ジャーナリストの鳥越俊太郎氏は、2005年に大腸がんが発覚。腹腔鏡下手術で摘出し、仕事に復帰したが、その後、肺や肝臓への転移がわかり、計4度もの手術を行ってきた。大腸がんは、ステージ4という大変厳しい段階だったそうだが、現在は最後の手術から5年以上が経過し、いわゆる「5年生存率」を乗り切った。手術後はそれ以前にも増して、体を鍛えて健康を維持し、積極的に仕事をこなしている。鳥越氏はいくつものがんにどのように立ち向かい、いかに仕事への復帰を果たしたのか。そのポジティブな姿勢を、鳥越氏の言葉から学んだ。
鳥越氏はこれまでに6回の手術を経験している。そのうち、がんの手術は4回。このところは手術慣れしていると語る鳥越氏だが、がんという病気をどう見ているのか。
「日本は本当の意味でがん大国です。二人に一人はがんになると言われています。しかし、急に亡くなる病気よりは、きちんと身辺整理ができる、がんの方がいいかもしれません。そういう意味でも、がんで最後を迎えることも悪いことではないと思っています」
最初にがんの兆候を感じたのは、2005年のこと。トイレに行って、流そうとしたらその水が赤黒く濁っていた。身体の中でどこか出血してるのではないか、と悪い予感がしたという。それから2週間ほどいろいろと考えたが、鳥越氏は人間ドックで検査を受けることにした。
「人間ドックでは生活習慣病をある程度発見できますが、ほとんどのがんは見つかりません。一つだけ人間ドックで見つけやすいのが、大腸がんです。なぜなら検便という関門があるからです。検査したところ、S字結腸を越えたあたりに黒い部分が見つかりました」
がんを早期に発見できれば、治癒の可能性が高まる。働きざかりの人たちの多くは仕事に追われて、がん検診や人間ドックを後回しにしがちだが、人事にとって社員に健康に働いてもらうことは、重要な役目と言える。「人事の皆さんも、社員の方々もお忙しいとは思いますが、ぜひ、検査を受けるようにしてください」
鳥越氏の手術は開腹ではなく、小さな穴からテレビカメラを入れて行う腹腔鏡手術だった。手術は無事終わり回復も早かったが、その翌年、肺に転移していたことが分かった。わき腹からカメラを入れて行う手術を行ったところ、左の肺の二箇所にがんがあったという。
「術後に先生から『この肺のがんは、おそらく大腸がんの転移です。鳥越さんに大腸がんはステージ2と言っていましたが、今日転移が判明し、実はステージ4だったことがわかりました』と言われました。ステージ4のあとは何があるかというと、末期だけ。しかし、ステージ4からでも快方に向かう人がいます。私は大腸がんがステージ4で、発覚から9年半経っています。ステージ4でも、元気に働ける人はいるんです」
その半年後には「右肺にもがんがある」と言われ、こちらも同じように手術。病理の検査結果は「良性」で悪性ではなかった。今度こそ治ったはずだと思っていたら、それから2年後、今度は肝臓にがんが見つかる。肝臓はカメラでの手術ができないから切開するしかなかった。これで鳥越氏は大腸、両方の肺、肝臓と4回の手術をしたことになる。
「皆さんは、がんには『5年生存率』というものがあるのをご存知でしょうか。がんになって5年生きているか、というのは一つの目安です。手術後に亡くなる人は1~3年目くらいが多い。従って5年生きていれば、治療によりがんが治ったといえる。私は2014年2月に無事5年を経ることができました」
がんは誰がかかってもおかしくない病気だが、医療の進歩もあって、がん手術後の生存率は高くなっている。以前はがんになると仕事から外されるようなこともあったが、最近では企業も、がんにかかった社員が職場に復帰し、働くことができるような体制や制度を整えている。
「がんにおいては、免疫力が大切です。がん患者の方が精神的に健全でいることが、免疫力を保つ助けとなります。その意味でも、がんになった人が職場に復帰するときには、カゼをひいて休んでいたくらいに、ごく普通に迎え入れてほしいと思います。がんだから『気を使わないといけない』とか『特別な配慮をしなければいけない』とか、そんな必要はまったくありません。特別扱いすることは、復帰する人にとって、かえって辛いことです。ごく普通に『また職場に戻ってきたね』というぐらいの気持ちで迎え入れてもらえたら、きっと本人も気持ちよく復職ができると思います」
もし自分がそのような立場になったら、どう思うか。がんが発症し、手術や治療を受けた後に職場に戻ったら、周りの社員がはれ物に触るように接してくる。そう感じたら、どう思うか。あまり気持ちいいものではないだろう。
「がんの話には触れてはいけないとか、そういう配慮も無用です。『どんな手術をしたの』といったように、フランクに聞いたっていい。要するに、病気になった当人からすれば、普通に接してもらえることが一番いいんです。特別な気遣い、配慮、そういうものはかえって人の心を傷つける。私も自分自身ががんになって、そのことに気付きました。
それと同時に、善意で気を使う、善意でケアをするということも必要ありません。ケアは自分でやっていますから。他人がケアする必要はまったくない。ごくごく普通に、これまでと同じように、接してくれれば、それが本人にとっては最高なことです」
医療が進み、がんは特別視する病気ではなくなっている。また、鳥越氏のように、スポーツジムに通い、ホノルルマラソン完走を果たすなど、健康的なライフスタイルを貫いている人もいる。職場で同僚が病気から復帰してきたときに、自分ならどのように接するか――。参加者の方々は、鳥越氏の講演を通じて、改めてこの問題を考えることができたようだ。