみても、日本はもっとも低い水準にある。日本は不満があっても会社を辞めずに働く傾向があり、組織に対する帰属意識、労働生産性の数値も他の先進国に比べると低い。

「以上からわかるのは、日本人はひと言で言えば『受け身』である、ということです。それが生産性にも関係している。日本は90年代に国際競争力で大きく順位を下げました。その原因の一つがIT化です。単純な仕事は機械が行うようになり、仕事に求められる能力は大きく変わりました。創造性、独創性、ひらめきなどが求められるようになったのです。そういった能力や資質は、本人がやる気を出さなければ発揮できません。強制や命令では成果は出ない。しかし、こういった能力は外からみるとわかりにくく、管理がしにくい。従来の人事管理の手法が今後は通用しないことを、知っておく必要があります」

日本人は一見すると勤勉だが、本当の意味での意欲や満足度、帰属意識は低い。つまり「やる気の空洞化」が起きている。それが、IT化、グローバル化によって表面化したのだ。

「かつての日本人の成功体験が足を引っ張っている可能性があります。過去の延長線上で物事を解決しようとすると、思い切って発想を変えることができず、ブレイクスルーやイノベーションの機会を奪ってしまう。経済同友会の代表幹事だった小林喜光氏は今年、代表幹事の任期満了を前に興味深い言葉を述べています。『平成の時代は敗北の時代だった』と。これがどういう意味を持つのかを考えなければいけません」

承認欲求の「呪縛」が人を委縮させる

人は意識していなくても、多くのことが承認欲求につながっている。責任感、使命感、メンツなどは承認欲求と密接な関係にあることを知ってもらいたい、と太田氏は語る。

「『平成の時代は敗北の時代だった』という発言。それがどういう意味を持つのか、私なりに解釈したいと思います。なぜ日本は平成の時代に国際的な地位を失うことになったのか。大きな利益をもたらすような製品や技術が生まれず、イノベーションが起きなかったことが大きな理由です」

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では、なぜイノベーションが起きないのか。経営者がリスクを取ろうとせず、管理職も一般の社員もチャレンジしようとしないのはなぜなのか。太田氏は、ひと言でいえばチャレンジしないほうが「得」な構造があるからだという。

「『得』にはお金、地位だけではなく、人間関係、周りの評判、居心地など有形無形の報酬が含まれます。例えば、経営者が新しいことにチャレンジしようと思うと当然痛みを伴う。事業に失敗すれば社員を減らしたり、待遇が大きく悪化したりするかもしれない。その結果、社員に嫌われたり、反感を持たれたりする可能性がある。それよりも社員に気持ちよく仕事をしてもらって、無事に任期を終えるほうが得だと考えるのです。管理職も同様です。部下の挑戦を認めて失敗すれば責任を問われる。それよりも無難に過ごすほうがいいでしょう」

太田氏はこの有形無形の「得」の大きな部分が承認欲求に関係していると語る。具体的に「出世」「名誉」「尊敬」「感謝」「信頼」「面子」などであり、これらの大部分は承認欲求に基づいていると言っても間違いではない。そして、周囲からの承認を失いたくないと思うことが、皆を委縮させている。

「学生へのアンケートで、高校までを振り返って自分が認められることにプレッシャーを感じたことがあるかと聞いたところ、ほとんどの学生が『ある』と答えました。ほめられて最初はやる気になったが、だんだんと親のため、先生のためにやっている気持ちに変わっていった。これまではあまり考えられてきませんでしたが、それほどに、周囲からほめられることは大きなプレッシャーになるのです」

部下はほめられると、それに応えようと背伸びした状態になり、結果、疲れ果ててしまうパターンに陥ることが多い。実際、表彰を受けてしばらくしてから辞めてしまったケースや、社長にほめられて期待に応えようとして疲れてしまい、会社に来られなくなったケースなどがある。承認欲求は諸刃の剣であり、良い面が出ればモチベーションや自信を高めるが、一歩間違うと裏の面が出てきてしまうのだ。

「職場でもストレッチ教育として高い目標を与えることがありますが、そこでの気持ちはゴムと同じで、伸び過ぎると切れてしまう。どのあたりで切れるのかは人によって違います。そのため、一人ひとりをみていく必要がある。日本の職場は環境的に呪縛が生じやすいのです。私は承認欲求の呪縛は日本の風土病だと思っています」

「努力」をほめずに「能力」をほめよ

ではなぜ、日本企業で承認欲求の呪縛が起きるのか。それは共同体型組織における個人というポジションに理由がある。

「これまでの長期雇用が前提の職場は、仕事を進めるうえでの集団指揮、内部で徐々に昇進するシステムを持っていました。このような環境では内側での人間関係が濃密になる一方、外とは壁ができてしまう。すると、組織に対する依存度も高くなります。近年、企業が求める能力の価値が変わってきました。従来の受験秀才型の能力が市場価値を持たなくなると同時に、周囲からの期待とのギャップが大きくなり、常に背伸びをしないといけなくなっています」

また、太田氏は威信の高い企業ほど呪縛が起きやすいと語る。大企業、有名企業ほどそこにいるだけでステイタスがあり、簡単に辞められない。よく思われようとすれば承認欲求が強まる。しかも、日本人には精神面で呪縛されやすい資質がある。

「とくにエリート、優等生は呪縛から逃れられません。これまで常に勝者で、この仕事はできないとは言えなかった。上司から言われれば、もっといいところを見せようとする。しかも、失敗の経験がないために失敗を恐れてしまう。加えて、働き過ぎの問題もあります。遅くまで残っていると勤勉と思われる。上司の目があってなかなか帰れない。いたるところに受け身の承認欲求が働いているのです」

では、この呪縛を防ぐにはどうすればいいのか。太田氏は、組織・制度の改革に加えて、上手にほめたり認めたりすることが重要になると語る。

「実験結果からもわかるように、ほめること、認めることにはやる気を生む効果があります。注意すべきは、逆効果になることがある点です。下手にほめると呪縛に陥ってしまう。では、どんなほめ方がよいのか。基本は期待をかけ過ぎないことです。プレッシャーとは期待と自信とのギャップですから、相手に過大に受け止められないようにしなければいけない。そのためには、具体的にどこがいいと示してあげることが大事です。的確な自信を付けるには能力をほめる。よく努力をほめろと言いますが、そうなると『もっと努力しないといけない』と思ってしまう。これは下手をすると働き過ぎや過労につながってしまいます」

呪縛を防ぐ方法として、太田氏がもう一つ勧めるのは、承認の双方向化だ。上司が部下を承認するだけでなく、部下が上司を承認する場をつくる。口に出すことが難しければカードに書くなど、伝える工夫をする。そうすれば対等な関係になり、呪縛も解ける。

最後に太田氏は承認の重要度を強調して、講演を締めくくった。

「承認の欲求は、大変強力なエネルギーを持っています。それをいかにプラスの方向へと生かしていくのか。人事はそのことを意識して、施策を考えることが重要ではないでしょうか」

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