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日本的人事の本質を考える――何をどう変えなければならないのか

  • 高橋 俊介氏(慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授)
東京基調講演 [J]2019.07.10 掲載
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このところ、日本の人事は大きな曲がり角を迎えている。その象徴が終身雇用と新卒一括採用の終焉だ。同時に、無限定正社員や人材の外部流動性の低さといった特徴も、現実にそぐわなくなりつつある。日本の人事はいよいよ本質を変える時期にきた。慶應義塾大学大学院の高橋氏が日本的人事を生み出した背景を読み解き、これから転換すべき方向性を語った。

プロフィール
高橋 俊介氏( 慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授)
高橋 俊介 プロフィール写真

(たかはし しゅんすけ)1954年生まれ。東京大学工学部卒業、米国プリンストン大学工学部修士課程修了。日本国有鉄道(現JR)、マッキンゼー・ジャパンを経て、89年にワイアット(現タワーズワトソン)に入社、93年に同社代表取締役社長に就任する。97 年に独立し、ピープルファクターコンサルティングを設立。2000年には慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授に就任、11年より特任教授となる。主な著書に『21世紀のキャリア論』(東洋経済新報社)、『人が育つ会社をつくる』(日本経済新聞出版社)、『自分らしいキャリアのつくり方』(PHP新書)、『プロフェッショナルの働き方』(PHPビジネス新書)、『ホワイト企業』(PHP新書)など多数。


日本の人事の根底にある「安心社会」と「タテ社会」

高橋氏は、最近起きた日本の人事における大きな変化を取り上げた。終身雇用と新卒一括採用の終焉だ。かつては年功序列・終身雇用・企業内組合が日本企業の強さの三種の神器といわれ、1991年にバブルが崩壊しリストラが始まっても、まだその考え方は残っていた。

「当時、ある経営者は『リストラする経営者は腹を切れ』と言っていました。学者の中にも、終身雇用は日本の宝だと言っていた人がいました。私が当時思ったのは『良い悪いではなく、先々終身雇用を維持できなくなるのは間違いないだろう』ということです。2019年になって、先ほどの会社の現社長が『終身雇用はもう維持できない』と口にしました。さらに日本経団連は、これまで守ってきた新卒一括採用をとうとうやめると言い出しました。この二つの動きが昨年から今年にかけて出てきたのは、象徴的だと思います。最も保守的な牙城が崩れたわけです」

この裏にある根本的な問題とは何なのか。高橋氏は日本的人事の背景にあるものとして、「安心社会」と「タテ社会」を挙げる。この二つの切り口で日本的組織を見ると、日本の人事においてなぜこのような慣習が生まれたのかが、非常によくわかる。

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「社会心理学者の山岸俊男氏は、日本は『信頼社会』というよりも『安心社会』だといっています。先進国の中で、安心社会的な色彩を強く持ったまま産業社会として高度成長した国は、日本以外にありません。安心社会とは、組織にいることで安心だということです。その安心感がすべてのベースになる。最近は欧米の会社でも、安心感を主張するようになってきました」

ただし、安心社会へ極端に振れると良い結果にはならない。安心社会では人間関係感知能力が非常に高まり、空気を読むようになる。すると特に海外の部下はついていけない。一方の信頼社会では、人間性感知能力が重要だ。相手を見抜く能力がないと、だまされてしまうからだ。

「安心社会の最大のメリットは、内部取引費用の軽減です。代わりに、外部機会の損失が起こります。日本企業は安心社会の特徴を生かして戦後成長してきましたが、安心社会型の強みだけで生きていける経営環境は減ってきています」

一方、社会人類学者の中根千枝氏が主張したのが「タテ社会」だ。集団には「資格の集団」と「場の集団」の2種類がある。前者は、家族や職能集団などのある特定の資格を持つ人たちで、後者は、会社のようにたまたま一緒にいる人たちの集まりだ。世界中を見ても、資格型の集団が弱く、圧倒的に単一の場の集団が強い、いわゆる会社への精神的な帰属意識が非常に強くなった国は日本以外にない、と高橋氏は語る。

「中根氏は、日本のことを所属する集団が一つに集約されている単一社会だと言っています。それも資格ではなく、場による集団なのだと。これは世界でも特徴的です。また、リーダーの価値が、自身の能力以上に動員できる部下の能力の総和によるのが、日本型のタテ社会の特徴です」

日本でみられる「特徴的な人事」が生んだ弊害

安心社会とタテ社会という概念を背景に、日本ではいくつかの特徴的人事が発達してきた。代表的なのが、三つの無限定性が強い正社員だ。

「いわゆる『いつまでも、どこでも働き、何でもします』という社員です。頻繁な職種転換や転勤にも耐える。そこでは、一律の人事制度が非常に重要です。しかし、今やこの仕組みは負担が大きくなり過ぎています」

人材の外部流動性の低さも特徴の一つで、外部競争力を軽視し、内部公平性が重視される。最近の調査では、予期不安が高い人は公平性により敏感である、と言われている。損害回避思考が湧きやすくなるからだ。また、外部に関心が向きにくいため、社外における自己啓発や研修が軽視され、タテ型OJTに過度に傾斜する。社員も、社外で学ぶ意識が薄くなりやすい。評価においては、成果を生み出す能力よりも人間力が重視される。情意評価に流れてしまい、客観性・納得性の確保が困難になる。そのため、短期間ではなく長期の昇進や生涯報酬で差をつけるしかなく、肩書は後払い報酬という意味合いが強まる。

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「一番問題なのは、プロフェッショナルという概念が未熟なことです。プロフェッショナルは専門性とは違います。専門性を成果に変えられる人のことです。専門実力レベルの把握が未熟であり、同僚評価(=ピアレビュー)などのプロの評価育成の人事も未発達です。ここに日本的人事における大きな問題があります」

これからの制度設計は「プロフェッショナル」が前提

高橋氏は、こうした日本的人事が三つの大きな課題を抱えていると指摘する。その一つが、「予見性の低下への対応」だ。現在、人生の予見性も会社の事情の予見性も低下し、将来を見通せなくなっている。そのため、福利厚生の意味が大きく変わってきた。一定の人生モデルを前提にした福利厚生・年功賃金・終身雇用ではなく、共助型の福利厚生を用意し、介護や病気、長生きリスクのような「いざ」というときの不安を下支えしなければならない。また、先の見えない変化の激しい時代には、安心感による企業への帰属を前提とした、予見性が高い精緻な人事制度は成り立たない。例えば転勤の有無による職掌区分などは現実的には困難だ。

「全ての制度を細かくつくり過ぎずに、ガイドライン程度に留めておくことが有効でしょう。例えば号俸給ではなく範囲給にする、評価レーティングを廃止する、といった流れです。制度の公平性は一律な適用で担保するのではなく、コミュニケーションで担保していくなど、柔軟に変えていく必要があると思います」

このような一律管理から多様で柔軟な対応への変化も課題の一つだ。長期的なキャリアパスを示すことが難しくなっている現代、新卒同期入社の昇進競争概念やマラソンキャリアからの脱却が求められる。

「これは『職能給をやめて職務給にしろ』という単純な話ではありません。職務にひもづけるにしても、序列的ジョブサイズではなく、外部相場を取り入れていく。等級制度はキャリアステップではなく、単なる報酬管理制度になると思います」

無限定性が生む受け身の安心希求と公平感欲求ではなく、これからは自律的キャリア形成と個別の対話が生む「違い」への納得性を持たせることが重要だ。

「最終的に違いの納得性を担保するのは、社員のキャリア自律だと思います。自分がどうしたいのかが基準になれば、一律の客観基準による受け身の公平性ではなく、プロセスによる納得性を重視するようになるでしょう。そのためには、十分なコミュニケーションが求められます」

日本的人事が抱える最後の課題は「成果を生むプロフェッショナル」だ。これからは、どんなプロフェッショナル人材がビジネスモデルのコアなのかを明確に定義する必要がある。

「人材像を聞くと曖昧な要件を言う人事の方は多いですが、人材像は具体的、現実的なイメージが湧かなければなりません。現場で起こり得る場面から浮かぶ言葉を使って、人材像を設定する必要があります」

また、外向き信頼社会型の思考行動を重視し、社外で学びと刺激を得る機会が重要になっていく。そのため、プロがプロを評価する仕組みが必要になる。さらに高橋氏は、間接業務系の専門職ではなく、成果に結びつくプロフェッショナルには相場が立つべきだと主張する。より直接的に顧客価値を生み出す、あるいは利益につながる仕事をしてくれるプロフェッショナルを確保すべき分野が増えているからだ。彼らには外部競争力を重視した思い切った報酬処遇体系が必要になる。一連の働き方改革も、そちらの方向に少しずつ進むことが予想される。

「『内向きのエモーショナルな人間関係重視』の人間力ではなく、『成果を生み出す能力の基盤となるベーシックコンピテンシー』としての人間力が重視されるようになります。新しい発想の源泉になる教養も大切です。そういった点を重視するプロフェッショナル制度をつくっていただきたい。そうすれば、シニアも第一線で成果貢献できる職種が増えるはずです。シニア問題の根底は、仕事のプロフェッショナル化にあります」

最後に高橋氏は、日本の人事がこれから目指すべき方向性を語り、講演を締めくくった。

「とにかく今は、人生を含めて先の読めない時代。内部公平性を客観的な正解のあるような話として担保することはもう止めましょう。これから重要になるのはプロフェッショナルです。もう一つ、社員の安心・安全感を担保する重要性は変わらないでしょう。ただ、賃金以上に福利厚生がその役割を担うようになるのではないでしょうか。ベースとして、しっかり整備していくことが重要です」

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