パネルセッションは「企業人事のプロとして何が求められるのか」というテーマからスタート。パネリストが所属する企業は、業態や業歴、規模などが異なるだけに、各々の立場からさまざまな意見が聞かれるセッションとなった。
小杉:企業のミッションを実行するのは人材。その人材に対して大きな役割を持つのが人事です。まず、人事のプロには何が求められるのか、お聞きしたいと思います。
八木:人事に限りませんが、リーダーシップが求められていると思います。未来に向けて、スピード感をもって行動を起こす力です。そして「人事観」。自分は何のために人事を担当しているのか、何を考え、何を基本にして毎日ジャッジしているのか。そういう見識を持つべきだと思います。
また、人事には人を動かす力がないといけません。私はそれを「人コンピテンシー」と呼んでいますが、これは語りかけることで人を変えていく力、つまり「言葉力」です。そして新しいことに挑戦するには勇気が必要。これが正しいと思ったら、きちんと実践していく。人間はロジックだけではなかなか動かないので、人のハートに訴え、心の感動やワクワクを喚起して行動を促す。そんな「言葉力」を身につけたいですね。
私たち人事は、人と一緒に仕事をしているわけです。人を動かすためには、その人の心を動かすことを考えなければいけません。そのためには、自分の考え、軸、型というものをしっかりと持つ。そして仕事の中で見つけたいろいろな違和感などを徹底的に掘り下げて、自分の考えにまとめていく。そんな作業も必要です。
小杉:大変共感しました。私はコンサルタントを行いますが、あまりロジックで話をすると、相手が黙ってしまうんですね。ロジックで相手を黙らすことはできても、動かすことはできないと私も思います。
武田:人事担当になって、求められていると気づいた点が三つあります。一つ目は制度づくりではゴールが必要なこと。おおよその成果に近いものを想定すべきだと思いました。二つ目は、制度施行には粘り強い運用が必要だということ。私たちは「シラケのイメトレ」という言い方をしていますが、女性の施策を行うと男性から不満が出たり、エンジニア活性化策では他の職種からシラケの言葉が出たりします。このシラケを排除するためにも、運用を粘り強く行っています。三つ目は言葉力、コピーライティング力です。どういう言葉で制度化すれば流行するか。どんな言葉を現場に伝え、どんな言葉を現場社員の本質として経営に伝えるか。ここでの言葉のやり取りは、大変重視しています。
小杉:シラケという言葉がありましたが、現場が冷めない工夫は重要ですね。施策の中には、人事のための人事になってしまっているものがある。その意味では、全社的で多様な視点が必要な部署だと思います。
杉中:人事に求められるのは、経営の参謀であることだと思います。そのときどきの経営メッセージをわかりやすく、社員に伝える戦略部門。それと同時に社員個人としての視点、そういうものを必ず持たないといけない。
そのために意識してきたことが三つあります。一つ目はやるべきことに信念を持つこと。アウトプットのイメージをしっかり持って努力する。よく直面するのは、総論賛成、各論反対という場面です。ここで自分が信念をもっていれば、いろんな事象に対応できると思っています。二つ目は、人事分野では自分が一番物事を知っていると自信を持つこと。グループ会社への出向時に制度改革を頼まれたとき、責任者として信念を持ってやることが重要だと感じました。三つ目は、上位者を上手に使うこと。やるべきことをいかに会社の戦略の中から見出し、協力を得るか。一つひとつの施策を実現する上でも大事だと思います。
小杉:現在の企業において求められる人事部門のポジションについて、それぞれのお考えを聞かせてください。
八木:「人で勝つ」ように仕向けることです。人は非常に面白くて、言葉の力次第で生産性が向上します。経営資源の中でも、人が活力を出すか出さないかで大きな差が生じます。人事戦略のもっともあるべき姿は、人の最高のパフォーマンスを実現すること。その観点で施策を考えると、見えてくるものがあります。「人で差別化して勝つ」、それが我々の使命です。
武田:当社では、人事の役割は「経営と現場のコミュニケーションエンジン」であると掲げてきました。経営の本質を現場にきちんと伝える。そして現場の声も経営に伝える。先日もマネジャー陣で次の人事戦略テーマを話し合ったのですが、決まったのは「人と組織で業績を上げる」ということです。これからは人事が「パフォーマンスドライバー」になりたいと思っています。
杉中:やはり、人を活性化することだと思います。当社は社員の定着率がよく、離職率は1%未満。愛社精神が高いと言われます。その中でライフを充実させることで、ワークのパフォーマンスを100%近くに上げたいと思っています。また、制度に魂を入れて社員を引っ張る役目もあります。当社では管理職をプロデューサーと呼び、プロデューサー人事制度を導入しています。プロデューサーにはステージがあり、そこで与えられた役割、ミッションを演じる。大きく4段階で、最初はプレイングマネジャー、次にライン長、その次は事業上長と役割を与え、給与や昇格も連動させています。制度には魂を入れることが大事なので、評価者研修など事あるごとに、人事から啓蒙活動を行っています。
小杉:私はアップルで、一番業績の悪かった94年~97年に人事の責任者でした。いつ買収されるかわからない中、リストラを行うことになったのですが、私たちが宣言したのは「社員を笑顔にする」ことです。状況からは最もかけ離れた行為ですが、同じ退職してもらうのなら、笑顔で退職してもらおうと考えました。そのために、できることは存分にやると宣言しました。人事は言っていることと、やっていることが違うということになりがちです。皆さんの話を聞いて、人事が何を目指そうとしているのか、高らかに社内に宣言することは、とても重要だと感じました。
小杉:人事にとって、喫緊の課題とは何だと思われますか。
八木:制度で人を管理しようとは思わないことです。ラインに力がなければ制度やルールを作って人を管理したほうが安心です。しかし、状況が刻々と変化する今の時代で、制度やルールで管理していたのでは時代遅れになる可能性が高く、人の活力も出てきません。今やるべきは変化に対応できるリーダーを育成することです。
日本の人事にはスピード感がないこと、変革を起こす行動力が不足していることが欠点です。年功的人事、グローバル、ダイバーシティなどの課題を、もう30~40年も抱えこんでいる。最高のパフォーマンスは最高の人材によってできることを自覚すれば、女性の活用など何年も前に実践しておくべきだったことは明らかです。必要な変革を今すぐ起こす行動力が一番の課題です。
武田:当社の課題から考えれば、もっとチャレンジしなければいけないと思っています。私たちは最近よく「前人未到」というワードを使います。施策は昨年の基準で考えてしまいがちですが、それではいけない。集合研修はそもそも必要か、施策のゴールは何か、と常に見直しています。ちょっと大げさですが、私たちの制度や施策が、世界に発表できるものかどうかを考えるようにしています。
杉中:課題はシニア活用とダイバーシティです。以前大量採用した人材が今は40代後半になっています。この層をいかに活用するか。ほとんどが65歳までの就業を希望しているので、ぜひ活性化していきたい。また、事業の将来を考えると、スーパードライ以外の商品も拡大しなければいけない。そのためにもダイバーシティは重要で、採用する人材も女性や外国人など、多様化しなければ道は見えてこないと思っています。
小杉:企業をリードする人事として、今後の方向性や新たな試みなどをお聞かせください。
武田:トライしたいことは三つあります。一つ目は、ゼロベースで評価制度を考えること。いろいろな職種があるので、改めて考えてみたいですね。二つ目は、持っているデータを科学的に扱うこと。評価や成長、健康、目標達成の状況など、いくつものデータがあるので、それらをまとめて、採用確率の向上などに役立てたい。最後の三つ目は、事業部人事のあり方を考えてみたいということです。
八木:四つ考えています。一つ目は、現場リーダーを育成すること。私は外部から来た人材ですが、内部人材から強いリーダーを育成したい。二つ目は、グローバルなプラットフォームの提供。グローバルでの最適化を目指し、LIXILのバリューを提示したい。
三つ目は、権限の移行。私は事業責任を持たない人事が、ラインを超えて人事権を持つのはおかしいと思っています。人事の権限は事業責任を担うラインが持つべきです。プロセスをオープンにして人事として正しい意見を反映していくこと。そこにプロとしての貢献の仕方があります。人事異動も社員本人に考えさせ、自ら活躍できると思う場を選ばせたい。四つ目は、私の後継者を育てることです。自分と考えが違っていても、次の世代を引っ張っていける人材を育てたいと思っています。
杉中:私は二点あります。一つ目は、人材を大切にする思いが、ぬるま湯体質になっていないかを考えること。社員同士で評価させるとまん中の評価に集まり、悪い点があまり指摘されません。導入当初は良し悪しはっきりさせようということだったので、刺激を与えて活性化したい。二つ目は、外を知ることです。人材が社内ばかりに留まると考えが偏るので、外を見てもらえるように「武者修行研修」を導入しました。1~2年間、他社と社員を交換し経験を積むものです。社員の多様化を促進したいと思っています。
小杉:人事は管理部門の一つであり、管理が先に来ると箱に合わせようとしがちです。会社を変革しようとするなら、人事の皆さん自身が変わり続けるしかない。それが活性化に最も近い道なのではないかと思います。皆さん、今日はどうもありがとうございました。