「人事プロフェッショナルの要件」に関して議論するパネルセッションを終えたばかりの四人が、引き続きランチ・ミーティングに登壇。参加者は限定30名ということもあって、パネリストと参加者の方々との距離も近く、人事について全員が一緒に考え、議論する場となりました。
小杉: まず、参加者の方から事前アンケートでいただいた「人事プロフェッショナルは必要なのか」という質問について、皆さんのお考えをお聞かせください。
八木: 250人程度の規模の会社に、人を扱う力、活性化する力を持った社長がいれば、人事部門がなくても何とかなります。ものすごく優秀な社長なら、400人くらいまでは可能でしょう。しかし、それ以上の規模になると、社長が全ての従業員を見ることはできません。そうなると、社長の下に20人くらいのダイレクト・レポートと言われるマネジャーが置かれます。ではこの20人が全員、人を扱う力に優れ、人の活力を引き出すことができるかと言うと、私はできないと思います。営業力のある人、戦略に強い人、ファイナンスに強い人たちであって、人を扱う専門家ではないからです。人事の役割は何かというと、人の活力を引き出すことです。プロフェッショナリティーは持っているけれど、人を活性化させることがうまくないマネジャーがいるとすれば、そこには人事の役割が必ず必要です。
杉中: 人を活性化し、活力を上げていくことの中に人事異動があります。アサヒビールの従業員数は約4000人いますので一人ひとりの細かなことは分かりません。しかし、2~3割のコアとなる人材のキャリアや仕事観については分かっているので、その点を踏まえながら人事異動を行っています。その人がやりたい仕事、能力が発揮できる仕事に配置して、社員を活性化させ、組織の活力を上げていくことは人事の大きな役割です。そのために、過去の経歴を把握することも、人事のプロとして必要な要件だと思います。
武田: 私は以前、銀行に勤めていましたが、残業を注意されたことがありました。その時、仕事をしたいのに、なぜできないのかと思いました。法令順守は必要ですが、あまり制度に縛り付けるのはどうか。嫌々仕事をしている人は止めさせた方がいいと思いますが、本人がやりたいという場合には、それを応援できるような側、常に現場に寄り添う人事でありたいと思っています。そういう意味でのプロであれば、人事のプロは必要です。ただ制度を作るプロは、あまり必要ないと思います。
質問者A: 先ほどのパネルディスカッションで、「正しいことをする」「前人未到のことをする」といった話がありました。人事という非常に見えにくい仕事の中で、一体何が正しいのか。前人未到のことをやると言っても、どういう軸でそれをやるかやらないかを決めることが重要だと思いました。その拠り所となるものを教えていただけますか。
八木: 何が正しいか分からなくても、「いま、自分が正しいと思っていることをやる」ということです。いまの自分を信じて、いまの自分をできるだけアップグレードしていくことを考える。会社でも世の中でも、良くしていこうと思ったら、その時の自分が絶対に正しいと思うことをやってみる、チャレンジしてみる。そのこと以外に会社が良くなり、強くなっていく方法はありません。そのためにはいろいろな情報を取り入れて、考え抜いた上で、「いまの私は人事として、こういう考え方、こういう哲学で行くのだ」という信念を持っていなければいけません。
武田: 前人未到のことをすることに関しては、正解を持っていないというのが正直なところです。ただ、考え続けること、そして行動することは大切だと思います。
杉中: 正しいことをやる、というのは非常に難しいと思います。ただ、その時々に掲げている中長期経営計画、事業戦略があるので、それを人事部門としてしっかり腹落ちさせて、どういう形で展開していくのか、ということだと思います。私はアサヒ飲料に出向していたことがありますが、3期ほど赤字決算が続いた時期がありました。その時に人事として考えたのは、まず給与や賞与をどうするかということでした。そして、初めて目標管理による業績連動型の賞与を導入しました。事業計画を明確にし、それに対応した制度を策定し、個々の社員がそれに向かって頑張れるような仕組みです。結果的に、3年間で目標を達成できました。その時に初めて「この人事制度はいいね」と社員から言われました。人事制度というのは、あまり「いいね」と言われることはありません。批判的なことが多いのですが、この時は違いました。経営と人事と現場が一緒の想いを持ち、一緒になって汗をかく。これが正しいことの一つの姿のように思います。
質問者B: 「和の力」についてお聞きします。組織で、例えば課長が「和」の方向に流れると、過剰な根回しや社内調整が行われ、意思決定が遅くなるように思います。過剰な「和」の文化を変革していくために、人事担当として何をすべきなのか、見解をお聞かせ下さい。
八木: まず、変えていこうとする変革が先にあります。抵抗する人には、ロジックを用いて相手の「心」を動かすようにコミュニケートしていきます。そのためには、ビジョンやミッションを語ることが必要です。ビジョンがあって、それを実現するために現在を変えなくてはならないのなら、それをまず皆に伝え、変革をする時に、「和」の力をクリエイトしていくことです。その際のコミュニケーション力はとても大切です。必要な変革に抵抗する力は、壊せばいい。例えば、「そういう抵抗をしていて、この会社は勝てるのか」と問えば、すぐに答えは出ると思います。変革するのは大変だから抵抗するというケースが多いが、「そんなことを言っていたら負けるよね」とはっきりと伝えれば、確実に変わります。大切なのは、行動する時の「和」を大事にすることで、行動しないための「和」を大事にしてはいけません。
小杉: 変革を進める際に、制約条件を先に考えてしまうと、せっかくビジョンを掲げても実現できません。まず、ビジョンを達成することが先にあって、そのために何をやるかを考えることです。その中で障害があるとすれば、それをどうやって乗り越えていこうかと考えればいいのです。近年は「成果主義」を取っている会社が多いと思います。実際、いまのビジネス環境では一人の突出した力でイノベーションや新しいビジネスを創り出すことも可能です。一方、昔ながらの公平性や和の文化を考えると、あまり突出した人間を作ることはいいことではないという側面もあります。その辺をどう折り合いをつけていけばいいのでしょうか。
八木: 社内で変革をドライブできる人というのは、そんなにたくさんいません。私は以前、GEという会社にいましたが、変革を本当の意味で推進できるリーダーは1000人に1人くらいではなかったかと思います。変化の激しい時代に、アウトプットを出す、新しいことにトライする、変革をドライブする、こういうことを大切にしないと、企業は埋没していきます。だから、新しいアイデアを出す、イノベーションを起こす、そういったことのできる人が社内にいたら、その人たちを活用していくことが大切だと思います。
小杉: サイバーエージェントではアウトプットを出すという動きにフォーカスしているように見えますが、実際のところはどうでしょうか。
武田: 我々には挑戦の場を提供する、という考えがあります。事業や未来をつくる「ジギョつく」「あした会議」や、8名いる役員のうち、2名を2年おきに変えるといったことを行っています。今回、28歳の役員が誕生しました。挑戦の場に手を挙げてもらう社員をどんどん応援するようにしています。
杉中: 「2-6-2」という話がよく出ます。その時々で、会社が進もうとしている方向性について、どの層にスポットを当てて施策を展開していくかを考えています。例えば、会社の業績が非常に悪い時には、トップの2割がシンボリックな社員としてスポットが当たります。ただ何年かすると状況が変わってきて、トップ層に当てた制度が陳腐化してくるようになります。その時々で、組織としての推進力を増すために、どのターゲットにスポットを当て、どのような施策を展開していくのが効果的なのか、その部分の見極めが人事として大切だと思います。
八木: 世界で勝負していこうという会社が、やる気がなく、答えの出せない人をキープしたらどうなるでしょうか。そのような人は周囲に悪影響を与えるため、厳しくせざるを得ません。
小杉: 一番の問題は、フリーライダー(タダ乗りする人)です。そういう人たちがいると、他の社員がやる気を失い、組織が腐食してきます。
質問者C: 本当に良い人材を採用するためには、どうすればいいのでしょうか。
八木: 面接では皆、同じような服装をし、同じように理論武装しています。その中からいかに良い人材を見つけ出していくか。もちろん協調性は大事ですが、協調性があるからというだけで採るなと言っています。会社では意志を持って仕事に取り組み、実績を上げた人が昇進していきます。自分なりに何かを持っていて、それを実現するために「和」を大事にするのはいいことです。しかし、自分の意見が何もないのに、協調性を強調する人は困ります。だから、自分の意見をきちんと持てているかどうか、そういう人を探してほしいとリクルーターには言っています。
武田: 3年くらい前から採用手法を見直しています。手法としては、インターンシップを増やしています。それも、数多くの切り口を用意しています。「マルチエントリー採用」という呼び方でリリースしていますが、例えば、「ジギョつく採用」は我々がやっている「ジギョつく」に学生も応募してもらう、というものです。こうした形の切り口を数多く用意し、何日間か一緒にプロジェクトに関わってもらいます。そこで良ければ、また違う切り口のインターンシップに参画してもらう、というやり方をしています。インターンシップを通じて、学生には当社のありのままを見てもらうことができます。学生からは「成長の速い会社だ」「裁量権がある」といった感想をもらうことが多いです。
杉中: 就職サイトは利用していますが、どうしても画一的になるという課題があります。具体的には事前にSPIなど、Web上でパーソナル診断を行って、そういうデータを持ちながら、面接を進めています。その前段で、当社のハイパフォーマーの傾向値を把握した上で、面接の際の判断材料としています。最終的には面接官が一緒に働きたいと思うかどうか、という判断基準の中で採用を行っています。多様な人材を採用する方法としては、「日本一採用」を行っています。何でもいいので日本一になった経験がある人には、通常の就職サイト以外で応募してもらう、というやり方です。いろいろな面で日本一の経験を積んだ、面白い人材を採っていきたいと思っています。
小杉: 最近では、優秀な人材に関して「別枠採用」を行っている企業もあります。40代で役員になってもらう前提で、100人採用するうちの5人程度に適用しています。この人たちは2回目の面接が役員面接となります。待遇も違って、いきなり買収先の企業に出向させるなど、将来の幹部候補となってもらうための修羅場経験を積ませることをします。次世代リーダーを育成するという観点から、今後、こうした採用のあり方を取り入れる企業が増えてくるかもしれません。
質問者D: 人事は、どう現場に関わっていけばいいのでしょうか。また、現場をうまく回していくために、どのような意味合いや優位性を持った人事制度を構築していけばいいのでしょいうか。
杉中: 現場の社員との関わりですが、当社はビールメーカーなので、飲めば何とかなるという文化があります。それとは別に、人事のメンバーはよく現場を回ります。特に人事異動の前は、全てのライン長に会って直接話を聞きます。部下の仕事や家族のことなども含め、いろいろとヒアリングしていきます。経営層もよく現場に足を運びます。そういう意味で、経営層や人事と現場との距離感は、比較的近いように思います。人事制度の持つ意味合いについては、ライン長や所属長が自分の考えの中でやっていければ一番いいのですが、バラツキなくどこでも同じようにできるかと言えば、難しい。そういう意味では、いろいろな制度・仕組みを入れながら、展開していく必要があると思います。そして、制度そのものの持つ意味合い、その奥底に何をしてほしいかということを、ちゃんと伝えておくことが大事だと思います。例えば評価は、適正な処遇のためにあることはもちろんですが、育成のために使ってくださいというメッセージを常に発信しています。
八木: 人事は現場にいる社員に対して、語り続けることがとても重要です。なぜ、それをやらなくてはいけないのか。それをやることによって、経営にとってどんな意味があるのか。丁寧にストーリーを語って、コミュニケートします。実際、社員との間で「ラウンドテーブルミーティング」を、年間100回以上行っています。人事のメンバーに、私が社員との間にどのようなコミュニケーションを取っているのかを見せ、参考にして欲しいと思っています。人事制度に関しては、人を前向きにさせる内容であれば制度化しても良いのでは、という考え方もあるかもしれません。しかし、制度にした瞬間に魂が抜け、ルールにより社員は自発性を失い、挙句「人事が言っているから」という受け身の姿勢になってしまいます。
質問者E: リーダーシップについて、いったい何をもって評価しているのでしょうか。また、リーダーの育成について、具体的なお話を聞かせてください。
八木: リーダーシップとは一言で言えば、前向きに変革を起こす力です。当社にはLIXILバリューの中に、リーダーシップを定義することがたくさん書かれています。それを参考にしながら、この人にリーダーシップがあるかどうかを見ています。私がリーダーシップを鍛える時、一番にやっているのは「自分は何を正しいと思っているのか」を徹底的に問うことです。当社のリーダーシップ研修では、これが一つの核になっています。例えば、「あなたが仕事をしていく上でのコアバリューは何ですか」「あなたは何を大事にして生きてきたのですか」「意思決定をする時に、何を基準にして決めているのですか」といったことを聞きます。これが出てこない人には、リーダーは務まりません。常に判断がぶれてしまいます。ぶれた瞬間に、人は付いてこなくなります。自分でこれは間違っているのか正しいのかを判断する。自分が大切にしていることは何か。その軸が明確になると、リーダーとしての意欲が出てきます。そして、それを具体化するための知恵。この二つをリーダーシップ研修のコアとしています。
小杉: 自分の軸を持つ、自分の考えを言うということは、日本人に一番欠けている部分です。他の国には見られない傾向です。会社組織でも、皆がやっていることに、追従することをよしとする。自分で責任を取ろうとしない。言われたことだけをやる。これらは日本企業の致命的な欠点です。これでは真のリーダーは育たないし、ましてやグローバルで勝てません。
武田: リーダーシップとは、我々の場合、業績を最大化させることです。そのために、現状を打開したり、変革を促したり、周囲をモチベートするといったことがあると思います。当社ではマネジャー以上の登用は人格を重視して判断します。そのため、ランチの機会などを通じて相当数の人と会って、話をして、周囲の人の評価なども聞いたりして、定性的に人格を見ていきます。リーダーの育成には、現場でやらなければリーダーシップは育たないという考え方です。この人はと思う人を抜擢し、役割を与えて育成していくという対応です。
杉中: リーダーは自分の考え方や価値観をしっかりと持って、部下に伝えていかなければなりません。これがリーダーとして、重要な要素であると思います。しかし、それがどういう風に受け止められているのか、やりたいことがちゃんと伝わっているのか、というところを悩んでいるリーダーが多いようです。リーダーの育成については、マネジャーミーティングの中で、例えば360度評価などを使って、周囲とのギャップを明らかにし、リーダーに対する気づきを促す機会を設けています。
質問者F: 戦略性の高い人事、創造性の高い人事とはどういうことなのか、具体的なお話を聞かせてください。
武田: 戦略性や創造性について、肝は運用力だと思っています。我々は企画2割、運用8割という言い方をしていますが、流行するネーミングやQ&Aを用意する、といったことを行っています。また、運用していく上でゴールを決めて、それに対して定点チェックを行っています。
杉中: 経営ビジョンや夢・方向性を実現したらこういうことができると、社員に対してしっかりとメッセージしていくことが大切だと思います。業績が落ち込んだ時も、これだけやったら賞与がこれだけ出るというメッセージをきちんと発信していけば、それに向かって頑張ることができます。
八木: 戦略性に関しては、非常に多くの文献が出ています。しかし、それをきちんと読んだこともない人が、戦略性について語ることがいかに多いか。私はそういう人たちに対して、あなたはいかに戦略的でないか、いかに戦略という言葉を分かっていないか、ということを徹底的に考えさせるようにしています。具体的には、年間300人に対して行っているリーダーシップ研修で、こういった対話、刺激を長期間に渡って行っています。また創造性は、講座を受講して伸びるようなものではありません。創造性を身に付けるには、徹底した学びが必要です。頭の中に情報を詰め込んで、好奇心いっぱいに学び続けるのです。学び尽くして、はじめてアイデアが出てきます。その努力をしないで、講座を受けても意味がありません。
小杉: 人事のリーダーに必要なのは常識です。人事の常識ではありません。というのも、人事の常識が世の中の常識と大きくずれていることが多いからです。そのためには、人事以外の仕事を経験することが必要です。また、修羅場と言われるような仕事を経験することによって、人の痛み・苦しみなど人への理解が深まります。これは、リーダーシップでも同じ。こうした多様な経験が自分自身を高めていき、人事のプロとして会社に貢献できるようになると思います。