「力のあるマネジャーをいかに育成していくか」は、「新入社員の戦力化」と並んで、多くの企業が人事の重要課題として掲げるテーマだ。駆け出しの時、そして、経験を積んで一段上に行こうとする時、マネジャーとして何を学ぶべきなのか――。企業における学びについて詳しい、東京大学准教授の中原淳氏が、マネジャー育成(Management Development)研究・実践の最前線について語った。
中原氏は、力のあるマネジャー育成について、大きく二つに分けて解説した。一つはエントリーレベルである、「駆け出しマネジャー」の育成と支援について。もう一つは、アドバンスレベルである「経験あるマネジャー」のさらなる跳躍について。
まず中原氏は、「駆け出しマネジャー」の育成と支援について解説した。「マネジャーを取り巻く環境が厳しくなっています。厳しさの背景にあるのは。五つの変化です。一つ目は『突然化』。組織がフラット化したことで、『少しずつ昇進』から『実務担当者からの抜擢』という変化が起きています。二つ目は『二重化』。プレーヤーとして数字を追う自分と、マネジャーの自分が重なる事態となり、時間的な融通も利かなくなっています。三つ目は『多様化』。過去の組織は日本人男性の正社員ばかりでしたが、雇用形態や国籍が異なる、多様な人材を活用しなければいけなくなりました。四つ目は『煩雑化』。コンプライアンスの遵守など、説明責任を果たすペーパーワークが増大し、マネジメントの時間がとれなくなっています。五つ目は『若年化』。経験の浅いうちから、マネジャーへ登用されるケースが増えています」
マネジャー育成においてよく言われる言葉として、「『マネジャーになる』とは、『生まれ変わり』である」というものがある。「自分で動き、自分の成果を出すこと」を求められていた人が、「他人を動かし、職場の成果を出すこと」を求められるようになるからだ。「ある方が『この感じは小学6年生から中学1年生に上がるときに似ている』とおっしゃっていました」
マネジャーへのアンケートによれば、3割ほどの人はマネジャーになった当初、「つまずき」を感じたという。その要因としては、プレーヤーからマネジャーへの移行がうまくいかなかったことが挙げられる。「ここにマネジメントに当てる時間の割合と職場業績の関係を表したデータがあります。マネジャーがプレーヤーとしてかける時間と、マネジャーとして働く時間のバランスでタイプを分けます。するとプレイングに時間をかける『プレーヤー固執型マネジャー』は、『プレマネバランス均衡型マネジャー』に比べ、職場業績が低い。プレーヤーとしての自分の成功体験を引きずり、変わることができない。プレーヤーからの脱皮がうまくできないと、致命傷になりかねません」
中原氏は、エントリーレベルのマネジャー育成で重視すべきは「プレビューとフォローアップ」と語る。マネジャーになる前に行う「マネジメントプレビュー」では、マネジャーになるとどんな現実に直面するかを事前に理解させる。次にマネジャーになった後に行う「マネジメントフォローアップ」では、アクションを積んでいくなかで、踊り場に入ったころでリフレクション(内省)を行う。
まずは、プレビューについて。マネジャーになるとどんな葛藤が起きるのか。中原氏は、マネジャーが直面する七つの挑戦課題を紹介していった。一つ目は「部下育成」。危なっかしい人に敢えて、仕事を任せてフィードバックさせる。これは大変リスキーなことでもある。二つ目は「政治交渉」。部門の代表として、自部門に資源を導入し、他部門とうまくやっていくことが求められる。三つ目は「意思決定」。実務担当者よりも少ない知識で、実務の意思決定を行い、責任をとらなくてはならない。四つ目は「目標咀嚼」。会社の戦略・目標をうまくかみ砕いて説明し、職場を動かすことが求められる。五つ目は「多様な人材活用」。多様な雇用形態の人々を、マネジメントしなくてはならない。六つ目は「マインド維持」。心が折れないようにしなければならない。七つ目は「プレマネバランス」。自身でプレーヤーとマネジメントのバランスをとる必要がある。
上記のうちどれが特に難しいかを聞いたアンケートによると、1位は「部下育成」、2位は「目標咀嚼」、3位が「プレマネバランス」という結果になったという。「目標咀嚼ができないと、部下はなかなか動けません。すると部下育成もうまくいかず、マネジャーは自ら動かないといけなくなります。するとプレマネバランスが悪くなり、マネジメント時間もなくなり、さらに部下管理ができなくなります」
次はマネジャーフォローアップだ。経験を積み重ねるといろいろな葛藤、不安、焦りが生まれるため、ここで一種の「解毒」を行い、「栄養剤」を与えて元気になってもらう。そして、未来への「作戦会議」を行うための振り返りを行う。
「ここで重要なのは、これまで実際にマネジャー業務を経験してきたことです。それらについて振り返り、『内省』するのです。いろいろな研究結果を見ても、マネジャーが成長していくうえで『内省』が重要だと言われています。過去を振り返って未来を創る。マネジメント能力にも直結しますし、業績とも高い相関があります」
話はここから、アドバンスレベルである経験を積んだマネジャーへの育成に移る。中原氏は、マネジャー歴が長くなると「MMS志向」に囚われるという。MMSとは「マンネリ:M」「まったり:M」「そこそこ:S」である。仕事がマンネリ化してきて、頑張るよりは少しまったりしたい気持ちが出てくる。また、出世もそこそこでいいと考える。マネジャーもさらなる跳躍を果たすために、継続的な学習機会が存在するとよい。
「地域課題解決研修」は、実際にヤフー、アサヒビール、インテリジェンス、電通北海道、日本郵便の5社が参加し、2014年5月から半年にわたり実施された。ヤフーの本間浩輔氏、池田潤氏からの声がけにより、中原氏は監修・ファシリテーションを担当した。各社は次代の幹部候補を5名程度選抜。6チームに分かれ、北海道美瑛町における医療、農業、教育、商業、観光などの課題について考える地域課題解決プロジェクトを実行した。最後は美瑛町に実際にプレゼンを行う。研修デザインは各社の人事・人材開発担当者が自ら行い、いわゆる内製化で行った。人事関連の優秀な取り組みを表彰する「HRアワード2014」では、企業人事部門優秀賞を受賞した。
「この研修で目指したことは三つあります。一つ目は、ゼロから事業サービスをつくる経験。二つ目は、異業種の人材をまとめるリーダーとしての経験。三つ目は、経営への参画意欲を高めることです」
この研修はプロジェクトとリーダー育成の2階建て構造となっている。1階部分はプロジェクト部分。最初に課題に関係する人たちへの聞き取り調査を行う。情報収集でデータも調べ、数字を積みあげていく。そしてチームで解決策について議論。最後に町長にプレゼンする。2階部分はリーダー育成。プロジェクトの中では、折に触れてチームの状態をリフレクションする時間を設ける。そこでは、自分たちのリーダーシップやフォロワーシップを徹底的に振り返り、互いの行動を見直し、次世代のリーダーに必要なことは何かを考える。
「6ヵ月間、さまざまな作業を行いますが、異業種の人材同士ですから、言葉の定義からもめるんです。例えば、『施策』という言葉も業界によって意味する規模や重要度が違います。そして、このようなチームで作業を進めていると、自社のことも思い出し『うちの会社のスピード感ってあれでいいのかな』と思い始めたりもするわけです」
6ヵ月の研修を終えて最後プレゼンが終了しても、作業は終らない。そこからプロジェクトにおける個々の活動はどうだったのかを見直し、見える化していく作業に入る。そこでは「未来への短冊シート」という、他のメンバーに対してポジティブな指摘、ネガティブな指摘を短冊に書いて渡す作業も行う。
「このような指摘は、互いに信頼関係がないとできません。6ヵ月を共に走り抜けた仲間だからこそ可能です。今回の研修は、プロジェクトと2階建てでリーダーシップ開発を行う点に新しさがあります。やってみて気付いたのは、参加者がこの研修が本気の場なのかどうかをすごく見ていたことです。参加者は選ばれた人ですし、誰も勘がいい。実行側も本気で臨まないと、研修効果は得られないと感じました」
今回参加したメンバーは、近い将来、各社で部長や統括部長クラスとなる人材だ。中原氏は、そのようなレベルに達すると事実上教育はできないので、極めて最後に近い教育機会だと語った。
力のあるマネジャーを育てるには、もっとも効果的なタイミングで、もっとも効果的な内容の研修を与える必要がある――そのためのヒントを数多く得ることができた講演となった。