企業の業績は、組織を構成する人材が生み出す価値によって大きく左右する。厳しい時こそ、社員全員が力を発揮する仕掛けづくりを考えなければならない。それでは、実際に苦境を乗り越え、成長を続けている企業は、どのような施策を行っているのだろうか。本セッションでは、社員のやる気を引き出し、強い組織をつくることに成功している注目の経営者、サイボウズ社長の青野慶久氏と、ホッピービバレッジ社長の石渡美奈氏が登壇。企業の経営戦略研究の第一人者である一橋大学教授の米倉誠一郎氏が、両社の取り組みについて聞いた。
サイボウズでは、2005年に28%だった離職率を、2013年には3.9%にまで改善。その裏側には、社内制度の改革や働き方の多様化へのチャレンジがあった。
青野:サイボウズは現在、従業員数が連結で489名。事業としては、グループウェアの開発、販売、運用を行っています。以前は大変離職率の高い会社で、2005年には28%までに達しました。このままではまずいと考え、社員に長く働いてもらうために制度の変更やさまざまな施策を行ってきました。
例えば、社員のいろいろなニーズに対応できるように設けたのが、働く場所と時間を選べる「ウルトラワーク」。残業したくなければ残業しない勤務形態を選んだり、朝から昼までを勤務時間とすることも可能です。退社しても再入社できる「育自分休暇制度」では、一度退職しても戻って来ることができます。また、人事部には「感動課」という社内に感動を作る専門職種の部門があり、イベントなどを企画しています。副業も自由化し、誰でも会社に断ることなく副業を行うことが可能です。
これらの施策の結果、2013年には離職率を3.9%まで下げることができました。すると採用コストはかからないし、教育コストも下がり、会社としては非常に効率的になってきました。また、女性が辞めにくくなったことで、女性社員の比率が約4割に上昇。産休からも、ほぼ100%復帰するようになりました。当社では半数以上がエンジニアなのですが、これらの制度のおかげで女性が大変に多いという、非常に珍しいIT会社となっています。
米倉:28%から3.9%はすごい改善ですね。事業においては、パッケージ型からクラウド型へと移る激変期だったかと思いますが、これらの制度変更と相関はあるのですか。
青野:大いに相関があります。働き方の多様性を認めることで、人材も多様になりました。また、これまでとは違う職種から入社する人も増え、変化に強い状態ができています。気がつけば、クラウドサービスのインフラができる人、新しいプロモーションができる人、新しい営業ができる人などが揃っている。既存の業態以外のことができる人材が揃い、新しいビジネスモデルに転換できました。以前のような人事制度で、同じような人ばかりいたとしたら、決してできなかったことです。
米倉:いきなり改善策の答えが出ましたね。外的環境がこれだけ変わっている中で、実に大きな効果です。やはり多様性があると、新たな意見は出やすいのですか。
青野:これまではパッケージビジネスでしたから、良いものを作ってたくさん売ろうとしていました。活躍していた人には信念や誇りがあり、これまでのものが正しいと思って仕事をしている。しかし、多様性のある組織になってくると、社内にアウトサイダーが生まれてくるんです。クラウドという声が聞こえてくると、「これからはクラウドの時代だ」と言いだして、斬新な製品を作りました。それが新規事業へとつながっていったのです。
米倉:青野さんは、ご自身でも育児休暇を取られていますね。
青野:私も仕事オンリーの人間でしたが、育児休暇を取ってみてわかりました。もう毎日がハプニング続きで、女性一人に任せられるものではないなと。社長が理解を示すと、社員たちも育児がしやすくなるようで、サイボウズでは仕事より育児を優先することが当たり前になりました。
サイボウズの制度は、すべて選択性です。会社に遅く来てもいいし、早く来てもいい。会社でなく家で仕事をしてもいい。もちろん、ハードワークも選べます。常に選択肢を持たせることで、社員を自立させたいんです。その結果、起こったことの責任は個人で取らせる。これが私たちの基本的な考え方です。
米倉:僕がもう一つイノベーティブだと思ったのは、副業OKにしたことです。これにはどんな狙いがあったのですか。
青野:私も、最初は抵抗感がありました。ただ、社員の実態を見ると、ブログを書いてアフィリエイトのリンクを入れた瞬間に、もう副業になっているんですね。エンジニアが雑誌に文章を書いて、原稿料をもらったりすることもある。副業はもう当たり前になっていたんです。
そこで制限するという発想をやめて、副業を完全に解禁したら何が起こるか実験してみました。すると、1週間のうちサイボウズで4日、他の会社で1日といった働き方をする人が出てきたんです。そのうち、企業間のシナジーも生まれてきました。副業は、実は生産性が高いというのが私の実感です。
続いてホッピービバレッジの石渡氏が、低迷していたホッピー人気を復活、業績をV字回復させた社内改革について解説した。
石渡:ホッピービバレッジは創業1905年、ホッピー、サワー、地ビール、リキュールおよび各種清涼飲料水、炭酸飲料水の製造・販売を行っています。私は2003年から社長に就任、3代目になります。売上は2002年がボトムで8億円でしたが、そこから復活して、2010年には40億円手前まで戻しました。
組織改革としては、新卒採用という暴挙に出まして、自分がマネジメントを行う組織をつくっていきました。2006年に最初の説明会を開き、今は9期生がトレーニング中です。結果的に、この数年で社員のほとんどが入れ替わっています。現在の平均勤続年数は5.6年、平均年齢31歳。会社の歴史は来年で110周年になりますが、今では自社について「老舗ベンチャー」と呼んだりしています。
米倉:ホッピーは一時期非常に厳しかったと思いますが、その中でなぜ社長をやろうと思われたのですか。
石渡:1995年に、父から地ビール製造の免許を取ったのでビールをつくると言われ、面白そうだなと思ったからです。当時私は広告代理店で営業を担当していましたが、手伝いたいと言いました。しかし、最初に父から社長になるのは無理だと言われ、1年かけて説得しました。ようやく入社したものの、私のやり方がまずくて、工場長以下、工場の全従業員に辞表を出されたこともありました。社内が落ち着くまでは大変でした。
米倉:社長に就任された2003年から業績がどんどん伸びていきますが、この原動力は何だったのですか。
石渡:宣伝広報の成果があると思います。もともと知名度はありましたが、全く行っていなかった宣伝活動を始めたことで、さらに広く知ってもらうことができました。他にも、配送トラックを商品ビジュアルでラッピングして走らせたり、ラジオ番組を始めたり。世の中で健康志向が高まる中、ホッピーが低カロリー、低糖質、プリン体ゼロという健康飲料として受け入れられ、ヒットした面もあります。
米倉:一方で2010年から売上が伸び悩んでいるともお聞きしましたが、何か要因があるのですか。
石渡:私一人で引っ張るのは、この先厳しくなる。これからは組織で引っ張っていかなければいけない。そのためには将来の幹部候補を育てなければいけないと考え、2009年に幹部候補チームをつくったのですが、それが原因で組織が混乱してしまい、売上が落ちた面もあります。ただ、以前の社員にはホッピーが好きではない人もいたのですが、今は好きで入ってきた人が多い。そういう人立ちが中堅層になってきて、徐々に落ち着いてきました。
米倉:若い人で組織をつくるときに、指針にしてきたことはありますか。
石渡:私は「会社をオーケストラにしたい」とよく言っています。社員一人ひとりがプロとして演奏でき、それがまとまるとさらに新たな価値を生み出せる組織。ただ、最近の学生を見ていると、積極的に学びたい、働きたいという気持ちが弱いようなので、新人時代に学ぶ仕組みを考えました。
日本には茶道、武道、芸術などにおける師弟関係のあり方として、守破離(しゅはり)というものがあります。型を守り、型を破り、型から離れるというもので、この「守」の前に「プレ守」を設定してはどうかと考えました。
入社からの5年間を丁稚(でっち)期間として、この間に社会人意識を体得させます。メンバーには右向け右を身につけさせ、指導側は手とり足とりの1001本ノックを行う。この基礎教育で、社会人として一人前になっていくんです。5年目から10年目で守破離を実践し、プロになっていきます。採用時にこのことは伝えて、入社後には「10年頑張る」という誓約書を書いてもらっています。
米倉:サイボウズでは、新卒教育で方針などはありますか。
青野:多様性を重んじているので、同じような教育は行っていません。特にエンジニアは、1年目からすごいプログラムが書ける人もいれば、そうでない人もいるので、同じように扱えません。大事にしているのは、バラバラで動いてもいいけど「目指すところは一緒だよ」という視点です。僕のマネジメントは基本、理想に共感してもらうところまで。強烈に共感してもらえれば、それぞれが考えて貢献してくれます。
米倉:本当に共感し行動していけるか、という点はどのように判断していますか。
青野:入社時に理想がとても大事だということは伝えているので、まったく共感しない人はいないと思います。だからといって、そこから究極まで共感を高めたいとも思っていません。そうなると、また家庭を顧みない人が生まれてしまう。すべてが仕事に優先するわけではないけれど、サイボウズに皆が集まっていることは大事にしたいねと言いたいですね。
米倉:最後に、今後の方向性について教えてください。
石渡:最近お客様に言われた言葉に、「人柄の良い商品を作りなさい」というのがあります。うちの会社は人柄で人が集まり、人柄の良い人たちが、人柄の良い商品を作ってきたと。それで続いてきたんだから、大事にしなさいと言われたことが、すごく心に残りました。企業文化は人がつくりますから、その土台は大事にしないといけない。これからはクリエイティブな社員をどんどん育てて、ホッピーの魅力をもっともっとアピールしていきたいと思います。
青野:社員がグローバルで500名を超えてきて、規模の壁にぶつかろうとしています。大きくなった組織を、いかに次のステージにもっていくか。サイボウズは世界中のチームワークを良くすることを目指しています。その実現のためには、もっとたくさんの人の力を借りないといけません。ここから数年は、新しいマネジメントにチャレンジしたいと思っています。
米倉:今日は、青野さん、石渡さん、お二人の言葉に熱いものを感じました。どうもありがとうございました。
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