グローバル化が急速に進む現在、日々起こる変化に対して、従来の考え方や行動が全く通じないこともある。組織を支えるリーダーは、変化の中から企業が生き残っていくためのヒントを的確につかまなければならないが、そのような人材を企業はどのように育てていけばいいのか。また、個人としてはどのような意識を持って、行動していけばいいのか。長年にわたってグローバル企業戦略、グローバル人材、イノベーションについて研究してきた石倉洋子氏が、世界の情勢や日本の現状をリアルに捉えた観点から、組織と人材のあるべき姿について語った。
世界は今、非常にバランスがもろい状況にあると石倉氏は語る。イラク問題、ウクライナ情勢、エボラ熱問題だけでなく、どこでどんな危機が起こってもおかしくない。このところ、新興国が担って来た経済成長が減速していることや、その影響が中国に顕著に現れていることも周知の通りである。
「そんな危機的状況で、政府や政治の力がとても弱くなっています。例えば、アメリカでは、中間選挙で共和党が上下両院の過半数を占めたこともあり、世界に対するアメリカのリーダーシップが停滞しています。先日は『今、信頼している組織や機関は何か』とたずねた調査で、『社会的な組織』という回答が多かったとレポートされていました。一方、政府や宗教団体に対しては、信頼が非常に低くなっています。BBC(英国放送協会)やUNDP(国連開発計画)の方々とお会いした時も、これほどの危機的な状況が世界中に起こっていることはかつてないと話していました」
極端な気候変動が各地で起こっており、農産物や食品の生産量と価格に及ぼす影響が懸念されている。資源枯渇も問題だが、その権利を巡って起こる争いも見逃せない。では、このような事象はなぜ起こっているのか。そして、それらはなぜ加速化しているのか。
「これらの原動力となっているのは、おそらくテクノロジーです。テクノロジーの力が世界をつなげたため、どこかで起こった事象が瞬時に世界中に伝わり、大きな動きへと変貌していく、という流れがあるからです。一度進歩したテクノロジーを後退させることはあり得ません。人間の行動がテクノロジーの進歩を後追いしているようにも感じます。ですから、テクノロジーによって『どんなことが可能になるのか』『どんな脅威が起こると考えられるのか』を知ることは重要です。グローバルで活躍していく上では、欠かせないと言っていいでしょう。いろいろな意味で、テクノロジーに対する感度やある程度の知識を、誰もが備えておく必要があると思います」
日本の人口は、2050年に現在の3分の2ぐらいまでに減少し、40%が高齢者になると予測されている。この予測が意味するところは、労働人口が急減し、貯蓄や資産も増えなくなり、日本全体が経済縮小のスパイラルに入るというマイナス現象である。これらを食い止めるためには、何から着手すればいいのか。
「簡単に言えば、まず、生産性を上げることです。日本の労働生産性は全体的に低いので、考え方をシフトさせていくべきです。要するに、一生懸命長い時間働いて成果を出すのではなく、より早く、より少ない工数で成果を出せるようにする。インプットを減らして同じアウトプットにするか、インプットはそのままでアウトプットを上げる。二つの関係をより良くする事に対して、もっと意識を高め、鋭敏になる必要があります」
石倉氏は、そこでキーワードとなるのが『イノベーション』だと言う。これから新しい産業、新しいビジネス、新しい商品、新しいコンセプトを出していかなければ、経済の発展や成長は望めない。イノベーションをさまざまな形でいかに起こしていくかが、今後の大きな課題となる。
「以前からイノベーションが重要だと認識されているのに、大きな動きがないのはなぜでしょうか。じわじわと忍び寄る危機の感覚に気づくことがなく、『何とかなるだろう』と考え、当事者意識が低いからだと思います。つまり、危機意識がないのです。2020年、オリンピックの年ぐらいまでにどこまで徹底的な改革ができるかが、日本の将来を決めると私は思っています。とにかく先送りせずに、今すぐやる『ジャンプスタート』を切るべきです」
そのために有効的な考え方の一つとして、石倉氏は「時間の生産性」を挙げる。「自分が一日のうちに、どれだけの時間をムダにしているのか」という視点で振り返ってみるだけでも、限られた24時間をどう使うべきかのガイドラインが見えてくるという。例えば、組織で考えるなら、会議やミーティングに必要な参加者は誰か。仕事の工程は減らせないか。進め方の順序を変えられないか。これらを見直すだけでも、生産性はかなり改善できる。
世界と日本の現状をふまえた時、これからの組織はどうあるべきなのか。「日本は成長市場ではありませんから、世界を舞台に活動すべきです。そのために、今後は多様な人材を活用するべきであることは明らかです。イノベーションは、ずっと同じ会社にいる人たちが集まって、いくら頭をひねっていてもほとんど起こりません。多様な人が集まって、さまざまなアイデアを出し合う環境をつくり出すことが重要です」
世界から集まる膨大な情報を活用しきれていない点も、組織にとって改善すべき課題である。どんな情報を求め、それをどうやって使うのかといった軸を明確に持たないまま情報を集めても、意味をなさないことは明らか。また、商品データ、売上データ、顧客データといった構造化されたデータだけではなく、TwitterなどSNSによる非構造化されたデータを用いた分析も今後は欠かせない。そうした情報を統合して活用することで、イノベーションが生まれるという。
「テクノロジーが進み、新しい情報が得られても、その内容を理解できる人がいなければアイデアは生まれません。社内や国内だけで考えていると、テクノロジー進化のスピードに、人材育成を追いつかせるにも限界があります。そこで、世界から最適な人材を集める手段が選択肢にのぼるわけですが、ここで注目したいのがクラウドソーシングです。言わば、オープンイノベーションの人間版。『こういうことができる人を求めている』『こういうことが私はできる』という、仕事と人材を結びつける仕組みです。全ての仕事で使えるものではありませんが、活用できる分野は少なくないと思います。今後は、プロジェクトベースでタスクごとに捉えて、活用される方向に進むと見ています。今までは『この人を雇って、こういう仕事をしてもらおう』という流れでしたが、『このタスクができる人を世界から雇おう、求めよう』と逆になるのではないでしょうか」
クラウドソーシングのように新しいことを始める時に抱きがちな躊躇は、イノベーションを妨げると石倉氏は言う。これまでの物差しで新しい物事を判断していては進歩も望めない。ある程度失敗を繰り返すことで、ノウハウが蓄積されて目も利くようになる。最初は小規模から、できる範囲でどんどん進めてみる行動力が大切である。
「ただし、取り入れる一方でもいけません。例えばオンライン学習の内容を見ると、対面で学んだ方が成果が高いのではないかと思われるものがよくあります。ですから、やるかやらないかの二元論ではなく、試してみた後に元に戻してみたり、部分的に残してみたり、他と融合させてみたり、という変化を持たせた柔軟性が必要だと思います」
また、何かを新しく取り入れたり、取り組んだりする前には、感度を研ぎ澄ませることが不可欠だという。例えば海外では、日本で当然整備されているインフラがないということが多々ある。日本国内に限定しても、今の若い世代には昔のように「いい生活をするための仕事」ではなく、「世界の課題とつながっている仕事、世界を変えるような仕事」を求める傾向がある。このように、既存や従来の価値観のままでは、自分たちの技術や強みがうまく生かせないケースが数多く存在しているため、さまざまな方向に対する感度を高めた上でアクションを取るべきなのだ。
では、このような状況下で、個人としてはどう行動したらいいのだろうか。「キャリアもライフ・スタイルも、自分でデザインすることが必要です。世界が大きく変化する時代の中で、一つのキャリアを全うすることは、現実的ではありません。今後の世界的なクラウドソーシングの広まりを考えても、『一つの会社、一つの仕事が経歴』になるのではなく、『プロジェクト単位の実績が経歴』の形になっていくと考えられます。ここ5年ぐらいの進展は非常に大きいでしょうから、今までの仕事、今までの仕事のやり方、今までのキャリアというものを、全く新しく考え直しながら、常に新しい知識やスキルを付けていくべきだと感じています。近い将来、今ある仕事の半分が機械でこなせるようになり、同時に新しい仕事も増えていくという調査結果はそれを裏付けるものです」
オンラインラーニングのツールも増えたため、個人が学び続ける手段はいつでもどこでもあると言えるが、学ぶだけではなく、「自分はこういう事をやろうとしている」「自分はこういう事をやっている」といった発信も、今後は重要になる。クラウドソーシングやクラウドファンディングを活用して、いろいろな人との接点や新しいアイデアの可能性につなげる動きも活発になっていくと考えられるからである。
「最終的には個人は、『私は誰で、何をしようとしているのか』を常に言えるようなセルフ・ブランディングを確立しておくことが必要になると思います。それも自分のストーリーを語れるようであれば、より望ましいでしょう。例えば『私はこういう事がやりたいと思っていて、こういう力があって、今まではこういうプロジェクトに参加してきました』というように。何も会社をすぐに辞める必要はありません。フレキシブルに、短期的プロジェクトベースから考えてみれば、簡単に実践できると思います」
人事として短期的には、なるべくこういった動きが実現できる機会と環境を、多くの人に提供することに着手すべきであると石倉氏は言う。その過程においては、個人のスキルやリーダーシップの成長度の確認もできる。言うまでもなく、実際の仕事を通じて吸収し学ぶ成果は、研修の場からのそれよりもはるかに大きい。「イノベーションを起こすグローバルリーダーを育てるためには、とにかくまず、たくさんの機会を与えることが重要です」と語り、石倉氏は講演を締めくくった。
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