講演レポート・動画 イベントレポート

HRカンファレンストップ >  日本の人事部「HRカンファレンス2019-春-」講演レポート・動画 >  特別セッション [SS-2] 働き方改革関連法に人事はどう対応すべきか

働き方改革関連法に人事はどう対応すべきか

  • 阿部 正浩氏(中央大学大学院 経済学研究科委員長・経済学部教授)
東京特別セッション [SS-2]2019.07.30 掲載
講演写真

2019年4月に「働き方改革関連法」が施行、一部には罰則付きの内容もあるなど、人事として「待ったなしの状況」にある。本セッションでは、中央大学・阿部正浩教授の講演と参加者同士のディスカッションの下、「働き方改革」に人事はどう対応していけばいいのか、生産性向上の観点から、考察を深めていった。

プロフィール
阿部 正浩氏( 中央大学大学院 経済学研究科委員長・経済学部教授)
阿部 正浩 プロフィール写真

(あべ まさひろ)専門は労働経済学、経済政策論。1966年福島県いわき市生まれ。1990年慶應義塾大学商学部卒、1995年慶應義塾大学大学院商学研究科単位取得中退。2003年に慶應義塾大学より博士(商学)取得。(財)電力中央研究所経済社会研究所主任研究員、一橋大学経済研究所助教授、獨協大学教授を経て、2013年から現職。厚生労働省「労働政策審議会」委員、内閣府「仕事と生活の調和連携推進・評価部会」委員、経済産業省「新・ダイバーシティ経営企業100選運営委員会」委員などを兼務。著書として、日経・経済図書文化賞および労働関係図書優秀賞を受賞した『日本経済の環境変化と労働市場』(東洋経済新報社)や『少子化は止められるか?』(有斐閣)、『職業の経済学』(中央経済社)、『5人のプロに聞いた!一生モノの学ぶ技術・働く技術』(有斐閣)など、その他多数。


「働き方改革」とは何か

日本経済全体にとって「働き方改革」は、何を意味しているのか。その概略を理解し、確認した上で、企業はどう対応すればいいのか。まずは、本テーマに対する阿部氏の問題意識が提示された。

「『働き方改革』には『それぞれの事情に応じた多様な働き方を労働者が選択できる社会の実現』というサブタイトルがあります。多様な労働者が多様な働き方を選択できる。そのときに有利・不利がないようにする。それがポイントです。働き方改革には大きく三つの柱があります。

一つ目は『長時間労働の是正』。勤務時間の上限の規制、勤務間インターバル制度導入の促進、年5日の年次有給休暇取得の義務付け、月60時間を超える残業への割増賃金の引き上げ、客観的な労働時間把握の義務付けなどです。さらに、産業医と産業保健機能の強化などがうたわれており、これらが『長時間労働の是正』の大枠です。二つ目は『多様で柔軟な働き方の実現』。中でも議論の中心となったのが、専門的な職業の方の自律的で創造的な働き方である『高度プロフェッショナル制度』の導入です。三つ目は『雇用形態に関わらない公正な待遇の確保』。ここでは『同一労働同一賃金』が大きなテーマとなっています。

世の中には長時間働けない人がいます。この裏側にあるテーマが『女性活躍促進』です。人事は、長時間働けない人たちが不利にならないようにする方策を考えなければなりません」

「働き方改革」の真の狙いは「生産性の向上」

今回施行された働き方改革関連法の真の狙いは何なのか。まず、労働時間の削減。これが意味するのは、時間当たりの賃金が上がる、ということ。例えば、「所定内労働時間」を短くする場合、手取りは変わらないので、時間当たりの賃金を上げることになる。

また、「同一労働同一賃金」は、低賃金で雇用していた非正規労働者の賃金が上がることになる。「働き方改革」は、まさに「時間当たりの賃金が上昇する」政策であり、企業に労務コストや人件費の上昇を強いることになる。

「これに対応するために必要なのが生産性の向上です。つまり、働き方改革の真の狙いは『生産性の向上』なのです」と阿部氏は強調した。

「働き方改革」を進めた結果、企業の経営が悪化すれば本末転倒だ。新たに制度を導入しても、企業の経営がプラスになるようにすることが重要。特に今回の「働き方改革」では時間当たり賃金はアップするので、企業にはマイナス要因となる。だからこそ、それを補うために生産性向上につながる制度作りを行わなければ、企業の持続性が失われる。

「法に沿った制度を構築することを考えることは必要ですが、それだけでは足りません。有給休暇が増え、総労働時間が下がるわけですから、どのように運用していくかが、人事にとって工夫のしどころだと思います」

講演写真

なぜ、政府は企業に生産性向上を求めるのか。背景には、日本の人口減少の問題がある。特に未婚率が上がっていることが、人口減少に拍車をかけている。

「未婚率が上がっている要因の一つは『働き方』。特に男性の働き方が問題視されています」

政府が「働き方改革」を求めるのも、そうした背景があるからだ。生産性を向上させなければ、この先の日本経済は立ち行かなくなる。

このような状況下で、日本社会は何をしなければならないのか。二通りの道がある。一つは、一人当たりの生産性を上げ、GDPを上げる道。そしてもう一つは、女性と65歳以上の高齢者をより活用する道。この二つの道を、同時並行で行う必要がある。ただし、女性や高齢者が働けるようにするには、多様な働き方を用意しなければならない。

「短期的な視点で見ると『働き方改革』は、現行の制度を整えることです。しかし、長期的な視点で見ると、女性や65歳以上の人たちに働いてもらうことを前提に、制度を構築することが重要です」

今後、労働市場では少子高齢化が進展するため、政府は「社会・経済の維持」と「出生率の引き上げ」という二つの課題を解決していく必要がある。まず、社会・経済を維持するには、労働力の「量」と「質」の確保が求められる。「量」の面では、女性や高齢者の活用。そして新しい技術を導入して、労働生産性を上げ、労働の「質」を向上させる。また、出生率を引き上げていくには、未婚率の上昇に歯止めをかけ、育児環境を整備する。そのためには、男性・女性の働き方を大きく見直す必要がある。

そして、無期・有期、フルタイム・パートタイムの労働者など、多様な労働者の組み合わせを、どうやってうまく作っていくか。働く人たちが納得してもらえる環境(処遇)をどう作っていくかがポイントとなる。

「生産性向上」を実現するためにはどうすればいいのか

生産性を高めるには、一人当たりの付加価値を上げなければならないが、そのために「付加価値そのものを高める」「労働者数を減らす」という二つの方策がある。

「付加価値を高めるには、利益とコストのどちらの変化が大きいかを考えることが重要です。第一に、価格を上げたら需要が何%変化(減少)するのかを、比較検討すること。経済学で言う『価格弾力性』です。マーケットにおける自社の価格弾力性がどれだけのものかを、しっかりと見極めることがポイントです。そして、『労働時間弾力性』。労働時間を1%短縮したら、コスト(売上)は何%変化(減少)するのかを、比較検討します。

労働者数を減らす方策には、工程の工夫、機械化(自動化・無人化)、労働者の質を変化させる、などがあります。そのためには、労働環境や人事制度・施策の整備が必要です。こうした場合、金銭だけではなく、職場環境や自由に仕事に取り組めることなど、働きがいのある職場を実現することが大切です。そうすれば、付加価値の高い仕事のできる人材によって、少人数であっても、会社の付加価値を大きく向上することができます」

ここで、これまでの内容をふまえて、「制約条件のある中、生産性を高めるために、人事(企業)は何ができるのか」をテーマに、テーブルごとにディスカッションを行った。続く後半は、その結果を受けて、人事としてどのような対策を取ればいいのか、阿部氏がヒントを提示した。

講演写真

個人の生産性に影響する「人事の要因」には、「制度」(賃金制度、評価制度、労働時間制度)、「マネジメント」(意志決定、会議運営、職場運営)、「職場環境・雰囲気」(コミュニケーション、業務の効率化、IT・オフィス環境、仕事の進め方、メンバー構成)、「働き方」(自己の裁量度、ITツール活用度、仕事観)などがある。

「生産性について考えるときは、全体の生産性と、労働者一人ひとりの生産性を分けて考えなければなりません。一人ひとりの生産性向上にバラつきがあると、全体の生産性が向上するとは限らないからです。人事は、一人ひとりの生産性を向上させるために、現場と協力して取り組んでいかなければなりません。働き方改革関連法が施行され、企業の人事管理のハードルがかなり上がりました。その結果、企業経営にとって大きなコスト要因となっています。しかし、『政府が言っているから』『他社がやっているから』と後ろ向きの対応をしていてはうまく行かない。「働き方改革の目的は生産性向上である」と、人事は基軸に置かなければなりません。働き方改革を進めていく過程で、どういう制度・施策で従業員を動機づけ、生産性を高めていくのかを考え、運用していく必要があります」

何を行ってどれだけ効果が出ているのか。「費用(コスト)対効果」が「働き方改革」を推進していく上でのポイントとなる。自社におけるさまざまなデータを分析し、会社の中の人事において、何が問題となっているのか、何が課題となっているのかをしっかりと数字として捉え、対応していくことが重要であることを強調して、阿部氏はセッションを終了した。

  • この記事をシェア
日本の人事部「HRカンファレンス2019-春-」レポート
講演写真

[A-5]心理的安全性の高い職場をつくる共感型リーダーの3つのチカラ

講演写真

[A]戦略のクリティカル・コア:究極の競争優位を考える

講演写真

[SS-1]戦略人事の展開:新たなる戦略連動を目指して

講演写真

[B]社内に眠る人事データの活用で、組織にイノベーションを起こせるのか

講演写真

[C-5]実践を通じて、行動変容を促して成果につなげる 「実践×個別フィードバックプログラム」の成功体験から学べることとは

講演写真

[C-7]その成果主義人事制度、間違ってます! ~成果主義の現状・制度構築のポイント・事例~

講演写真

[C]これからの「働き方」と人事の役割について考える

講演写真

[D-5]現役トップ産業医と語る、「働き方改革×健康経営×メンタルヘルス問題」

講演写真

[D]サイバーエージェント、メルカリの新卒採用責任者に聞く! 就活ルール廃止後の新卒採用戦略

講演写真

[LM-1]人手不足時代を乗り切り、組織活性化と業績向上を実現 障がい者・シニア・主婦を「戦略的」に採用・活用する

講演写真

[E]ソニーの情報システム部門の組織変革に向けた1on1導入と現状

講演写真

[F]先進企業に学ぶ 一人ひとりの主体性を尊重する、新しい組織のあり方とは

講演写真

[G-3]これからのグループ経営に資するシェアードサービスの在り方とは

講演写真

[G]人生100年時代、企業が取るべきキャリア形成支援戦略とは

講演写真

[LM-2]「現場視点」で考える 従業員のキャリア開発支援

講演写真

[H-5]東京海上日動火災保険が目指す「日本で一番人が育つ会社」その戦略とは

講演写真

[H]「組織活性化」を実現する人事戦略とは ~すべての社員が成長し協働すれば組織はもっと強くなる~

講演写真

[I]人事施策を脳科学の理論から考える~リーダー育成、働き方改革、従業員のエンゲージメント向上における現場目線の人事戦略~

講演写真

[J-5]多くの企業が誤解する、障がい者雇用 「定着」と「活躍」のポイントと実践方法を考える

講演写真

[J]日本的人事の本質を考える――何をどう変えなければならないのか

講演写真

[K-5]50代社員を活躍させるために! 人事が知るべきアンコンシャスバイアス攻略とは

講演写真

[K]「働き方改革」から「組織開発」へ 組織ぐるみで進める「残業時間是正」の3つのポイント

講演写真

[L-5]社員が共感する経営ビジョン再構築の5ステップ ~WHYから始める情動アプローチの事例紹介~

講演写真

[SS-2]働き方改革関連法に人事はどう対応すべきか

講演写真

[L]「エンゲージメント」が組織を強くする! ~従業員と企業が支え合い、互いの成長に貢献しあう関係とは~

講演写真

[OA]人生100年時代のキャリアデザインを考える ~組織内キャリアから生涯キャリアへの転換~

講演写真

[OB]「エンゲージメント」が組織力強化と業績向上を実現する 従業員と企業が支えあい、互いの成長に貢献しあう関係とは

講演写真

[OC]社員の自発的なモチベーションを引き出すには ―「承認」を中心に考える―

講演写真

[OSD-1]社員が自発的に成果を上げるボトムアップ組織の作り方~たった一つではない成功レシピ

講演写真

[OD]次代の経営を担うリーダーを育成する

講演写真

[TB]HRテクノロジー活用の可能性と注意点を考える

講演写真

[TD]導入企業が語る、HRテクノロジー導入、活用の本音

講演写真

[TE-3]HRテクノロジーで想定していた効果がでない! その原因と活かす方策とは

講演写真

[TF]HRテクノロジーにどのように取り組めばいいのか~採用・健康経営・タレントマネジメントにおける活用事例~


このページの先頭へ