日本たばこ産業株式会社 (以下JT)執行役員 たばこ事業本部R&D責任者
米田靖之氏(よねだ・やすゆき)
上司、同僚、部下からの観察結果を集約して対象者の行動発揮状態を明らかにする「360度フィードバック」は広く活用されているが、確実な成果を得るには勘所があるとSDIコンサルティングの代表取締役藤原誠司氏は語る。同社はこの手法に専門特化し、各社それぞれの課題に応じたメニューをオリジナル設計するなど、決して妥協することのないオーダーメイド型のサービスと改善プログラムを提供し続けてきた。本講演では、日本たばこ産業執行役員たばこ事業本部R&D責任者である米田靖之氏、ソフトバンクグループ通信4社の人事企画部部長代行の杉原倫子氏による導入の実体験を交え、その勘所が披露された。
SDIコンサルティングは360度フィードバックに特化して、企業の「人材育成(管理職の強化)」「組織の活性化」の実現を支援している企業だ。今回はその利用企業である、JTとソフトバンクグループ通信4社が成果や活用のプロセスなどについて語った。
まず、ソフトバンクグループの中で国内の通信事業を中心とする通信4社の人事を担当している杉原倫子氏が、7年前から実施しているという「管理職サーベイ(360度フィードバックの社内呼称)」について導入目的や活用法、勘所などを語った。
「2007年に組織統合があり、管理職のマネジメント力底上げの必要性を感じて『管理職サーベイ』を取り入れました。毎年実施して7年が経過。これまでは管理職の能力開発・行動変容の促進が目的の中心でしたが、近年では管理職の最適配置の参考情報としても活用しています。組織の要となるミドルマネジメントに対し、若手リーダーの登用も意識した配置見直しを毎年度行うことで、より活力ある筋肉質な企業となることをめざしています」
実施対象は、社長、副社長を除く役員と管理職全員4000人弱で、回答者はほぼ全社員の2万人(新卒社員は除く)。回答率はほぼ100%ですが、この数字に寄与しているのはiPadなどのマルチデバイス対応だと杉原氏は言う。海外出張中でも自由な時間にさまざまな端末から回答できるシステムは、回答の利便性を高めている。
また、精度向上のため、回答者設定の方法を改善したという。最初は対象者本人が誰を回答者として選ぶか口頭で承認を得る方法を採っていたが、仲の良いメンバー同士で回答者設定するケースなど見受けられたため、システム上で上司が回答者を確認、承認するような仕組みを活用している。また、今回からは回答者側の心情面での懸念にも対応を加えた。匿名や外部集計を伝えても疑問視する声が消えなかったため、結果レポートの表示内容を回答者に事前に見せる手順を追加。回答者の特定できない表示方法であることを納得、安心してもらい、素直な回答を促したのである。
「結果レポートはPDFでの配布をやめ、人事管理システムであるキャリアサポートシステムにアップロードするようにしました。過去の『管理職サーベイ』の結果はいつでも上司と部下の間で共有、閲覧できます。弊社は異動が多いため、情報をつなげて見られるシステムだと活用の幅も広がりますし満足度も高くなります。また、実施後には必ず上司と部下で一緒に振り返る面談を義務づけています」
このような取り組みを続けてきた結果、従業員満足度調査における「上司への満足度」は年々上昇しているという。効果は着実に数字として表れている。今後は、会社として社員に求めるソフトバンク・バリューも管理職サーベイに組み込んでいきたいと考えているようだ。
続いて、人事部長も含め通算3回の人事経験を持つJT執行役員の米田靖之氏が登壇。JTのR&Dグループでは、独自の採用と人財育成が実施されている。2013年に始まって過去3回行ったという、「360度フィードバック」のカスタマイズによる進化を中心に米田氏は語った。
「R&Dグループでは『日本一仕事がおもしろい会社』という目標を掲げ、その実現のために4Stepsというものを設けて取り組んでいます。この中の最初のStepである、「上司は部下に自分の思いを語り、部下とチームの方向性を共有する」の検証ツールとして『360度フィードバック』を使い始めました。位置づけは、『マネジメントへの気づきの提供』。人事評価とは連動はありません」
過去、人事部長時代に全社で一度実施した経験値が、R&Dグループでのカスタマイズに生かされているという。例えば、上司からのコメントは日々言われているし、同僚からのコメントには鋭さや厳しさに欠け、本人に響く内容が少なかった。しかし、部下のコメントは辛辣(しんらつ)だが実態を表しているという傾向もヒントとなった。
「R&Dグループでは、部下のみの評価に絞って『120度評価(360度フィードバックの社内呼称)』を実施しました。さらに、部下全員の意見ではないから大丈夫という逃げが生じずに、現実を見える化する、つまり直視できるよう、部下全員に回答させています。実施の数カ月前から対象者に説明し、意識づけも行いました。4Stepsの推進がうまくいっているかどうかを〈見える化〉したいという意図を、SDIコンサルティングにお伝えし、それに沿った質問のカスタマイズを行いました。測定ツールとしての位置づけをお願いしたわけです」
結果のフィードバック方法は、七つの部門のトップに一任している。それには理由がある。「他の部門の点数を横並びで比較すると、部門の特性によって点数が高い・低いといった逃げ(言い訳)が生じる。しかし、同じ部門内であれば逃げもきかない」と言い訳の余地を与えてないことは、現状把握と改善行動を導き出すための勘所だといえる。
「第2回の実施は半年後。第1回の質問のうち定義が曖昧だと感じた質問をクリアにし、現状把握できるよう、マイナーチェンジしました。また、管理職の改善行動の実践度(部下への影響)も調査するための質問も用意しました。何よりも、この2回目の実施は大きな意味がありました。回答率は98%と低下することなく、自由記述(フリーアンサー)の量も減らなかった。このことから、このまま進めても、本音を引き出せるのではないかと感じました」
第3回には三つの目的を設けたという。「改善行動の実践度の確認」「部下の現状把握(部下は自ら考え行動しているか?)」そして「回答者である部下自身に対して気づきの提供」。「私は自部門の目指す姿について理解ができないとき、積極的に上司に問いかけ、理解するよう努めている」という回答者である部下自身の行動や意識に関する質問も追加した。
いずれの実施回においても質問の設定は、藤原氏からアドバイスをもらいながら、R&Dグループの人財開発担当者と喧々諤々な議論を通じて決めているとのこと。刻々と変化する組織の状態やニーズに合わせてカスタマイズし、柔軟に活用されていることがわかった。
また米田氏は最後に、「管理職(サーベイ対象者)と面談する際に、本人のマネジメントの現状を納得させるための面談ツールとして非常に活用できる」と語っていた。
ここからは、藤原氏の質問に杉原氏と米田氏が応えるという、Q&A形式のディスカッションが繰り広げられた。
藤原:「360度フィードバック」の魅力、他の人材開発手法との違いは何でしょうか。
米田:「見える」ことだと思います。人の行動はなかなか客観的に語れないので、自分を直視できないものですが、現実の直視なしに改善は望めません。自分自身を客観視し納得できる唯一の手法だと思います。
杉原:定量的に部下、同僚、上司の思いが数字で示される点が一番の魅力です。コメントから「そう見えているんだ」とギャップに気付ける効果が高いことも非常によいです。
藤原:実施効果を更に高めるためには、どんな工夫が必要でしょうか。
米田:私の反省も含めてですが、まずは何をやりたいか明確にすることです。「360度フィードバック」を実施することが目的となってはよくない。やりたいことが最初にあって、それを実現するために「360度フィードバック」を活用することが大事です。
杉原:やったきりにしないことです。上司と部下の間で、何が問題か、何を変えていくべきかを振り返りながら行動を変えていき、一定期間後に振り返る。たった1回の実施では、効果は出にくい。継続することが重要です。
藤原:実施するタイミング(実施の間隔)はどうお考えですか。JTさんは半年に1回、ソフトバンクさんは1年に1回の実施とされていますが。
米田:半年に1回と決めているわけではありません。変化の手応えが見える時期に実施したいと考えています。なお、これは私が決めているのではありません。対象者である管理職をマネジメントしている部門長に「アクションの変化をどのタイミングで見たいか」といった質問を投げかけ、その結果として半年に1回の実施となっています。
杉原:弊社は実施時期を明確にして、そこに向けて行動を変えていくようにしています。また毎月の異動や組織改正も多いため、1年に1回が適切と考えています。
最後に、社内に納得感高く導入するためには、役員クラス自ら率先するなど、全員(管理職)が腹をくくって導入し、皆で一緒に向上・変革していこうという決意が大事であるといった話で盛り上がった。
最後に、年間1万3000名以上の提供実績とオーダーメイドの活用ノウハウを持つ藤原氏が、他社からの声もふまえて「360度フィードバック」の一歩先の活用方法を語った。
「有効活用する基本ポイントは、3点あります。『実施する目的に応じた設問設計』『単に結果を返却するだけのフィードバックにしないこと』『結果を人事部門として多面的に応用すること』。例えば、上司と部下のコミュニケーションツール、会社としての人材育成の課題分析、成果生み出すマネジメントの特徴分析、効果的な人材配置などが挙げられます」
続いて、「継続実施はしているが、更なる有効活用ができないか」という企業からよく受ける悩みについて、それを解消する五つのポイントが紹介された。
「一つ目は、設問の改善。より深い質問内容に修正したり、自由記述の質問内容に工夫を加えたりすると、新たな人材課題の発見や、対象者に新しい刺激を与えることもできます。二つ目は、重視度の設定。周囲からの期待と自分の目指している方向性のズレに気がつかせ、また今後のアクションの優先順位を明確にさせることができます。三つ目は、結果レポートの工夫です。個人報告書に個々人の結果に応じた啓発メッセージを表示させるなど、気づきや意識改革を支援する仕組みも効果的です。四つ目は、フィードバック研修におけるプログラムの工夫です。単に気づきを与えるだけではなく、例えば、実践的で具体的な改善行動の事例紹介を加えるだけでも現場での行動改善の効果は高まります。五つ目は最近ニーズが増えていますが、組織力強化や風土改革といった目的の組み込みです。中でも、『部下意識サーベイ』を同じ仕組みの中で同時に実施する方法が有効です。部下の現在の働く上での意識状態を理解させながら、自分の組織のあるべき姿を見つめさせます。そのことで、組織マネジメントに対する当事者意識を高め、行動改善を促す方法です」
人事コンサルタントとして、上司のマネジメントによって苦悩する多くの部下に触れた経験が、『360度フィードバック』に専門特化するきっかけになったという、藤原氏。「上司の気づきによる行動改善が組織全体の底上げに結びつくと信じてやみません。今後もこの手法で、多くの組織に貢献していきたいと思います」という言葉で講演は締めくくられた。
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