イベントレポート

HRカンファレンストップ > イベントレポート一覧 > 2014年-秋-  > 基調講演[C] サービス業化する日本の人材育成戦略  人材育成企業になるために必要な視点・アプローチとは
基調講演[C]

サービス業化する日本の人材育成戦略
人材育成企業になるために必要な視点・アプローチとは

高橋俊介氏 photo
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授
高橋俊介氏(たかはし・しゅんすけ)
プロフィール:1954年生まれ。東京大学工学部卒業、米国プリンストン大学工学部修士課程修了。 日本国有鉄道(現JR)、マッキンゼー・ジャパンを経て、89年にワイアット(現タワーズワトソン)に入社、93年に同社代表取締役社長に就任する。97 年に独立し、ピープルファクターコンサルティングを設立。2000年には慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授に就任、11年より特任教授となる。主な著書に『21世紀のキャリア論』(東洋経済新報社)、『人が育つ会社をつくる』(日本経済新聞出版社)、『自分らしいキャリアのつくり方』(PHP新書)、『プロフェッショナルの働き方』(PHPビジネス新書)、『ホワイト企業』(PHP新書)など多数。

日本で今、若者の雇用を量的に支えているのはサービス業界である。しかし、生産性の低さ、非正規社員率や早期離職率の高さなど、課題は少なくない。その一方で現在の若者の持つ「感受性」と「応用力」が低下しているとの声もあるが、この二つは同時に、サービス業において特に必要とされる能力でもある。サービス業界そのものだけでなく、他業界におけるサービス業的な部分の比重が高まっている現在、若者をどう育成していけばいいのか。国内外の調査を元に生まれた「人材育成認証制度」の項目を軸に、高橋氏が語った。

「感受性」と「応用力」を育てる重要性

サービス業において重要視されるのは、さまざまな地域や人、想定外の事態に対応できる「個別性対応能力」と言える。それは相手が何を欲しているのかという「感受性」と、それに対してどう対応したらいいのかという「応用力」から成り立つ。しかし、この二つの能力をマニュアルで管理するには限界がある。

「『感受性』を磨くために一番大事なのは、相手を観察する習慣です。観察から仮説を立ててやってみるという繰り返しの中で開発されていく能力だからです。ここで問題になるのが、若者の社会性の低下。スマホ、SNSなどの浸透により、自分が話したいと思う少数の仲間以外とは、ほとんどコミュニケーション取らないようになったため、社会性を養う場が少ないのです」

だからこそ企業は、社員が入社3年目ぐらいまでの間に、場数を踏ませながら鍛える仕組みを作るべきだと高橋氏は主張する。また、学生のうちに感受性、社会性に加えて、「応用力」を身に付けさせる産学連携教育も必要だと語る。

高橋俊介氏 Photo「『応用力』に関しては、効率よくテクニック論で世の中を渡っていこうという若者の『カーナビ症候群』を無視できません。試行錯誤によって人は育つものなのに、それをムダだと思う功利的発想が増えているのです。これは、受験や資格試験が暗記式問題である影響が大きいと思われます。世の中には正解のない問題が多いのに、答えのないことを深く考える力を磨く場を設けてこなかった。正解を丸暗記することや、正解まで効率よくたどり着くテクニックを追求したため、若者は『応用力』が弱いのです」

しかし、サービスの現場で最も必要とされる「感受性」と「応用力」を育まなければ、サービス業化の進む日本としても生きる道はない。職場でこれらの力を教育、開発する取り組みは、今後さらに重要になっていくと考えられる。

大前提条件となる人材像や求められる行動

「人材育成企業になるために必要な視点・アプローチ」の15項目を指標として考案された制度が、「人材育成認証制度」である。実際に昨年、サービスを地域産業の中心としている沖縄県に導入されたという。

「まとめるにあたって、人材育成に熱心な多くの企業にヒアリング調査を行いました。また、イギリスで作られた、政府として人材育成企業を認証する仕組みもモデルとしました。さらに、人材育成を実施していて働きがいのある企業をインタビューやアンケート重視でランク付けするという海外の仕組みも調べました。こうしてできた5分野15項目は、全て行わなければならないということではありません。『ここはできている』『次はここをやるといいのでは』など、網羅的に人材育成を考える参考に使ってほしいと思っています」

項目の1~3は、「大前提条件となる人材像、求められる行動、その浸透」分野の項目である。〈1.ビジョンと人材像の明確化〉は、組織として目指す姿、期待される行動や人材像などが明確に定義されているか。〈2.人材像に基づく採用・評価・登用〉は、「期待される人材像」に基づいた採用が行われ、その基準が評価制度や人材の登用基準にも十分反映されているかについて。2の参考として、高橋氏はスターバックスの事例を紹介した。

高橋俊介氏 Photo「スターバックスには、サービスマニュアルがありません。自分で考えさせながら、時間をかけて成長させる意図からです。アルバイトにも等級制度があり、等級によっては新人のコーチ役も任されますし、成長実感が得られるフィードバック制度もあります。採用面接では接客向きの雰囲気や明るさは求めず、成長ポテンシャルをポイントに採用します。すなわち、人材像に基づいた採用から登用までの姿勢が一貫しているのです。これが同社の驚異的な離職率の低さの秘密です」

〈3.ビジョンと人材像の浸透・共有〉は、組織として目指す姿や期待される人材像の意味するところが、社員にも広く浸透し共有され、具体的な仕事の場面での意味を一人ひとりが理解しているかについて。社是や社訓を唱和するだけでは意味がなく、一人ひとりに腹落ちさせるためには、伝える人が具体事例となる実体験をメンバーたちに語ることだと、そのポイントが述べられた。

人を育てる「人」と「仕事」のあり方に着目

次の4~6は、『人を育てるのは人である』という部分に着目した項目だ。「〈4.コミュニケーションを通じた相互理解と支援〉は、社員は自分の仕事における期待や果たすべき役割について、上司や先輩、同僚たちと十分なコミュニケーションを通じて理解していて、実際の仕事の際に周囲から支援を受けているかということです。若者は仕事につまずいていてもなかなかそれを明かさないので、気づいた時には手遅れになっています。個別面談やイントラネットで状況を共有するなどして、必要に応じて周囲が支援することが必要です」

〈5.フィードバックによる気づきを通じた能力開発〉は、上司だけではなく先輩や同僚、部下、後輩などの多様な人からポジティブ・ネガティブ両面のフィードバックを受けていることを通じて、一人ひとりが気づきを得ているかについて。ここでは、上司が自分をほめていたと他の部署の人から聞いた方がうれしいという、間接的ほめが直接的ほめ以上に効果がある研究が紹介された。

「〈6.相互に学び支援し啓発し合う組織〉は、相互学習の場が多く、互いに教え合い、学び合い刺激し合うことが習慣となっているが、社員はそうした機会を十分得ているかということです。上司の言葉よりも、同期の頑張りが行動を変容させるという調査もあります。つまり、上司の役割とは教育より教え合う職場づくりなのです」

高橋俊介氏 Photo7~9は、「人を育てるのは仕事である」という部分に着目した項目である。〈7.仕事および必要能力の体系化可視化と自身の能力水準の把握〉は、一人ひとりが、仕事の全体像や背景、仕事遂行に求められる能力発揮水準、それと比した自身の現在の能力発揮レベルを理解した上で日々の仕事に取り組んでいるかについて。〈8.仕事における背伸びを通じた能力開発と成長〉は、一人ひとりが常に成長できる仕事に取り組めるように、育成を意識した仕事や課題が付与され、その過程で経営者や管理職が社員を支援しているかという内容だ。

「7と8に関連して、沖縄のリゾートホテルの例をお話します。『求められるおもてなしは何か』を考えさせるため、あるゲームが行われました。お客様から言われる前に自分で気づかなくては本当のおもてなしではないという考えによるものです。具体的には、お客様を観察して『お写真撮りましょうか』と声を掛け、『ありがとうございます』と言われたら3点、『結構です』なら1点、お客さんから先に『写真を撮ってください』と言われたらマイナス3点を加算。仕事の中で、次第におもてなしのスキルが身につく仕組みです」

〈9.キャリアステップの提供による成長の継続〉は、個人の中長期的、継続的成長や、キャリア形成のための次のステップを社員に意識させ、その機会を提供しているかについて。今の会社で長く頑張りたいかどうかは、過去の成長実感以上に、将来の成長予感との相関が高いと高橋氏は言う。常に次のステップを意識させることは、早期離職防止につながる点でも見逃せない。

「教育や研修」と、効果を高める「土壌」

10~12は、「職場における〈人〉と〈仕事〉の2要素だけでは不十分で、他に必要なものがある」という視点から集約した項目だ。〈10.充分な初任者導入教育〉では、入社時や職種転換の時など個人が大きな変化に直面する際に、新しい職務、職場に適応するための支援や学びの機会が会社から十分に提供されているかについて。このための最大の手法は研修である。

高橋俊介氏 Photo「〈11.職場では得られない特的スキル・基礎理論や教養の獲得〉は、職場での育成機能ではカバーしきれない能力育成、開発のために、職場外の学習機会、研修などの十分な人材育成投資を行っているか。これは、仕事の現場だけでは得られない教養が、想定外の事態にモノを言うことを意味します。日頃から自分で考え判断し行動できる力を養うため、社外での訓練機会は不可欠です。〈12.長期的視点の意図的コア人材育成投資〉は、リーダー人材、高度専門人材の育成など、日常業務では育ち難く育成に時間のかかる人材を長期視点で発掘し、育成に取り組んでいるかということ。リーダーシップは急には育ちませんから、若いうちからリーダー体験をさせるべきです。また、高度専門職には社外の知見蓄積や人脈づくりも必須ですから、そういった人材は意図的に育てる必要があると言えます」

13~15は〈土壌〉分野に着目した項目だ。人材育成施策に投資しても、打って響く〈土壌〉がなければ投資対効果は上がらない。では、効果的な結果につなげるためにどうすればいいかという視点である。〈13. 個人に焦点を当てた人間尊重の風土と人への関心〉は、日常の多様なコミュニケーションを通じて、個人が人間として相互に関心を持ち合い、人として尊重し合い、支え合う風土が確立されているかについて。お互いの関心を高めるには、管理職が集まって自分の部下以外も含めた個々の成長段階や課題をディスカッションする場を持つことを高橋氏は推奨する。

「〈14.気づきや腹落ちを通しての仕事観や仕事への取り組み姿勢の形成〉は、一人ひとりが気づきや納得のプロセスを通して、しっかりとした価値観やマインドセットを持ち、自分の仕事に取り組んでいるか。この気づきを高めるタイミングには、心理学で言われている『感情が大きく動いている時が記憶に深く残る』ことを利用するといいと思います。〈15.高い視線や広い視野を持ったキャリア自立の意識の形成〉は、一人ひとりが高い視点と広い視野を持ち、主体的に向上心を持って自身のキャリア形成に取り組んでいますかについて。自分のキャリアを切り開き続ける思考行動特性を身につけさせる重要性を述べた項目です」

最後に高橋氏は、育成にあたっての注意点を強調した。「管理職自身の持つ人間観が偏ってしまうと評価も固定化されて成長が阻害されるケースがありますから、職場全体で育成する姿勢が大事です」

参画をご希望の企業様
お問合せ先
株式会社HRビジョン 日本の人事部
「HRカンファレンス」運営事務局
〒107-0062
東京都港区南青山2-2-3 ヒューリック青山外苑東通ビル6階
E-mail:hrc@jinjibu.jp
株式会社アイ・キューは「プライバシーマーク」使用許諾事業者として認定されています

このページの先頭へ